シニア人材交流会で高岡市へ出張2017年10月20日

 朝6時半の地下鉄に乗車、7時半にはJR名古屋駅に着いた。コンコースは人でごった返している。花金ということだろうか。この移動のエネルギーを見るととてもデフレ不況にあえぐ日本ではない。バスの時刻まで間があるのでコーヒー屋に入ると行列であった。時間をつぶしてBバースへ行く。行く先は富山県高岡市である。
 シニア人材交流会に出席するためだが面談の時間は25分程度しかない。核心にふれようとすると時間切れになるので第一印象である。バスは定刻通り、10名を乗せて出発し、東海北陸道を走った。小雨と霧でさえない高速の旅だ。標高1000m付近が黄葉していた。 
 予定通り高岡市に到着するが面接の時間まではたっぷりあり読書に宛てた。順番が来て企業担当者と金融機関の2名と面談。その企業が抱えている課題の解決策を提案する。しかし、深い話はできない。2次面談に呼んでもらえるかどうか。数名が面談するので企業側に選択権がある。多分地元優先、若い人を選択するんだろうな、と思いつつ一縷の望みを抱く。最後は縁であり運である。
 帰路は5時半出発。名古屋駅前は9時半、自宅は10時過ぎになった。くたびれた。しかし、富山県にはゼニが落ちていると思って行くのみだ。次は豊橋市になる。小牧市の企業は2次面談はなしと連絡のメールあり。
 中小企業は無尽蔵だ。自民党が圧勝すれば来年はいよいよ人出不足が本格化する。シニアにもチャンス到来だ。当るまで行く。

名銀ハートフルプラザ「はじめよう登山」セミナー①2017年07月11日

 名銀ハートフルプラザは大名古屋ビルヂング16Fにある。今冬、成年後見制度の広報のセミナー開催の交渉に行った。話は難航した。セミナールームから濃尾平野の山々がよく見えるので、話のはずみで、山の話題にふれた。今回、縁あって、山のセミナー開催にこぎつけた次第である。芸が身を助けるほどの不仕合せ(古川柳)というがまさにそんなことになった。成年後見のセミナーも7/26にやれるので言ってみるものである。
 持ち時間は1時間なので広範囲な話は無理。課題はそれこそ山のように盛れるが、最新の衣類の知識の説明に重点をおいた。ちょっとした知識が生命を左右するかも知れない。
 レジュメはあっさり書いておいて、深い話は参考資料4点を添付した。
心得・・・山の命と弁当は自分持ち

服装・・・吸汗速乾機能の衣類

装備・・・スマホの利用が普及拡大中だが、必携とまではされていない。ザックと登山靴は基本のキなので登山用具専門店で相談して購入。

ストック・・・あれば便利で脚力を補佐する。しかし邪魔にもなる。必携かどうかは登山者次第である。

食料・・・粒食(ごはん)と粉食(パンやラーメン)の違い。

登山計画書・・・・条例化されて義務となった登山計画書。書くことで自分やメンバーの実力と向き合うことになる。
 実際の見本と長野県のWEBからDLした様式も呈示した。いの一番は登山計画書というわけである。
 次は書くための資料収集の選択である。ガイドブックとインターネット経由の情報との質的な違いを指摘した。

山岳遭難の多発傾向への警告・・・体力、技術、服装、装備の準備に怠りがなければ滅多に遭難はない。リーダーの心得、ビバークの心得も示した。残される家族の悲惨さも説明した。

