奥飛騨の木地屋渓谷を歩く2022年07月02日

 連日40℃を越える猛暑にうだる。そんな名古屋から約180km3時間ほどで飛騨高山市の奥座敷のような木地屋渓谷に着く。
 「飛騨山脈ジオパーク構想」のHPには木地屋渓谷を次のように紹介する。
「丹生川町折敷地、丹生川ダムの上流域にある渓流です。
ダムをのせている五味原文象斑岩は、およそ6600万年前に活動した大雨見山火山のもとになったマグマが上昇してきたものと考えられ大雨見山層群との複合岩体です。
水平に近い節理面があるため、河床は滑らかに水を流し川遊びの好適地となっています。」
「高山市丹生川町の北部、荒城川流域は飛騨地方の地質を特徴づける大陸棚のようなところで堆積した飛騨外縁帯の森部層、荒城川層を土台としています。大雨見山を中心に活動した火山の大雨見山層群が広く分布していて、さらにその上を槍穂高カルデラ火山の丹生川火砕流堆積物、上宝火砕流堆積物が覆っています。
上流域には大雨見山火山のもとになったマグマが地下深いいところで冷え固まった、五味原文象斑岩とよばれる大きな岩盤が上昇しています。
丹生川ダムはこの岩盤を土台にしてつくられています。
秋には紅葉が水面に映え、別天地の風情が感じられます。」
「丹生川ダムの堤頂部を渡り、五味原湖のほとりを進むと木地屋渓谷の入り口に着きます。
橋を渡り右手の細い道へ入ってゆくと、右側に美しい渓流を眺めながら散策することができます。
河床は平らなナメになっていて、夏場の川あそびにも好適の場所です。」

・・・というわけで、沢登りファンにはよく知られている。
 7/1の午前6時過ぎに金山駅前を出発。約180kmでダム湖に着く。先行の2人の男女が出発して行った。
 落葉広葉樹林の覆うナメの美しい溪谷である。ところどころの滝も右岸左岸から登れて困難さはない。
 途中で冷や麦を作る。左岸から湧水がありとても冷たい。冷や麦向きの水である。Wさんがガソリンストーブを出し、コッヘルで冷や麦をゆでる。ゆであがると熱湯ごとネットでゆで汁を濾す。冷水を通して出来上がり。運動後なので舌触りもよく美味しい。
 食事中、蛇が這い上がって岩を登っていた。水をかけて追い返そうとしたら落ちた。瞬間にこちらに向かってきてびっくりしたが、岩の下に潜り込んで行った。なんだったのだろう。
 岩のごろごろした渓相になると途端に快適さはなくなる。しばらくで再びナメに戻った。足を滑らせておれば良いので楽である。ナメにも飽きたころ二股になり、木地師の道具類を収めた小屋の前で沢から上がった。後は林道を歩いて車に戻った。
 帰路は恵比寿の湯で一風呂浴びた。これも快適である。さらにおまけでメンバーの一人が味付きのアブラ揚げが美味しいので買って帰りたいという。R158沿いの農協で物色するとあった。5人がそれぞれ買い求めた。今日は良く売れたであろう。
 後はまた高速で帰路につく。車の温度計は34℃である。名古屋は蒸し暑いだろうな。

飛騨・籾糠山のヤブ尾根を歩く2022年06月26日

 久々の山岳会での登山に参加した。行き先は飛騨の籾糠山だ。この山は大昔の残雪期に猿ヶ馬場山に登るために歩いた。籾糠山は帰路に登頂した。今回は無雪期に登った。昔歩いた際にブナが豊富に茂り、藪がなく、歩けた記憶があったからだ。当時はどこまでヤブでどこから残雪を踏むとかの記憶がない。
 4時半、仲間の家に寄り合流し最終の出発地は5時にになった。東海北陸道の清見を出て県道478号を走り小鳥湖の栗ヶ谷出合いを左折。栗ヶ谷川に沿う車道を横谷の奥へと走った。
 802m地点は明るく開ける。見ると氾濫川原の沖積地だ。籾糠山に「突き上げる横谷、御前岳に突き上げるとうぞう谷、栗ヶ岳に突き上げるはげくら谷が合流している場所である。Pには先行車は2台あった。これから釣行に出発するところである。
 我々は横谷に向かった。舗装はないが落石や崩壊地はなく、安定した林道である。倒木はあったが伐られて車幅は確保できた。880m地点の2号橋まで来ると動かして移動できない落石に行く手を阻まれた。Uターンできる余地もあるのでここを出発地にした。8時過ぎである。
 地形図を見ながら何とか入り口がないものか探りながら林道を歩く。915m地点の3号橋の手前から横谷との印刷のある尾根に取り付く。急峻だが微かな踏み跡はある。助かった、と思いながら高度をあげた。1267mの独立標高点までは見事なぶな原生林に歓喜の声をあげ乍ら登った。太く、高く、白ブナが林立している。素晴らしい植生である。
 1267m以後は標高が高くなるとブナも樹高が低くなる。その分日陰になる樹木も減るから他の樹木の生長も著しく、つまり激やぶの様相である。結局1480m地点で登高を打ち切った。登山道があれば等高線が緩むから楽な歩きになるが、道がないからますます激やぶが予想されて日の長い時期ではあるが下山した。
 下山も楽をさせてもらえなかった。要所要所には赤布を付けたし、GPSもあるからスムーズに下れる見込みだったが、何度かルートを外すことになった。1230m地点では横谷側へ急に下るのでおかしいと思ってGPSを見ると尾根を外していることが分かった。戻るには急な谷の藪につかまりながら尾根に戻った。等高線がゆるいところは劇やぶなので赤い布もつける回数が少なかったのだ。見える所から見える所に付けて行かないとこんなことになる。
 尾根が狭まってくるとまた踏み跡が濃くなる。RFの技術はいつまでも上達しがたいと思う。山が変われば状況も変わる。A山で成功したからB山で通じるものでもない。

