禍福はあざなえる縄のごとし・・・①河村河村市長の金メダルを齧った問題を考える2021年08月11日

 「禍福は糾える縄の如し(かふくはあざなえるなわのごとし」とは、人生をより合わさった縄にたとえて、幸福と不幸は変転するものだという意味の故事成語です。

 不幸を嘆いていると、いつの間にか幸福となり、幸福を喜んでいると、また不幸になる、ちょうどそれは「より合わせた縄のように表裏が交互にやってくる」ということを表しています。

「禍福」とは、「不幸と幸福」「不運と幸運」「災いと幸い」という意味です。「糾える」とは、ひもなどをより合わせることです。「如し」とは、「~のようだ」という比喩の意味です。

 「禍福は糾える縄の如し」は「吉凶は糾える縄の如し」ともいいます。

 「禍福は糾える縄の如し」の由来・語源は『史記』
「禍福は糾える縄の如し」の由来と語源は『史記』「南越伝」にあります。司馬遷は戦国の戦いで、失敗を成功に変えた武将をたたえて、次のように述べました。ここでは戦いの成敗が転じたことを述べていますが、のちに人生にたとえられるようになりました。
引用は以上

・・・表敬訪問した選手の金メダルを噛んだために大騒動に発展しています。本来発言する立場にない人まで罵詈雑言を浴びせています。
 つい4月の市長選まででも知事リコールの偽造署名で疑惑の渦中にありました。そして野党相乗りの中、接戦を制して市長4選を果たしたばかりです。接戦を勝ち抜いただけに幸福感を味わっただろう。
 正に禍福はあざなえる縄のごとし
でした。
 あれから四ヶ月経過して順風の市政とは行かず、報酬引き下げ案は拒絶されている。また、中学生のいじめの自殺問題で家族宅に謝罪に出向いたり、と逆風が吹いていた。そこへちょっと気を抜いて金メダルを齧ったら拡散されて全国的な誹謗中傷の渦中にある。
 あんな市長を選んだ名古屋の有権者はおかしい、とまでコメントする輩もいる。世間は厳しい。
 トヨタからもご聖断が表明された。彰男社長もアメリカでは避難囂々のバッシングを浴びて、リーダーに立つことの厳しさの洗礼を受けられた。売上も伸びて今は順風の経営である。
 しかし、いずれ福に転じるであろう。禍が続いたためしはない。