東濃・納古山を歩く2022年12月05日

 山岳会の忘年会の会場に東濃随一の大展望を誇る納古山に登山した。登山口は下麻生駅に近い南天の滝への一角の駐車場である。地元のボランティアの尽力で多数の駐車場が整備されていた。南天の滝への道標を見ながら林道を歩くと景行天皇の由来する滝に着く。ここで滝見すると中々に立派であった。ここから急な山道を登ると最近売り出し中の岐阜のグランドキャニオンとかいう遠見山に着く。何とかの何とかは本物よりスケールは小さい。そうか、これがグランドキャニオンか、と見る。

https://www.tokai-tv.com/.../feature/article_20211229_14600

 後は結構長い尾根をアップダウンしながら山頂を目指した。2時間ほどのアルバイトで軽く汗を流した。山頂は大人気の山らしく人だかりだった。リーダーはちょっと下った辺りのテーブルを陣取ってあんまん、肉まんを本格的な蒸し器で蒸して参加者14名にふるまった。リーダーの母親の差入らしい。ありがたい。
 下山は大牧谷川にとった。ここも急な傾斜が続き、崖がありチャートの露頭の上をクライミングの要領で下る。油断のならないルートである。
かなり下ると登山道も土が出てきて安定してきた。傾斜も緩むと長い林道の終点である392mポイントであった。そこからは酒蔵のPまで地道を歩く。
 酒蔵では疲れた足を休めるためと称して、「飲む点滴」のヨーグルト入り甘酒を飲んだ。汗をかいた体には冷たくて美味しかった。店内の土産物コーナーでは新酒も売っていた。もうそんな時期になったのだ。店の人に杉玉は?と尋ねると今週中にも飾るとのことだった。

https://www.sawanotsuru.co.jp/.../knowledge/sugi-dama/

 外に出ると空中に白い浮遊物が飛んでいる。「雪虫」だ。冬の季語にもあるこれが飛ぶとしばらくで降雪があるという。そうかもう12月だ。東濃にも雪が来る兆しである。
 大展望がウリの山頂から冠雪した白山、御嶽山、中アなどは見れなかったが山里の冬の風物詩を見て満足した。

③四国の山旅~小島烏井祭に参加2022年11月19日

 近代登山のパイオニアで知られる小島烏水は登山家であり文化人でもあった。当時のベストセラーである志賀重昂『日本風景論』6版を読んで登山に目覚めた。植物採集(山菜取り、薬草取りなど)鉱山師、宗教登山などの目的を持った山登りから純粋に登ることだけを目的に遊びとしてスポーツとして近代登山は発展してきた。その嚆矢の1人である。
 槍ヶ岳に登山するために沢登りで霞沢岳に登頂後、上高地に下って登った。その後、スタンダード石油に勤務していた友人はW・ウェストン『日本アルプス 登山と探検』の原書の槍ヶ岳の写真を見て驚きます。ウェストンらは島島谷を歩いて徳本峠を越えて上高地入りしている。今でいう英国と日本のインテリジェンスの格差に愕然とするわけです。その秘密を探りたいと交流が始まる。


「第3章 山岳会の設立と登山の普及」から

https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/18/3.html

「日本最初の山岳団体「日本山岳会」(初期は単に「山岳会」という名称でした)は、明治38(1905)年に小島烏水らの手により設立されました。 
 烏水は、横浜正金銀行に勤めながら余暇を利用して登山を楽しみ、多くの紀行文や評論を残すとともに、浮世絵等の美術品のコレクターとしても知られる多才な人物でした。
 明治35(1902)年、『日本風景論』【45-67】に感化された烏水は、友人と二人で槍ヶ岳の登山を試みました。未知の険路をやっとの思いで登頂し「登山の気風」に先鞭をつけたと大きな達成感を得ます。
 ところがその翌年、第2章で紹介したウェストンの著作Mountaineering and exploration in the Japanese Alpsを偶然目の当たりにし、自分たちに先んじて槍ヶ岳に登った西洋人の存在が明らかとなります。
 さらにはその人物が思いもかけず横浜に滞在中であることまで分かりました。烏水は友人と連れ立ってウェストンを訪ね、世界各地に山岳会という登山愛好家のクラブがあることを知ります。
 2年後には、帰国数日前のウェストンからホテルに招かれて山岳会の設立を熱心に勧められ、また、後日ウェストンの仲立ちで英国山岳会からも山岳会設立を激励する書簡が届きました。この後押しを受けて「紙裂けて電火発するを覚えたりき」と奮い立った烏水は、山岳会の設立に精力的に取り組みました。」