輝山敗退2022年04月24日

 朝4時起き、6時集合。名古屋を出発して奥飛騨の平湯峠に近い所へは8時半着。9時には登山開始できた。高速道路をフルに使えば北アルプスの日帰りも何のそのだ。
 目的地は輝山だ。乗鞍スカイラインの入り口が登山口である。今はまだ除雪中なのでゲートがあり、平湯峠までは歩く。ところがしばらく履きなれない革製重登山靴が重く靴擦れができてしまった。2人に迷惑なので平湯峠でリタイヤすることにした。せっかくの登山再開できたが残念だった。
 輝山は以前から山スキー用に登り残してきた。中々行く機会もなく今回はスキーなしで試みたのである。来シーズンに山スキーで来るか、登山道がない山なので残雪期の今が絶好期である。登った仲間に聞くと巡視路から先は残雪がつながって楽に登れたようだ。
 車に戻って待機していたら雨が降ってきた。峠でも山は霞んで遠望はなかった。余り良くない天気だった。そのうちに2人が下山してきた。後は荒城温泉えびすの湯に入った。土産物屋により一路帰名した。

春雷を三度聞くなり飛騨の山 拙作2020年03月29日

 3/22の大鼠山スキー登山の途上、遠雷が鳴った。春は気圧が不安定な時期であり、上空5000m級の高層圏には冷たい空気が流れこみ、低空の温かい空気と触れ合って雷が起こる。「下山しろ、これから悪くなるぞ」というような嫌な音だ。雹か霰かが降ってきた。かといって引き返すわけでもなく遅々とした歩みで山頂へ向かった。

