NHKういちゅう「ゆる山へGO]の勧め2017年05月10日

 昨夜、3ヶ月に1度の成年後見監督人さんの書類監査を受けた。その後の雑談で、5/13は友人と御在所岳へ行くんです、と言われた。金華山くらいしか登ったことがないらしいので、リーダーはいるんですか、と聞くと、予定していたが来れなくなったそうな。すると女性ばかりの初心者同志なので、それじゃ大変と、アドバイスしておいた。
 曰く、三重県側の登山道はどのルートも厳しいこと、特に下山には転落、転倒に細心の注意をすること。できれば武平峠から登った方がいいと。
 そして、「NHKのういちゅう「ゆる山へGO」を視聴されるようにお勧めした。「ゆる山へGO」は鈴鹿の入道ヶ岳のガイド番組だが『分県登山ガイド三重県の山』の執筆者の1人の金丸勝実氏が指導している。短いが要所要所の注意点を指摘しているので鈴鹿入門に良い。
 御在所岳は初心者同志にはちょっと厳しいが女性は慎重なのでまあ無難に登るだろう。かつ、たまには日常を離れて怖い思いもしたいだろう。事故の起きないように祈ります。

 「ゆる山へGO]は4/15が1回目。2回目は私の担当で、5/13の朝7時30分から放映される。段戸湖から寧比曽岳である。

ウィークエンド中部のHPは以下の通り。これまでの動画にアクセスすると見られる。
http://www.nhk.or.jp/nagoya/we/

「山を撮る山を語る」のゲラ2017年04月14日

 4月22日(土)から中部経済新聞の連載を再開する。以前は単独で月2回の連載を40回続けた。数回で連載中止もあるよ、といわれたが、延長に次ぐ延長で40回にもなった。デスク周辺は資料の乱雑な山積であった。
 今回は写真は別人が撮影したもので、それに文章をつける形になる。作詞に作曲するような感じである。2月末にお誘いがあって面白いから承諾はした。とりあえず、夏ごろまでの4座4回分を書き送ってある。その1回目のゲラが出来た。
 早春の山に咲く花がテーマで、それにあった短歌1首がすぐ浮かんだ。更に俳句も2句つけたら500字はすぐ埋まった。先だって編集子から掲載にあたっては作者の承諾を得てくれというので、歌集や俳誌にあった電話で連絡したらご両人とも気持ちよく了解を得られた。面識もないのにありがたいことである。
 確かに、引用に当っては俳句短歌ほど無造作に勝手に使われるものはない。商業紙だけにその配慮はいる。ゲラを見ると美しい紙面になった。配達が楽しみである。今日は新聞の拡販に協力要請の手紙が来た。とる人はとっているだろうし、誰か居ないかな。部数削減に見舞われている新聞社も大変だ。魅力的な紙面づくりで拡販に協力したい。

訃報 演歌界の名伯楽 船村徹先生2017年02月17日

 日本山岳会だよりのメールを開くと、船村徹先生の訃報を伝える内容だった。
【訃報】
船村 徹 様(14674)84歳
栃木支部 通常会員
2017年2月16日逝去されました。

通夜 22日午後6 時、
葬儀 23日午前11時から
会場 護国寺
   〒112-0012 東京都文京区大塚5-40-1
   電話 03-3941-0764
喪主 蔦将包(つた・まさかね)様(ご長男)
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
以上
 もう84歳にもなっていたことに驚いた。作曲家としての実力は知らない人は居ないだろう。とにかくヒット曲の多い人だった。あの曲が、あの曲も、というくらい数多い。演歌の大家だった。歌手にとっては船村徹作曲のデビュー曲が一生のヒット曲にもなっている。一人や二人ではないから演歌界の名伯楽と言えよう。

 そんな先生は意外にも「山の日」の制定に熱意を示した。日本山岳会の正規の会員でもあった。これを知ってからいっぺんにファンになった。
「「山の日」の言いだしっぺは船村徹さんか? 」
http://koyaban.asablo.jp/blog/2015/08/12/7731748

 昨年の8月11日の「山の日」の制定を見届けて、力尽きたのだろうか。

  ふるさとの山河に還る二月かな   拙作

 心より故人のご冥福をお祈り申し上げます。

北アルプス 大町登山案内人組合100年 日本最古PR2017年02月01日

 WEB版毎日新聞から
 長野県大町市の登山ガイド団体「大町登山案内人組合」が今年、発足100周年を迎える。日本初の登山ガイド組織として、楽しみで山に登る日本の近代登山の発展に大きく貢献してきた。組合は今年、市などと協力して記念事業を展開する計画で、関係者は「日本最古の登山ガイド団体はあまり知られていない。市の山岳文化をPRする機会にしたい」と話す。【稲垣衆史】

