塩味論争2017年11月10日

 http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20171026-OYT8T50009.html?page_no=2
 記事中の「一方、給食が「まずい」理由として、塩味があまり強くない薄味であることをあげる人がいますが、これには同意できません。子どもが塩分を取りすぎないように配慮して、味付けをしているからです。こうした味に慣れておくことは将来の生活習慣病の予防にもつながります。また、薄味なら、食材そのものの味を楽しむことができます。」というのですが、サンデー毎日11/19号に反論が掲載されていました。
 飲食店の味噌汁を飲むと、出しをきかせる汁と味噌味だけの汁とに分かれます。薄味なら出しをきかせればいいのですが、コストの制約があるのでしょう。出しは結構高くつきます。
 私がごく親しくしていた医者からも塩分と高血圧に因果関係はないと言いました。なぜこんな混乱が生じているんでしょうか。
 2年前に入院した病院でも西山さんは血圧が高いからと降圧剤の処方を勧められましたが断りました。食事指導にしてくれ、といいました。年相応に高血圧になることと降圧剤そのものが飲むと習慣になり止めるとやがて死にいたることがあるのです。知人2名が降圧剤の服用をやめて後に死んでいます。栄養士との雑談では本音を言いました。医者と製薬会社の癒着があることです。過去の健康情報は間違いだらけです。
 スポーツ面からでも塩分補給は大切です。塩分が少なくなると死にいたることがあります。スポーツマンが意外に早死にするのも塩分はじめミネラルの不足と思われます。
 執筆者が栄養指導の実務家であり専門家でも鵜呑みにはできません。粗食がブームになりましたがやはり下火になりました。長命で粗食の人はいないそうです。
 ある山寺の僧の墓をみるとみな40歳代でした。塩分の不足に思います。南アルプスの獣らには塩をなめる場所があるようです。塩は大切な栄養源なのです。塩分摂取に関する正しい知識を得たいものです。

改めて白山宮・足王社へお礼参り!2017年09月05日

 9/3の沢登りは恐る恐る参加した。何分2年ぶりのことである。翌朝も翌翌朝も足の痛みは特になかった。階段の下りで感じた激痛はもうないのだった。エレベーターを探したり、階段の手すりに頼った下りはしなくてもよくなった。
 正座できないとかはあるが登山は普通にやれるまでになった。
 実は6/11にも浜松のクライミングジムで支障なく登攀出来たのでお礼参りに行った。今回は2回目になった。猿投社、稲荷社、等の末社にもお参りした。信ずる者こそ救われるを実感した。
 ポタリングで白山宮へ来るだけでやっとの思いだったが、自信がつくと愛知池に足をのばし、最近は100m級の三角点ハンティングを兼ね、かつ、白鳥神社も詣でることにしていい目標ができた。最遠方は藤前干潟だろう。次は猿投山の登山口の猿投神社まで一走りするか。

膝に回復の兆し2017年08月29日

 緊急入院の退院後、5/22以来、健康回復のために始めたポタリングも回数を重ねて30回近くになった。近場の所要でもなるたけ自転車を使うので実質はもっと多い。
 顕著な変化は大腿筋がついてきたせいか、地下鉄の急でしかも長い階段の下りで手すりにたよらず、下れるようになったことだ。登山でも登りは良いが下りに自信がなかったのに、何とか無難に下れるようになった。かといって、膝痛が完全に癒えたわけではない。但し、下山の翌日でも痛みを引きずらないことが大きい。
 そこでこれまでの反省である。
 大腿筋の復活で痛みが癒えつつある。ということは登山の回数が減った代わりにポタリングで復活したのだ。
 しかも食べる量が減らないから体重増になった。膝の痛みがでてからも、(それは押入れにしまってあったけい皮鎮痛剤の箱を見ると数年から10年に及ぶが)けい皮鎮痛剤で痛みをごまかしていた。代表的なインドメタシン配合剤は実は貼付した部分から薬剤が浸透して血液の流れを止めるという形で痛みを鎮めていたのだ。
 血液の正常な流れに自己治癒作用があると考えると薬で遠ざけていたことになる。患部が治癒しないまま重くなった体で登山を続ければ膝の軟骨の損傷は大きくなるばかりだろう。加齢で登山の回数は減るばかりだったから大腿筋も退化するわけだ。
 膝の痛みで登山の回数を減らし、スキーも今シーズンは初めてゼロになった。運動量は激減した。体重は80kg近くまで増えた。そこで減量のために減食を心掛けた。60歳以降、増えるばかりだった宴会の回数を半減した。4月には4kg減った。これが体に負担となったようで、5月に発病してしまった。病気は栄養分の何かが不足して起きる。体に必要な栄養分が不足したのだ。
 こうした悪循環が重なって現在がある。結果、3度3度食事をする、運動量を増やすことに思いを致す。膝痛については緊急以外は対象療法的な治療は避けることとする。インドメタシンの常用が中々治癒しない原因を招いているように思う。
 今後もポタリングで発汗を促す。猿投山をトレーニングの山に位置付けて通う。目指すは28歳ころの体重63kgだ。徳川家康が言ったという「人の一生は重き荷を負うて行くがごとし」の言葉。楽をすると駄目なんだなと。