定員は20名のところ19名の受講申込と聞いていた。予備の椅子を出していたから定員は若干オーバーしたのかな。腑に落ちる話になったであろうか。

NHKういちゅう「ゆる山へGO]の勧め2017年05月10日

 昨夜、3ヶ月に1度の成年後見監督人さんの書類監査を受けた。その後の雑談で、5/13は友人と御在所岳へ行くんです、と言われた。金華山くらいしか登ったことがないらしいので、リーダーはいるんですか、と聞くと、予定していたが来れなくなったそうな。すると女性ばかりの初心者同志なので、それじゃ大変と、アドバイスしておいた。
 曰く、三重県側の登山道はどのルートも厳しいこと、特に下山には転落、転倒に細心の注意をすること。できれば武平峠から登った方がいいと。
 そして、「NHKのういちゅう「ゆる山へGO」を視聴されるようにお勧めした。「ゆる山へGO」は鈴鹿の入道ヶ岳のガイド番組だが『分県登山ガイド三重県の山』の執筆者の1人の金丸勝実氏が指導している。短いが要所要所の注意点を指摘しているので鈴鹿入門に良い。
 御在所岳は初心者同志にはちょっと厳しいが女性は慎重なのでまあ無難に登るだろう。かつ、たまには日常を離れて怖い思いもしたいだろう。事故の起きないように祈ります。

 「ゆる山へGO]は4/15が1回目。2回目は私の担当で、5/13の朝7時30分から放映される。段戸湖から寧比曽岳である。

ウィークエンド中部のHPは以下の通り。これまでの動画にアクセスすると見られる。
http://www.nhk.or.jp/nagoya/we/

4月句帳2017年04月09日

  3/26 天白川俳句(話)会
長閑さやいつまで続く俳話会
・・・2010年5月以来、脱落者なしに続いてきた。80歳を超えなんとするこれからはどうなるのか。

  3/28 岳連理事会
八人の犠牲は重し春愁
・・・開口一番那須町の山で起きた高校生ら8人の雪崩事故の話題。出席者全員が立って黙祷し、哀悼の意を表した。

  3/29 某県議と会う
人の世に救いの手あり春の宵
・・・自分だけで解決するには荷が重い。そんな時政治家の助けも要る。政治家とは人脈のハブ空港(中継地)と知るし。

  3/30 さんぱつ
暖かやすその刈り上げ要望す

  3/31 弥生尽
遅々とした歩みなれども弥生尽

  4/1 豊田市自然観察の森ネイチャーセンター写真展
里山を丸ごと保つ木の芽時

春山や失われゆく里の景

  4/1 天白川緑道に雪洞(ぼんぼり)が灯る
天白の柳青める河川敷

雪洞に灯点りそぞろ歩きかな

  4/2 新城市鳳来湖の上臈岩撮影行
あちこちに咲くやキブシの花垂れり

ヤマツツジかつてはありし川合村
・・・湖底に沈んだ川合村には上臈岩の伝説があった。洞穴には高貴な女郎の櫛簪があったという。持ち帰ると葉っぱに変わるとか。

鳥交る上臈岩に巣のありぬ
・・・湖岸からバードウォッチャーが超望遠レンズで鳥の交尾を観察していた。固定したクライミング用ヌンチャクもしっかり見えた。繁殖期はクライマーも自粛するとか。

春のトビ湖面すれすれ飛来せり

  4/5 歯の治療
春愁やとみに通ひし歯科医院
・・・加齢にともない抵抗力が弱くなって歯のトラブルが増えた。

  4/5 元名古屋家裁調査官による成年後見制度のセミナー参加
春暑し八十席みな埋まる
・・・名古屋家裁の元調査官による初めてのセミナー開催。コスモスの岐阜や三重からも来場して81席は満席になった。

  4/5 山岳会の総会・例会
新参の若き人来て始まれり
・・・3月に例会見学、定光寺の岩登り参加で入会を意思表示した40歳の新人が正式に入会となった。4/3は単独で野伏ヶ岳に登山したという頼もしい新人である。

  4/6 中日信金尾張旭支店でシニア人材面談会に行く
尾北には仕事埋もれり春の昼
・・・昨年11月から経産省、中産連、信金の連帯で始まったシニア人材の発掘。富山県の高岡信金から一宮信金、豊川信金、四日市信金などに積極的に動いたが応答なし。係の人曰く「まだ決まった人は居ない」とか。「野に遺賢なし」なのか。若い社長のバイタリティを支援したい。

花冷えやベスト着て行く面談日

  4/7 コスモスあいち民法研究会(東区生涯センター)
セミナーの話してゐる春の暮
・・・昨年春からコスモスあいちに魂を入れるべく始まった広報活動も1年経過して成果を挙げてきた。まだまだこれからである。