 組合は「大町登山案内者組合」として1917(大正6)年6月に設立された。前年に信濃鉄道大町駅(現・JR信濃大町駅)が開業し、北アルプスの地形図が整備されるなど、それまで知識人が中心だった登山が大衆化。大町も北アルプスの玄関口として年間1000人の登山者が訪れていたとされる。

 増加する登山者の要望に応えようと、組合を創設したのが市内で旅館「対山館(たいざんかん)」を営んでいた百瀬慎太郎(1892~1949年)だった。質の高い案内人を安定的に提供するため、地元の猟師ら山で働く人を中心に22人をガイドとしてまとめた。料金トラブルを避けるため定額料金を導入したり、心得や規約を作ったりし、資質の向上に努め、針ノ木小屋建設など針ノ木岳周辺の環境整備にも尽力した。こういった活動は模範となり、各地に同様の組合ができた。

 大町山岳博物館の関悟志・学芸員によると、百瀬は対山館を訪れる著名な登山家らと交流する中で、地元にいながらも新しい海外の登山文化などを取り入れていた。「組合の拠点だった対山館はサロンのような山の情報の交流・発信場になり、近代登山の発達に影響を与えた」と話す。

 戦時中、登山者が減り、対山館が廃業するなどして活動は一時休業状態になるなど存続の危機が何度もあったが、乗り越えてきた。現在、組合には市周辺に住む約40人が加入。登山ガイドだけではなく、北ア北部地区山岳遭難防止対策協会のメンバーも兼ねて遭難救助や見回りなどにも当たる。狩野正明組合長(68)は「100年で山の道具も環境も変わったが、受け継いだ組合の伝統は伝えていかなければならない。活動や意義を知ってもらい、見直す機会になれば」と話す。

 記念事業では、組合員のガイドによる針ノ木岳へのツアーの他、同博物館では百瀬らを中心とした地域の登山史を紹介する特別展を開催。11月17日には記念式典も開く予定。
以上
 山やには第一級のニュースですな。是非時間の都合をつけて行きたいものです。
 名古屋の伊藤孝一との交遊関係を調査するうちに百瀬慎太郎に触れないわけにはいかなかった。
 百瀬慎太郎遺稿集『山を想へば』を富山県立図書館経由で借りて、今も毎日読んでいる。宿泊客からの手紙や宿帳を抜粋した書簡集はさながらに近代登山のあけぼのを彷彿する一級の資料になっている。短歌は30歳代と40歳代が抜けているので完全に網羅されていない。散文も貴重な文献である。
 対山館は登山の拠点になっていた。今では一流と目される登山家が集まってきた。
 伊藤孝一は鹿島川を遡行するために来て泊まっている。俳人の河東碧梧桐一行はここに泊まって日本アルプス縦走に向かったのだなと分かる。名高い田部重治はまだ独身時代に南日重治の名前で泊まっている。伊藤孝一の手紙には時間があれば一緒に登りたいと懇願する手紙を出している。百瀬慎太郎の人柄の良さにひかれて交遊した期間は死ぬまでに30年に及んだ。赤沼千尋も同じだった。同書P90には登山案内人という言葉は大正初期にできたとあった。結局百瀬慎太郎あっての登山大衆化だったと思える。

