来年は犬年の山へ!2017年12月01日

 早いものでもう12月。年賀状の売り込みには犬のデザインをあしらったきれいな絵柄が多い。そうか、犬の山名をリストアップしておかねば、と思う。イヌの文字は犬、戌、狗がある。
 思い出すままに挙げると、愛知県の地名にはずばり犬山がある。鈴鹿山系の滋賀県側の地名に犬上川がある。ポピュラーな動物なので全国各地にあると思われる。
 山名では富山県の犬ヶ岳か。北アルプスの栂海新道をたどると通過する山である。
 静岡県の山犬段はマニア向きだ。山系は違うが同じ山域の山住神社に参拝するのもいい。山犬信仰だから。但し、冬は通行できるかどうか。
 検索すると全国的には多々あるが、東海地方では犬の名前がつく山名は少ない。
 イレギュラーな把握だが、豊田市の天狗棚も挙げていいだろう。すると鈴鹿の伊勢側の狗留孫岳、近江側の天狗塔がある。奥美濃の天狗山も視野に入る。八ヶ岳まで足を伸ばすと天狗岳がある。

小泉武夫『猟師の肉は腐らない』を読む2017年08月25日

 書店をのぞいてふと見つけた新潮文庫である。2014年に単行本が出て2017年4月に文庫化された。日経新聞連載で知った『食あれば楽あり』は読んだ。この本も文庫化された。掲載の本は最初は発酵学の蘊蓄を傾けたエッセイかと思ったが何と小説であった。この著者は小説も手がけているんだ。
 山岳文学というと深田久弥、新田次郎、田中澄江辺りが有名だ。山に登ったり下ったりで中々文学にはなりにくい。新田文学はなんでも気象学に収れんされてしまうので飽きた。
 さて、お得意の発酵学からはどんな文学を?
 舞台の設定の八溝山地というのが気になっていた。以前から八溝山には登山したいと思っていた。そこを舞台にどんな物語を展開しているのか興味津々で読み進めた。 
 登場人物は八溝山地に生れの猟師の義っしゃんと猟犬のクマ1頭、それに小泉さん自身らしい東京の先生である。一人称である。
 とにかく出てくるのは山暮らしの猟師の創り出す食べ物がテーマであった。実は私も農家の生まれなので子供時分から蜂の子、川魚などは自分で捕って食べていた。鶏も飼い、年末、葬儀などのイベントがあれば1羽つぶしたものだった。うなぎも祖父に連れられて仕掛けに行った。大きなミミズを隣家の畑に断ってとり集め、それをすぐに仕掛けて川に沈めた。朝4時ころ、子供の時分にはそんな早起きはできず、祖父が回収に行き、何匹か仕掛けに入っていた。それをためてひと夏に何度か天然ウナギを食したものである。
 そんな田舎暮らしの食い物のネタがいっぱい詰め込まれた「小説」だから楽しく読み、またサバイバルなどと声高に云わなくとも自然の中でカネ要らずのグルメを堪能する夢や可能性を抱かせるのである。
 実際、読んでいる最中に買い置きした豚肉の調理を思いついた。猪肉の燻製とまではいかないが、豚肉に天然塩を振り、おろしにんにくを合わせた。しばらく置くと水分がしみ出して、終わったころで天火で焼くと実にやわらかくおいしい味になった。燻製ならなお美味であろう。マンション暮らしでは煙は御法度なのである。
 水郡線の矢祭山駅で降車する件までは事実であろう。その先からフィクションの小泉発酵学ワールドの世界に入る。
 先生が山奥に住む義っしゃんへの手土産に背負うものとしては
1 粕取焼酎・・・いまだ飲んだことがない。アマゾンでぐぐると高いがワンクリックで買える。
2 飛魚のくさや・・・これも未食である。ただし、飛魚のだしは、冷麦、ソーメンの汁として、何種類かアマゾンで買った。スーパーの有名メーカーの均一で甘めの出しには飽きがきているからだ。
 飛魚の出しを使ったら抜群にうまい。焼そばや卵焼きの出しにも使っている。ペットボトルの残り少なくなって見えてきた飛魚はカレーの隠し味にする予定だ。
 とこれだけだが義っしゃんの大好物なのだ。
 一方で文中の山のメニューに素材は