春の夢語りつつ飲む水割りを

  4/8 橋幸夫 INブルーノート名古屋
春の宵一期一会のコンサート
・・・3/20に続いて名古屋に来るというので行って見た。怪しげなナイトクラブ風の雰囲気だ。橋幸夫も初めてのステージという。今夜の出会いは今日かぎりのこととコメント。同年代の女性同士のファンが目立った。全席50名くらいか、コスパが悪く、音響効果も今一。

春の夜のパフォーマンスのフアンかな
・・・リズミカルな曲で突如、立って両手を振り、足を躍らせる男性の老ファン。橋幸夫も目を丸くして、苦笑いして困惑気味だった。

春の夜やな踊りそと引き踊らせり
・・・店の女性スタッフが老ファンを制し、着席を促すが、広いスペースに導いて躍らせた。

歌われず後ろ髪引く春の夜
・・・今夜は得意の股旅演歌は抑え、都会風の歌に終始。そこが残念だった。「潮来笠」だけは歌ってくれたが。

御園座のビルに垂れたり春の雲
・・・小雨降る広小路を歩くと伏見駅の上に御園座のビルが出現。上には雨雲がかかっていた。年内に竣工し、来年3月には杮落公演がある。

花の雨人は少なし夜の道

富山・高岡市への雪のドライブ行~奥越の温泉入湯2017年02月22日

 2/21は富山県高岡市でシニア人材の交流会というので参加。富山までは約270kmあり道中は長い。交流会は午後からなので少し早出した。高速代を30%OFFするつもりで午前3時過ぎの出発を予定したが、1時過ぎに交通事故が発生し、東海北陸道の上下とも通行止めになった。吹雪いているらしいので結局午前7時前の出発に落ち着く。
 岐阜県に入るとさすがに降雪と言うほどではないが小雪が飛んでくる。郡上に入ると視界も悪い。白鳥からはもっと悪くなる。不思議なくらいなかった雪が出てきた。ひるがのSAで小休止。午前9時前で、荘川からR156へ出るつもりが雪崩のおそれで通行止めという。五箇山まで走りR156へ出た。高速道路でも路面は完全に除雪されているが凍結を恐れて先行車が時速60km前後でしか走らない。それなら国道でも同じというわけだ。
 ここから高速はR156と乖離して長いトンネルを抜けて一気に城端へ行く。R156は庄川の流れに沿いながらくねくね曲がり道を走る。国道は通行量がほとんどないせいか、雪道になった。1年に1回は雪道ドライブも味わいたい。今は10時前だ。13時まではまだ時間があるので開場した温泉を探した。道の駅で聞くと大崩島の新五箇山温泉 南砺市平ふれあい温泉センターを教えてもらった。(くろば温泉は火曜休み)R156から分岐する道を行くとより深い雪道になった。四輪駆動車が頼もしいと感じる。
 非常に広いPだが、先行者は2台だけだった。510円を券売機で支払う。良いお湯だった。少し温めだが芯まで温まる。30分もしないうちに汗がでてきた。効能書きを見ると膝関節症にも良さげである。そういえば車から降りた瞬間に零下5度くらいだろうか、悪い方の膝に血が通う感覚が無くなった。入湯後は血が通った気がした。長い間けい皮鎮痛薬で誤魔化してきたせいか膝の神経が再生されなくなったのか。血行を促すことは治癒を助けることと思う。ぽかぽかした後は寒い戸外でも平気だ。再び高岡市に向かった。
 庄川の左岸側には最新刊の『富山の百山』に収録された高坪山、袴腰山、高落場山、高清水山、赤祖父山などの1000m級の低山がごろごろしている。右岸側の牛岳もいつかは登らねばなるまい。林道を行けるところまで行って山頂に立つ。その後は安い宿に泊まり入湯するのも良い。
 R156の路面は完全に積雪路でガタガタと状況はよろしくないが行き違う車は殆どない。雪解け水を満々と湛えたダム湖で人家は少なく静まり返っている。庄川町を過ぎると突然、となみ野が広がった。雪は意外にもない。カラカラに乾いた冬田が広がっている。突然携帯が鳴った。中産連の担当からだった。名古屋からの参加なので心配したのだろう。高岡市内に着いて中食後、13時ちょうど、二上山の山麓に建つポリテクノセンター富山に着いた。
 そこは大門山を源流とする小矢部川の氾濫が運んだ沖積平野だった。富山湾の河口近くになると運んだ土砂の流れが停滞して蛇行を繰り返す。以前は水田だったと思われた。庄川も山間部を抜けてとなみ野を形成しながら小矢部川と隣り合う。水害の危険地帯だっただろう。それでも高岡市のような町が発展したのは標高52mの高台で水害を免れたからと思う。地名の高岡もなるほどと思う。水害を承知でこんな場所でも逃げないのは氾濫の度に土地が肥えるかららしい。
 交流会後、二上山をドライブしたかったが冬期は通行止めだった。二上山は万葉集の大伴家持ゆかりの名山である。ここには私が信奉する俳人・前田普羅の自筆の句碑が建つ。
  ”雪山に雪の降り居る夕べかな   前田普羅”
 万葉歴史記念館も今日は工事中だった。雨晴海岸からの立山連峰の眺めも冬型の気圧配置で曇り何も見えない。得るところなくそのまま帰名した。但し、白川郷まではR156を走った。