新年会2017年01月21日

 1月21日はいくつもの新年会が重なるのはやむを得ない。その中で山岳会は30年近く続けてきたから最優先することになる。しかも年頭から続いた新年会もほぼ終わる。後は同窓会とか個人的なカテゴリーに関係するものはある。小正月も過ぎれば世間はそろそろ動き出すからだ。
 今年は山岳会ルームに隣接する高砂殿が解体した結果、ウイル愛知に変更された。ちょっと不便になった。16時30分過ぎに会場入りするが何となく手狭な感じがする。セミナールームだから縦型の間取りになりやむなしだ。
 高橋支部長の挨拶に始まった。支部長としては48歳とかなり若い。いやかつてはみんな若かったのだ。若い会員の入会がないので年々平均年齢が上がり、今や70歳代になった。ここからどうやってかつての勢いを取り戻すかは彼の手腕にかかっている。
 続いて毎年、外部から講師を招いての講演になった。今年はNHK山岳班指導員、関裕一氏。明治大学山岳部コーチとして活躍中とのこと。テーマは「山岳番組の舞台裏」であった。これまでの映像のさわりを挿入しながらあっと言う間に終わった。
 山岳番組は視聴率がとれるそうだ。それは以前にも同じNHKから招いた講師も言っていた。あれは田部井さんの番組だったが滅多にない再放送の要望が非常に多かったことを聞いた。根強いファンがいるのである。日本百名山をTVで放映してブームにしたのもNHKであった。最近ではデナリ(マッキンリー)からの大滑降とか、大岩壁の登攀が好評という。非日常の世界を茶の間で味わうことが好きなのだろう。
 歴史番組はドラマであれ、ドキュメントであれ、バイアスが入るから山岳を舞台にした番組はリアルで迫力に富むところが人気を呼ぶ。
 但し、単なる事実だけではだめで、最近は高性能なカメラ機材を活用したり、ドローンも使って人間の視点では得られないアングルからの映像も使われる。中々に苦労の多い舞台裏を見せてもらった。
 その後は懇親会で旧知の友人らとの話に花を咲かせた。

低山学入門5・・・登山の装備と道具、服装など2016年12月12日

 登山の用具、服装は私の山歴40年の間にめまぐるしく変わった。
 当初は日常に着ていたシャツのお古、はき古したズボンを転用したり、帽子、手袋などは一般品を使っていた。高価なウールのシャツ、ズボン下を着て厳冬の山に登山してきた。

 ウールの保温性は抜群である。毛玉ができやすいことで擦り切れてしまい穴が開く。洗濯で水洗いができない。圧迫を受ける箇所はフェルト化しやすい。激しい使い方をするにはメンテナンス性が悪いというわけで登山衣料の世界からは姿を消した。わずかに手袋、帽子、靴下で頑張っている。

 今は登山専用にカスタマイズされた便利な機能的な衣類が普及している。例えばズボンのポケットのジッパーは一般品にはない機能である。割高な価格を除けば結構なことだと思う。
 友人の中には作業着の専門店で間に合わすのも居る。これは価格は50%OFFであるが丈夫さを機能とするためかやや重い。

 透湿性、吸汗性、保温性、洗濯に強い、防臭性はどの衣料も当然のようになった。登山用衣料から始まった差別化は一般化しているから量販店のものでも間に合うだろう。

 肌に着ける下着についてはナイロン製ながら機能的で画期的なものがある。汗を吸い上げて重ね着した衣料で発散する仕組みである。沢登りで全身が濡れても沢から上がるとさっと水切れして乾きが早い。これは優れものである。今までは衣類が水分を吸って重くなるわ、体温が奪われるわで対応が大変だった。長い距離では大きな差がつく。これは防寒着の下着にも有効である。冬でも汗で濡れることもあるからだ。

 登山靴も大きく変わった道具の一つだ。革製重登山靴からプラスチック製になった。中級から初級クラスの登山ではまだ革製が幅を利かせている。ナイロンの表皮が多かった軽登山靴は水分を発散するためにゴアテックスを組み込んだ靴を多く見かけるようになった。基本的には靴底がしっかり土や雪に食い込むパターンのものを選びたい。

 ストックは中高年世代が登山の世界に遊ぶようになってから急速に普及した道具の1つである。それまでは冬山でピッケルくらいしか手に持つ道具はなかった。山スキーではストック2本は必備の道具であり、それが独立して一般登山者をサポートする道具になったのだろう。伸縮機能付きが普通になった。

 地形図、コンパスは必携なのは昔からであるが近年は高度計付時計、更にGPS機能のスマホ、GPSが登山者に広まっている。この傾向に比例するように道迷いの事故が増えているのは皮肉である。使いこなせていないのだろう。事前に地形図をにらんで地形を読み込んでシュミレーションしておくことが肝要である。
・コンパス・・・自分の立ち位置を中心に方向を知る道具
・高度計・・・気圧を利用するので誤差を織り込んでおく。独立標高点があれば修正するか誤差を知っておく。
以上を踏まえて行き先を判断する。
・尾根、稜線、山頂・・・周囲を眺めて特徴のある山、地形があれば立ち位置からの方角を地形図に合わせる。特に山頂からは放射状に登山道が集まる場合は下山に要注意である。
・谷の中・・・特徴のある地形・・・滝、大きな崖、大きな岩、大きなガレ、大きな崩壊地、谷の上を横切る高圧電線、谷の下に広がる風景などを判断することになる。

