天下峰を廻る、松平町を撮る2017年05月21日

 ガイドブックの再取材となった。当初の構想から一歩後退し、またサブコースで復活させることとなった。
 午前6時過ぎ出発。県道58から環状道へ、R301への左折を見過ごし、とんだ大回りになった。松平郷へは少し手前の滝川沿いの道を走る。取材時は工事中だった切通しも今日は済んでいる。乗り越すと坂上町だ。宮口川にかかる宮口橋付近に松平郷の道標がある。六所山へ1.9km、天下峰へ1.3km、王滝渓谷へ1.9kmとあった。
 ここから右折すると六所山へ行き、左折すると仁王に行く。最初は仁王に下る。今まで訪れたのは秋か冬だった。枯れたイメージがあったが初夏とあって天下峰が苗田に映えて美しい。宮口橋に戻って六所山を撮影。その先の六所神社下宮一の鳥居のある六所山遙拝所からも撮影するが、手入れがされてないため、樹木が邪魔する。少し移動しながらアングルを考えて撮影。
 次は六所神社下宮(山上を上宮という)の本堂や舞台を撮影。先の地蔵堂橋にある石の道標には右松平郷、下流は天下峰、上流は原生林とあった。松平郷へは軽自動車程度がやっとの作業道が続いている。これも正規の道である。途中分岐が何か所かあるが道標があって迷うことなく沢連(そうれ)を経て松平郷へ行ける。
 六所神社入口、六所苑にはすぐの林道坂上線出合まで行って戻る。宮口橋を元の道を走り、以前は王滝渓谷から豊松小学校を経由した道の分岐がある。左折する。ここにも古い石の道標がある。本文の最後の佛以外は判読不明で、下の右も九久平に読めるが不明瞭、左松平だけははっきり判読できた。九久平はぎゅうだいらと読み、大給城跡があるところ。松平家の支配だったから当たっているかも。
 左折すると細くなるが舗装のままで羽明(はあす)に下る。左折すると東宮口の地蔵堂橋からの道に会う。直進すると沢連に行く。松平家の遠祖という在原氏の墓所の案内板を見る。看板によれば松平郷を開いたのは在原信盛氏で、2代目の信重にとき、諸国を流浪中の徳阿弥が入り婿となった。松平太郎左衛門親氏を名乗り、松平家発展の始祖になったという。306mの山は地形図では無名であるが、在原山という。
 念のため、司馬遼太郎『街道をゆく43 濃尾参州記』の「高月院」を読むと少し違う。すぐに松平に定着したのではなく、まず吉良へ行ったというのである。そこで酒井家に逗留して娘に子を産ませた。吉良には落ち着かず、松平に来るのである。酒井家の娘が亡くなり、老父が育てていたが困って連絡したところ、酒井家を家臣にしたそうだ。
 下れば松平東照宮はすぐである。高月院にも寄った。前述の本には30年前の印象で「高月院は、いいですよ」とあるが、自治体の町起こしで「天下祭」などが催され、歴史に関係のない観光施設が建てられていることに驚き嘆いている。
 Pの野菜売り場で白っぽい玉ねぎ3個とホウレン草を購入した。JAによって牛肉を買った。自宅で玉ねぎ2個を刻み、牛肉と炒めた。ペロッと平らげた。脂っこいものでも食欲が戻ったようだ。

 さて、三河三霊山の六所山、松平親氏が天下太平を祈願した天下峰をめぐる歴史と信仰の松平郷をどうまとめようか。特にあの宮口川を中心に水田のひろがる山村風景は良い。山里が清潔である。ちょうど、アオサギも生息している。六所山の山麓であり、御神体として拝まれたのだ。松平と天下峰が直結し、六所山とも直結する。このトライアングルは面白い。ただ、焙烙山が高さしか評価されないのが気になる。

以下は「神社と古事記」のサイトから転載。
・三河三霊山とは
1六所山 六所神社
上宮(豊田市坂上町六所山)・八ケ峰神社・下宮(豊田市坂上町地蔵堂)などで構成される神社の総称である。御祭神は猿田毘古神・塩椎神・岐の神・日本武尊。御朱印の有無は不明。

2猿投山 猿投神社

3本宮山 砥鹿神社

・現在でも字金姓の小台地にたたずむ一の鳥居は、六所山を遙拝するのに最も適した場所にあるという。
・一帯はかつては松平郷といい、松平氏(徳川氏)発祥の地。永和3年・天授3年(1377年)8月19日、松平宗家初代松平太郎左衛門親氏が奥州塩竃六所大明神を六所山に勧請した。