 とまあこんな人物を顕彰するために「小島烏水祭」は10年前に尾上昇日本山岳会会長(当時)と地元の会員らが顕彰碑の建立のために動いた。場所は高松市内の峰山公園の一角でした。
 主催者の尾野益大四国支部長、尾上昇元会長、神崎元会長、建立に尽力した地元県議、市議、高松市長代理、小島家の子孫、らの関係者が祝辞を述べた。
 小島烏水には9人の子供がいたが今は孫、玄孫の世代に移っている。小島誠さんは詩吟を披露された。何と正岡子規の「柿食えば鐘がなるなり法隆寺」を得意の喉で吟じた。様々なエピソードが語られたが記録までできなかった。
 散会後は高松市では一級の宴会場である「花樹海」に移動。夜6時から9時近くまで延々語られて盛会の裡に終えた。
 高松城祉の近くのホテルに投宿できたのは夜10時近かった。

かば焼き2022年10月23日

 午後遅くなってから丸の内に行くがかなりの交通量に引き返そうか、と思った。都心で何かイベントがあったのだろうか。ともかくも三の丸に着いたがやはりPは埋まって余地はない。事務所近くのコインPに行くと1台分開いていた。郵便物をチエックしたが目当てのものはなかった。月曜日以降か。
 事務所内の買い置きの本を読む。馬渕睦夫氏のウクライナ関係の内容だ。面白いので自宅に持ち帰った。産経新聞の気になる記事も再読したが初めて読んだ時よりも覚めた。ちょっと変わった角度から書くとおやっと思わせる。そういう狙いかとと思う。
 夕食は買い置きの鰻のかば焼きを温めて食べた。中国産だが泥抜きをしっかりしてあるので美味い。以前はひとくち噛むと泥臭い味がして安くても買えなかった。ずいぶん改善された。しかし、皮がぱりっとした焼き加減は温め直しのかば焼きでは無理。1100円の中国産にそこまでは要求できない。

虚子嫌いかな女嫌ひの一重帯 杉田久女2022年09月04日

 上掲の俳句の解釈は以下の通り。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14177289579
「かな女のライバルであった杉田久女は、虚子に同人除名という仕打ちにあったずいぶん後で「虚子嫌ひかな女嫌ひの単帯」と詠んだけれど、虚子の「社會的」(「経営者的」と言える)なバランスを重んじすぎる感覚に無言ながら不満だった人は、けっこういたのではなかろうか。(清水哲男)」

稲武の里山をめぐる2022年08月28日

 古道調査に絡んだ稲武通いもこれで7回目になった。古道踏査は2回で済んだが三河の宮・尹良親王の足跡調査に時間と手間がかかった。
 28日は道の駅「どんぐりの里」を起点にR153を歩いて黒田から正寿寺の道標から右折すると寺洞林道になる。御所屋(峠)の歌碑を確認するのも3回目になった。麓の有志が金50銭を出し合って建立したらしい。御醍醐天皇の孫を思う気持ちが伝わる。
 ほのぼのと明け行く空をながむれば月ひとり住む西の山かげ
中電の道標{REF}に従って破線路の道を登る。麓の黒田の地名の通り、この土も真っ黒である。湿地帯のじめじめした所には木が倒してある。ここを過ぎるとプラスチックの階段がありすぐに4等三角点「貝戸」に着く。中電の反射板があるが樹木で何も見えない。それに施設名の看板は外されているから廃棄されたのか。
 周囲は杉桧の高く育った疎林で気持ちの良い平になっている。緩斜面を東に向かってゆるやかに下る。800mの等高線を過ぎると段々痩せ尾根になり、踏み跡もしっかりしている。松の大木はこれまでもあったが尾根がはっきりすると同時に松尾根になった。『稲武の地名』ではこの辺りはマコと言い、下の方は松淵の地名がある。麓の4等三角点「西乳母が入り」から北へ直登してくる尾根との分岐には一升瓶など10本くらいが刺さっている。これが地元民が真弓山へ登る尾根の分岐の印であろう。
 ちょっとした鞍部から左右に踏み跡がかすかにあるが使えるかは不明。左の谷も顕著に深く見える。720mの真弓山(真弓城という本もあるが砦だろう)を経て矢竹に無事下山できた。杉、桧の植林山だが高く育っているのでヤブ、下草が生えていないので楽に歩けた。矢竹が近づくと下部は作業道が縦横に開かれていた。建設機械でやるので広くて林道みたいだが車は入れない。エスケープもできないことはないが山家とは鹿除けフェンスがあって出られないから作業道を歩く。
 一段落して安堵する。もう一回冬に御所屋から後山まで通して歩けば良いなと思う。
 御所貝津町の郷土史家M氏からも参考資料(コピー)をいただくことができた。ありがたいことである。Mさんに鹿が増えた話を振った。そしてヤマヒルの話になると最近は増えてきたと言われた。ついに稲武にも鹿が増えたせいでヤマヒルが出てくるようになった。

