沢登りの道具再点検と手入れ2024年05月29日

 沢の登りでも下降でもフェルト沢靴の消耗が激しいので更新することにした。テント内で使ったヘッドランプの電池もすぐに消えた。消耗しているがスぺアがなくて使い物にならなかった。
 テント一式は帰宅後すぐにベランダの物干し場に広げて干した。あいにくの雨で乾きにくい。
 沢用の古いザックも泥だらけになったのでバスに水を貯めてザックを水に浸した。ハーネス、沢ソックス、沢スパッツ、短いロープなども泥を落とすために水に浸して濯ぐことにする。
 ナイロン袋に入れてあったが出すとまたヒルが一匹出てきた。しぶとい奴だ。
 バスからバケツに移し替えて沈めておくとまた細かい泥が沈殿した。ナイロンの繊維にこびりついていたのであろう。

沢始め・旧坂内村の沢を歩く②2024年05月26日

 26日は4時起床。バタバタと朝飯などを済ませてテント撤収。沢仕度を整えて出発。
 竹林の下に降りて殿又谷の遡行開始。最初の二股で尾根の先に上がると石垣が見える。右の滝谷本流から踏み跡が左へ行くので登って見たら草の生えた平地だった。何かの植栽地か隠し田か。はてまた木地師の小屋掛けでもあったのか。
 沢に戻る。入渓地から赤布などの目印は一切ない。流れに従いながら遡る。周囲は新緑の闊葉樹に覆われている。大きな七葉樹(栃)、欅、山毛欅が素晴らしい。その中を小さな滝の続く沢相が嬉しい。小滝を次々に突破する喜び。圧倒する大滝はないが遡行の喜びに違いはない。
 ふと夢を見た。所々にある平地でツエルトビバークしたらいいだろう。そして焚き火を囲む。肴は炙ったエイのひれでいい。持参の焼酎は沢水で割る。アマゴが釣れたら木の枝に刺して焼く。
 こんな沢旅こそ田部重治の世界だ。否、『樹林の山旅』を著した森本次男の世界である。森本は北アルプスに登れないから奥美濃に来たのではない、北アとは違う世界が良いと高評価した登山家だった。久々の野生的な登山を楽しめる自分を覚える。
 高巻きもした。リーダーは突破したがどうしても足場が滑るので左岸の尾根を小さく巻いて沢身に腹ばいで滑り降りた。巻けば安全と言うわけでもないが。
 水が絶えて源頭に到達。稜線に上がると爽やかな風が吹く。今日の最高点まで登って大休止。沢で死んでいた鹿の頭蓋骨を安置した。鹿の糞だらけの山頂である。いい供養になることだろう。
 下り気味に804mの三角点内谷に着く。埋まっているので掘り出すと三等の文字が見えた。点名の内谷は北へ流れる谷名らしい。
下降はそのまま南へ沢芯をたどる。最初は水が無いが段々水量が増えた。中流部は上から見ると足場が分からないから懸垂で下降した。滝の落差も長くなり、何度も懸垂下降を続ける。10回はやっただろう。本当は互いに撮影したかったが下降時はカメラを構える余裕もなかった。緊張感で喉がカラカラになる。
 それでも終わりはある。謎の平地が現れた。殿又谷もみおろせるがまだ高い。笹や木の枝、根っこ、蔓に捉まりながら下降をつづけ林道に戻った。スパッツを外すとヤマヒルがポトリ落ちた。血を吸って丸々太った奴だ。自宅に戻ったらTシャツの腹部にも血痕があった。2匹に献血した。

沢始め・旧坂内村の沢を歩く①2024年05月25日

 25日夕方発。奥美濃の山も久しぶりのことだ。旧坂内村の中心地の手前の坂本を左折。白川に沿う県道を走る。かつては揖斐高原スキー場へ走った道である。諸家で新穂谷に行くと新穂峠を越えて近江に行ける。言わば山岳古道であった。通りで路傍に石仏があったはずだ。
 今日はその手前の323m付近で白川をまたぐ橋を渡って殿又林道に入った。
 殿又林道で突然野生のシカが横切る。一応最終的なテンア場を探すために堰堤まで行って見たが少し戻って空き地に幕営。久々にテントで仮眠。