それまで「吉木山」「蜂ケ峰山」などとされていた山名が、以降六所山と呼ばれるようになる。

産土神として奉拝されていた大山祇神は北東の蜂ケ峰に遷され、以来「隠居神様」と呼ばれながら六所神社摂社の八ケ峰神社として存続する。

新たに祀られた客人神の本殿は芳樹宮と名付けられ、六所大明神と称されて、松平氏・徳川氏の氏神として歴代当主の崇拝を受ける。

忘年山行兼新人歓迎会~天狗堂を歩く2016年11月21日

 11/19から11/20は所属山岳会の忘年山行兼新人歓迎会でした。11/19は朝から雨で登山は中止。それでも午前中に出発して野菜などの買い物をしながら会場の某山荘(会員のつてで借用)へ行きました。
 スーパーの野菜は高いのでいなべ市と野菜でググって地元産の農産物市場を探し大泉駅前の「うりぼう」で格安で美味しい野菜などゲットできました。
 それでも時間があるので2012年に行ったことがあるいなべ市藤原町鼎にある「農業レストランフラール」で昼食にしました。地元産の野菜料理のバイキング方式です。レストランの場所が高台に変わり価格も800円から1100円になりましたが満足のあるメニューでした。朝11時開店というのにPはほぼ満杯でした。以前の店よりも少し広くなっていました。それだけ人気が高いのでしょう。野菜で腹いっぱいになったのにまぜご飯、たこ焼き、蕎麦、カレー、ケーキ、フレンチトーストなど減量に取り組み始めた私には体に毒な料理が続々出されて悩ましいところです。
 特にまぜご飯は懐かしいふるさとの味がした。在所の三重県津市一志町の味だというとこのまぜご飯は一志の人が炊いたというのです。それは米、しょうゆ、砂糖、鶏肉、ゴボウのささがきでした。香り高いゴボウと砂糖の甘味が絶妙の味を出しているのです。何杯もお代わりしたいのですが減量を考えて1杯で我慢でした。晴れておれば御池岳から藤原岳がよく見えるところです。又来てみたい「フラール」でした。
 午後2時になり会場の山荘へ着きました。早速、清掃をしてから、道具類を運び込みます。女性会員5人が野菜などを切り分けて鶏鍋の下準備に取り掛かった。鍋といっても昆布やシイタケで出しをとる手間を省いて鍋の素を使うのであっという間に終わる。しばらくは付近を散歩したりして5時の宴会開始まで時間をつぶす。
 5時になりコンロ3個に鍋を置いて7人で宴会を始める。新人のTさんの入会を祝った。始まってしばらくでまず、Iさんが着いた。新人のFさん、最若手のMさん、会長のWさんと輪に入るたびに乾杯を繰り返した。何を話したのかさっぱり覚えていないが盛り上がったことは確かである。Iさんは家族の用事で夜に帰宅された。
 11/20は午前5時に起床。朝食をとるが早いか、一斉に片づけ、清掃をした。荷物を運び出すと参加者全員で記念の写真を撮影する。まだ薄暗い感じがする。7時過ぎに山荘を出発。竜ヶ岳登山口付近の国道に設けられたPでKさんとKさんを待つ。マイカーを4台に集約して12人で君が畑に出発。途中で新しくできた道の駅でトイレ休憩。木地師発祥の村・政所から蛭谷、君が畑の秘境の山里に行く。バス停には15人の先行者パーティが準備中だった。
 我々もノエビアの空地まで走りメンバーを降ろす。下山口の瀬川林道入り口に車をデポする準備を行った。御池林道のノタノ坂などには車が一杯止まっていた。シロモジの黄葉、カエデの紅葉で御池谷は錦秋の秋を迎えていた。
 君が畑に戻り、出発。神社では何やら山人らが仕事中だった。登山届は出したかねと尋ねられていた。多分神社の冬支度であろう。来週辺りから降雪があってもおかしくはない深山である。神社の右の尾根の急登に喘ぎながら登る。膝痛を抱えて泣き泣き登る。大事にすると運動不足で筋肉が減り益々太る。かといって過激な運動はより悪化しかねない。昨夜はビール、焼酎のお湯割り、Fさんの差し入れの名酒をしたたか飲んだがそのアルコールが今や汗となって滝のように流れる。冬なのでタオルは持ってこなかった。帽子からも汗がしたたり落ちる。小さなハンカチがたちまち汗まみれになったので軍手をタオル替わりにした。
 尾根に乗ると歩きやすくなった。アップダウンをこなしながら山頂へ行く。今日は見えないが遠くから眺めると三角錐の立派な山容である。益々急傾斜になり爪先立ちの登高が続く。先を行く人が遙か上に見える。それで山頂が近づいたことを予感する。あいにくの霧の山頂であった。風に乗って話声が流れてくる。先行者らは近くで宴会中のようだ。簡単に水を飲んだり中食をとり休憩する。御池林道に急降下する道標がある。かつてはここを往復した記憶がある。山仕事中の人からこの山は5月中旬を過ぎると山ビルが降ってくるから気を付けよ、と教えらてぎょっとしたこともあった。
 長休みは体が冷えるのでサンヤリを目指しそこそこに出発する。宴会中のパーティが盛り上がっていたのを傍目に過ぎると岩の展望台がある。そこから急降下していた。924mへ行く途中で時雨もようになり合羽を着た。サンヤリから来る大パーティとすれ違う。我々と合計すると約40名は下らない。錦秋の鈴鹿を目指す登山者でにぎわっているのだ。サンヤリへは1時間ほどで着いた。2等三角点がある。今日は霧で何も見えない。W会長が登山道を探りに行くが踏み跡も見いだせないようである。晴れておれば道なき道を探るささやかな冒険を楽しみたいが、12人の人数に加えて80歳代の高齢者も居るので天狗堂に戻って御池林道に下る登山道を下ることとした。
 天狗堂には誰も居なかった。急降下する踏み跡を木の枝、根っこを支えに下る。かなり下っても急な道が終わらなかった。沢の音が聞こえる。沢沿いになると登山道も傾斜が緩くなり御池林道も近い。やれやれで林道に着いた。サンヤリから瀬川林道に下るのは失敗したのでマイカーを回収に行く。またノエビアの前で集まり解散とした。

