相談会2019年12月12日

 朝8時20分、さる金融機関に向かう。9時きっかりに法務相談会が始まる。成年後見、遺言、相続などの相談者の悩みを解決してゆく。今日も6名が来訪されて相談を受けた。主に相続である。夫を亡くされた妻の立場での悩みが多かった。中には不動産の共有名義の解消方法を示してと希望された。幸いにも主たる相談員は現役の不動産屋なので的確に解決方法を示しえた。
 中には縁者の心配ごとを持ち込まれた。高齢の姉のことである。子供なし、少し認知症かと疑う現象がでているとのこと。成年後見制度の説明と遺言書の作成を勧めた。

シニア面談会、相続税の研修2019年12月06日

 午後から四日市市の信金でシニアの面談会に出席。経産省傘下の中産連が信金から中小企業のニーズを探って登録者に諮り企業とシニアのマッチングを綿密に行い結果的に中小企業の経営に協力する。シニアの残存能力(専門性の高い経験や知識、技術など)の活用になる。 
 3年前から参加してきたが二次面談までは中々進まない。これまに経理財務面で3社ほど二次面談まで進むが業務契約までは進展しなかった。今回も経営者と直に面談して経営課題を探り自己の能力とすり合わせした。どちらかと言えば技術系の社長さんなので財務経理面には多少の不安があるのだろう。税理士は法人税の計算と税金の申告の専門家なので会計の能力はあっても経営のニーズには答えていないのだろう。会計ソフトを使えば簿記知識は無くても日々の仕訳の入力さえ正確なら決算書はできる。しかし、集計された数字を読み解くにはしっかりした知識と経験が必須である。特に減価償却の知識は必須だ。
 設備投資すると固定資産が増加、現金預金は減少。この場合なら減価償却費分はそのまま預金現金が積みあがってゆく。借金で設備投資すると固定資産、負債が増加。減価償却分は返済の原資になる。多くの企業はここをよく考えないまま設備投資して結果過剰投資になり、経営危機に陥ってきた。且つてのシャープは超がつく優良企業だったがTVの需要予測を誤り2000人もの人員整理に追い込まれた。過剰投資から借金の返済もできなくなったのである。そこを台湾の会社に資金供与されてよみがえった。
 企業経営は単純なことで危機になるのである。シャープほどの会社なら優秀な社員がたくさんいるし、資金需要には金融機関も融資するし、増資も楽だろう。なぜ誤ったか、将来の判断力一つである。ここぞとばかりに大投資した結果、現金が不足した。キャッシュフロー(現金収支)が分かっていなかったのである。
 林投資研究所のHPに「 「資金に余裕を持って売買せよ」という意味の(相場の)格言。
 凧揚げをするとき、調子に乗って糸を出し切ってしまうと、さらに糸を出して調節することができなくなってしまう。同じように、相場の資金にも余裕を持って行わないと身動きが取れなくなってしまう。
 予測不能の相場についていきながら、ポジション(玉)を調節していくことが求められるが、資金的に余裕のない売買、あるいは一発狙いの仕掛けなどを行っていると、わずかな狂いが大きなケガになる。売買戦略上、物理的に必要な余裕を持つだけでなく、精神的な余裕が持てるように配慮」せよとある。
 シャープはまさに儲かる事業まで切り売りしてキャッシュを確保するしかなかった。親会社のホンハイは資金供与して何をしたか、というと切り売りした事業の買戻しであった。手元資金が潤沢になれば研究開発というホンハイにはできない経営資源が芽を吹くだろう。
 専門の登山でも遭難する登山家は力を出し切るからだ。いつでも撤退する、下山する余裕を持たないとピンチを脱出できない。登山では命を失う。
 会社経営では資金を失い、優秀な社員を失い、優秀な仕入れ先を失う。顧客からは足元を見られて安く叩かれる。倒産に至ることもある。
 いずれも判断力一つである。そのためにも事業の寿命を早めに見切り償却を早めるのも策である。
 経営者が会計の仕組みを知らないと専門家の言いなりになる。金融機関は天気のいい日に傘を貸し、雨が降ると引き上げる。例えば安田善次郎は融資を申し込んできた会社の業績を見て、危ないと思えばその会社の株式を空売りして置く。実際に倒産すれば融資は焦げ付くが暴落した株式の空売りの買い戻しで回収できる。立ち直れば融資は回収でき、株価も上がる。空売りは機を見て買い戻せば損失は少なく済む。どちらに転んでも大やけどしないように仕組みを考えて置くことである。
 帰名後は18時から税理士を招いて最低限知っておきたい相続税の研修をこなす。その後は東京へ夜行するために懇親会はパスした。

相談会2019年12月05日

 朝8時頃の市バスで名東区へ移動。最寄りの金融機関の応接室で法律相談会を開催した。1日相談員を務めさせてもらった。今日は2名が相談に来られた。男性の相談者は三河の母のことが心配と言われた。相談内容は老母の認知症のこと、成年後見制度のこと、亡父の遺産相続の手続きが未処理と多岐にわたった。
 上品な中年女性は子供なしなので遺言書の作り方を教えてと来られた。夫の母の高齢になってからの言わば老残の姿に自身の将来像を重ねられたのだろう。自筆遺言書の書き方、公正証書遺言との違い、自筆遺言書は来年また一部変更があることなどを解説した。