沢登りのパッキング2024年05月24日

 5/25の出発に合わせて丸の内の事務所へ沢登りの道具一切を運んだ。ザック3個分になった。一般の登山では使わないハーネス、4人用テント、沢用の道具も結構ある。何年ぶりかで使用する。消耗度も確かめながら吟味しながらザックにパッキングして行った。沢始めはこうした道具の再評価の意味もある。

雑用整理2024年05月16日

 雑用が溜まっていた。岳連への会費を送金を処理しておいた。また14日の早朝会議にはすっかり失念していたので謝罪のメールも送信しておく。
 4月5日の墓参で初見で知った人に俳句の雑誌を送付した。まだまだタイヤの交換とかがある。晴れた日にやりたい。
 今日は5/26の沢登りの予定が決まった。また関東甲信越の山行と沢登りも日程が決まった。
 但し、やりかけの仕事が3つあるので5月中に目途を付けたい。6月になれば建設業関連の届け出を促す。7月末が期限。これもテキパキと片付けないと延長するわけには行かない。
 後は5月一杯は総会のラッシュである。
・5/12のJACは俳句会と重なったので欠席
・5/14の早朝の同窓クラブは失念
これからは
・5/17の夕方から中央支部総会・名古屋駅前
・5/19の午後からアムスカ総会・名工大
・5/26の夜から管理組合の総会・集会室
・5/30の午後から書士会の総会・金山駅前

柳川源流域の塩の道を探る2023年07月22日

 朝6時過ぎに出発。吉野家で朝定を食べてR153で平谷村に向かった。平谷村最奥の靭に向かう。足元にはウツボグサも生えている。だから靭の地名になったのだろうか。靭は矢を入れる細長い筒をいうらしい。地形的には柳川本流に峠川とフロヤ沢が合流する地点でもある。
 峠川は横岳と治部坂峠の山稜の南側の水と峠と馬の背の西側の水を集めている。集水面積はそんなに広くはない。
 林道と旧道の分岐点にマイカーを止めて気になっていた林道を歩く。ゲートは1070m地点にあり峠川と並行して歩く。途中で地形図にない車道が右へ別れた。終点には橋を渡った先に建物があった。林道から降りて橋を渡って行って見たが利用されている気配はない。別荘のようにも思える。これだけ川に近いと洪水の恐れがある。
 林道の終点まで歩いたが塩の道につながる痕跡は無かったので戻った。山側はえぐられた斜面が続くが沢が来ているところで入って見た。明瞭な踏み跡とモトクロスバイクのタイヤ痕があった。何か知らないがSOとかのマークの札も立っている。バイクの連中が遊んでいるのだろうか。沢は平流で水位も低く登山靴でも歩ける。途中で右に急階段の歩道があった。送電巡視路だろう。
 相変わらず平易な沢歩きになった。夏は暑熱から逃れるにはこれが一番である。たとえじゃぶじゃぶできなくても涼しい。結局左右に塩の道が横断するとの期待は外れて源流域まで来たら植林帯へきれいな踏み跡が続いていたので沢から上がった。登りつくと工事現場ですぐにR153だった。7/8に目星を着けた栄太橋を確認した。つまり登ってきた沢は栄太沢だった。これで平谷村誌の地図にあった沢の1つは確認できた。
 次は峠川になる。平谷村誌の地図は峠川が清水沢になっている。文の紹介は峠川に沿って塩の道があるとの記述を頼りにまた歩いて見た。トンネルの出口付近に峠川が流れている。ちょっとした台地に上がって見た。道に見える平地があるが下部は笹のヤブで分からない。やみくもには歩けない。峠川の流れまで下って歩いて見た。左岸右岸に沖積した陸地はあるが道の痕跡ではない。途中に巡視路の道が左右に上がってゆく。少し登ったが狭く巡視路の域を出ないのでまた川をどんどん下った。清水沢の出合いを通過、林道の橋で川から上がった。何も痕跡を見いだせなかった。マイカーに戻った。4km、2時間半の沢歩きで終わった。
 ちょうど昼になったので治部坂峠の大川入山の登山口の蕎麦屋に入って休憩。美味しい蕎麦を賞味したらまた再開する意欲が湧いた。先週に一度行った別荘地の車道を下り、巡視路を峠川に向かって歩いて見た。清水沢に面したのり面が崩れているからとても塩の道には見えない。清水沢の掘れこんだ渓相をどのようにして往来したものか。とにかく危うい橋を渡ってみた。すると少しは幅が広い。是ならと思うがその先でまた細くなり峠川が少し上がりかけた道になった。
 諦めて戻る前に平谷村誌の記述を思った。清水沢の橋の手前に痩せ尾根があり踏み跡が続いていたので登って見た。少しばかり歩くと幻の塩の道の跡が現れた。全体は植林だがそこだけは植林していない。その道を下って見たらさっき引き返した地点に着いた。ここでヤマップをスイッチオンして軌跡を残すことにした。巡視路から左へカーブしまた右回りにカーブしてあとは地形通りに緩やかに登って行った。比高70mほどである。後半は笹薮が覆って歩きにくかったが、前回ここじゃないか、と推理した場所だった。上からでは分からなかったのだ。これで目的の一部は達成できた。
 後は石仏が2体あるという中の土山である。別荘地の巡視路から右に振ればまた栄太沢に出合う。推測では1100mの等高線をなぞるようにゆっくり高度を下げてゆくのではないか。

