原稿入力2026年01月16日

 山岳会支部報の原稿の大枠をまとめた。後は新年会で親しかった人に人となりを取材して補充すればいいだろう。

あをによし奈良の高市早苗氏は女性で初の総理の座に立つ 拙作2025年10月20日

 公式のプロフィールは以下の通り
〇1961年(昭和36年)3月7日生まれ
〇奈良県立畝傍高校卒業
〇神戸大学経営学部経営学科卒業(経営数学専攻)
〇 (財)松下政経塾卒塾
〇 米国連邦議会Congressional Fellow(金融・ビジネス)
〇 近畿大学経済学部教授(産業政策論・中小企業論)

・・・現在64歳というから政治家として油が乗って来たところ。

 基本理念
 日本を、守り抜きます!
 高市早苗は、国の究極の使命は、「国民の皆様の生命と財産」「領土・領海・領空・資源」「国家の主権と名誉」を守り抜くことだと考えます。

 激甚化している自然災害の被害を軽減するための防災対策の促進、サイバー防御体制の樹立、領土・領海・領空・資源を守り抜ける国防体制の構築、経済安全保障の強化、紛争勃発時における在外邦人の迅速な救出を可能とする体制整備、北朝鮮による拉致被害者の帰国実現、国内外におけるテロリズムや凶悪犯罪・新技術を悪用した犯罪への対策強化など、取り組むべき多くの課題が存在します。

 高市早苗は、引き続き、「リスクの最小化」に資する制度設計に取り組んでまいります。



 直近(2024年)の自民党総裁選挙や衆議院選挙では、「食料安全保障の確立」「エネルギー・資源安全保障の強化」「健康・医療安全保障の構築」「令和の国土強靭化対策」「サイバーセキュリティ対策の強化」「新たな戦争の態様(宇宙・サイバー・電磁波領域、無人機、極超音速兵器、自律型AI兵器)にも対応できる国防体制の構築」「日本の防衛施設の強靭化(電磁波対策・地下化等)」「人工衛星と海底ケーブルの防御」などを重点的に訴えました。

 また、国家の名誉を守るための法制度整備(議員立法:党議決定した刑法92条改正案の国会再提出等)への挑戦も続けます。

 「総合的な国力」を強くします! そのためには「経済成長」が必要です。
 今は、「総合的な国力」を強化するための取組を迅速に進めるべき時だと考えます。

 高市早苗は、「国力」の要素を、「防衛力」「外交力」「経済力」「技術力」「情報力」「人材力」の6つだと考えています。それらの強化に必要な政策を構築していきます。

 この6つの力を強くするためには、「経済成長」が大前提です。

 経済のパイを大きくするために、日本に強みがある多くの技術の社会実装とともに、勝ち筋となる産業分野につき国際競争力の強化と人材育成に資する戦略的支援として、「成長投資」の必要性を訴え続けています。

 日本列島を、強く豊かに! 地方の大きな「伸び代」を活かします。
「47都道府県どこに住んでいても、安全に生活することができ、必要な医療・福祉や高度な教育を受けることができ、働く場所がある」。高市早苗が目指す日本の姿です。

 かけがえのない生命を守るために、全国各地の防災対策・防犯対策を強化します。

 そして、地方には、大きな「伸び代」があります。

 農林水産業・製造業・サービス業をはじめ幅広い産業分野において「新技術立国」に向けた投資を促進するとともに、そのチャレンジを担う人材を増やし、絶え間なくイノベーションが起き、日本列島の隅々まで活発な経済活動が行き渡る国を創るために力を注ぎます。

 「全世代の安心感」を、日本の活力につなげます!
人生100年時代と言われますが、「シニア世代の方々が幸せで輝いて見える」ことは、「若い世代の方々の将来への安心感」に直結します。

 「全世代の安心感」を創出することによって「消費マインド」は改善し、日本経済の活力につながります。

 「経済的事情や障碍によって進学や就職を諦めない」「結婚や出産・子育ての希望を諦めない」「介護離職等でキャリアを諦めない」「更年期や高齢期特有の不調、障碍や難病によって社会活動を諦めない」で済む環境整備を目指します。

 社会保障制度の安定性と継続性を確保するためにも、「経済成長」による強い経済が必要です。

 「自立と勤勉の倫理」が重んじられる「公正な社会」を創ります!
支え合いの制度である社会保障は、勤勉に働いて税金や社会保険料を負担してこられた多くの国民の皆様のご努力によって成り立っています。

 「本当に困った時には十分に活用していただけるセーフティネットを確保すること」「経済成長により、雇用と所得を増やすこと」を前提に、「不正利用」は許しません。

 日本人の矜持である「自立と勤勉の倫理」を取り戻し、法制度の内容や執行の「公正性」を担保し、「努力をした人が報われる社会(働く意欲を阻害しない制度設計等)」を構築するために頑張ります。