浜焼きイカ丸干し着荷2016年11月16日

 10月の連休で富山県に旅した際、射水市のR8沿いの道の駅で買った浜焼きいか丸干しの味が忘れられなくて福井県の製造元から取り寄せた。冷凍の漁師漬けとか干物セットなども購入した。1ヶ月分はある。ご飯にあうおかずばかりで、よりによって、減量をスタートした後に着荷するなんてタイミングが悪いがたまには良いだろう。

落ち鮎を食う2016年09月11日

  8/23親戚の葬儀で帰郷
手に重き籾俵持ち帰宅かな

  9/10根尾へ鮎を食いに行く
爽やかや根尾の落ち鮎食ひに行く

  樽見の手前から根尾川の彼方に
  前山を従えた能郷白山が見える
天高し根尾の能郷白山よ

秋川の彼方能郷白山よ

秋鮎は天然や藻が飛び出せり

焼き鮎に舌鼓打つ秋の昼

きのこ飯さっぱりとしたお酢の味

やはらかき木耳の噛み応へなり

   本巣農協
子持ち鮎のラベル鮮魚売り場かな

一房のぶだうを買ひし地場の店

無花果がパックとなりて売られけり

新米が小袋に詰み込まれけり

   板取川界隈
水澄むや河原で遊ぶ親子連れ

秋日和行列作るモネの池

モネの絵さながらに澄む小池かな

秋の田の一枚はもう刈取り後

7月句帳2016年07月11日

    7/2葦毛湿原から神石山、石巻山へ
湿原の奥に歩めば夏木立

天地とも万緑の湿原を行く

緑陰の路心身のなじむなり

やすらえば蚊に襲われし峠かな

道標も覆うばかりに草繁る

ベンチにて座して休めば汗が引く

山頂や食欲の出る涼しさよ

よく見れば炭焼きの跡木下闇

    小池百合子氏都知事選出馬に寄せる3句
夏薊ここぞとばかり鮮やかに

    茎が折れても盛りは過ぎても腐ることなくしぶとく咲く
萎れても咲いて見せたる百合の花

    メディアから生まれメディアに咲く政治家
太陽が大好きな花虎尾草(をかとらのお)

    大知波峠(廃寺跡)
緑なすわずかばかりの平かな

     7/11 郡上市大日ヶ岳撮影行
長良川鮎と釣り師の風物詩

夏雲が押し寄せてゐる大日ヶ岳

峠から青嶺つらなる国境

青棚田隠れ里めく干田野かな

   丘を円錐形に平にした水田の水は汲み上げるしかない
山上に汲み上げてまで青田あり

草刈のエンジン音にかき消され

   道の駅で天然あゆの鮎めしと朴葉寿司を買う
鮎めしを食えば長良の味したり

朴の葉の寿司めし青き味したり

   展望地を求めて平家平スキー場にゆくが
草茂る平家平のスキー場(1992年廃業)  