奥飛騨の木地屋渓谷を歩く2022年07月02日

 連日40℃を越える猛暑にうだる。そんな名古屋から約180km3時間ほどで飛騨高山市の奥座敷のような木地屋渓谷に着く。
 「飛騨山脈ジオパーク構想」のHPには木地屋渓谷を次のように紹介する。
「丹生川町折敷地、丹生川ダムの上流域にある渓流です。
ダムをのせている五味原文象斑岩は、およそ6600万年前に活動した大雨見山火山のもとになったマグマが上昇してきたものと考えられ大雨見山層群との複合岩体です。
水平に近い節理面があるため、河床は滑らかに水を流し川遊びの好適地となっています。」
「高山市丹生川町の北部、荒城川流域は飛騨地方の地質を特徴づける大陸棚のようなところで堆積した飛騨外縁帯の森部層、荒城川層を土台としています。大雨見山を中心に活動した火山の大雨見山層群が広く分布していて、さらにその上を槍穂高カルデラ火山の丹生川火砕流堆積物、上宝火砕流堆積物が覆っています。
上流域には大雨見山火山のもとになったマグマが地下深いいところで冷え固まった、五味原文象斑岩とよばれる大きな岩盤が上昇しています。
丹生川ダムはこの岩盤を土台にしてつくられています。
秋には紅葉が水面に映え、別天地の風情が感じられます。」
「丹生川ダムの堤頂部を渡り、五味原湖のほとりを進むと木地屋渓谷の入り口に着きます。
橋を渡り右手の細い道へ入ってゆくと、右側に美しい渓流を眺めながら散策することができます。
河床は平らなナメになっていて、夏場の川あそびにも好適の場所です。」

・・・というわけで、沢登りファンにはよく知られている。
 7/1の午前6時過ぎに金山駅前を出発。約180kmでダム湖に着く。先行の2人の男女が出発して行った。
 落葉広葉樹林の覆うナメの美しい溪谷である。ところどころの滝も右岸左岸から登れて困難さはない。
 途中で冷や麦を作る。左岸から湧水がありとても冷たい。冷や麦向きの水である。Wさんがガソリンストーブを出し、コッヘルで冷や麦をゆでる。ゆであがると熱湯ごとネットでゆで汁を濾す。冷水を通して出来上がり。運動後なので舌触りもよく美味しい。
 食事中、蛇が這い上がって岩を登っていた。水をかけて追い返そうとしたら落ちた。瞬間にこちらに向かってきてびっくりしたが、岩の下に潜り込んで行った。なんだったのだろう。
 岩のごろごろした渓相になると途端に快適さはなくなる。しばらくで再びナメに戻った。足を滑らせておれば良いので楽である。ナメにも飽きたころ二股になり、木地師の道具類を収めた小屋の前で沢から上がった。後は林道を歩いて車に戻った。
 帰路は恵比寿の湯で一風呂浴びた。これも快適である。さらにおまけでメンバーの一人が味付きのアブラ揚げが美味しいので買って帰りたいという。R158沿いの農協で物色するとあった。5人がそれぞれ買い求めた。今日は良く売れたであろう。
 後はまた高速で帰路につく。車の温度計は34℃である。名古屋は蒸し暑いだろうな。