黒笹山3等三角点129.7mへポタリング2017年08月04日

 昨夜は突然知人からの電話で夕飯を一緒にというので、うなぎ料理を御馳走になった。ビールも1本飲んだ。その日は朝から月1の通院中の病院で検査をうけて数値は若干改善した。また大量の薬が処方されたので再度担当医に会って薬を止めてもらった。次は2ヶ月後にしてもらった。その開放感で食も進んだ。
 今朝はどんよりして、湿度の高い日である。5時半起床、6時半自転車にまたがる。目的地は黒笹山の3等三角点である。
 天白川の左岸に沿うサイクリングロードを走る。今時はどこも一斉に河川敷の草刈りが始まった。大半は終えた。本当にさっぱり刈はらうものだ。刈草のかすかな芳香がする。
 日進市に入るとただただ田園地帯を走り抜ける。素晴らしいサイクリングロードである。平坦に見えるが天白川の流れに逆らうようにわずかな傾斜があるからギアを1段落として軽い走りにする。
 やがて宮前の交差点に着く。さらに田園地帯を抜けると東名高速にぶつかる。側道を走り、県道58を横切り、東名高速の側道を走る。中電の施設の北側と高速の間は砂利道ながら傾斜が少なく、走りやすい。愛知牧場に着いたら、一旦県道231に出る。
 黒笹駅の交差点を左折、ゆるい坂をギアを落として耐える。登りきったところが黒笹公園になる。滑り台を設置した園地とはいえ、グラウンドになっている。山を削って均したのだろう。その山側が5mくらいのセメントの擁壁(ようへき)になっている。その上は藪が見える。踏み跡か階段でもないか探したがない。朝から藪こぎなんてしたくないので裏側に回った。どこかに踏み跡が登っていくとみたがない。半周したところで地形図の山上の建物につながる道路に出たので登ってみた。愛知県三好ヶ丘ポンプ場に着いた。建物が最高点だが三角点はやや北寄りに低いところにありそうだ。
 建物から少し下がって、雑木林の斜面をトラバースしながら北へ歩いた。尾根らしいところに少し踏み跡があったがほとんどは藪である。擁壁の上にでると下から声がした。10mくらいはある。
 7時26分、前方に点名:黒笹山3等三角点があった。それだけである。樹木の中で展望はなし。やれやれである。元来たルートを辿って自転車に戻った。
 南よりに下って黒笹駅前に出た。8時少し前、喫茶店に着いた。愛知牧場ログテラスで軽い朝食をとる。
 後は東名高速の側道を走り、県道58を横切り、米野木に出て、田園地帯を走り抜けた。往きにこいだ道も帰りは軽い下り坂になるので快適そのものだった。自宅へは9時30分前に帰還。

カスピ海ヨーグルトを食べにポタリング2017年08月01日

 今日も暑そうな予感がする。6時35分、自転車にまたがる。一路、日進市の田園ロードへ。風を切ると少しは涼しい。
 5月の田植時は
   まほろばや日進の田に余り苗    拙作
と詠んだのに早いイネはもう頭を垂れている。コシヒカリは早いそうだが・・・。他のイネはまだまっすぐに伸びるに任せている。田によっては雑草が混じって生えている。農薬の量の違いだろうか。ケリやアオサギ、シロサギが田の中に見える。
 蟹甲町から米野木町へも田園地帯を突き抜ける。県道75を経て田園地帯を走ると東名高速道路につきあたる。トンネルをくぐり県道58と交差し、突っ切ると地道になった。天白川があって向こう岸へ渡れず、迂回する。三本木の交差点からの2車線の良い道に合流したので右折してみた。
 地形図でチエックすると標高75mくらいから100mまでの長い上り坂をギヤチェンジしながら耐える。一段上がってまた登ると今度は急カーブを伴いながら下る。するとまた東名高速にぶつかる。手前で左折すると愛知牧場だ。ゆるい上り坂を凌ぐと途中東郷PAにも入れる。喫茶店として利用可能であろう。後は下る一方で牧場入り口からトンネルをくぐるとログテラスへ。7時半前に到着。開店は8時なので愛知池の管理道路に入り一周した。戻ってくると8時ジャスト。入り口には同年代のサイクリスト2人と親子4人が開店を待機していた。
 モーニングコーヒーとセットを注文。これで3回目。聴くとねばねばのヨーグルトはカスピ海ヨーグルトというんだとか。濃厚なミルクのスープもうまい。飲むより食べる感じのとろみがある。汗をかいた後の体には塩味がうま味になる。トースト半切れ2枚、ゆで卵、ミニサラダ、コーヒーで550円也。
 帰路は東名高速沿いの道を探しながら走った。県道58は朝6時台でも交通量が多い。トヨタ系の企業は8時か8時半始業なので下請けも含めるとかなり朝早くから車が多い感じだ。東名高速の側道は両側にあるが北側を走った。やや上り坂をこなすと後は下る一方になった。愛知東邦大学日進グラウンドを経て愛知用水にぶつかる。右へ用水の管理道路をいくと橋があり渡る。天白川にぶつかるが橋は東名の南側になる。トンネルをくぐって一般車道に合流。後は東名沿いに走り、米野木から日進市の田園地帯を駆け抜けた。気持のよい道である。次の機会には黒笹駅に近い黒笹山130mの3等三角点に寄るのも面白い。