 「機会平等」を保障する制度設計への挑戦を続けます!
国の様々な制度設計については、「行き過ぎた結果平等」を廃し、「機会平等」を保障するべきだと考えています。

 「ジェラシーに立脚した法制度」が増え過ぎると、優れた人材も企業も育ちません。

 むしろ、「リスクをとってチャレンジした人や企業が報われる環境作り」「出る杭を伸ばす発想への転換」こそが、可処分所得を増やし、人材流出や産業空洞化を防ぐ鍵だと確信します。

 国家の基本である「教育」を充実させます!
教育は、国家の基本です。

 家庭と教育機関と社会がそれぞれの責任を担い、毅然と教えるべきことを教えることによって、日本が直面する課題の多くが解決に向かうと確信しています。

 第1次安倍内閣が60年ぶりに『教育基本法』の改正を断行したことは、当時の答弁担当閣僚の1人だった高市早苗にとっても大きな喜びでした。

 教育の目標として、「道徳心」「自主及び自律の精神」を培うとともに「勤労を重んずる」「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参加し、その発展に寄与する」「生命を尊び、自然を大切にし」「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」態度を養うことを記しました。「家庭教育」の規定も新設しました。

 『教育基本法』の改正を受けて、関連法の改正や学習指導要領の改訂も実施されましたが、教科書記述内容や教育現場での取組への反映は不十分だと感じます。

 高市早苗は、『改正教育基本法』の崇高な理念が完全に活かされる日まで、教育改革への挑戦を続けます。


 更に、時代の要請に応えられる人材育成に、力を入れます。

 新たな技術領域への対応力を強化するとともに、実学重視のルートの多様化、研究者の処遇改善と活躍の場の確保に取り組みます。

 日本の国際社会におけるプレゼンスを高めるために、国際機関で活躍できる人材の育成にも、注力します。

また、地域ぐるみの「防災教育」「防犯教育」「消費者教育」「情報セキュリティ教育」「食育」「スポーツ」「文化芸術活動」を応援します。

 そして、行政の支援策を活用することができないまま、生活に困窮して亡くなる方や、育児や介護の負担に耐え切れなくなる方や、進学を諦める方を減らすために、学校教育や社会教育の場において「社会制度教育」を充実させることを提唱しています。

 「今を生きる日本人と次世代への責任」を果たします!
高市早苗は、技術革新、安全保障環境や社会生活の変化など、時代の要請に応えられる「日本人の手による新しい日本国憲法」の制定を目指しています。

 天皇陛下の「権威と正統性」の源である「皇統」をお守り申し上げます。

 公務死された方々に、尊崇の念をもって感謝の誠を捧げ続けます。


 政治姿勢
1、議員立法にこだわり抜く
高市早苗の強みは、議員立法です。 

日本が直面する可能性があるリスクについて、誰よりも早く情報収集と分析を行い、「備えとしての法整備」を進めるべく、多くの法律案を起草し続けてきた実績には、自信と誇りを持っています。

しかし、立法作業の過程では、幾度も現行憲法の制約による限界に直面しました。

新たな『日本国憲法』の制定を目指すとともに、これからも議員立法活動に力を尽くします。 

2、信念を貫き、ポピュリズムに抗する
基本的に、任期中は、直近の選挙でお示しした自民党の『政権公約』や候補者として『選挙公報』に記した公約に、忠実に行動します。

しかし、国会では、日々多くの政策判断を求められます。

『政権公約』の記載事項以外に関する判断については、国民の皆様から負託を受けた者として、お示しした基本理念に照らして、信念を貫かせていただきます。

一時的な世論の動向とは違った行動をすることもあるかとは存じますが、何事についても可能な限り多くの情報を集め、様々な立場の方からご意見を伺い、多角的な視点を失わずに、国家国民の利益を最大化するために正しい判断ができるように、努めてまいります。

「次の選挙よりも、次の時代を考える」と、心に決めています。
以上
・・・高市事務所からの入党者が18000人と伝え聞く。凄いことです。支持基盤はポピュリズムというから一般大衆からの声に耳を傾けることと理解する。労働組合、宗教団体からのいわゆる組織票はないので法律を作る能力がいっそう求められる。労組基盤だと貴族化してしまうがポピュリズムは働き続けることになる。