 ザックは殆ど変わり映えのしない道具である。機能は収納だけであるからそう進歩することもなさそうである。

 ヘッドランプは夜間の照明に欠かせない。乾電池のたゆまない改良、電球がLEDに進化して革命的な商品が出回る。もう重くてちょくちょく切れた電球のヘッドランプは使えない。

 雨具も画期的なゴアテックス製が普及して久しい。但し、私は購入したことがない。余りにも高価なのと使う機会がないこととで安いもので間に合わす。但し、ヤッケだけはゴア製を利用している。

低山学入門4・・・登山届と山岳遭難の経済学2016年12月04日

〇山岳会の役割の一つに遭難の際に捜索救助活動がある。
 山岳会といっても多々ある。ここでは各県の山岳連盟や労山に加盟する団体とする。それぞれ上部団体があるが岳連は公益社団法人日本山岳協会である。ここで山岳保険を扱う。
https://www.jma-sangaku.or.jp/cominfo/
 万一の遭難に備えて保険加入は常識になった。

〇山岳保険のあらまし
詳細は日山協のHPにあるので読んでおこう
http://www.jma-sangaku.or.jp/kyosai/profile/about-insurance/

 山岳会への加入はしないでも岳連に個人加入する手もあり、山岳保険にも加入できる。詳細は各県の岳連に問い合わせる。

 山岳保険は日本山岳会会員に独自のサービスがある。
 日本勤労者山岳連盟(労山)でも独自に扱う。
 平成19年には日本山岳救助機構合同会社がjRO(ジロー)という山岳保険も開発された。山岳団体への加入というハードルがない分加入しやすいと思う。
http://www.sangakujro.com/

 山岳会の捜索救助といっても北アルプスの岩場や深い山域では困難である。県警ヘリで救助されることも多い。問題は低山における捜索救助である。御在所山の岩場で事故があると友人で岩登りのエクスパートのTさん(故人)に協力要請が来たそうだ。岩場の事故はクライマーでないと手が出せない。
 現在は鈴鹿山脈では三重岳連と傘下の山岳会と有志が四日市西署に協力する形で捜索にあたる。北アルプスでは山岳捜索隊が独自に編成されているが三重県ではいわば民間協力に依存している。

〇救助・捜索費用の負担
 山岳会では万一に備えて捜索費用相当額を見積もってお金を貯めている。家族から捜索願いが出され、県警ヘリが出動するが存命の可能性が無くなれば出動しなくなる。
 それから後は家族の意思で有料で地元消防団などに依頼して遺体の捜索に当たる。山岳会でも有志を募って捜索に当たる。

 名古屋市の60歳の単独の女性ハイカーが御在所山付近の東海自然歩道で行方不明になった。1ヶ月、土日に地元消防団に依頼して捜索されたが見つからず打ち切った。1年後下流で遺体で発見された。捜索費用の余りの高額に耐えられないこともあった。この方は多分山岳会に未所属だったのだろう。

 名古屋市の40歳代の男性が2月中旬に藤原岳で行方不明となった。所属の山岳会から協力要請があり、合計7回ボランティアで捜索活動に出た。朝6時ごろ集合し、手分けしてそれぞれのルートをしらみつぶしに捜索したが、4月末、滋賀県側の谷で遺体で発見された。
 所属山岳会はなかったが、インターネットで拡散して多くのボランティアの協力者を得た。延べ人数に日当などを掛け算すると700万円相当にもなった。妻、中二の娘さん、両親、親族などが早朝から顔を出して我々に呈茶のサービスをして慰労にあたる姿に多くのボランティアがこの人らのために働こうと、心を動かされたのだ。また三重岳連の人脈も大きい。

 当事者の家族が一切顔を見せないと捜索協力は長続きしない。捜索には経済的負担だけでなく自分の生命をかけているからだ。

 北アルプスの八方尾根で行方不明になった高校生の息子を探すために家を処分した話も聞く。尾根に立つケルンはその記念碑と聞いた。
http://mtgear.blog18.fc2.com/blog-entry-67.html

 岐阜県では条例で12月1日から登山届を義務化して且つ違反者には罰金を科する規制が開始された。これまでも登山届の周知活動は活発に行われていたが罰則がないためか十分ではないと聞く。より徹底しようということである。
 警察側即ち岐阜県側からの立場では家族から捜索願いが出されたら動かざるを得ない。そこで登山届が出ておれば計画のルートを追って捜索活動ができ絞れるから短期に発見が可能になる。出ていなければ着手すらできない。

