建設業法改正の研修2020年12月02日

 午後から10月1日に改正された建設業法のポイントの研修だった。ズームの人多数、会場の人は小数に分かれてしまうが盛況だったのだろう。改正のポイントは益々複雑化した法の実務上の注意点だった。たしかに細目にわたる話である。その上にコロナ対応で、窓口で応酬しながら、書類不備や訂正、考え方の指摘などの細かい指導を受けることが出来なくなってしまった。
 県庁側からは行政書士の出す書類に不備が目立つこととなるのは必然だろう。更新の手続きでも痛感したが、手引きを読め、という指導だけではいかんともしがたい。細部にわたる法令、施行規則、解釈の違いなどがある。
 しかし今後はこれが常態化するかも知れませんね。申請→仮受付→審査→受理または不備なら返却→訂正→再申請→副本の送付(郵送または受領)となる。年数よりも数をこなしたいが中々数は得がたい。隔靴掻痒の思い。
 研修後は事務所で事務整理。ファックスが一本着ているが申込済みの研修も希望者多数で全面的にライブ配信となった。

緩和ケアの専門医の話(動画)2020年11月28日

https://www.youtube.com/watch?v=Jq5TQsbSz1A
【医者が聴いた】しておかないと死ぬときに本当に後悔すること5

1 ありがとうと伝えなかったこと。
・・・死期は選べない。喉元を過ぎれば忘れる。今、感謝の気持ちを伝える。

2 緩和ケアの医者を探しておかなかったこと。
・・・人は誰でも終末期を迎える。慢性病の末期には癌に限らず、痛みや苦痛が出る。この辛さを和らげるのが専門医という。

3 感情に振り回された一生を過ごしたこと。
・・・50歳代の女性の訴え。些細なことで悩んだ。大したことではない。感性が鋭いのも考え物だ。

4 やりたいことをやれなかったこと。
・・・自分の体は自由に出来なくなる。考えることすら気力がなくなる。思い立ったが吉日と思う。自分が時間を割いたことは何か。本当に今やりたいことは何かを知る。

5 仕事ばかりの人生だったこと。目の前のことで一生懸命だった。
・・・好きなこと、色んなことを平行してやってゆく。 

 緩和ケアの病院は名古屋では精霊病院を1つ知っている。検索すると3ヶ所ある。山岳会の先輩で医師だったが79歳で癌になり、末期はそこに入院された。意外にはやく亡くなられた。麻酔なども使ったとは聞いた。
 先生宅にお見舞いに行くと「君たちには世話になったな、僕はもう死ぬ。これまでありがとう」と言われた。こっちは「エッ、???」と絶句するばかりだった。世話になったのはこっちの方だったが、帝大医学部卒の社会のエリートだったのにフランクな性格だった。山の世界では社会的な序列はないので言いたいことを言い合い、放談を楽しんだ30年であった。
 あれからすぐに入院されたのだろう。先生を信奉する後輩(私には先輩)が世話をしていた。その方もすぐに病死された。医療を尽くしても治らないとなれば緩和ケアの専門医は重要な仕事である。自分も最期は世話になりたい。
 もしも6番目を挙げるなら、以前に聞いたことではあるが、遺言書を書かなかったことがある。病院のベッドで死を直前にした状況では中々に書けないだろう。但し、文案はこちらで考えるし、公正証書の場合でも公証人、証人とも病院や老人施設への出張が可能である。
 人生とは出会いと別れ。

小春日和2020年11月13日

10月12日から取引先と連絡を密にしながら12月半ばに期限が来る建設業許可更新を進めてきました。申請は30日前までなのでぎりぎり、本日朝一で県庁に向かい、社長と同席して書類不備と不足を補い無事受理された。こういう仕事は1週間が1日単位で過ぎていく。
報酬も今日中に送金してくれたらしい。10年前の開業以来使ったエプソンのPCも今じゃ老朽化。XPは電子申請にも対応できず、先延ばししてきたデスクトップのおニューのパソコンを買おうかな。
今は少し解放感に浸っていますが、やりかけの新規の仕事もあるので今後はそこに注力する。

 午後は尾張旭市の姪の家に行く。2月に生まれた子供が大きく育った。あんまり大きくならないうちに抱っこしに行くことにした。甥も結婚するというので一緒に来た。何十年ぶりかである。少子化時代なので赤ちゃんの姿も少ない。老人ばかりが目立つ社会になった。週刊誌も老人の話題ばかりである。こうして次世代は次々生まれている。

建設業許可変更2020年11月10日

 更新の申請について朝一で県から連絡あり。書類不備が何箇所もあり、1日対応に終始した。役員の任期変更と定款変更がリンクするものの届けがないため登記を促されたがこれはコピー提出で済んだ。過去の株主の変更が未届けが判明し、その書類作成で手間取った。依頼者側の申告がないと変更届は出せない。建設業法下の経営者は何か変更があれば登記か変更届が伴う。やっぱり一発では通りません。

建設業許可更新の申請2020年11月09日

 丸の内の事務所から徒歩で10分の自治センターに建設業許可更新の申請に来た。名古屋市の官庁街の街路樹はきれいに色づいた。多分、欅の類いか。自治センターの待機のところから見ていると時折強風が吹いて落葉が風に舞う。それなりに美しい。13時きっかりに呼び出されて、今日は正副本を受理されただけだ。不備がなければ無事更新される。