戒名は真砂女でよろし紫木蓮 真砂女2016年08月30日

 俳人・鈴木真砂女(1906~2003)の句。波乱の人生を歩んだ女性。過去に思いを引かれずに生きるすべを俳句の切れに学んだか。潔い俳句にファンが多い。師は久保田万太郎というが真砂女の句にもその影響はある。何気ない言葉をちょいと切り取って一句に仕立てる。
 表題の句は最近になって相続一般の相談に乗っていて思いついた。戒名料の話が出て死ぬのも大変だと思った。ネットでググると相場は50万円であるが最高は150万円である。お通夜と告別式のお布施で約20万円から30万円、その他もろもろでおよそ200万円は覚悟することになる。
 作者は戒名は要らないと謳う。俳人の真砂女で死ぬというのである。
以下に掲げる俳句にも女ひとり、過去の恋多き人生をこやしとして、料理と俳句に生きる覚悟が伺われる。中には万太郎の添削が入っているな、と思わせる作家的な斡旋の巧さがある。

瓜揉んでさしていのちの惜しからず

死なうかと囁かれしは蛍の夜

夏帯やおのれ抑ふることに馴れ

かのことは夢幻か秋の蝶

泣きし過去鈴虫飼ひて泣かぬ今

人と遂に死ねずじまひや木の葉髪

羅(うすもの)や人悲します恋をして

水打ってそれからおかみの貌になる

死ぬことを忘れておりし心太

浴衣のまま行方知れずとなるもよし

菜の花や今日を粧ふ縞を着て

神仏に頼らず生きて夏痩せて

秋刀魚焼く煙りの中の割烹着

桃林の落花の果てに消えしかな

初凪やもののこほらぬ国に住み

火祭やまだ暮れきれぬ杉木立

舞い舞いて波濤の泡のきらめけり

大輪の菊の首の座刎ねたしや

降る雪やここに酒売る灯をかかげ

揚物をからりと揚げて大暑なり

目刺し焼くここ東京のド真中

ゆく秋や小店はおのが正念場

東京をふるさととして菊膾

今生のいまが倖せ衣被(きぬかつぎ)

かくれ喪にあやめは花を落しけり

夏帯に泣かぬ女となりて老ゆ

とほのくは愛のみならず夕蛍

かのことは夢まぼろしか秋の蝶

蛍火や女の道をふみはずし

夏帯やー途といふは美しく

夏帯や運切りひらき切りひらき

死にし人別れし人や遠花火

総会の季節2016年04月06日

 4月から6月一杯は総会の季節に入る。昨日は所属する社会人山岳会の総会だった。4/16は上部団体の総会、5月中旬はもう一つの全国規模の山岳会の総会、本業の行政書士の総会も愛知県本部と名古屋市内の支部の2回、1月の新年会の数だけ総会もある。また、株主総会も目白押しとなる。

 昨日の総会は会長と会計が欠席、高齢会員、有力会員も欠席となった。片肺飛行みたいな盛り上がりに欠ける会になった。その代わり、来れないと思っていた会員が出席し、また紹介の見学者も即日入会となった。昨年は12人と風前のともし火であったが今年は16名を超えた。30名の会員数に向けて回復途上にある。