忘年会2019年12月03日

 18時から大学同窓のクラブ愛知の忘年会である。一卓5~6人で12~3卓はある。宴会ホールの照明を落とし何が始まるか、と思いきや同窓の日舞の踊りであった。華やかな彩を添える。学長、全国同窓会長、クラブ愛知会長の挨拶が続き乾杯。あとはフランス料理(多分)が運ばれてきて飲み物を楽しんだりして過ごすうちにお開きになった。

北畠家の系図2019年11月18日

北畠具行の墓所
 今年は北畠家の人物に巡り合うこと3人も居た。もちろん歴史上の話である。北畠家の家系図はこうなっている。

北畠氏学講座
http://kitabatake.world.coocan.jp/kitabatake.html

北畠氏大詳細系図
 http://kitabatake.world.coocan.jp/kitabatake17.html

 3月 「田丸城跡は1336年(延元元年)北畠親房・顕信父子が南朝義軍の拠点として砦を築いた」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%B8%E5%9F%8E

http://koyaban.asablo.jp/blog/2019/03/28/9052863


 5月 北畠八穂の先祖は三重県の北畠親房の長男の顕家が東北(陸奥国)へ下向した、とあるように南朝方の公卿(くぎょう)で今風に言えば高級官僚であった。青森の北畠家はその血筋の流れを汲む浪岡氏の末裔
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E7%95%A0%E5%85%AB%E7%A9%82

http://koyaban.asablo.jp/blog/2019/05/11/9071166

 10月 北畠親房「一命を以って先皇に報い奉る」
http://koyaban.asablo.jp/blog/2019/10/01/9160106

 11月 辞世の和歌「消えかかる露の命の果ては見つさてもあづまの末ぞゆかしき」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E7%95%A0%E5%85%B7%E8%A1%8C

http://koyaban.asablo.jp/blog/2019/12/05/9172795

 とまあ、偶然にも3人の北畠家の人物に遭遇した。
 そこで北畠家の系図でググると、きっちり調査された系図がヒットした。これによると北畠雅家を筆頭に、その子が北畠師親、その長男が北畠師重と続き、北畠親房になる。なので親房は雅家のひ孫になる。一方で北畠具行は北畠雅家の子の師親の弟の師行の子になる。
 祖父の弟は大叔父と呼ぶ。大叔父の子は父母より年上なら従伯父(じゅうはくふ、いとこおじ)で「自分の父または母の従兄(いとこ)」になる。年下なら従叔父(じゅうしゅくふ)で、「自分の父または母の従弟(いとこ)」という意味。
参考サイト
親戚・親族の呼び名早見表
https://www.e-keizu.com/info/family.html
「祖父の兄弟」って何て呼ぶの?家系図で解説!
https://famico.jp/article-zokugara-836/
「従伯父」とはどんな意味?家系図で解説!
https://famico.jp/article-jyuhakufu/

 すると、親房から見て、北畠具行は祖父の弟(4親等)の子。なので大叔父の子すなわち、従叔父(じゅうしゅくふ)です。ここまで離れると傍系親族になる。遠い昔の話である。
 一方で、北畠八穂は青森の産。山の作家・深田久弥の先妻だった。青森県近代文学館が発行した「北畠八穂特別展」のパンフには、祖父の三代前は新潟に住んでいた。父慎一郎は弘前裁判所に勤務、後に青森営林署に勤務。その後材木店を開業。
 例の系図では親房の子顕家の子(親房の孫)に浪岡姓を名乗る血筋が現れて続く。その顕家のひ孫にも浪岡姓が現れる。北畠を名乗る血筋は絶えるのである。
 そこで「青森 北畠」でググると浪岡氏がヒットする。
中世の津軽で大勢力を誇った「浪岡北畠氏」の謎【謎解き歴史紀行「半島をゆく」歴史解説編】
https://serai.jp/tour/37771

浪岡城跡に行ってきたぞ〜北畠顕家の末裔が治めた北の御所
https://takatokihojo.hatenablog.com/entry/2017/07/06/091849

 結局北畠八穂(本名は美穂)の先祖がどうつながっているのかは突き止められなかった。

 ふと思い出したのは丸山学『先祖を千年、遡る (幻冬舎新書) 』だ。丸山先生の調査術であればたぶん分かるだろう。

会員の退会さはに木の葉髪 拙作2019年11月14日

 今朝は傘を持って居る人が居たので外を見ると時雨模様だった。それでも雨合羽を着ていたので少雨なら大丈夫とポタリングに出た。いつもの喫茶店でモーニング。山岳会の忘年山行の段取り、公正証書遺言の段取りなどのメールの返信などを処理して丸の内事務所へ。今週は認知症関連の記事が多い週刊誌を3冊購入。事務所ではストーブに点火して暖房。エアコンより暖かい。
 さて掲載の句は年末になって山岳会のベテラン会員の退会の届け出が続いた。みな会歴が長く、退会すれば寂しいことになる。しかしさいわいにもネット経由で延べ8人の入会者があった。縁故入会、一般紙面からの入会者は絶えて久しいので退会者が続くのは辛い。11月になって髪の毛も心なしか抜け毛が増えた。退会が原因というわけではない。生きるもの全てが生気を失ってゆく11月である。髪の毛が抜けるように寂しいのである。そういえば、髪という字は長い友と書く。抜け始めてわかる、髪は長~い友達なのである。そんなCMがあったなあ。