1 赤蛙
2 岩魚  甘露煮、燻製
3 山女
4 鮠
5 蝮
・・・・これは血を飲む。焼酎に漬け、まむし酒にすることもあるようだ。三重県の田舎の叔父はマムシを見つけると捕まえて首をはね、生き血を飲んだ。但し、昨今の農山村では田畑や農道にも農薬をまく。それに汚染された蛙、蜥蜴などの小動物を蛇が飲み込むと食物連鎖で、農薬の濃度が高くなる。そのマムシ酒を飲んだ息子が急死、そんなはずはないと老父が試飲したらやはり死んだニュースが奥三河であった。今は注意が要る。
6 縞蛇
7 鶫
8 山鳩
9 鶉
10 猪肉の燻製
・・・愛知県足助町の山奥では今でも猪が大活躍するらしい。この前行った山の伊熊神社の麓の山家では2日に1回は巡回してくるそうだ。そこで罠を仕掛けてある。捕獲すると埋設するとか。足助町ではジビエとして「山恵」なる解体会社をつくって猪肉の販売に乗り出した。私も購入したことがある。そんなに美味いものならここでも燻製を売ってくれないだろうか。
11 じゃがいもとニンジン
12 キューリ、トマト、
13 蝗 佃煮
14 地蜂の子の甘煮、炊き込みご飯
・・・・これは奥三河や東濃の山村で食える。先だって、新城市のゆーゆーアリーナの食堂のメニューにもあった。須山御嶽山に行く際、地蜂の採集禁止の警告板を見た。いまや、珍味ゆえに希少性のある財産になった。
15 野兎
16 納豆
17 山ブドウとあけび
18 どじょうの蒲焼・・・・これは豊橋の松葉公園の近くの小さなうなぎ屋で食えたが今もあるかな。うなぎ養殖の池にどじょうを放しておく。うなぎよりあっさりした味でしかも安かったからちょくちょく食べた。蒲焼、柳川鍋ともに美味かった。
19 かぶと虫の蛹・・・これもクヌギの丸太を割った際に蛹(白っぽい幼虫)が出てきた。祖父の話で焼いて食った記憶がある。ヘコキムシ、クワガタムシ、カミキリムシもある。
20 山羊の乳・・・・日進市の田園地帯をポタリングしたていたら、山羊を飼っている家を発見した。都市近郊ではいまどき珍しい。富山県立山町の道の駅みたいな土産物センターでも山羊を飼い、山羊の乳のソフトクリームを売っている。
21 その他の植物の根や実の話
以上は第1部の長閑なること宇宙のごとしに出てきた食味である。梅雨明け近い、というから7月初旬の八溝の夏の四泊五日の山暮らし体験記であった。
 第2部は八溝の初冬の候である。あれから2年5ヶ月後の12月初旬、三泊四日の山暮らしに出かける。そこの食生活は如何。今度も粕取焼酎は無論、魚の缶詰、くさや、カレールー、塩鮭、を持参。
1 猪肉の味噌漬け
2 渓流魚のカレー・・・イセエビのカレーは聞いたことがある。魚は出しが良く出るのでカレーには良い。鮎が安くなれば鮎カレーを作るか。鮎をカラカラに焼いて出しにすると美味いかもしれない。鮪缶、アサリ缶、鮭缶などのストックは欠かさない。

 さて、あれだけの食材をあてに飲んでは食い、食っては飲んでいる場面ばかりである。しかし、それではいくら発酵学の蘊蓄が盛りだくさんでも物語性がない。
 事実上は猟師の山暮らしなので猟犬の「クマ」の話と猟銃の村田銃の話も出てくる。なかでも「クマ」は高安犬と秋田犬のハイブリッド(優性遺伝)の設定になっている。 
 ここまで読んではたと思い出したのは戸川幸夫『高安犬物語』(新潮文庫)の本だった。動物文学の嚆矢とされる名作である。作者は直木賞も受賞した。この小説は高安犬物語、熊犬物語、北へ帰るなど5編の中短編からなり、1から3編が高安犬がテーマになっている。
 熊犬物語には希少種であり、秋田またぎ犬と掛け合わす話がでてくる。また病気で手術する話もあり、もちろん村田銃の話も出てくる。小泉氏もこの本を下敷きにしているな、と感じさせる。この知識の挿入が本書を発酵学の蘊蓄を傾けた食道楽三昧に堕落させないスパイスの役目になっている。