 例えば山スキーの好きな知人が長野県のある山に登山届を出した。1月中旬のことだ。帰ってこないので家族が捜索願を出したものの、登山口には車がないと分かった。車は北アルプスの白馬47スキー場の駐車場に置かれていた。天気が悪いのでゲレンデスキーに変更したのは良いが、ゲレンデだけで収まらず、村尾根のバリエーションルートに入ったらしい、と推測された。また、法大スキー小屋から南の尾根に滑降したとも推測された。最初は県警ヘリが空から捜索してくれたが絶望視された。私も4月から捜索隊に加わって考えられるルートを下ったが発見できなかった。結局6月になって村尾根の左の沢の中で遺体で発見された。5月GWに一度ならず捜索したが硬くて深い雪に埋もれていたのだ。
 この事例も未届けに当たる。岐阜県の条例は捜索救助で運よく救出されて、登山届が出ていなければ罰則が適用されると解した。死体では責任を問えない。何よりも捜索に要した費用は遺族の負担になるという事実。県警ヘリの捜索は税金で賄われるから本人や家族に負担はない。存命なら助かる。但し、遺体の捜索は友人であっても無償と言うことはない。

 山岳会で貯めているお金は出動してくれる会員に自弁させないための制度であって、遭難した人の救済制度ではない。だから事後は保険から支払われた保険金で弁済をしてもらうことになる。旅費交通費は当然であるが日当は各保険で出す出さないの違いがある。
 愛知岳連では山岳保険が出るまで立替える制度が新設された。設立の歴史が浅く遭難対策資金の積み立ての無いか、少ない山岳会が利用すればスピーディな捜索活動に入れる。

 山岳遭難を起こすと経済的には大いなる負担が生じる。生還できれば働いて返すこともできるが死ねば遺族にのしかかる。

 万一の遭難に備える意味で登山届提出の意味は大きく深いものがある。

低山学入門3・・・山域別の山岳事情と遭難事例2016年12月02日

    概観・・・東海地方の山岳事情と遭難事例
〇愛知県での遭難事例は殆ど聞かない。近年では三ッ瀬明神山の鎖場で転落死された1件あるのみ。八岳山ではまれに長野県側への道迷いがあると聞く。
愛知の山は標高差が低く遭難の危険性は少ない。
 初心者が西三河や東三河の低山のハイキングから入門するには最適である。
 奥三河には東海自然歩道が貫通しているので道標があり整備が行き届いている。
 冬は冬型気圧配置になると晴れる確率が高い。 

〇三重県の遭難は鈴鹿山脈において年間50件前後と多発している。死亡事故は5件という年もあった。鈴鹿山脈は高速道路に囲まれてアクセスが格段に良くなった。東海地方では日帰りで登山を楽しめるため登山者の人気が高く事故も多くなる傾向である。
 御在所山では岩登りに関する転落死亡事故が多い。釈迦ヶ岳では行方不明事故が2件あった。1件は捜索の結果遺体で発見された。尾根からの転落と見られる。1件は不明のままだ。御在所山でも1件行方不明者がいる。
 藤原岳から御池岳にかけては道迷いが多い。御池岳ではボタンブチからゴロ谷へ転落死した例があった。T字尾根でも事故例がある。御池岳は山上部が広く、登山道が急斜面という特徴がある。ルートファインディングに慎重さが要求される。初心者同士で行くには厳しいので経験のあるリーダーのもとで行動したい。

〇台高山脈では北部の薊岳での道迷いが大きく報道されて記憶に新しい。南部では仙千代ヶ峰の行方不明事故がまだ発見されていない。山頂付近まで植林がされて枝道が多いために迷いやすいかも知れない。初心者だけで入山しないことだ。
 大杉谷では転落事故が発生しているので慎重な行動が必要だ。鎖や階段で整備されているとはいえ、谷筋や滝の高巻には細心の注意が要るので初心者向きではなく、しっかりしたリーダーのもとで登山することだ。どちらかと言えば中級者以上の向きといえる。
 この地域は冬型の気圧配置になると晴れる確率が高い。逆に夏は弁当忘れても笠忘れるなというほど雨が多い。

〇養老山地は養老山を中心に登山道が整備されている。養老の滝からの登山道は傾斜がきつく転落に注意したい。過去には転落死があった。鈴鹿と同様の断層山脈の常で東側の傾斜がきつい。笙ヶ岳周辺では道迷いの事故があった。登山道が分かりにくいので初心者だけの登山は注意すること。