 会員数は多ければいいというものではない。300名以上あった会でも世話役の高齢化と固定化で自然に解散状況と仄聞する。資産はあるが償却済というわけだ。また、JAC東海支部でも下部組織があったが役割が固定化し、旅行会社みたいになった。それで3年限定としたら一気に減った。
 山岳会を目的化すると分かりやすいが、退会も多く、解散の淵に追い込まれる。自由、自主で集まれば烏合の衆になり、路線の対立が起こりやすい。とかく山岳会の運営は難しい。

 新人はこの1年で9人入会、3人退会で差し引き6人増加になる。かつてないことである。手をこまねいていたら解散になるので増加は歓迎だ。9人入会のうち紹介が6人、ネットからが3人になった。ネットはブログのアクセス数が15000件を超えてから山岳会を探している人にヒットしやすくなったと思われる。まめな更新あるのみである。

 登山は一期一会の産物である。良い山、良い友があればこそだ。その貯金をするのが山岳会の目的だ。

複式の授業に炙る寒の餅 澤田宏2016年03月31日

 表題の俳句は先だって送られてきた俳句雑誌の一句。作者は富山県に近い宝達山の麓で農業を生業とする高齢の俳人である。複式というのは複式簿記のことである。授業を受けながら餅を炙る。おそらく外は深い雪。農閑期の今を利用して学習する必要に迫られている。
 http://y-ninaite.jp/ninaite/qa/qa-50
 かつての農業は血縁を中心に地縁の強いコミュニティに支えられてきた。時代を追って、高齢化、少子化、過疎化、相続で農地、農村を維持しがたい。そこで営農組合が生まれ、国から補助金が個々に配られてきた。それも限界にきて広域にまとまる法人化が国策になった。個人経営から法人にして経理を一元化する狙いがある。

 この俳句は法人化申請を前にして必須の専門知識となる複式簿記の研修を受ける一こまである。

 例えば
 500000 機械    機械を購入     普通預金  500000
1000000 普通預金 国から補助金入金 
                    国庫補助金受贈益 1000000
 500000 圧縮損  圧縮記帳       機械     500000
  50000 減価償却費 定額法10年均等償却  
                   機械減価償却費累計額 50000

 こんな煩雑な会計処理をしなければならない。会計ソフトの利用に慣れるのも一苦労である。加えて消費税、法人税、地方税などの税務もある。法人化もメリットだけではない。
 都会なら筆者程度の人材はごろごろいる。しかし、山間地、へき地では医者のみならず、会計記帳する人材すら払底しているらしい。複式簿記のスキルが役立つなら、宮沢賢治じゃないけれど行って励ましお手伝いしたい。
    老いてなほ簿記検定の受験生   拙作

2月10日とは?2016年02月10日

 2月10日は何の記念日だったのか、ふと思う。7日は北方領土の日だった。そこで思い出したのは、北海道の名付け親として知られる松浦武四郎の死去した日だった。明治21(1888)年2月10日に亡くなった。晩年は大台ケ原の開拓に力を入れた。

 ググると、簿記の日もヒットした。
 以下は全国経理教育協会のHPからコピペした。

「簿記の日
簿記の原点である福沢諭吉の訳本 「帳合之法」の序文が1873年(明治6年)の2月10日に草されたことにちなみ、本協会が制定しました。
「帳合之法」とは
福澤諭吉により慶応義塾出版局から明治6年に『帳合之法 初編』2冊、翌年『帳合之法 二編』が2冊出版され、計4冊からなるわが国において最初の西洋式簿記書の訳本です。

「帳合之法」の原書は1871年アメリカ商業学校の先生ブライアントとスタラットンが書いた学校用『ブックキーピング』(Bryant and Stratton, Common School,Book-keeping) を翻訳したもので、まだ「簿記」という訳語がなく、わが国の商店などに用いられていた「帳合」の語を以てこれに当てたとされています。『帳合之法 初編』の2冊には単式簿記、『帳合之法 二編』の2冊には複式簿記が説明されており、福澤諭吉が日本に初めて複式簿記を紹介した書物です。」

