大杉谷を歩く2014年07月14日

梅雨晴れや宮川ダムの水碧し

岩盤を削り鎖の登山道

両の手を出し滴りを飲みにけり

滴りに濡れしままなる歩道かな

食欲の無きままさんま寿司を食ふ

天のダム壊れしごとき滝の水

山小屋の夜の涼しさに戸を閉める

溪谷の水音高し登山小屋

万緑の大杉谷に分け入りぬ

出合いなる谷の砂場に汗を拭く

登山こそビールの甘さ味はへり

寂しくとも山の蛇には癒されず

堂倉の滝や飛沫か雨模様

丹州・ふるさとの富士紀行⑥丹波富士2011年09月17日

亀岡市 牛松山 636m

 残暑がしっかり厳しい。もうこの辺で打ち止めにしたいところだがAさんの意欲は衰えない。人間は目標を持つと強いがしゃにむに頑張るのも考え物だ。
 とりあえず、亀岡盆地から牛松山登山口にたどり着いた。鳥居が立つのは高御位山、小富士山も同じで信仰の山の名残である。登山道も行き届いている。ただただ足を動かすだけで登れてしまう。18丁まである石の道標を数えながら中々にいい山道を辿った。
 途中、亀岡盆地を俯瞰するいい場所がある。たしか15丁目くらいか。ずっと樹林の中の山道にはまだミンミンゼミが鳴いている。夏の蝉のはずなのに、残暑のせいであろうか。
 薄暗いほどの樹林の中に古い神社が建っている。山頂はその背後にあって三角点のコブへは左の小道を巻いていくようだ。とりあえず、最高点を目指すと鉄塔が建っていて興ざめであった。
 有志だけ三角点も往復した。しばらく休んでここも長居などせずに下った。後は名古屋に帰ることが仕事になった。
 
 九月まだみんみん蝉の聞こへけり   拙作
 
今回で合計6座のふるさとの富士をゲットした。49座のはず。Aさんの王手はもう間違いない。万歳!

丹州・ふるさとの富士紀行⑤丹波富士2011年09月16日

篠山市 高城山 459m

 有馬富士を後にして、次の目的地を地図でチエックすると県道49がもっとも直進的に行けそうだった。北上すれば篠山城であるが我々はR372を右折し、八上内の地名を神経質になりながら登山口を探った。あっちこっちしたが最初の勘が働いた辺りに戻ると立派なトイレのある登山口だった。今にも倒れそうな古い神社も建っている。
 ここで身支度した。さっきは空身に近かったがこの山はちょっと登らせるようだった。よく整備された杉の木立の中の道に分け入ってゆくとすぐに峠に立つ。ここでもう休憩の声がかかる。それに尾根上はやや風もあって涼しい。Sさんが剥いて冷温保存してあった梨の味覚を味わった。旨かった。
 とてもいい山道を登ってゆくと開けたコブに着いた。まさかとおもったが男ばかり数人のハイカーとすれ違った。こんな時期でも登る人が居るもんだわいと思った。
 やがて傾斜が緩くなったと思ったら急にきつくなり、擬木の階段が山頂近くまで続いた。三の丸、あれっ、どこかで聞いたぞ、と思いながら進むとすぐ二の丸に着いた。山頂は目の前だった。三角点は無かった。山城跡の様だ。不自然な台地がそんな雰囲気を保っている。地形図にも八上城跡の名称が刻まれている。名勝を表現する∴の記号がある。草地が心地よさそうだが日射が強くて居られないので二の丸に下って休んだ。
 緑陰の森の中を吹く風も気持ちいい。飲み物で喉を潤すとここもすぐに下山となる。次は牛松山だ。ほとんど信号の無い田園の道を走って篠山高原を駆け抜けた。園部川の氾濫が作った沖積平野、亀岡盆地に着いた。

 山路に座して冷たき梨を食ぶ       拙作

摂州・ふるさとの富士紀行④有馬富士2011年09月15日

三田市 角山 374m

9/11(日)前夜は久々に宿探しのスリルを味わった。兵庫県といっても全県が都市ではなく、多くは農村、山村の集合体ということです。JRの駅前ならば旅館やチエーンホテルくらいはあると思ったのが間違いで駅から駅へと宿探しのドライブに神経を使った。最終的に西宮駅前に落ち着くことができた。夜8時を過ぎていた。
 ロングドライブと残暑の元でのハイキングの疲れも熟睡で何とかとれた。街中からナビに従って複雑な経路を辿って再び郊外へと脱出した。今日の1登目はずばり有馬富士。昨日の三田市に舞い戻ったのである。至る所に有馬富士の名前を拝借した施設が目に付いた。
 ナビのおかげでスムーズに登山口へ案内されて行く。車を置いて歩き出すともう峠になり、荒れた岩場の尾根を登ると樹林下の山頂だった。初老の男が一人眺めのある所から山麓を静かに見下ろしていた。私も岩に腰を下ろして休んでいると後続の人らも登ってきた。時折、さわやかな風が吹き抜けてゆく。着いてすぐに下山になる。何とも頼りない1登目だった。今日もあと2座を目指したいからだ。