 ただし、時代の設定が不明な点が消化不良を起こしている。というのも早川孝太郎全集Ⅳの「常陸八溝山麓の狩詞」に語彙がまとめられている。前文のみ引用してみよう。

<太子町を立ちて八溝山麓黒沢村に一泊、翌日は矢祭山を見、国境を踰え磐城の平原に入る。水の流れ依然南に向うが不思議なり。あたかも秋の盛りにて遥かにみる東白川郡の山々一様に染まり、低き丘の次々に続きし様印象深し。東館に一泊、翌朝立ちて塙に向う。徒に家のみ大なる者並びたり。知る人も無く町を一巡して、またもや道を田に出で、そこに働く人をとらえてモンペの話を聞く。モンペは近年の輸入なり。
塙、花輪、鼻輪。阿武隈川のほとり武隈の塙の松。
有名なる賽の神。
磐城の塙も似た地形なり。秋田県と岩手の境の花輪、これも同じ地形なり。山形県にもあり。喬木村に稲荷神社あり。そこの祭特色あり。人の名もききたれどついにたずね行かず終わりたり。著者の欄外書き込み>

八溝山   茨城、栃木、福島の三県に跨り、久慈郡の北端を占める常磐一の高山である。頂上に八溝神社を祀り、代々の神主を磯神の高階氏と言って、遠く紀伊の鈴木氏の末である。ここ三、四〇年前までは、附近一帯に猪鹿が多かったので、今の黒沢村のうち、蛇穴、磯神、上の宮、上郷等部落はほとんど狩を渡世にしていたのである。現今では猪はほとんど影を絶ち、僅少の鹿が頂上付近に棲息するというが、それもあるいは疑問とするくらいである。したがって狩りの生計は跡を絶って、狩詞ばかりがわずかに遺っている。
以上
 昭和3年11月「民族」に初出した文の時点でさえ、狩はもう廃れていたのだった。したがって小説が成立するのは少なくとも大正時代以前というのが私の推測である。
 文中の住所には東白川郡矢祭町とある。これは昭和38年に合併後の地名だ。
 水郡線が開通したのは明治30年であるから結構早い。矢祭山駅は昭和12年3月開業である。
 アマゾンの本書のコメント欄にはかすみ網猟禁止とか現代の基準からみて違法性を指摘する。鳥獣保護法は明治初期から制定されているが、かすみ網の禁止そのものは1947年以後である。
 時代考証するととてもでたらめの小説と突っ込まれている。私もそう思う。しかし、ここは小泉発酵学の蘊蓄を吐露する場所として八溝山が選ばれたのだ。小説たるゆえんである。読後感としては悪くないのである。

名銀ハートフルプラザ「はじめよう登山」セミナー②2017年08月09日

 8/8の名銀ハートフルプラザの「はじめよう登山」セミナーは15名の受講者を得て無事に終了。台風5号の接近でスワ中止かと危ぶんでいたのですが開催できてほっとしました。
セミナーでは、大きなTVに国土地理院の地図にアクセスして、個別の山を映しだし、言葉だけでなく視覚的に位置関係も見てもらいました。プレゼンの技がないのでこれが精一杯です。
 2014年に長野県から始まった山のグレーディング表は今は岐阜、山梨、新潟など名峰、難峰をかかえる自治体がHPで公開中です。
 東海地方はないので、考え方のみ同じで、日帰り可能な名古屋近郊のグレーディング表を作成して、受講者に見てもらいました。自分が登りたい山がどんな位置にあるか、登る体力、登山技術などがマッチするか否かを一目瞭然で判断できるものです。表の右上に良い山が偏ってきます。
 結果として、良い山、登りがいのある山ほど何がしかのリスクがあるものです。当然か。体力や装備、天候判断を誤れば遭難するわけです。
 そこで登山のトレーニングは登山が一番と、近場の山へ通うようにお奨めの山を挙げておきました。2ヶ月で3座登れば(年間18座)健康にも良く筋力も落とさずに済む。