〇布引山地は経が峰は初心者向き、登山道が厳しいので中級向きの錫杖ヶ岳などが登山の対象である。特に遭難の事例は聞かない。

〇岐阜県は美濃の西は伊吹山、東は恵那山と名山に恵まれた地域である。恵那山は過去に度々遭難があった。行方不明と長野県側では増水した川の橋を渡る際に落ちて流されて死亡した事例があった。水が引くまで待つか、ザイルを持った人に確保してもらう、或いは救助を待つ。危険性が低くなるのを待つ辛抱がいる。
 中濃では展望の良い高賀山が良く登られる。東濃は低山の宝庫でピークハントにもってこいの山域。阿寺山地は多少手強いが危険という山はない。但し山が深いので時間がかかる。
 盟主で最高峰の小秀山では出発が遅いために下山中に日没となり、ライターの灯りで歩行中に転落死した事例がある。十分な時間を見込むこと。この山も断層山脈で岐阜県側が切りたっている。

〇奥美濃は揖斐川源流域と長良川、板取川、吉田川流域を指す。登山道が整備された山は少なく、ヤブ山と言われるように道の無い山もまだまだ多い。玄人向きの山域である。夏は沢登り、冬は山スキー、わかん山行も楽しめる豪雪地帯にもなる。
 登山道がはっきりしているのは夜叉ヶ池くらいまでで、池から派生する登山道は整備状況が分からない。刈り払いしても5年位でネマガリダケが道を覆うようになる。三周ヶ岳、三国ヶ岳、左千方は事前に調べてから登りたい。夜叉ヶ池の岩壁では過去に転落死があった。左千方への道迷いで時間がかかり夜間の下山を強行したためと見られる。
 冠山、金草岳、能郷白山は良く整備されている。
 沢登りの事故はかなり多い。一番多いのは銚子洞で関西の人を中心に10名以上は死んでいる。銚子滝は30mだが高巻は70mの落差がある。岩ではなく、木の枝があるために懸垂下降しないで素手で下降を試みて枯れ枝をつかんで折れて転落死という事例を聴いた。北アルプスなら慎重に事を運ぶが低山だと軽く見るからだろう。木は折れるし、岩は崩れることがある。
 赤谷でも事故死した人の遭難碑がウソ越えにあったが今は見当たらない。道の無い釈迦嶺でも最近事故が発生している。
 金ヶ丸谷では過去に転落死があった。門入にまだ人が住んでいたころ住民から聞いた話では、京都の人が夜叉ヶ池から下降を企てたが帰宅しないので家族が地元に捜索してもらったら谷の中で死んでいたという。ダム湖ができて今は廃村になったが谷は生きている。
 虎子山では過去に道迷いの事故があった。登山道がはっきりしないので下山で間違えたがヘリが出動して無事に救出されている。
 どの山も標高は低いが山が深く、最近は廃村となって事情を聴く住民が居ない。十分な調査といつでも引き返す柔軟な気持ちが大切だ。 この山域は登山道を歩いて年季を重ねただけのベテランよりも総合的な登山技術や知恵を持った登山者が本気になって取り組むべきだ。

〇静岡県では駿河の竜爪山に事故が多いと聞く。勝手につけられた枝道へ迷うそうだ。地形図を読んでルートを見極めたい。
 遠州地域では南アルプス深南部を抱えるので初心者は近づかないこと。熊の生息域である。しっかりしたリーダーのもとで慎重に登りたい。

〇長野県でも木曽山地南部の山々は整備がされて登りやすくなっている。恵那山トンネルを抜けると伊那地域になる。中央アルプスの前衛的な山が多い。遭難事例は聞かないが入山者が少ないこともある。山が深いので初心者だけで行かないこと。熊の生息域である。名古屋からの移動時間や登山の時間もかかるので経験のあるリーダーのもとで慎重に登ること。

低山学入門2・・・ビバークと焚火の技術2016年11月30日

 道に迷って正しい登山道に戻れなかったらどうするか。あるいは安全圏に入れなかったらビバークも登山技術の重要な一つである。
 進退窮まればビバークすることになる。不二露営とも言う。ツエルトを被る、合羽を着る、セーターなど防寒着を着るなど保温に努めることになる。コンロがあれば白湯を沸かして飲む、あるだけの食料はメンバーで分かち合うことも重要だ。大人数なら弱った人に配慮することも重要であろう。