 絶頂の風はさわやか有馬富士   拙作

播州・ふるさとの富士紀行③小富士山2011年09月14日

姫路市 173m 麻生山 姫路バイパス経由

 まさか姫路市の小山にまで登るとは思わなかった。その名も小富士山173mで、地形図にも掲載されているれっきとした富士山である。この山の山頂に古いが麻生権現なる奥社があって信仰の山にふさわしい。山頂は平らかで姫路港も俯瞰できる。市川の東にこじんまりとそびえるから港湾の船の指標にもなったのではないか。
 山道は十分手入れがされていて途中の小池には数尾の金魚まで泳いでいた。そのすぐ上には湧き水らしい水溜りもあって信仰の山らしい。大きな岩には太い鉄の鎖が垂れ下がっているので帰りに試みにクライミングしてみた。鎖に頼るばかりでちっともクライミングにはならなかった。S君ならフリーで登攀してしまうだろう。
  小富士山誰にも会わず吾亦紅   拙作

播州・ふるさとの富士紀行②播磨富士2011年09月13日

加古川市/高砂市 304m 高御位山 最寄のICは山陽道加古川北IC

 残暑厳しい折ながら、何でこんな超低山をいくつも漁るのか。JACの50山ラリーというイベントがあっていくつかあるジャンルの内の一つがふるさとの何とか富士なのである。私自身はエントリーしてないのだが山友の応援なのである。
 残りは後7座というので関西を草刈場にして山座数を稼ごうという魂胆であるが長富士は見事追い返された。
 気を取り直して、高御位山に来た。この山は登山口に立派なトイレや駐車場もあり、山頂までコンクリートの階段でつながる整備ぶりに驚いた。
 山頂は巨石で構成されていて、御位(みくら)のクラは岩場の意味があることから盤座(いわくら)信仰の山でもあったと思う。愛知県にも多くある。頂上におわす奥社には2リットルのペットボトルが沢山奉納されていた。きっと水に関係ある謂れかなとも推理してみる。道中、溜池が沢山あったから昔は雨乞いの山だったか。三角点も遠慮して奥社の近くに縮こまって座していた。
 山頂からの眺望にも優れて、この山は真冬に登りたい気がした。瀬戸内海、四国の山々、中国山地の山々、美作の方面に目をやるがこの時期ではぼーっとしてはっきりしない。
 検索中に発見した高砂市山麓の中学校の校歌
           校   歌  
1.明けゆく光 眉あげて
  力と 仰ぐ 高御位山
  伸びよ鍛えよ この若さ
  かざす 自律の 旗たかく
  鹿島の森に ふきなびく
  おお鹿島 われら 鹿島中学校

2.新汐はるか 陽に映えて
  かがやき寄せる 瀬戸の海
  みがけ 真心 朝夕べ
  花とほほえむ 友愛は
  鹿島の庭に 咲き匂う
  おお鹿島 われら 鹿島中学校

3.学びの広場 すこやかに
  生い立つところ 印南野よ
  希望 はばたく 翼から
  夢はひろがる 明日を呼び
  鹿島の空に 虹かける
  おお鹿島 われた 鹿島中学校

 3番の印南野(いなみの)の語彙については下山後、地元の人らしいハイカーに聞いたがそれは昔の地名というのみであった。
 私は「月の出や印南野に苗余るらし   永田耕衣」の俳句で知っていたのであるが更に調べると万葉集にも出てくる古来からの地名でもあった。「印南野を行き過ぎがてに思へれば心恋しき加古の島見ゆ 柿本人麻呂」、「印南野の浅茅押しなべさねる夜のけながくしあれば家し偲はゆ 山部赤人」など。
 だから件のハイカー氏には「何と古臭いことを聞くやつだ」くらいに思われたのかも知れない。
 秋の田や印南野に池あまた見し           拙作
 桔梗(きちこう)の凛として立つ風姿なり       拙作

播州・ふるさとの富士紀行①八千種富士2011年09月12日

 9/10(土) 午前4:30天白出発。第二名神を快適に通過、名神のSAで朝食後、中国道に入る。今回は7座が目標。第一登目は八千種富士。
飯盛山 197.9m 兵庫県神崎郡福崎町 
 中国道福崎ICからすぐに登山口に行ける。
 神社があり、公民館のPから登山口の案内に従って登る。10分余りで登頂。山頂からの眺望は一部に開けるのみ。もとよりこの時節ではぼわっとして望めず。薮蚊が多く、腕など刺される。次は加西市の長富士227.6mに向かうが登山道が見出せず、断念し、次の高御位山へ向かう。
 秋の蚊に嫌と言うほど刺されけり   拙作