打落水狗(魯迅「フェアプレイはまだ早い」)・・・③河村河村市長の金メダルを齧った問題を考える2021年08月13日

 森喜朗へのバッシングで出てきた「打落水狗」は「フェアプレイはまだ早い」という評論に出てくる。岩波文庫の『魯迅評論集』に収録。


打落水狗の意味 - 中国語辞書 - Weblio日中中日辞典から
 (成語)) (水に落ちた犬を打つ→)既に打ち負かされたがまだ降参していない悪人を更に追い打ちをかけてやっつける。


ブログ「水に落ちた犬は打つな - star-openの日記」から
 「水に落ちた犬は打て」という言葉がある。 元々あった「水に落ちた犬は打つな」ということわざを魯迅がひっくり返して作った慣用句らしい。
 元々の意味は、勝敗が決したら相手にはそれ以上攻撃を加えないのが武士の礼儀だ、という意味で、転じてつくられた方は、犬は道義を理解しないのだから徹底的にやりこめるべき、という意味のようだ。

ヤフー知恵袋から
朝鮮には「水に落ちた犬を叩く」という言葉がありますか?
弱っている相手を容赦なく叩けるときに叩いておけ、というニュアンス。

・・・河村たかし市長へのバッシングもまったく同じ状況である。相手が実力と知名度があるから落ち目、弱り目をここぞとばかりに叩きまくる。森さんは結局辞任されたが、河村氏はどうするのか。

 ちなみにこんな意地の悪い格言が出てくる国民性はその背景は常に権力者、強者からいじめられて来たからだ。今でこそ、漢民族は悪の権化に言われるが、過去2200年の歴史は異民族による支配が続いた。
 中国人同士が大きな結束力を見せるのは中国共産党の支配になってからだ。今の漢民族は逆にチベット、ウイグル、モンゴル、満州人らをいじめている。朝鮮人も地政学的に不利な位置にあるために異民族や外国の支配を受けてきたからいじめられる側の民族と言えるだろう。
 軍事経済大国のアメリカも欧州からの移民で成り立つ。移民の原因は政治的な抑圧から逃れたり、信教の自由を求めたりしたことらしい。つまり母国では既得権のある支配階級にいじめられて生きにくいから新天地へ移った。
 現代のアメリカも中国も外国に対して容赦がない点で、似たもの同士であるのは過去にいじめを受けてきたからである。

 さて本題に戻ると、河村たかし市長も4月の選挙戦までは大村知事リコールの偽造署名が発覚し、責任をとれ、と批判されていた。あわや落選かとの下馬評もあったが、自民、他の野党の野合で追い詰められたが接戦を制した。
 今回は市長選での遺恨、知事リコール偽造署名の責任追及が中途半端な状態で不満分子(実行犯のみ挙げられたことへの不満)がわっとかぶさってきた感じがする。今しばらくは土石流が続く。落ち尽くすまでは続くだろう。