世にすみし姿をかへて荒川の蘆穂の蓑に身をや隠さん 岩瀬忠震2025年08月16日

 幕末の1861年8月16日死去。別の冊子には7月11日とある。享年44歳。

 明治16年4月に忠震旧臣の白野夏雲が向島白髭神社境内に「岩瀬鴎所君之墓碑」を建立。

 昭和57年11月に横浜本覚寺境内に「横浜港開港の主唱者」の碑が建立された。

 昭和61年4月に忠震ゆかりの地、新城市の勝楽寺に「岩瀬肥後守忠震顕彰之碑」が建立された。

病床にエベレスト記読む立秋忌2025年08月08日

 8/8は普羅忌または立秋忌。前田普羅は明治(1984)年生まれ。少年期から自らを山恋の病というほどで志賀重昂『日本風景論』を愛読して登山を覚えた。
 早稲田の同窓でもあった飯田蛇笏から山梨県の山を詠んだ山岳俳句「甲斐の山々」5句が高評価された。40歳前後の関東大震災後は富山に移り住んだ。戦中は空襲に追われて命からがら生き延びた。
 昭和4年、報知新聞社の記者を退職して、金沢で創刊された「辛夷」の初代主宰を引き受けて俳句指導に乗り出す。昭和5年に『普羅句集』刊行後、地域別の句集『春寒浅間山』(昭和18年)、『飛騨紬』(昭和22年)、『能登蒼し』(昭和25年)を発刊。
 晩年はいなべ市に住居を移す案が弟子らで画策されたが戦後のインフレで敵わず立ち消えになった。東京に転居。病床にあってもエベレスト登山記を弟子に取り寄せてもらって読むなど山岳への憧れは衰えることがなかった。享年70歳。
 昭和29年8月8日死去。

 以来普羅忌が詠まれるようになった。ネットからのコピペ
雀きて滴おとせり立秋忌/井上雪

ひと雨のまた笹に鳴る立秋忌/井上雪

人参木咲いて普羅忌へ孫弟子ら/中西舗土

走り咲く萩に普羅の忌来りけり/飯原雲海

鯉こくの食ひたき日なり普羅忌なり/石田波郷
・・・秋桜子の師系の石田波郷は普羅句の韻律を重んじた。

楢櫟霧呼んで普羅の忌なりけり  石田波郷

遠祖に坂上田村麿 直参の旗本徳山氏の事2025年06月15日

 少し早めに出発した。目的地は揖斐川町交流センター。講師は田中 豊 で86歳、愛教大出身の元数学の教師だった人。今は古文書の解読を通じての歴史研究家として活動中。揖斐川町歴史民俗資料館の古文書講座の講師をしている。 
 根尾谷の奥の根尾能郷にある能郷白山神社の猿楽を拝見した。その舞台の奥の垂れ幕に大野郡 徳山云々との染め抜きの印刷があった。本巣郡なのになぜ大野郡なのかの疑問があった。
 以前に揖斐川町歴史資料館を訪ねた際に大きな絵図で根尾川の右岸が大野郡と判明した。
 講座のメモ書きを列挙しておく。

 徳ノ山五兵衛 元の名前は坂ノ上だった。 
 勅許で変更  勅許は天皇への上納金で下される

 NHK 豊臣兄弟 異父兄弟
 初婚  秀吉 北の政所 やや 古文書 県庁図書館
 再婚  秀長 

 作家は百姓より 出世をさせて 面白がらせる 

 公家上がり
 歴史の真相 古文書の存在  無いものは想像の産物
 古文書とて100%正しいとはいえない

 征夷の夷人 アイヌ人
 中国 漢民族 中華思想 世界の中心
 馬鹿にした
   東夷・・・京都からみて、東国の人、特に無骨で粗野な東国武士をあざけっていった語。東夷 (とうい) 。

   南蛮・・・古代中国では、四夷(東西南北の異民族)の一つとして、南方の異民族を蔑んで「南蛮」と呼んでいました。
日本での意味の変化:
戦国時代以降:ポルトガルやスペインといったヨーロッパ人が日本にやってきて、彼らを「南蛮人」と呼ぶようになりました。
南蛮貿易:南蛮人がもたらした鉄砲やキリスト教、そして彼らとの貿易を「南蛮貿易」と呼びました。
南蛮文化:南蛮人が持ち込んだ文化や、彼らが好んで食べる食材も「南蛮」と呼ばれるようになりました。例えば、ネギや唐辛子、油を使った料理などが挙げられます。

   西戎・・・せい‐じゅう【西戎】
青海・甘粛地域に住んだトルコ族・チベット族、または広く西域の住民をも含めた。 転じて、西方の異民族の称。 西方のえびす。 また、日本では、広く、野蛮人、朝敵をもいう。