 ヤマップの記録は
① 4/20・・・伊勢神峠と杣路峠と三等三角点畑ヶ洞を往復

② 5/3・・・夏焼城ヶ山から地蔵峠(飯田街道)へ下山し山麓の塩の道を歩く。下山後に4等三角点「夏焼」を往復

③-1 6/12・・・黒田川右岸に腰かけ岩を発見。旧美濃街道の県道からから笹平へドライブ

③-2 6/12・・・再び愛知/長野県境の尹良社を往復。4等三角点「木地山」の登山口を探すが取り付くシマがない。

④ 6/18・・・小雨の日で九沢を調査。4等三角点、ユキヨシ様の祠を発見。

⑤ 6/25・・・熊野洞から後山を登り、美濃街道の地蔵峠を確認し、ユキヨシ様の祠に周回。ユキヨシ様の祠は6/18に発見してあったのでスムーズに周れた。
下山後に旧浪合村の宮の平にある尹良親王の墓を訪ねた。地形図に印刷された立派なお社だった。

⑥ 8/6・・・720mの真弓山を歩く目的で4等三角点「貝戸」を往復。御所屋の歌碑を発見した。もち洗い岩も発見。当日は夕立ちで急遽下山。

大台ヶ原山へ②2022年08月21日

 朝6時ごろ起きた。外はざーざーぶりの雨だった。計画が流れてゆく感じがした。朝7時の朝食をとる。焼鯖が旨い。ザックを整理して外に出るがまだ傘が要る。車の外で準備中に雨が止んできた。それじゃとカッパの上着のみ着て尾鷲辻への踏査を試みた。
           雨の尾鷲辻へ
 登山口は日出ヶ岳と同じだが少し先で右へ分かれた。昨日と同様にオーバーユースに備えてほとんどはコンクリートで固めてある。そしてほぼ水平の道である。日出ヶ岳から流れるシオカラ谷の流れは1540mなのでやや下り気味であり、1580mの尾鷲辻まではやや登り気味である。尾鷲辻には東屋が建っているので雨具のズボンも着用した。近くにはオレンジのテープが巻いてある。これは下部では尾鷲道の印、青色は松浦武四郎の歩いた標になっていた。
        尾鷲道をちょっと足を踏み入れる
 東屋を出ると今までの整備され過ぎた道とは違い途端に山道らしくなる。それに雨水も溜まって歩きにくい。比高80m下って1550m付近からジグザグの巻き道の下りに入る寸前で引き返した。できれば堂倉山の山頂でも踏めれば良いなと控えめの目標はあった。ここから1500mまで一気に下がり、さらに1450mまでだらだら下ると堂倉山との鞍部である。約20m登り返すと山頂だ。約150mの比高を登り返すのだが雨では止む無し。
 尾鷲道の道標のある下り道の始まりで引き返したが往きには気が付かなかった道標も見つかった。昭文社の地図でもこの先は未整備を示す破線路になっている。つまり古道のまま廃道の運命であり、わずかな好き者が歩いているに過ぎない。途中に避難小屋はなく、水場は地図にはあるが実際には流れていなかった。常水ではないので縦走には大量の水を担ぐから体力とRFの力が試されるコースである。
 山上に戻ってビジターセンターの軒先で濡れ物を脱いで乾いた着物に着替えた。雨は小止みになり大峰山脈付近には晴れ間も見えた。終わったら晴れたのだ。成果は挙げられなかったが尾鷲道への知見は若干でも深まった。
        名古屋へ帰る
 ワイパーを作動せずに帰路についた。朝方の大雨だとがけ崩れなども心配したのである。ドライブウェイを走ると稜線と路上が同じになるので川上村の山々が見えた。中でも雲海に浮かぶ白髭岳の三角錐の立派な山容が素晴らしかった。日出ヶ岳に登った際はついぞ気が付かなかった。1378mの標高は300m以上も低いので目立たないのだ。1403m辺りだろうか。同じ目線の高さで堂々と聳えている。今西錦司が83歳の時、1500山目に登った記念碑的な山である。
 伯母峰峠もまた来てみたいところだった。そこからぐんぐん高度を下げてR169に出た。後は同じ道をたどり帰名した。