山岳雑誌を買う2021年08月16日

 空は曇り、このところ、自宅の窓から猿投山の見えない日々が続く。近場の喫茶店に行く。登山の予定をしている人には辛いお盆休みになった。ふと「岳人」の買い忘れに気が付いた。
 山岳雑誌「岳人」が市内主要書店の丸善2店を回っても売り切れていた。もともと入荷の少ない雑誌である。それで今日は日進市の書店に向かった。赤池の紀伊国屋書店には無かったが、「山の本」No116があった。中身を見ると黒部川上の廊下、小渋川の紀行が掲載されていたので、曾遊の沢旅を思い出すよすがとして購入した。他に飯田市の登山家・大蔵氏の記事も貴重である。
 さて、「岳人」は市内のモンベルか、とスマホでチエック。すると長久手店が近いと分かった。行ってみると4冊の残部があり、やっと買えた。目次を見ると売れた理由が分かる。三河本宮山のガイド記事、尾西谷の遡行ガイド記事が有益である。他にも岳人の創刊者たる伊藤洋平の記事も貴重である。滅多に注目されることはないが大きな足跡を残した。自身は登山者の踏み石になると言う。というわけで雨の中を走ったが思いが遂げられて良かった。

沢初めは設楽の秘渓・澄川2021年05月30日

 今シーズンの沢登りは奥三河の秘渓である澄川に挑んだ。
 5/29(土)夕方5時半に名古屋を出て、午後7時に足助のファミマでWさんと合流。2台で段戸湖の駐車場に向かった。段戸湖は森閑としていた。トイレの明かり以外は漆黒の闇に包まれている。
 8時ごろ着いて、タープを張りミニ宴会をする。密を配慮してのことだが、気温はかなり低い。涼しさを越えて少し寒い。それでも夕食をつまみに缶酎ハイを1本開ける。10時半ごろに車中泊。
 ところが、どこからか数台以上の車が集結して明るい。なかなか寝付けない。うとうとするうちに尿意でトイレに行くといつの間にか消えてしまった。彼らなりに騒ぎたかったのだろう。ところが先着があり遠慮がちに何やらやっていたんだろう。
 4時に起床。明るくなると今度はハイカー、フィッシャーマン、バードウォッチャーらの車が続々集まってきた。朝食もとらずに5時に出た。地形図で三角錐の本谷の頂点辺りに1台デポ。宇連まで下って760m地点まで登り返した。フィッシャーマンが先着。
 遡行記は以下の既報を参考に。2年前は9:30入渓、澄川橋12:00終了、760m地点へは2時間14時着。今回は6時入渓、10時30分澄川橋、760m地点12時。

奥三河・澄川を遡る
http://koyaban.asablo.jp/blog/2019/06/17/9088190

沢登の季節へ2021年05月17日

 FBに沢登りのコメントがちらほらアップされるようになってきた。高山はまだ残雪がたっぷちだが、1000m級ではそろそろ雪も解けてきた。水は冷たいが水量は豊富だし、今時は新緑が楽しめる。1年でもっとも緑が美しい時期になってきた。およそ6月一杯は低山の沢と緑は良い。
 7月以降は高山の沢が恋しくなるが体力と日数がいるからおいそれとは行かない。コロナのこともあるし近場でこっそり楽しめる山を探すしかないだろう。