 2003年11月の最も日が短い時期に房総半島のハイキングで道迷いからビバークになり、下山口で待機していたバスの運転手がスワ遭難と警察に届けたことで大騒ぎになった。房総半島なので大したことはないが人数の多さと高齢者が多くいたことでメディアが批判的な記事を流したことが騒ぎに拍車をかけた。
以下は当事者のHPである。
石尊山 何故林道から戻ったか?
http://www.geocities.jp/ohaakab33/#プライバシー侵害の暴挙
石尊山騒動顛末記
http://www.geocities.jp/ohaakab33/newpage1.html

「ビバークは悪か」を一読しておこう。
http://www.geocities.jp/ohaakab33/sekison1.html

結局、新ハイのような団体は多人数の参加者を得て楽しいのですが、人間関係が希薄になりやすい。
登山のことを知らないバスを使ったことで予定時刻に下山しないから運転手があわてて連絡した。
メディアがコメントを求める識者、山岳団体の長、著名登山家は海外遠征、冬山、岩登りなどの登山技術の秀逸な登山家が多く就任する。高い山のことは知悉していても低い山の実情はほとんど知らないことが多い。高級料理屋で牛丼を注文するようなもので的確なコメントができるものではない。

 山の中のビバークはなるだけ風の当たらない岩陰とか安全な場所を選びたい。暖かいこと、明るいことで生存への希望をつなぐ意味で重要なサバイバル技術である。基本はマッチかライターが必須。古新聞紙を種火にして枯れ枝、流木、などを燃やす。場所は延焼の恐れがないこと。地面は乾燥していること。舗装路面、大きな岩の上、小石を敷き詰めてならしてもいいだろう。火勢がついたら青葉、生葉でも燃える。古新聞紙の代わりに牛乳パックも良い。高級パルプ材で内側にはナイロンコーティングもしてあるから良く燃える。下山する際は砂や石をかぶせて火事にならなように後始末を絶対にしておくことだ。

 ビバークの下山後は関係者への連絡・報告と謝罪が欠かせない。メディアが聞きつけて取材に来たら担当者を決めて対応すること。捜索隊が編成されておれば謝礼の話もすることになる。ビバークは覚悟が要る。
 だからその前の登山届や更に事前のルート調査へとなる。ルートが不確かな場合は足が揃っていて意思疎通の可能なメンバーに絞ることだ。力量の分からない人まで連れて行くとこうなった場合が大変だ。

低山学入門・・・体験的道迷いからの脱出方法2016年11月29日

 先日の遭難を考える会でも道迷いの事故は統計的に40%を越えた。道迷いから転倒、転落、滑落に結び付くことがある。奥美濃のヤブ山で道に迷い方向を確認するため木に登ったら折れて転落し亡くなった登山者もいた。この場合は転落死にカウントするだろう。
 道迷いを防止できれば一番いいが人間はそう完ぺきではない。間違うから人間ともいえる。危なっかしい山登りもしたが今まで辛うじて生き延びて来れた。その体験を披露して参考にしていただきたい。要するに行政側の指導はお世話になった人向けに発せられる。彼らとて実際に登山すれば遭難することがある。大きく報道されないだけである。
 教科書的メッセージではなく、登山者側の立場で考えてみた。

 過去に道迷いで困ったことは4回あった。2回は山頂が霧だった。1回はヤブだった。もう1回は残置された赤布だった。

1 霧の三周ヶ岳の場合・・・単独・・・霧で見通しが悪い場合の笹の中の踏み跡は見失いやすいので赤布を付ける
 笹をかき分けて登る際には迷うことはなかった。下山時に笹の中の踏み跡を追うがどうしても金ヶ丸谷の源流の沢に降りること2回。山頂へ引き返すこと2回。そこで地形図をよく見て、左側が絶壁だったことを知って、なるだけ左よりにルートを探った。無事夜叉ヶ池に戻れてほっとした。

2 霧の小津権現山の場合・・・3人・・・霧で見通しが悪い場合は赤布は手を抜かずべた打ちで付けておく
 今のように道標もなかった。踏み跡程度だったが何とか登れた。樹林帯では赤布を付けて下山に備えた。笹ヤブをもぐるように登るところは赤布を付けなかった。これなら分かるだろうという見込みがあった。登頂後、さて下山にかかるがはっきりしていた踏み跡がない。あわてて地形図とコンパスを出して下るが踏み跡が出てこない。3人で思案した。同行の1人が笹と樹林帯の境目から分かりにくくなったことを覚えていた。だからコンパスを見ながら尾根の方向に下ってみようと提案。それに従って笹のヤブをかき分けて下って境目でコンパスで方向を修正しながらトラバースしてゆくと登山道が見つかった。