『稲武の地名』から①2022年08月07日

 夜中に探してやっと『稲武の地名』が見つかった。これは新聞の広告で見たのだろう稲武町役場で購入した。平成元年5月25日付の領収書がはさんである。
 地形図に地名を書き込んで行くと段々イメージが具象化してきた。古橋和夫『三河宮尹良親王ー稲武の尹良親王とその周辺』にある足跡と合わせて次の行動の目的がはっきりしてきた。
 8/6に車で走った寺洞林道の峠付近が御所屋であった。左側の山が寺洞山となっている。峠に石仏みたいなものはちらっとみたが先を急いだことと帰路は雨で未確認のままだった。ここに歌碑が建立されている。餅洗い石もここにあるはずだ。
 4等三角点のピークから720m付近が「マコ」という。石がごろごろあるところということらしい。720m地点まで行って見ると何か分かるだろう。

安倍晋三元総理の追悼集を買う2022年08月05日

①ありがとう そして サヨナラ 安倍晋三元総理 (月刊Hanadaセレクション)
【我が愛する美しい国・日本】
◎安倍晋三 【特別寄稿】次の世代のために

【安倍総理、大いに語る】
◎安倍晋三×櫻井よしこ 朝日新聞と無責任野党に問う

【日本史と世界史】
◎安倍晋三×百田尚樹 世界史を変えた奇跡の国・日本

【外交・安全保障】
◎安倍晋三×H・Rマクマスター(元アメリカ国家安全保障担当大統領補佐官) 中国の脅威とどう闘うか

【歴史戦】
◎安倍晋三 加藤康子 歴史戦から逃げてはならない

【石原慎太郎氏と岸田政権】
◎安倍晋三 "石原慎太郎総理大臣"を見てみたかった

【国際情勢】
◎安倍晋三 私が会ったプーチン大統領とゼレンスキ―大統領

【日本の未来】
◎安倍晋三×有本香 未来への新たな決断

【経済】
◎安倍晋三×本多悦朗 アベノミクス批判に強く反論する

【コロナとの闘い150日から新時代のリーダーまで】
◎安倍晋三 我が闘争宣言!

【ラストメッセージ】
安倍晋三 諦めない勇気をもってほしい【近畿大学卒業式講演全文】

【世界が感動した魂の名演説】
◎米議会演説 不動の信念、希望の同盟へ
◎真珠湾演説 真珠の輝きに満ちた和解の象徴
◎二つの海の交わり Confluence of the Two Seas
◎ウォール街のど真ん中でアベノミクスを語る