緑区の氷上姉子神社へポタリング2017年07月19日

 朝6時起床、今日も冷房のまま目覚める。窓を開けるとむっとする湿気。一応シャワーを浴び、髭を剃ってしゃきっとしてから、6時35分に出発。ミニザックに財布、タオル、氷水を詰めた魔法瓶、塩飴などを放り込む。
 島田橋を過ぎてから天白川の右岸のサイクリングロードに入ると、後はまっしぐらとは参らず、時折、車道と折り合い、信号待ちもあったりする。それはイラつくのではなくいい休憩になる。休むことなしに1号線にかかる大慶橋をくぐる。新幹線の疾駆するガードは迂回するとすぐに名古屋高速、国道23号が重なる橋を渡ると丸の内になる。
 国道23号に沿うように行くとあっさりと氷上姉子神社の入り口に着いた。7時20分だった。約45分、グーグルで徒歩で検索すると10km弱なのでまあまあのスピードで走れた。
 境内は朝早いこともあり静まり返っている。御手洗いで清めて参拝する。そして居住していたと言う元宮にも参拝した。標高は約45mくらい。
 尾張の国を治めたミヤズヒメはヤトタケルから草薙剣を受け取ってそれが三種の神器となった。熱田神宮を創設してこれを収めた。つまりここは成海神社とともに熱田神宮のルーツになる由緒正しい神社ということになる。
 天白川左岸はほとんど連続性がなく走れない。主に右岸のサイクリングロードを遡った。帰宅は9時20分。
 いよいよ、熱田神宮とヤマトタケル終焉の地、三重県の野登山の麓のノボノ神社も行かねばなるまい。伊吹山で遭難した後、清水を飲んで一息ついたという霊仙山の麓のサメガイも改めて行ってみよう。

愛知池のポタリング2017年07月17日

 どんよりした梅雨曇りで明けた。地面を見ると濡れているので降雨があったみたいだ。今日は月曜日なので、下りたついでにプラスチックごみを出す。昨日丸の内の事務所から回収したものも出した。小雨があるので、マイカーに積んで行くことにした。自転車の後輪がパンクしていた。ポンプで空気を入れると空気圧を保っている。昨日までの暑さで自転車も熱中症を起こし、空気が抜けたらしい。
 県道58号から国道153号を走る。朝から渋滞気味である。遠方には六所山と焙烙山が並んでいる。県道57号へ左折すると白鳥の交差点になり、右折する。この道はダイレクトに愛知用水の駐車場に通じている。
 早朝にもかかわらず、ほぼ満杯の車があった。自転車を出して池の管理用道路に運び上げる。すでに多くのランナー、ジョガー、ウォーカーらの姿が見えた。それに混じってヘルメットに派手なウェアーのサイクリストもいる。私は普段着のスタイルでポタリングを開始する。
 池は一周7.2kmあるという。自宅から日進市役所までの距離はある。周辺道路はバイクは入れない。またサイクリストにも快適なロードとして整備はされてない。むしろ高速走行を抑制するための柵があり減速を余儀なくされる。だからポタリング向きだろう。
 直線があり適当にカーブがあって退屈はしないが、池に親しむことはできない。この池は下流の受益者の飲料水になるからだ。だからキャンプ、水泳などはできない。但し、なぜかボート類は許可されている。一周すると約25分ほどだった。ちょっと汗をかいた程度の運動量にはなった。
 地形図で見ると周囲の標高は115mで境川までさかのぼっても137mくらいだ。境川の水は愛知池には流入しない。堤防の高さは75mくらいだから、それ以下の受益者の町や田んぼに水道管で給水されているのだろう。日ごとに青くなる田んぼを眺めると、日進市も然りながら東郷町も見事な沃野になった。すべては木曽の水である。名古屋の水道水は美味いといわれるが、木曽の水だから当然であろう。

