『山・自然との対話』 日本山岳写真協会東海支部 創設40周年記念写真展を見学2020年11月17日

 愛知県美術館8Fで今日から開催された山岳写真展を見学してきました。いずれ劣らぬ大作、力作、傑作、佳作揃いでした。入場無料。11月23日まで。Kさん、Sさんらが対応に大わらわでした。Hさん(女性)にもお会いしました。こんなイベントでもないと中々会えません。
 Kさんの話ではFさん(女性)が9月に亡くなられたと知りました。山岳写真が大好きな88歳くらいだったと思います。それもそのはずで、父親は登山家で毎日新聞の有名なカメラマンでした。名古屋生まれの富豪で山岳映画の嚆矢として冬の黒部の山岳景観を映画化した伊藤孝一の映画フィルムを発掘したことで知られています。

『山と溪谷』誌11月号2020年10月21日

 10/15に発売した「山と溪谷」誌11月号の売れ行きはどうかと、ジュンク堂栄地下店へ見に行った。発売時5冊以上は在ったが、1週間後の今は2冊残っていた。山岳書コーナーにまわって1冊あった『分県登山ガイド 愛知県の山』の在庫が無いことが分かった。相乗効果で売れたみたいです。やっぱり地元の山が取り上げられると、一度は登った山であっても買われるみたいだ。

トレラン遭難・・・行方不明になると2020年10月17日

 10/11に白山の楽々新道をたどるトレランのトレーニングに出かけたまま帰宅しない登山者がいる。10/14に警察の捜索は打ち切りになり今は家族が民間に切り替えた。現在はヤマレコで家族の中の娘さんが情報収集に懸命である。
 当会のブログにも掲載して拡散する協力をした。ささやかだが1人の人間の人脈は未知から未知へとつながって膨大な人数に拡散されてゆく。しかもインターネットは今や日常になった。多数の人が少しでも知れば拡散される。
 有益な情報がなくても捜索ボランティアに名乗りを上げる人も出てくるだろう。今はプロが2人、元捜索隊員だった人などが続々加わっているらしい。降雪期の初めでまだ少しは助かった。
 高い山ではもう降雪である。当然白山も降っている。トレランは装備を極端に切り詰めるからもしもの際は無防備で発見されても悲しい結果になるかも知れない。
 50歳代なので家族もあり、養育費もかかる年代だ。行方不明のままだと、職場は解雇、退職金はスズメの涙、給料は不明日以降は支給されず、相続はできない。金融機関の口座は遺産分割協議ができるまでは解約も凍結される。相続手続きは家裁に失踪宣告を申し立てて7年後になる。特例はあるのだろうか。
 行方不明は余りにも高い代償を払うことになる。

オイル交換も世相を反映している2020年10月15日

 マイカーのエンジン音が大きくなってきた。今日はオートバックスでオイル交換を頼んだ。エンジン音はコンディションを伝えてくる。もう換えておくれよ、との合図である。
 思えば、今年2月以来4800km走行していた。大体4000km前後でやるが、4月から今まで遠方へのドライブはしてこなかった。月平均800kmだから1日では26kmくらいになる。丸の内の事務所を往復するとそれくらいにはなる。事務所へも散発的に行っただけだった。買い物と通勤がほとんどであった。
 6月までは感染予防で地下鉄、バスの利用はせず、マイカーと自転車のみだった。名城公園に路駐してそこから丸の内に通ったが駐車違反を取られた。痛かったがコロナに冒されるよりは安くあがっただろう。その自転車も前輪が暑さでパンクしたのでタイヤ毎交換したばかり。おカネは出て行くばかりだが何事もメンテナンスは大切。
 皆が外出自粛していた4月から5月は軽油代も100円割れしていたが最近は107円から112円と上がり始めている。それだけ需要があり経済が活発化の兆しを見せているのだろう。
 何か明るい話は無いものか。
 そういえば、「山と溪谷」誌11月号が先日届いた。ちょっとだけ日帰り登山の企画に関与させてもらった。この企画もコロナ禍があったればこそ発想された。小屋泊まりの登山はどこも前年比2割から3割だったらしい。その分低山に行く。低山では遭難が激増中である。何にしても自分の名前が掲載されると良いものです。これは明るい話です。

原稿書き進む2020年09月14日

 あれだけあった原稿の空白がほぼ埋まってきた。完全に埋まれば今度は推敲ということになる。後2から3日はかかりそうだ。気温が朝夕で25℃くらいまで下がってきた。夕方はもう薄暗いから日没は確実に早まった。その分気温が下がるのは道理である。そして体温と同程度だった気温が25℃まで下がると脳細胞も活性化するのか。仕事が進む。
 疲労感はない。夏バテというほどでもないがシャキッとしない。倦怠感を解消するために先週からどくだみ茶を飲み始めた。これまでの水出しのお茶から日常的に飲むお茶を変えたら早速反応があり、便通が良くなってきた。これも後押ししているのだろう。

休日出勤2020年09月13日

 日曜日だが、今日も原稿書きを進めた。朝からマイカーで行く。日曜はコインパーキングも駐禁も解除されるので至近距離で利用できる。本文は1山のみ残して何とか書けた。データなど付随の項目はガイドブックの転記でも良いので気楽だ。