廃屋も草に埋もれしスキー場 

ゲレンデを草埋め尽くす夏野かな

ぶな太郎に会いに行く2016年03月26日

ぶな太郎
 金蔵連峠に着いた。すぐに森林内への不法投棄をパトロールの三州足助公社の軽トラが来た。ぶな太郎の場所を聞くと教えてくれた。あいにく地形図を忘れたが見当はつけてある。11時20分に出発。膝痛を抱えているので2本のストックを使う。
 やや急坂を登るとすぐに林道が交差する。少し先に尾根への入り口がある。尾根通しにいい道を歩く。この先は単調な植林の尾根を歩く。右前方に山頂部が自然林に覆われた大きな山が見える。あれは寧比曽岳か。すぐに筈ヶ岳分岐に達するが休みなし。急な坂を下る。林道が縦横に交差する。そのまま尾根へ登り返すと小さなベンチや防火水槽のあるコブに達する。若い多人数のパーティとすれ違う。小休止する。
 ここから緩く下るとまた左右から来た林道が交差している。左が中山林道からの延長だろう。ここまで12時30分だから1時間10分ほど。峠で聞いた話の通り、左に林道が分かれている。自然歩道から別れて林道に入ってみるが、終点で右から来た自然歩道に合流した。自然歩道は小さなコブを越えるので近道にはなった。992mへ登る尾根の基部になっている。左手の2mくらい離れた杉の木2本に黄色いテープが巻いてある。その間に踏み跡が奥へと続いている。
 教えてくれた道は、ああ、これか。12時48分、奥へ踏み込むと、黄色いテープが続いていく。微かな道に見える。かつてはよく来る人がいたらしいが、今はあまり来ないとも言われた。しっかりした道ではないが迷うこともない。5分で「ぶな太郎」に着いた。周囲を虎ロープで囲ってある。なるほど堂々とした風格がある。
 樹齢200年という。合体木ともいう。根は合体しているが幹は微妙に分かれている。高さは20mはある。太平洋型混交林だったのだろうが、周囲は杉の植林で落葉樹はない。
 白山や奥美濃辺りで見る巨木とは成り立ちが違う。あそこのは太い幹のまま天を突くように伸びて、枝分かれする。
 13時過ぎ、自然歩道に戻ると、峠で見た単独の女性ハイカーが驚いた顔でこっちを見た。熊じゃないよ、とメッセージを送る。元来た道を戻る。筈ヶ岳985m分岐で山頂に立ち寄る。13時37分。三角点の1つは踏んでおきたい。ここで初めて昼食タイムとする。峠まではさほどかからない。
 14時55分。峠まで戻ると、次は新盛町の㈱山恵を目指す。今年開業したジビエの店だ。ジビエとは山のイノシシなどの野生獣を仕留めて肉として売る。これを山からの恵みとして事業化したのである。イノシシの肉を少し買ってみた。工場では今、イノシシの解体中だった。開腹して皮を剥ぎ、ブロック肉を切り取る。これを精肉して冷凍してある。思ったよりは順調に売れているとか。
 山旅の民宿や山宿では山肉がごちそうになる。これまでに九州の宮崎県は大崩山の宿で鹿の刺身を食べた。福井県の勝山では熊の処女の刺身のルイベを食べた。子を産んだ熊の肉は硬いらしい。新潟県では熊鍋をいただいた。肉片はあまり味わえなかった。イノシシの鍋は比較的食べた方である。供給が安定すれば足助名物として宿で出すのも良い。その後、百年草で汗を流して帰名した。正常に歩けるので膝には負荷が少なかったようだ。