名銀ハートフルプラザ「はじめよう登山」セミナー①2017年07月11日

 名銀ハートフルプラザは大名古屋ビルヂング16Fにある。今冬、成年後見制度の広報のセミナー開催の交渉に行った。話は難航した。セミナールームから濃尾平野の山々がよく見えるので、話のはずみで、山の話題にふれた。今回、縁あって、山のセミナー開催にこぎつけた次第である。芸が身を助けるほどの不仕合せ(古川柳)というがまさにそんなことになった。成年後見のセミナーも7/26にやれるので言ってみるものである。
 持ち時間は1時間なので広範囲な話は無理。課題はそれこそ山のように盛れるが、最新の衣類の知識の説明に重点をおいた。ちょっとした知識が生命を左右するかも知れない。
 レジュメはあっさり書いておいて、深い話は参考資料4点を添付した。
心得・・・山の命と弁当は自分持ち

服装・・・吸汗速乾機能の衣類

装備・・・スマホの利用が普及拡大中だが、必携とまではされていない。ザックと登山靴は基本のキなので登山用具専門店で相談して購入。

ストック・・・あれば便利で脚力を補佐する。しかし邪魔にもなる。必携かどうかは登山者次第である。

食料・・・粒食(ごはん)と粉食(パンやラーメン)の違い。

登山計画書・・・・条例化されて義務となった登山計画書。書くことで自分やメンバーの実力と向き合うことになる。
 実際の見本と長野県のWEBからDLした様式も呈示した。いの一番は登山計画書というわけである。
 次は書くための資料収集の選択である。ガイドブックとインターネット経由の情報との質的な違いを指摘した。

山岳遭難の多発傾向への警告・・・体力、技術、服装、装備の準備に怠りがなければ滅多に遭難はない。リーダーの心得、ビバークの心得も示した。残される家族の悲惨さも説明した。

定員は20名のところ19名の受講申込と聞いていた。予備の椅子を出していたから定員は若干オーバーしたのかな。腑に落ちる話になったであろうか。

NHKういちゅう「ゆる山へGO]の勧め2017年05月10日

 昨夜、3ヶ月に1度の成年後見監督人さんの書類監査を受けた。その後の雑談で、5/13は友人と御在所岳へ行くんです、と言われた。金華山くらいしか登ったことがないらしいので、リーダーはいるんですか、と聞くと、予定していたが来れなくなったそうな。すると女性ばかりの初心者同志なので、それじゃ大変と、アドバイスしておいた。
 曰く、三重県側の登山道はどのルートも厳しいこと、特に下山には転落、転倒に細心の注意をすること。できれば武平峠から登った方がいいと。
 そして、「NHKのういちゅう「ゆる山へGO」を視聴されるようにお勧めした。「ゆる山へGO」は鈴鹿の入道ヶ岳のガイド番組だが『分県登山ガイド三重県の山』の執筆者の1人の金丸勝実氏が指導している。短いが要所要所の注意点を指摘しているので鈴鹿入門に良い。
 御在所岳は初心者同志にはちょっと厳しいが女性は慎重なのでまあ無難に登るだろう。かつ、たまには日常を離れて怖い思いもしたいだろう。事故の起きないように祈ります。