飛騨の山と「高校三年生」の歌詞のハルニレ2020年09月12日

 猪臥山の原稿を書いているとき、不図思い出したのが、下山路で見た「ハルニレ」の木だった。これは中学2年か3年のころ大ヒットした「高校三年生」の歌詞の2節目に出てくる♯ニレの木陰に♪のニレであると知った。それで『東海・北陸の200秀山』を読むと何と私が書いていた。そしてニレのことも書いているではないか。
 今度の原稿にも是非書いておかねばなるまい。作詞したのは丘灯至夫(1917年2月8日 - 2009年11月24日)で、福島県田村郡小野新町(現小野町)の出身なので、ニレが普通に生えているのだろう。
 小野町ではきちんと「丘灯至夫記念館」とホームページを設けて顕彰している。
 略歴をコピペさせてもらう。
大正 6年 0歳 2月8日福島県田村郡小野新町(現小野町)に西田屋旅館(現存)に西山亀太郎、モトの六男として生まれる
昭和 4年 12歳 福島県郡山市金透小学校尋常科を卒業
昭和 7年 15歳 福島県郡山市立郡山商工学校(現・福島県立郡山商業高等学校)商業科を卒業
昭和10年 18歳 詩人・西條八十に師事 詩、歌謡、童謡などの作詞の道に入る
昭和16年 24歳 日本放送協会(NHK)郡山放送局に入局 17年退社
昭和17年 25歳 毎日新聞社(東京)に入社 福島支局記者として勤務
昭和24年 32歳 日本コロムビア株式会社専属作詞家となる
昭和38年 46歳 「高校三年生」(舟木一夫・歌)他の作詞により日本レコード大賞作詞賞を受賞
昭和39年 47歳 童謡「ワン・ツー・スリー・ゴー」(交通安全の歌)補作により日本レコード大賞童謡賞を受賞
昭和47年 55歳 毎日新聞社を定年退職 出版局特別嘱託となる(終身名誉職員)
昭和57年 65歳 地方自治功労により福島県田村郡小野町特別功労表彰を受ける
昭和63年 71歳 芸術文化功労により勲四等瑞宝章受賞
平成 2年 74歳 県外在住功労者知事表彰を受ける
平成13年 85歳 福島県小野町 名誉町民第1号
平成21年 92歳 11月24日永眠
以上
 次はハルニレです。
 国土交通省北海道開発局のHPには
「ハルニレは北海道を代表する木のひとつで、「エルム」ともよばれる落葉樹。川沿いなどの湿った土地によく育ちます。豊頃町を流れる十勝川河川敷に立つハルニレは、樹齢が130年以上にもなり、まちのシンボルとなっています。紅葉も終わり、すっかり葉を落としたハルニレは、どこかホッとしているように見えました。」とありました。
 どうやら北の木なんですね。

 木の情報発信基地には
「ニレ科ニレ属。落葉高木。北海道、本州、四国、九州さらにサハリン、朝 鮮、中国などに分布する。高さ20-25m、直径50-60cmになる。大きなものは高さ30m、直径100cmに達する。ハルニレは、アイヌのユーカラ神話では、美しい女神とされていて、それにみとれた雷神が足をすべらせ、その上に落ち、女神は身ごもり、人の祖先であるアイヌラックが生まれたとされている。
 また、別名アカダモとも呼ばれ、元来東北地方から入った方言名である。ヤチダモあるいはアオダモの類ではと勘違いしかねないが、まったく関係はない。葉は互生、長さ3-12cm、葉縁に二重きょ歯がある。花は早春に黄緑色の小さい花を葉に先立って古枝の先に咲かせる。翼果は長さ10-16mmの膜質の倒卵形で、種子は翼上部にある。年輪が明瞭な環孔材。心材は暗褐色、辺材は褐色をおびた灰白色である。木理がはっきりしているので、コブや根に近い箇所にはとくに美しい杢が出る。重く硬い。切削・加工はやや困難であるが、曲げに強いので、曲木には適している。耐朽・保存性は高くない。用途として、家具、器具、車輌、単板などがある。淡泊な木材が好まれる場合には、ムクの木材として、また天然木化粧単板の材料としても使われる。」

原稿作成2020年09月11日

 出版社から依頼のあった原稿を一部作成して、規定の通り、意図に沿うかどうか問い合わせた。するとやっぱり、出版社側の意図とはずれていることが判明した。まだ3分の1程度なので軌道修正しながら仕上げていきたい。

山のセミナー講師2020年09月09日

 午後2時から3時まで名駅前のビルの一室で山のセミナーを開催した。その講師を務めた。一昨年もやったが今年はコロナ禍の登山の留意を注意喚起を込めて話した。特に登山計画書を作成して最低限家族に示しておくことで山で道に迷っても救助の助けになることを強調しておいた。
 そこらへ散歩に行くつもりで山に出かけて道迷いする登山者が圧倒的に多いからである。迷うとうろたえてそれが転落や滑落につながってしまう。いくら注意しても注意したり無い点である。
 備え付けのPCで国地院の地形図を大画面に映したり、検索もやってみせてみた。感じでは少しはやるが初歩の域をでない人ばかりだったと思う。PCの活用方法の講義にもなったと思う。地形図は単体で買うと高いのでプリントも活用すればいい。
 概ね好評のうちに終わった。15時で終わったが質疑がたえず、30分はオーバーした。最後に山やの隠語も好評だったかな。女性はお花摘み、男性は大雉打ち、小雉打ちなど。

山の選定2020年09月05日

 過日某雑誌社から東海地方の山の選定のアンケートがあった。大阪と名古屋のテリトリーの範囲内で登山向きの山を選んで欲しいという希望である。山は尽きることがない。しかも数が限定的であるから難しい。
 いろいろ考えた上で、『東海・北陸200舟山 上下』から選んでみた。高速道路の延伸で日帰り圏は驚くほど広がった。かつては前日に行かないと登山口に到達できない山も今では楽に行ける。ありがたいようなつまらないような気がする。一応まとめて送っておいたが果たして企画にあうかどうか。