【「安倍外交」の大功績】
島田洋一 世界を主導した安倍「地球儀外交」

【令和のいちばん長い日】
先崎彰容 令和のテロリズムと昭和のテロリズム

【安倍家三代を撮影】
山本皓一 安倍総理、最後の写真撮影

【安倍総理、台湾への想い】
山岡鉄秀 安倍元総理から届いた一通の手紙

【安倍晋三と戦後日本】
渡辺利夫 安倍総理が問うた「戦後」の意味

【秘蔵グラビア】
1 世界の政治家・安倍晋三
2 人間・安倍晋三

【厳選ツイート集】
安倍総理のつぶやき3188日

【大宰相の歩み】
年表 安倍晋三の軌跡

【一目でわかる偉業】
地図で読む地球儀を俯瞰する外交

②月刊WiLL (ウィル) 2022年9月号
◎安倍晋三元総理追悼大特集 ―死の壮絶とその志―
■櫻井よしこ…安倍元総理は日本の誇り
■百田尚樹・井沢元彦…死者にムチ打つ「朝日」の品性
■菅義偉…今こそ安倍晋三の出番
■岩田温…「同じ空気を吸いたい」菅前総理がみせた誠意
■高市早苗…《早苗の国会月報》誓います 安倍元総理への恩返し
■小川榮太郎…慟哭(どうこく)いまだ止まず 日本の砦(とりで)となった人
■谷口智彦…G7首脳 伊勢神宮表敬の快挙
■門田隆将・有本香…中国覇権に立ちはだかった「自由の守護神」
■阿比留瑠比・髙橋洋一…財務官僚と朝日を相手に一歩も引かず
■藤井厳喜・古田博司…左派メディア、リベラル教授も加担 安倍元総理を殺害した“悪意の銃弾"
■谷本真由美…エリザベス女王「安倍さんは私たちの仲間です」
■加藤康子・江崎道朗…冷やメシ覚悟で立ち上げた歴史研究会
■齋木昭隆…拉致「一時帰国」を一蹴した安倍さん
■河野克俊…誇らしい最高指揮官
■藤井聡…死の直前、安倍さんの闘志「次は絶対やりますよ」
■陳銘俊…安倍元総理は台湾の永遠の友人
■佐々木類・井上和彦…日本の宝が奪われた
■朝香豊・茂木誠…安倍亡きあと 自民党の「リベラル」化を憂う
■有馬哲夫…“敵"にも信頼された安倍さん
■小野寺まさる・長尾たかし…中川さんも安倍さんも“マスコミに殺された"
■白川司…称賛の嵐 世界の首脳が寄せた追悼の辞/安倍政権 七つの偉業
■編集部…グラビア特集 安倍晋三メモワール

③月刊Hanada2022年9月号
【追悼大特集 240ページ 安倍総理よ、永遠に】
◎安倍晋三元総理大臣 絶筆
◎菅義偉前総理 痛哭の独占手記 安倍総理の遺志を継ぎ、私が日本を取り戻す
◎櫻井よしこ 「安倍政治」継承、岸田総理への不安
◎百田尚樹 今も、心に残る「ありがとう」
◎谷口智彦 安倍総理、話があべこべです
◎石橋文登 幻となった安倍再々登板―安倍なき自民党は制御不能か
◎加藤康子×有本香 本当の安倍晋三さんをもっと、もっと知ってほしかった
◎小川榮太郎 岸田総理とその幕閣に与ふ
◎兼原信克 新しい日本人のアイデンティティ
◎篠田英朗 安倍外交は何を達成したのか
◎門田隆将 存在自体が日本の抑止力
◎山口敬之 「非業の死」が安倍晋三を生んだ
◎金美齢 代わりになる人は誰もいません
◎堤堯×久保絋之【蒟蒻問答】 日本丸を導く「北極星」だった
◎長尾たかし 最高の褒め言葉、無鉄砲免許皆伝
◎深谷隆司 胸が熱くなった安倍元総理の「花は咲く」
◎大崎洋(吉本興業HD会長) 安倍総理からいただいた課題
◎なべおさみ 忘れちゃいけない晋三さんへの恩義
◎藤原かずえ 銃撃の原因となった「反アベ無罪」
◎八幡和郎 暗殺を"教唆"した「アベガー」の大罪
◎山際澄夫 朝日新聞が放った安倍政治への銃弾
◎河井克行 朝のこない夜はない
◎佐藤優 ロシア政治エリートが安倍晋三氏を尊敬する理由
◎加地伸行 隅に向いて泣く有れば
◎E・ルトワック 稀代のリーダー・安倍晋三の戦略と「深み」
◎石平 習近平を圧倒した安倍外交の快進撃
◎有本香 護国の虎が残した大和魂
◎田村秀男 安倍氏の遺志を継ぐ政治家は結集せよ
◎九段靖之介 ようやく時代が安倍氏に追いついた
◎平川祐弘 誰が「日の丸」を高く掲げるか
◎各国首脳「追悼の言葉」/エリザベス女王・トランプ前大統領・蔡英文総統・ゼレンスキー大統領ほか

【追悼グラビア】
日本が泣いた日

④不屈の政治家安倍晋三 増刊正論 2022年 09月号
●躍動~報道写真から カラーグラビア 32ページ!
●有元隆志/まえがき「安倍晋三という羅針盤」
●安倍晋三元首相の歩み

■櫻井よしこ/誰よりも安倍総理が重視した「国民の意思」(書きおろし)

<総理就任前からの論考や対談を一気掲載>
■安倍晋三×櫻井よしこ×八木秀次/〝呪縛〟憲法と決別を
■安倍晋三×石川水穂/捏造体質と決別の機会失った朝日
■安倍晋三×櫻井よしこ/再び起つ! 誰がこの国を守るのか
■安倍晋三/世界は日本の「覚悟」を待っている
■安倍晋三×山谷えり子/保守はこの試練に耐えられるのか

▼安倍晋三/「追悼 中川昭一」わが盟友の遺志に応える

■安倍晋三×新保祐司/自民党再生はなるかー古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ
■安倍晋三×金美齢/戦後レジームを葬送しよう
■安倍晋三/和解と希望 新時代の日米同盟へ