ベレー帽似合ふ遺影や冬の菊 拙作2019年11月10日

 午後から葬儀に参列させてもらった。故人は成年後見のコスモスあいちで広報に相談会にと汗を流してきた同士の御母堂である。葬儀会場の場所は常滑市の青海というところ。
 もうちょっとでセントレアに行ける。それよりはR247,R155のいわゆる産業道路を走っていると鈴鹿山脈が良く見えた。伊勢湾をはさんで何ら障害物がないのでいい写真になる。飛行機の離陸と鈴鹿山脈を組み合わせたら面白いだろう。
 葬儀は1時間ほどで終わった。故人は90歳とのことで参列者も喪主の子息を除くとみな高齢者ばかりだった。宗派は臨済宗であった。お念仏は浄土真宗とかなり違う。鳴り物入りが多くちょっと派手な印象である。
 今日は初七日も済ませるとのこと。本葬が終わったあと常滑を後にした。

研修:改正建設業法2019年11月01日

 東別院にて14時から16時過ぎまで業務研修でした。講師は愛知県庁、建設省から担当職員に直接出向いてもらった。ますます複雑化する。加えて電子申請が課題に上がった。
 今後は紙ベースの申請は淘汰されてゆくのだろう。この流れに対応できない行政書士も淘汰されるから業務歴30年というのは自慢にはならない。かつて経理事務でさえ、インク壷にペンを浸して仕訳伝票、総勘定元帳、試算表などを処理していた。それが電算化されて革命的な変化が起きた。さらにパソコンの会計ソフトになって簡易になった。今じゃ1人で何でもこなせる。
 ただし、経営は別である。判断一つである。正しい数値を早くアウトプットして経営判断につなげる。これは何時の時代も変わらぬ必須の能力である。優秀な社員を囲い、コンピューターで武装しているような大企業でも判断を誤ると経営不振に陥って希望退職を募る時代である。
 事務所に戻ると役所から人材交流会のメール受信があり、経理関係が1社あった。経理全般を見てもらいたい、来年の春までの約半年の伴走支援の要望。面談を申し込んでおいた。こんな需要がある限りは面談に応じてゆきたい。

また原稿書き山積2019年10月29日

 原稿書きの課題が山積してきた。忘れないように整理しておく。

1所属する山岳会の支部報 連載 岳人列伝 11/30〆11/4済

2「東海山岳」の60年史    2022年
・・・50年史の加筆版になる。東海地方の登山事情を大正時代にさかのぼると見えてくるのは八高と名帝大のありようである。八高OBは医師か技術者志向でなければ、文系は特に東大か京大、阪大へ進学した。自ずと登山家の若手を吸い取られていた事情がある。戦後の学制改革で名大に文系学部が誕生し、登山人口が増えた。東海支部の発足が出遅れたのはいびつな学制と無縁ではない。

3俳句結社の連載の鑑賞文投稿  11/10〆      11/2済

4俳人協会の評論文投稿       11/15〆

5仕事では一般社団法人の定款の原案  可及的速やかに

6所属する山岳連盟の一般社団法人化への対応(公益性のある任意団体から法人への移行の課題)

7新聞社への連載への投稿 11/15〆           11/4済
とある。
 うち5と7は有償なので重要な仕事になる。1から3と6は約束なので信頼を裏切るわけにはいかない。4のみ自発的な投稿なので任意である。どうでも良いことであるが着想があるうちに書いておきたい。

公正証書遺言の作成2019年10月24日

 金山駅前で朝7時に遺言者の身内の方を乗せて出張。三重県のある地方都市の公証役場と遺言者の老人施設を目指す。東名阪道から眺める鈴鹿山脈には黒い雲が覆い曇り空である。
 目的地に着くとまずは公証人に挨拶を済ます。電話対応だけだったので再度確認する。その後老人施設に行って遺言者に面接。高齢なので認知症を心配したが明るい性格で話も支離滅裂ではないから一安心。遺言書の内容を予め読んで聞いてもらった。遺言者の意思通りかの確認である。その通りと異存はなかった。
 遺言者は車椅子で不自由なので公証人には施設に来訪してもらった。約束の時間に来られて今やったことを本番でも読んで聞いてもらった。耳も口も達者な高齢者で判断力もしっかりしていると公証人も認めていただき無事公正証書の作成となった。認知症では遺言能力がないからだった。
 本人も身内もほっとしたような顔になった。お陰様でと、お礼を言われた。法律家のやりがいは報酬をもらってかつありがたく思われることである。雨模様だったが一仕事終えて気持ちは明るく帰名した。