 「ゆる山へGO]は4/15が1回目。2回目は私の担当で、5/13の朝7時30分から放映される。段戸湖から寧比曽岳である。

ウィークエンド中部のHPは以下の通り。これまでの動画にアクセスすると見られる。
http://www.nhk.or.jp/nagoya/we/

「山を撮る山を語る」のゲラ2017年04月14日

 4月22日(土)から中部経済新聞の連載を再開する。以前は単独で月2回の連載を40回続けた。数回で連載中止もあるよ、といわれたが、延長に次ぐ延長で40回にもなった。デスク周辺は資料の乱雑な山積であった。
 今回は写真は別人が撮影したもので、それに文章をつける形になる。作詞に作曲するような感じである。2月末にお誘いがあって面白いから承諾はした。とりあえず、夏ごろまでの4座4回分を書き送ってある。その1回目のゲラが出来た。
 早春の山に咲く花がテーマで、それにあった短歌1首がすぐ浮かんだ。更に俳句も2句つけたら500字はすぐ埋まった。先だって編集子から掲載にあたっては作者の承諾を得てくれというので、歌集や俳誌にあった電話で連絡したらご両人とも気持ちよく了解を得られた。面識もないのにありがたいことである。
 確かに、引用に当っては俳句短歌ほど無造作に勝手に使われるものはない。商業紙だけにその配慮はいる。ゲラを見ると美しい紙面になった。配達が楽しみである。今日は新聞の拡販に協力要請の手紙が来た。とる人はとっているだろうし、誰か居ないかな。部数削減に見舞われている新聞社も大変だ。魅力的な紙面づくりで拡販に協力したい。

訃報 演歌界の名伯楽 船村徹先生2017年02月17日

 日本山岳会だよりのメールを開くと、船村徹先生の訃報を伝える内容だった。
【訃報】
船村 徹 様(14674)84歳
栃木支部 通常会員
2017年2月16日逝去されました。

通夜 22日午後6 時、
葬儀 23日午前11時から
会場 護国寺
   〒112-0012 東京都文京区大塚5-40-1
   電話 03-3941-0764
喪主 蔦将包(つた・まさかね)様(ご長男)
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
以上
 もう84歳にもなっていたことに驚いた。作曲家としての実力は知らない人は居ないだろう。とにかくヒット曲の多い人だった。あの曲が、あの曲も、というくらい数多い。演歌の大家だった。歌手にとっては船村徹作曲のデビュー曲が一生のヒット曲にもなっている。一人や二人ではないから演歌界の名伯楽と言えよう。

 そんな先生は意外にも「山の日」の制定に熱意を示した。日本山岳会の正規の会員でもあった。これを知ってからいっぺんにファンになった。
「「山の日」の言いだしっぺは船村徹さんか? 」
http://koyaban.asablo.jp/blog/2015/08/12/7731748

 昨年の8月11日の「山の日」の制定を見届けて、力尽きたのだろうか。

  ふるさとの山河に還る二月かな   拙作

 心より故人のご冥福をお祈り申し上げます。

北アルプス 大町登山案内人組合100年 日本最古PR2017年02月01日

 WEB版毎日新聞から
 長野県大町市の登山ガイド団体「大町登山案内人組合」が今年、発足100周年を迎える。日本初の登山ガイド組織として、楽しみで山に登る日本の近代登山の発展に大きく貢献してきた。組合は今年、市などと協力して記念事業を展開する計画で、関係者は「日本最古の登山ガイド団体はあまり知られていない。市の山岳文化をPRする機会にしたい」と話す。【稲垣衆史】

 組合は「大町登山案内者組合」として1917(大正6)年6月に設立された。前年に信濃鉄道大町駅(現・JR信濃大町駅)が開業し、北アルプスの地形図が整備されるなど、それまで知識人が中心だった登山が大衆化。大町も北アルプスの玄関口として年間1000人の登山者が訪れていたとされる。

 増加する登山者の要望に応えようと、組合を創設したのが市内で旅館「対山館(たいざんかん)」を営んでいた百瀬慎太郎(1892~1949年)だった。質の高い案内人を安定的に提供するため、地元の猟師ら山で働く人を中心に22人をガイドとしてまとめた。料金トラブルを避けるため定額料金を導入したり、心得や規約を作ったりし、資質の向上に努め、針ノ木小屋建設など針ノ木岳周辺の環境整備にも尽力した。こういった活動は模範となり、各地に同様の組合ができた。

 大町山岳博物館の関悟志・学芸員によると、百瀬は対山館を訪れる著名な登山家らと交流する中で、地元にいながらも新しい海外の登山文化などを取り入れていた。「組合の拠点だった対山館はサロンのような山の情報の交流・発信場になり、近代登山の発達に影響を与えた」と話す。