仕事に目途2020年11月02日

 建設業許可更新の手続きに書類が1点を除いて整い、目途がついた。やっと解放された気分になれる。新規の申請と違って更新は許可の維持であり業務が回転中(開店中)でもあるから遅らすわけには行かない。

 晩秋の雨は寂しさが募る。明日は晴れる見込みなので久々に山へ行こう。行方不明が報道された古城山へ行くか。本当は3月か4月に行くつもりが延期になっていたからだ。不明の人が見つかると良いが。

さわやかな秋の昼2020年10月20日

 今朝も小寒い1日。今も上着は夏物の薄手のものだが合服だとやや暑い気がする。もう少し引っ張るかな。今は夏物は収納ボックスに仕分けし、冬物を出しておくに留める。スーパーで秋物の下着も新規に購入した。くたくたになった下着はすでに保温力を失っているので処分。
 さわやかな秋の昼。午後から事務所へ。建設業許可の依頼人と会い、書類の進捗を報告し、不足書類の作成について資料提供をお願いした。80%くらいにはなった。しかし富士山と同じで頂点に近づくほど難しいことが出てくる。年内に申請ができるかどうか。否年内にやりたいね。
 面談を済ませて遅い中食をとる。久々にラーメンの小と餃子のセットで済ます。お決まりの喫茶店へコーヒータイム。朝日、日経、中日各紙の紙面を眺める。
 岡崎市長選、同市議選の結果を報道したが、年内に5万円支給についての嘆息ともとれる感想がある。「おい中根市長さんよ、ほんとにやれるのかね」という感じで、市議会に諮って迅速にやらないと公約を果たせない。内田氏を支援した多数派の与党が一転して野党になり、不賛成で邪魔をする懸念である。
 消費税10%時代になって1年。消費税不況に陥った日本経済。大衆がカネを使わなくなった。そこへコロナ禍が襲ったから弱り目に祟り目という今を乗り切るには税金の還付しかない。消費減税廃止か5%減税は中々ハードルが高い。
 それでもグローバル企業は世界で稼ぐ。対外債権は世界一多い。日本のGDPは減少の一途、中国は伸びているがそれは日本からの投資があるお陰であり、日本は中国のGDPに貢献している。だからその分も実は日本のGDPなのだが日本に恩恵はない。
 そして法人税を下げているのだから良くなるはずはない。投資は失敗しても法人税法上、すでに利益と相殺できるように引当金勘定で処理されている。利益の圧縮でその分日本には納税しない。法人税を下げるなら海外投資の引当金はやめるべきかと思う。

柳川喜郎『襲われて 産廃の闇、自治の光』(岩波書店 )を返却2020年10月08日

 午前中、久々に給油したら、軽油106円に下がっているので驚く。連休がおわったからか。午後の面談に備えて早めに出発。目指すは関市。零細企業の経理のコンサルティングである。終わると遅い昼飯にとうなぎやを物色したが午後5時から再開とのことで諦める。
 事務所に戻る前に表記の本を愛知県図書館の返却ポストに投函。今日は休館日だったか。事務所まで徒歩で行く。少し疲れたので休む。登記を依頼した司法書士さんから電話で残余財産の発掘が進んでいるとの報告があった。地方の錯綜した土地は処理が難しい。
 ネットを見ると、大村知事リコール署名活動はどうやら100万人に行く手ごたえを感じたらしい。ナウ。

名古屋は猛暑2020年08月25日

 マイナンバーカードができたというお知らせが来たので、今朝遅くに区役所に行くと何十人も並んでいる。待機時間は60分とみて退散した。これこそ不要不急の仕事である。近くの喫茶店に寄ってマイカーのまま栄の仕事場へ行く。指定の駐車地へ正式に駐車させてもらって事務所に行く。それだけで汗だくになる。
 午後2時には副本を届けに行って少し仕事の話をして街へ中食に。暑い暑いと何を食うか。久々にオムライスを注文した。濃厚なブラウンのデミグラスソースのかかったやつだ。時々無性に食いたくなる。この店はなぜか若い女の子ばかりが先客でいた。ちょっと叔父さんの入る店ではなかったかな。
 夕方は三越前で高須氏と河村市長の大村知事リコール署名活動が始まったことを告知するアピールが県庁前、名古屋駅前、そして三越前で行われた。大勢の人だかりができた。マスコミのカメラも並んだがちゃんと報道してくれるだろうか。リコールの成否は如何に。

カラオケで「くちなしの花」を歌い追悼2020年08月19日

 名古屋市の成年後見制度の親族関係の調査業務を受託し、その担い手を募った。応募多数につき、親族関係の知識に関する考査があった。基本的な例題であるが高齢の頭では考えるのに時間がかかる。というより記憶力の問題である。というわけで頭に血が上った。1時間少々で終わった。
 少し早いがカラオケスナックのお店で、渡哲也の「くちなしの花」を歌唱した。他に数曲歌って今度は喉が疲れてしまった。渡さんの供養になっただろうか。今回は対馬へ旅した際に繰り返し聞いた桂銀淑さんの「すずめの涙」にも挑戦したがやっぱり難しい。
 昨年の青森の山旅で繰り返し聞いた吉幾三「津軽平野」、美空ひばり「津軽のふるさと」などゆっくりなスローテンポの曲が歌いやすい。後、橋幸夫「沓掛時次郎」は歌うと元気が出る。多分股旅ものだからだろう。

 渡哲也さん、安らかにお眠りください。