3 御池岳の鈴北岳から鞍掛峠の県境尾根の場合・・・2人・・・間違ったと気がついたら戻るのが基本
 鞍掛峠への県境尾根の登山道は当時のガイドブックはxxxxxの印がありきり分がなかった。鈴北岳から笹の中の踏み跡を下るのだが右に県境尾根が見えるのでおかしい、と引き返す。また下るがどうしても同じところへしか行けない。間違ったと気がついて戻るから登山道の2倍歩かれていい道に見えるのだ。ええいままよ、と下るとチエーンソーの音が聞こえるのでそこの現場へ行くと作業員らは丁度帰る時刻だったので案内されると御池谷登山道に合流した。幸いに鞍掛峠まで送ってくれた。基本的には登ったルート(コグルミ谷)に戻るべきだった。枝道や獣道が多いので今もRFは慎重でありたい。

4 台高山脈縦走の場合・・・単独・・・残置された赤布に注意する
 1日目は伊勢辻山から入山、迷走しながら何とか添谷山まで来た。ここで登頂はした。本来の縦走路は右にそれる。ここまででも2回山頂を越えて行ったにもかかわらず山脈から外れたのは県境縦走路とはいえ、山頂は迂回するように付けられているからだった。それまでは右に高くなる県境稜線に気がついて戻ったが、ここでは赤布が続いているのでつられてしまった。かなり下ったところでパタッと消えた。それでも明瞭な踏み跡はあるので行くと鹿の巣のようなものをみた。そして下にはなんと尾鷲林道が見えた。その時点でも戻れば良かったが林道に下り、尾鷲辻に登り返した。
 先行者もおそらく獣道に誘われて下りつつ赤布を付けたものの間違いと気が付いて引き返したが赤布の回収をしなかった。

・既に付いている赤い布、赤テープ類は確かなものなら登頂や下山をサポートしてくれる。ところが登山者が気まぐれに付けたり、迷って同じところを戻らなかったりする場合は回収されないことがある。鈴鹿山系ではこれを信じて道に迷う事例が度々あった。
・有料の山小屋が発達した山系では登山道の整備、道標も整備されるが、低山では炭焼き道、植林道、獣道、鉄塔順視路が入り混じり、避難小屋すらない。迷い易い条件が揃っている。体力、登山技術はさほどでもないがRFは甘く見ないほうが良い。
・獣道と登山道の区別・・・獣の身長は約1mくらい、人間は約1m60センチ以上あるから踏み跡がしっかりしているように見えても樹木が顔を叩く場合は疑ってみる。
・樹木の木肌に鉈目があれば人が切りつけた証拠になる。
・人間特有のゴミがあれば登山道につながる証拠になる。
・伐採されると登山道は見失いやすい。日光が入ると藪が繁茂する。
・原生林の中の登山道はきれいに保たれる。
・道迷いの場合道のない沢は絶対に下らないこと。崖、滝が出てくるとザイルなどの装備がない場合対処できない。
・尾根の道で突然、左右に直角に進路を変更することがある。沢から尾根へと登山道が移る場合もあるので惰性で下らないこと。
・山に入ったら山に集中したい。世間話に注意力が散漫になり分岐を見落とすことがある。
・山道をよく観察して歩こう。突然、踏み跡が薄くなる、突然石ころが多くなる、突然ヤブがかぶさる、などは登山道から外れたことが多い。
・赤テープが両側に巻いてあったり、二重三重に巻いてあったり他とは違う場合は分岐になることが多い。注意を促すサインである。そんなルールが決められているわけではないが、低山歩きの作法である。
・ネット情報を信じ込んで大胆な登山は避けるが良い。何度も小さな失敗を重ねながら上達して行けば良いじゃないかと思う。
・道迷い事故の多発傾向にあって多くの有識者が読図力向上とか地図読みとか称する研修も大流行りになった。これらは技術として教えている。技術は要素のみを純化して教える。演繹法である。参加する価値はあるだろう。
・体験的方法は帰納法という。目の前にある情報からこっちだ、あちらだと推理する。地形図とコンパス、高度計などを活用しながら安全に無事下山する結論に導く。見えるはずの高圧電線が見えない。正しければ見えないはずの山や景色が見える。地図を読むということは等高線を読むだけではない。
http://koyaban.asablo.jp/blog/2006/11/08/700431