 戦時中、登山者が減り、対山館が廃業するなどして活動は一時休業状態になるなど存続の危機が何度もあったが、乗り越えてきた。現在、組合には市周辺に住む約40人が加入。登山ガイドだけではなく、北ア北部地区山岳遭難防止対策協会のメンバーも兼ねて遭難救助や見回りなどにも当たる。狩野正明組合長(68)は「100年で山の道具も環境も変わったが、受け継いだ組合の伝統は伝えていかなければならない。活動や意義を知ってもらい、見直す機会になれば」と話す。

 記念事業では、組合員のガイドによる針ノ木岳へのツアーの他、同博物館では百瀬らを中心とした地域の登山史を紹介する特別展を開催。11月17日には記念式典も開く予定。
以上
 山やには第一級のニュースですな。是非時間の都合をつけて行きたいものです。
 名古屋の伊藤孝一との交遊関係を調査するうちに百瀬慎太郎に触れないわけにはいかなかった。
 百瀬慎太郎遺稿集『山を想へば』を富山県立図書館経由で借りて、今も毎日読んでいる。宿泊客からの手紙や宿帳を抜粋した書簡集はさながらに近代登山のあけぼのを彷彿する一級の資料になっている。短歌は30歳代と40歳代が抜けているので完全に網羅されていない。散文も貴重な文献である。
 対山館は登山の拠点になっていた。今では一流と目される登山家が集まってきた。
 伊藤孝一は鹿島川を遡行するために来て泊まっている。俳人の河東碧梧桐一行はここに泊まって日本アルプス縦走に向かったのだなと分かる。名高い田部重治はまだ独身時代に南日重治の名前で泊まっている。伊藤孝一の手紙には時間があれば一緒に登りたいと懇願する手紙を出している。百瀬慎太郎の人柄の良さにひかれて交遊した期間は死ぬまでに30年に及んだ。赤沼千尋も同じだった。同書P90には登山案内人という言葉は大正初期にできたとあった。結局百瀬慎太郎あっての登山大衆化だったと思える。

新年会2017年01月21日

 1月21日はいくつもの新年会が重なるのはやむを得ない。その中で山岳会は30年近く続けてきたから最優先することになる。しかも年頭から続いた新年会もほぼ終わる。後は同窓会とか個人的なカテゴリーに関係するものはある。小正月も過ぎれば世間はそろそろ動き出すからだ。
 今年は山岳会ルームに隣接する高砂殿が解体した結果、ウイル愛知に変更された。ちょっと不便になった。16時30分過ぎに会場入りするが何となく手狭な感じがする。セミナールームだから縦型の間取りになりやむなしだ。
 高橋支部長の挨拶に始まった。支部長としては48歳とかなり若い。いやかつてはみんな若かったのだ。若い会員の入会がないので年々平均年齢が上がり、今や70歳代になった。ここからどうやってかつての勢いを取り戻すかは彼の手腕にかかっている。
 続いて毎年、外部から講師を招いての講演になった。今年はNHK山岳班指導員、関裕一氏。明治大学山岳部コーチとして活躍中とのこと。テーマは「山岳番組の舞台裏」であった。これまでの映像のさわりを挿入しながらあっと言う間に終わった。
 山岳番組は視聴率がとれるそうだ。それは以前にも同じNHKから招いた講師も言っていた。あれは田部井さんの番組だったが滅多にない再放送の要望が非常に多かったことを聞いた。根強いファンがいるのである。日本百名山をTVで放映してブームにしたのもNHKであった。最近ではデナリ(マッキンリー)からの大滑降とか、大岩壁の登攀が好評という。非日常の世界を茶の間で味わうことが好きなのだろう。
 歴史番組はドラマであれ、ドキュメントであれ、バイアスが入るから山岳を舞台にした番組はリアルで迫力に富むところが人気を呼ぶ。
 但し、単なる事実だけではだめで、最近は高性能なカメラ機材を活用したり、ドローンも使って人間の視点では得られないアングルからの映像も使われる。中々に苦労の多い舞台裏を見せてもらった。
 その後は懇親会で旧知の友人らとの話に花を咲かせた。