▼安倍晋三/国難に挑戦し続けた先人の志を受け継ぐ<長州「正論」懇話会講演詳報>

■安倍晋三×田久保忠衛×櫻井よしこ/中国への決意
■安倍晋三×山谷えり子/打撃力なしに国民の命守れない
■安倍晋三×岩田清文×兼原信克/日本の軍事力増強が台湾・尖閣有事防ぐ

▼安倍晋三/財政健全性だけで考えるのは間違いだ<九州「正論」懇話会講演詳報>

■安倍晋三×浜田宏一/民間の知恵が生んだアベノミクスの成功
■安倍晋三×古森義久/いまこそ9条語るべき

●田北真樹子/あとがき

『山と溪谷』誌受領2022年07月20日

 山と溪谷誌に会員募集の広告を出稿しておいた。見本誌は14日ごろに届くはずだが昨日請求してやっと届いた。担当者も在宅勤務のせいか、細かい事務が停滞しているようだ。送金だって4月に送ったのに領収書が届かないのでこれも請求したら送ってきた。
 WEBミーティングには神経を尖らすがこんなアナログ的な事務管理には無神経なのだろう。
 さて、今月は南アルプスの特集だった。そんななかで大武川が甲斐駒への古道だったことを資料を添えて書いてある。この溪谷は俳人の前田普羅が横浜から汽車に乗って甲斐の大自然の中に遊んだ。
    春尽きて山皆甲斐に走りけり    普羅
 人生の悩みを大武川の渓谷に遊んで晴らしていったのだろう。当時は横浜の裁判所の書記官だったから犯罪を犯した人、家族関係のもつれなど人間の不幸が集まってくるところであるから楽しい仕事ではない。自分も他人の不幸に染まってしまうだろうから、つまり仕事のストレス解消になったのだ。
 大武川もどんな溪谷なのか一度は入ってみたい。執筆者の花谷さんはあるいている記録をFBで見た記憶がある。

「桃李もの言わざれども下(した)自ずから蹊(みち)を成す」司馬遷の史記「李将軍列伝」2022年07月15日

 「桃李もの言わざれども下(した)自ずから蹊(みち)を成す」と読む。 「西濃桃李校等学校」の「桃李」はこれからとられた。 その意味は、「桃や李(すもも)は何も言わないが、美しい花や良い香りの果実を求めて人が集い、その樹木の下には自然と蹊(みち)ができる」という意味で、司馬遷の史記「李将軍列伝」が出典。

亡くなった安倍信三氏の出た成蹊大学の由来です。
成蹊の名は、『史記』の作者司馬遷が「李将軍列伝」において、李廣の人物を讃えるために引用したことわざ「桃李不言下自成蹊」に由来しています。

桃や李(すもも)は、ものを言うわけではないが、美しい花を咲かせ、おいしい果実を実らせるため、自然と人が集まり、そこに蹊(こみち)ができる。
桃や李は人徳のある人のたとえで、優れた人格を備えた人のまわりには、その人を慕って自然と人が集まってくる、という意味です。

日下公人『日本精神の復活』・・・安倍首相が「日本の自立と「世界の再生」を果たす・・・(2013年、PHP研究書)から
 安倍氏の理念は押しつけや強制力を持っていない。氏は「日本を取り戻す」と言っているのであって、他者に迷惑を掛けない限りにおいて思想は自由というのが「日本精神」で、それは普遍性に価値を置く中国やアメリカには決して存在しないものである。
 世界各国が、二十一世紀の新しい世界でこれまでのイデオロギーを捨て、それぞれの国造りを始めると、その模範は自然に日本になって世界は日本化を始め、日本は自ずからリーダーに押し上げられるという予感がする。
 そいういう状態を中国では「桃李ものいわざれど下自ずから蹊を成す」というが、「桃李成蹊を校名にした大学から首相が出たことには、何かしら偶然でないものを感じる。
以上は本文をコピーした。
 本書の帯封には2013年「世界の崩壊」にそなえよ!アメリカのアイデンティティ喪失、中国の分裂、EUの倒産。とある。
 当時は気が早いなと思ったが現実化しつつある。刊行から9年目だが、アメリカ崩壊はそんな本がでている。中国経済の行き詰まりも近いといわれる。EUはロシアの石油資源頼みだ。日本が原発を再稼働するとソ連経済を崩壊に導いたようにロシアは豊富な資源を抱えながらの経済崩壊が目前に迫る。
 狙撃犯の山上徹也容疑者が引き金を引いたんだろうか。