   北狄・・・「狄」は、古代中国で北方民族を指す言葉で、野蛮で未開な存在として見なされていました。
夷狄:
「夷狄」は、東方の夷と北方の狄を合わせた言葉で、四方を囲む異民族を指す総称として使われることもあります。
四夷:
「四夷」は、東夷、西戎、南蛮、北狄をまとめた言葉で、中国の四方を囲む異民族を指します。
歴史的背景:
古代中国では、自国を文明の中心とみなし、周囲の民族を野蛮な存在として差別的に見ていました。そのため、「狄」や「夷狄」といった言葉は、そのような差別意識を反映しています。
現代:
現在では、歴史的な文脈以外で「北狄」という言葉が使われることはほとんどありません。

 日本人は感性、情緒優先

 吉田松陰 テロリストを育てた 歴史の裏と表

 流罪  根尾谷の最奥の越波(おっぱ)
 沢田ふじ子『けもの谷』では流罪の場所として設定されている。
 歴史的にも身分の高い人ほど山奥へやられるらしい。
 能狂言もなぜあんな耕地もほとんどない狭い地域で継承されてきたのか、というと高貴な身分の人たちが集団で流刑地になったのか。

列伝の原稿2025年06月13日

 支部報の列伝は原 武を書いた。原武『北壁に死す』(山と渓谷社)を種本にして三分の二は既存の文を寄せ集める形になったがやむを得ない。登山界では無名も無名、初登攀、海外遠征等何ら実績もない。それでも深田久弥が序文を寄稿している。関係者の働きかけもあるが、原武の文才が深田の脳裏を刺激したのだろう。

幕末史を学ぶ2025年06月11日

 水戸天狗党の事は敦賀市の武田耕雲斎以下352名の斬首で終わっていた。4月20日に揖斐川町歴史資料館で大野郡を調べるうちに天狗党の武田耕雲斎と交渉した棚橋天籟を知って新たな肉付けをした。
 更に5/28は井伊直弼の足跡を追って彦根市へドライブして井伊直弼の歴史上の位置づけを知った。すると芋づる式に岩瀬忠震が出て来た。6/1には岩瀬の故郷の新城市の設楽原歴史資料館と勝楽寺を訪ねた。学芸員から中公新書の松岡英夫『岩瀬忠震』を紹介されたが古書しかなくしかも高価なので鶴舞図書館で借りた。結構多数の本が出されていた。5/26までには読み切れないが列挙しておく。

1 松岡英夫『岩瀬忠震』 日本を開国させた外交家 昭和56(1981)年

2 岸上耿久『光芒遥かなり』 小説岩瀬忠震  忠震会 1998年

3 小野寺龍太『岩瀬忠震』 五州何ぞ遠しと謂わん ミネルヴァ書房 
                                    2018年
4 関 良基『日本を開国させた男、松平忠固』 作品社 2020年

他に蔵書の
5 原田伊織『続・明治維新という過ち 列強の侵略を防いだ幕臣たち』(講談社文庫)原書は2016年、文庫は2018年

6 西尾幹二『維新の源流としての水戸学 』 徳間書店 2015年

7 福地桜痴『幕府衰亡論』 経営科学出版 2024年
も併読しながら理解を進めている。

支部報編集会議2025年06月10日

 連載の人物は原武にした。創立前に鹿島槍の北壁で遭難死した若いアルピニストだった。関係者で遺稿集が編まれ、その後『北壁に死す』が山と渓谷社から出版された。相当に枝葉は落とされているが深田久弥の序文まである。よほどの人脈がないと寄稿してもらえないだろう。

訃報 曽野綾子さん死去2025年03月04日

 曽野綾子さんが2/28に死去。
 知ったのは司馬遼太郎の『街道を行く 濃尾参州記』(朝日文庫)の中で藤田保健衛生大学(現藤田医科大学)のことにふれた文に曽野綾子『贈られた眼の記録』(朝日文庫 1986年)が引用されたことだった。この時馬嶋家は古い時代から続く眼科医と知った。
 早速取り寄せて読んだ。内容は「白内障、中心性網膜炎……失明を覚悟した著者が、奇跡的に視力を恢復するまでの感動の記録。」である。曽野綾子さんは51歳だった。入院先が同大学の付属病院だった。これを契機に作品も読み始めた。作品は小説ではなくエッセイのみだった。
謹んで曽野綾子さんの御冥福をお祈り申し上げます。

『伊東月草編 冬葉第一句集』受領2025年02月08日

 古書店に注文しておいた中津川市苗木出身の俳人・吉田冬葉の句集『伊東月草編 冬葉第一句集』(丸の内書店)が届いた。2200円余りした。ぼろぼろの体裁ではあるが古本ではなく価値のある古書というにふさわしい。奥付には大正11年出版。金壱圓とある。丸の内書店は東京市麹町區有樂三丁目四番地。
 大正11年は1922年。冬葉は1925年に大須賀乙字師系の俳句雑誌「獺祭」を創刊主宰となって発行し続けた。今年で2025-1925=100年の老舗である。