低山学入門5・・・登山の装備と道具、服装など2016年12月12日

 登山の用具、服装は私の山歴40年の間にめまぐるしく変わった。
 当初は日常に着ていたシャツのお古、はき古したズボンを転用したり、帽子、手袋などは一般品を使っていた。高価なウールのシャツ、ズボン下を着て厳冬の山に登山してきた。

 ウールの保温性は抜群である。毛玉ができやすいことで擦り切れてしまい穴が開く。洗濯で水洗いができない。圧迫を受ける箇所はフェルト化しやすい。激しい使い方をするにはメンテナンス性が悪いというわけで登山衣料の世界からは姿を消した。わずかに手袋、帽子、靴下で頑張っている。

 今は登山専用にカスタマイズされた便利な機能的な衣類が普及している。例えばズボンのポケットのジッパーは一般品にはない機能である。割高な価格を除けば結構なことだと思う。
 友人の中には作業着の専門店で間に合わすのも居る。これは価格は50%OFFであるが丈夫さを機能とするためかやや重い。

 透湿性、吸汗性、保温性、洗濯に強い、防臭性はどの衣料も当然のようになった。登山用衣料から始まった差別化は一般化しているから量販店のものでも間に合うだろう。

 肌に着ける下着についてはナイロン製ながら機能的で画期的なものがある。汗を吸い上げて重ね着した衣料で発散する仕組みである。沢登りで全身が濡れても沢から上がるとさっと水切れして乾きが早い。これは優れものである。今までは衣類が水分を吸って重くなるわ、体温が奪われるわで対応が大変だった。長い距離では大きな差がつく。これは防寒着の下着にも有効である。冬でも汗で濡れることもあるからだ。

 登山靴も大きく変わった道具の一つだ。革製重登山靴からプラスチック製になった。中級から初級クラスの登山ではまだ革製が幅を利かせている。ナイロンの表皮が多かった軽登山靴は水分を発散するためにゴアテックスを組み込んだ靴を多く見かけるようになった。基本的には靴底がしっかり土や雪に食い込むパターンのものを選びたい。

 ストックは中高年世代が登山の世界に遊ぶようになってから急速に普及した道具の1つである。それまでは冬山でピッケルくらいしか手に持つ道具はなかった。山スキーではストック2本は必備の道具であり、それが独立して一般登山者をサポートする道具になったのだろう。伸縮機能付きが普通になった。

 地形図、コンパスは必携なのは昔からであるが近年は高度計付時計、更にGPS機能のスマホ、GPSが登山者に広まっている。この傾向に比例するように道迷いの事故が増えているのは皮肉である。使いこなせていないのだろう。事前に地形図をにらんで地形を読み込んでシュミレーションしておくことが肝要である。
・コンパス・・・自分の立ち位置を中心に方向を知る道具
・高度計・・・気圧を利用するので誤差を織り込んでおく。独立標高点があれば修正するか誤差を知っておく。
以上を踏まえて行き先を判断する。
・尾根、稜線、山頂・・・周囲を眺めて特徴のある山、地形があれば立ち位置からの方角を地形図に合わせる。特に山頂からは放射状に登山道が集まる場合は下山に要注意である。
・谷の中・・・特徴のある地形・・・滝、大きな崖、大きな岩、大きなガレ、大きな崩壊地、谷の上を横切る高圧電線、谷の下に広がる風景などを判断することになる。

 ザックは殆ど変わり映えのしない道具である。機能は収納だけであるからそう進歩することもなさそうである。

 ヘッドランプは夜間の照明に欠かせない。乾電池のたゆまない改良、電球がLEDに進化して革命的な商品が出回る。もう重くてちょくちょく切れた電球のヘッドランプは使えない。

 雨具も画期的なゴアテックス製が普及して久しい。但し、私は購入したことがない。余りにも高価なのと使う機会がないこととで安いもので間に合わす。但し、ヤッケだけはゴア製を利用している。