マダニ(笹ダニ)にやられた2017年07月14日

 昨夜、股のところがチクチクする。しばらくすると痛みはなくなり、またチクチクするので、明るいところで調べると、何とわが息子(陰嚢)に食らいついているのは一目見て、笹ダニと分かった。こりゃ大変だ、手でつまんでも中々離さない。しぶといが何とか引き剥がし、透明の袋に入れた。今朝は皮膚科を訪ねたというわけである。
 笹ダニはエロダニとも言い、股や腕、足の関節部の柔らかいところに食らいつく。医師に実物の犯人を見せると開口一番「ああマダニですね」と言い、患部はかさぶたができているので抗生物質を処方すると言われた。
 マダニの足は8本ある。犯人の足も8本あるので皮膚に食い込んだわけではなさそうだ。つつがむし病が心配です、と訴えると、抗生物質で治癒するとのことであった。1から2週間は経過観察することになった。
 やれやれである。
 7/9の猿投山の捜索で道なき道を歩けば笹だらけである。下山後は服を着替えたがパンツだけはそのままだった。帰宅後はシャワーを浴びたから、その際は何も違和感はなかった。それが今になってどこかから股にまで到達したのだろう。
 それにしても医師は即座にマダニと知っていたのは良かった。笹ダニの別名までは知らなかった。

平針荒池界隈ポタリング~午後の部2017年06月20日

 午後3時過ぎ、充分な休憩後、また自転車に乗って平針へ行く。今度は荒池をチエックした。これまでに見たことのない大きな池だった。車道の西側の歩道を走った。すると中途から右へ曲がり、急角度で登り始めた。ギアを調整しながらこらえて登り峠を乗り越した。そのままダウンロードすると今朝のとんぼ池の分岐に出たので戻った。峠のところに自転車を置き、道路を挟んで、北側は農業センター、南側は何か不明だがワイヤーで囲ってある。
 どこかに弱点はないかと探ると、ワイヤーが広げてある。そこから道も踏み跡もないが何となく歩けるルートがあった。たどって登ると赤白のポールが立つ3等三角点に着いた。三角点「平針」は角が壊れている。人も来ないはずなのに不思議である。眺めはない。そのまま戻った。この三角点は初見と思う。
 自転車にまたがって、下り気味に行くと右の山側に登る小道に入った。そして例の針名神社の入り口につながっていた。さらに下るとやはり針名神社の正門に下った。
 下山後は農業センターに立ち寄った。そして構内を隈なく歩くと竹林に入る。ああ、これこそ針名神社境内に山続きでつながっており頭の中でようやく地理感が完成した。構内では搾りたての美味しい1本の牛乳を飲んだ。ホモゲナイズしていないので脂肪が浮いている。コクがあってうまい。
 構内のミニ売店ではコーチンの肉、スイカ、野菜などを売っている。牧舎がたち、温室が建つ。ここには名古屋の中の田舎がある。

平針荒池界隈ポタリング~午前の部2017年06月20日

 6/17から6/18の夏山フェスタも終わった。これが終わるといよいよ夏本番である。最後のセミナーで気になる膝痛の話を聞いた。入りは70%以上はあった。みなさんの関心が高い証拠である。
 膝痛のメカニズムがよくわかったが防止策として、講師は「体重を増やさないことですね」と断言。
 その通りです。処方は多々あるが、決め手は膝の負荷を軽減するしかない。というわけで今朝も少し遅めの目覚めで、7時過ぎにペダルをこぎ始めた。目指すは三角点「平針」63.5mと荒池界隈。
 自宅の標高が低いので一気に登らず、大根町を経て名二環を横切る、ある程度高度を稼いでから横断に入る作戦であった。ところが、南へ振りすぎて、緑区の熊ノ前に下り方向感覚が狂ってしまった。今さらまた坂を登り返すのも大変なので白土経由で県道56号に出て、東神ノ倉を迂回しながら北上、地理感のある荒池付近で左折、三角点を目指す。
 ところが向が丘の住宅地で微細な路地道に迷いこむ。かなり北へ行きすぎて、またバックして名古屋市農業公園の西縁を走っていたことに気付いた。当りがついたら急に徒労感がでて帰宅した。何のことはない。針名神社のすぐ南だった。
 地形図は過去15年間新情報を更新していないため、今はある道路も地図ではないことになっている。しかし古くからある道を辿ればよいと気付いた。平地の三角点ほどRFが難しいとはいうが本当である。
 自宅にもどってシャワーを浴びて体重計に乗るとトレパン姿のままで73kg。まあまあのところまで落ちてきた。