 簿記は行政書士の資格で会計事務を専門とする私にとって、基本の基本になる知識と技術である。行政書士法には、伝統的な許認可のみならず、権利義務の書類作成とともに事実証明の書類作成、すなわち会計の職務も法定化された。本職であり、一生の仕事になった。
 名前は忘れたが、このような任意団体の通信教育で簿記を学び、協会内部の検定資格を得た。その後、日本商工会議所の簿記検定2級を取得、翌年には全国商業高校の簿記検定1級を取得した。理論だけから、実務の修業になった。もう40年以上も貸方借方の世界になじんだ。
 ペンとインクとソロバンで、仕訳帳から元帳に転記し、試算表を作成するが一発では合わない。合ったときは嬉しい。まことに、帳合の法とはよく言ったものだ。あれから、ペンと紙の帳簿、ソロバンはパソコンと会計ソフトを使った方式に変わった。試算表は簡単に作成できるようになった。消費税が加わり、大きな変化を遂げた。
 時代が変わっても変わらないものは、経営者の判断力の重要性だろう。正しい計算よりも正しい判断が必要なことは、いつの時代でも変わらざる真理であろう。

おちょぼさんへお礼参り2015年12月30日

 海津市のお千代保稲荷へ今年1年の念願がかないお礼参りに出向いた。東名阪・弥富ICを出て木曽川を渡り、長良川右岸の堤防道路を北へと走る。今日は冬日和だ。恵那山から御嶽山、乗鞍岳、それに市女笠の山容が見える。笠ヶ岳らしい。濃尾平野は遮る雲も無く美しく銀屏風の山々に囲まれた。
 おちょぼさんへの案内板で左折。堤防を下ると田園風景の中に小ぶりな千代保稲荷神社が鎮座する。今日は晦日とあってやや大目の参拝客で参道が埋まる。それでも三が日と比べると雲泥の差である。参道の両側は飲食店、農産物や串カツ、たい焼き屋、よろずやが軒を並べる。
 油揚げとローソクを50円で買う。拝殿だけは行列だが、10m程度で可愛いものだ。この1年の念願を感謝した。1健康第一、2本業の売上増、3山岳会の会員増、4本の上梓、5中経の連載40回で完結、と運が上向いた。来年もよろしくということである。
 ご利益は、ウィキペディアによると、
「 祭神は大祖大神、稲荷大神、祖神。
商売繁盛、縁結び、合格祈願などにご利益がある。 伏見稲荷や豊川稲荷と比べるとかなり小規模だが、年間250万人が参拝している。特に正月三ヶ日や月末月始の月並祭、15日は大変混雑する。商売繁盛の神社という特色上、同じ西濃地方の南宮大社などに比べ、税理士などの専門職も含め自営業者の参拝が多い。
「先祖の御霊を千代に保て」という教えより、現在でも境内ではお札やお守り等は一切出していない。ただし角柱形の御神籤箱によるおみくじは置かれている。お供えとしては、稲藁で結んだ油揚げと蝋燭が使用される。」
 というわけで税理士などの名刺が挿してあったり、御神籤の場所も名古屋市の税理士が提供するなど、おカネの神様なのである。多分、成功したんだろうね。
 定年後、2010年に開業してから毎年、参拝している。2年目までは廃業を覚悟の上で働いたが、こうして無難に過ごせたのだからご利益はあったのだと思う。祈る気持が大切なんだろう。帰路は海津温泉に入湯した。今日が今年最後だった。
 あっ、もう一つあった。コンサートで生の歌声が素晴らしい島津亜矢さんが今年は14年ぶりに紅白歌合戦に出ることになった。悲願の出場が叶った。
 おめでとう!
 もう明日じゃないか。TVがないので応援はできないが、「帰らんちゃよか」を歌うことになっている。歌詞のフレーズがリアルでちょっと辛いものがある。熊本弁だから聞いて居れるが、故郷を出て、都会に暮らしている人には涙ものかな。作詞作曲の関島秀樹氏の伴奏付。
https://www.youtube.com/watch?v=GBi6km-xFuA