佐久島の山巡り2016年02月28日

離島への遠足のため船に乗る

春の日や佐久島へ行く海の旅

島影の霞て見へし日間賀島

延々と知多半島の霞けり

水仙や富士山へ道著(しる)きかな

媼二人大鍋で煮る鹿尾菜かな

佐久島のいち早く咲く初桜

老いてなほ白い椿紅い椿も咲かせけり

蝌蚪を見るためにうつ伏せとなり

春の鳥古代の森に住まふべし

舟盛りは大鮎魚女(あいなめ)の刺身かな

茹で蛸を切るや剪定はさみめく

つるつると啜るに生の水雲かな

海苔粗朶が見へて港に近づけリ

信州新町ジンギスカンの味2016年01月30日

 1/19に志賀高原の帰りは時間もあり、高速をやめてR19で帰名した。犀川に沿う国道である。今は高速に流れるせいか、交通量はいたって少なく快適なドライブだった。犀川のダム湖付近では三重交通のバス転落事故現場の石碑が目に入った。この時も愛知県の日本福祉大生が多数亡くなった。軽井沢でもバス事故が起きてまだ事故原因の究明中という。気をつけねばなるまい。
 信州新町に来るとジンギスカン街道なる看板があり、焼肉を食わせる店がしばらく続いた。空腹ではないので、Aコープによって味つきと冷凍羊肉を購入した。帰宅後、夕飯に味付肉は玉ねぎとキャベツと炒めて食べた。美味。
 一昨年、小川路峠を飯田市側から歩いた際、遠山谷の人らが担ぎ上げて、焚火で焼いてくれたもてなしの味を思い出した。甘めの味がいくらでも入る感じがした。
 信州新町ジンギスカンの冷凍肉の方は2回に分けて食べた。これはにんにくと唐辛子を振って漬け込み、ガスの天火で焼いた。にんにくの香ばしい香りによく合う。量が多めなので今日やっと食べ終えた。
 最近購読した白澤卓二『病気にならない食べものバイブル』(扶桑社新書)に、カルニチンが豊富で、豚の9倍、牛の3倍もあるとか。脳の神経細胞を活性化するそうです。ボケ予防が期待できる、とあるので老人はもっと食べたい肉です。アセチルコリンなる栄養分もあり、記憶力のアップや学習能力の向上に役立つとも。受験生にお奨めです。但しマウスの実験レベルの話。おまけに肥満予防にもなるという。
 一般の食品スーパーの店頭ではほとんど見かけない。マトンを食わせる焼肉屋に行ってせっせと食べたいものです。ググると遠山ジンギスカンもヒットする。他に信州で旨いものといえば鯉の旨煮。ビニールパックを買ってストックしてある。

お千代保稲荷に商売繁盛を祈願!2015年08月15日

 2009年10月に定年退職後、2010年8月1日に名古屋市中区丸の内に行政書士事務所を開業した。あれから早いもので今年で5周年を迎えることができた。開業年の年末年始にお千代保稲荷に参拝したのを契機に毎年1月中には参拝する。念願はもちろん商売繁盛である。
 念願すればご利益は付いて回るものだと思う。2010年11月に会計の仕事、翌年には契約書の仕事が入って順調なスタートを切れた。定期収入は事務所の運営を支える。そしてスポットでも帰化申請、成年後見人の仕事等が舞い込み、軌道に乗った。
 昨年8月1日には新事務所を確保。旧事務所の撤去のために移転を余儀なくされた。新事務所を物色するが、賃貸も割高のために思い切って自前の事務所を持つことにした。事業用資産は減価償却できるからだ。地下鉄・久屋大通駅から徒歩2分の好立地である。今回はこれのお礼参りもある。
 当面の目標の年商1000万円まではまだ遠いが、節目節目で伸びてゆくだろうと思う。富士登山と同じで、山麓の登山口から5合目までは緩斜面の登りで長く、ゆっくりした歩みであるが、5合目を越えると傾斜が増して登りがたくなり苦しくもなる。そんな時神頼みが生きてくる。
 昼前の暑い時間帯に出かけたせいか、車は少ない。正月ほどの混みようはないが、適度に善男善女の流れはあるので淋しい感じはない。50円だして油揚げとローソクを買って参拝。小社にも丁寧に参拝した。
 もう一つの狙いは「なまず料理」を食することだった。小ぶりのなまずの蒲焼と鯉の刺身、鯉こくなどがついて2000円。但し、一口食べると頼りない味覚にがっかりする。淡白な白身を甘辛い醤油味で整えてある。醤油のたれの味に負けているのだ。鰻とは見た目そっくりでも脂分の豊富さにおいて比較にならない。旨みとは実に脂肪にあると思わせた。店を出ると、串カツの店が人だかりになっていた。見るだけにして車に戻った。

ぼんぼり点く2015年03月21日

 天白川沿いの堤防道路の桜並木にぼんぼりが設置された。
 今夜、初点灯

ぼんぼりが川面に映えて流れけり

地下鉄に乗るや袴の卒業子(3/20)

明日からはすねかじり終ふ卒業子

  久屋大通駅を出ると

木蓮が大路に春を告げにけり

初ざくら桜通りの主(ぬし)なめり

  ようやく店頭に出たこうなご

こうなごをたっぷりのせてめしをくふ

喜びは分かち合ふべしわかめ汁