大鼠山スキー登山2020年03月22日

 3/22は飛騨市山之村の大鼠山へスキー登山を果たしました。
 2/9は1502mの地点で大雪のために撤退。今回はそのリベンジになります。3/21の午後3時30分、同行のWさんの職場から出発。名二環、名古屋高速から名神、東海北陸と使えるものはみな使って飛騨清見ICで飛騨入り。神岡町のスーパー「バロー」へ着いたら午後6時20分。バローで食材の買い物を済ますと山之村へ。神岡町の素晴らしい夜景をちらっと眼下に見て、つづら折れの県道を走り伊西トンネルを抜けると山之村に着く。
 荒涼とした風景の中を走る。それでも春は来ており、2/9には雪道走行だったが今は路上の雪はない。山はいわゆる斑雪山(はだれやま)になった。戦前のベストセラーの中河与一の小説『天の夕顔』の駅に着く。ここは天蓋山の登山口だが桑崎山や明日登る大鼠山の拠点にもなる。Pにも雪はほとんどない。軒先でビバークさせてもらう。少しばかりの酒とうどんすき焼きで体を温める。
 3/22の朝4時起き。食事、片づけて出発は6時20分になった。2/9はここからシールを張って歩いたが今日は車で1km先のスノーモービル置き場まで走り、出発。しかし、雪は林の中だけは残り、山之村牧場が見えるところでは路面の雪は解けたのでスキー板をかついで歩く。ここで7時25分経過。再び路面の雪ではスキーを履くが登山道になる林道の先でまた解けている。板を外して、また履いてを2回繰り返し、標高1300m付近からしっかり残雪の林道歩きになった。
 以前撤退した1502m地点は楽々通過出来、大鼠山の登山道のある地点まで一気に歩いた。ここに深洞湿原の道標を見た。地元の人の話では中々に良いところらしい。先行者のスキー跡があるのでそれを追うように登る。林道を離れると針葉樹、ブナ、ダケカンバ、ササ、低灌木の茂る混交林になる。登山道は雪に埋もれているが、ゆるやかな地形をたどると30分もかからず、1590mの最高点に着いた。11時2分。
 展望は北東に見えるがあいにくの曇天で山岳同定はできない。北ノ俣岳辺りが見えるとは思うが・・・。山名板があるのでここが終点かと思ったら実は三角点1584.5mはもう一つ隣のこぶだったのでまた腰をあげて歩いた。着いたものの三角点はまだ雪の下。いくらも滞在することもなく下山した。破線の登山道は1590mを迂回しているが実際には幹に赤ペンキでルートを示してある。三角点からの展望は北東だけで周囲は樹林にさえぎられる。どちらかと言えば最高点の方がよさそうだ。
 下山はわれわれが残したスキーの跡をたどるがリーダーが付けた赤布も回収する。林道に着いたがシールを外すのは1502m地点にした。途中にギャップがあるからだ。シールをはがして、滑走面の糊を溶剤で掃除してワックスを塗る。先回はこれをしなかったから滑走面に雪が付いて難儀した。滑らないスキー板は危険でさえある。それで今回は気持ちよく走ってくれた。登りは時速2km以下、下りは時速10km以上だから早い早い。あっという間に車道に出た。車道もところどころスキー板を付けたり外したりで忙しかったが楽しくリベンジ登山を終えた。
 今回の収穫は林道歩きが多かったが、1400m以上では残された山毛欅の大木に目を奪われたことだ。加えて山頂までシールを付けたまま登山できたこと。
 山頂周辺の山毛欅、針葉樹、ダケカンバなどの混交林も特筆される。日本海側の山では山毛欅の純林が多かったから意外な発見である。今回は登山に夢中で留意はしなかったが、点名は「大鼠、おおねず」からの想像であるが、ネズコ(黒部、黒檜、ネズコは幹が鼠色に由来)の大木の群生地だったのか。𣜌(木へんに鼠)とも書く。
 また今年の干支の鼠に因んだ山名の山に登れてやっと正月が祝えるねと笑った。帰路は飛騨市古川の桃源郷温泉「すぱーふる」に入湯。良い湯でした。

大鼠山は登頂ならず2020年02月09日

 朝5時に起きて湯を沸かす。昨日神岡町のバローで買ったアルミ鍋の白菜と豚肉入りうどんを食べる。お茶を飲んだりしているとすぐ時間がたつ。てきぱきとやって出発できたのは7時10分ごろか。
 クルマの天井には約30センチの積雪がある。道路もそれだけ降ったであろう。シールを付けて車道を歩く。実は入り口を行き過ぎて桑崎山の方へ行ってしまい戻る。林道奥深く歩いたところで空腹を覚えたので行動食を食べる。そこへなんと山スキーのグループがやってきた。男女3人から4人であるが1人は下山した。
 しばらくラッセルで先行していたが交代すると申し入れがありありがたく合同で林道のラッセルをした。助かったなあ。聞けば神岡町在住のバックカントリーの愛好者グループだった。この山域にも精通しているので様々な情報もいただいた。
 結局この思いがけない降雪で林道のラッセルは1502m地点で深さ50センチにもなり前途を諦めることになった。それでもここまで来れたのは貴方たちのお陰だ、と双方がたたえて別れた。我々はもう少しとラッセルしたものの下ってゆくのでやはり下山することにした。1502m地点はブナの原生林が林立しており芽吹きから青葉の頃も楽しいだろう。
 シールをはがす。林道のラッセル跡は中々滑らない。それでもなんとか車道に出て高原の駅まで下山した。
 帰路は流葉温泉に入湯して帰名する。体が冷えているせいもあってか、やや熱めのアルカリ性単純泉のいお湯だった。

厳冬の神岡町山之村へ2020年02月08日

 午後3時30分に名古屋市を出発。一宮ICから清見ICへ。奥飛騨の冬は久々に訪れる。古川町から神岡町へR41を走っても雪は見ない。今年は本当に雪が降らない。途中流葉スキー場を通過、ここも山頂部だけが営業中とかいう。神岡町に着いてバローの店で夕食や行動食などを購入する。ここは午後9時閉店と思っていたが最近は7時になった。30分ほどの時間でパッパッと買い物を済ませる。次は道の駅で冬山の服装に着替えた。コンビニではおにぎりを調達。これで神岡町の街から県道484に入り伊西トンネルまでの羊腸の山岳路を登る。上部では圧雪路になった。
 トンネルを抜けると標高900m以上の高原の山之村に着いた。家もほとんどない。一面真っ白な雪道を疾駆する。そして高原の駅「天の夕顔」に着いた。かつて天蓋山や桑崎山に登りに来た登山口である。
 ロードクリアランスが170センチの愛車もギリギリのラッセルに耐えて到着だ。今時はだれもいない。この一角でテントを設営だ。雪は一晩中降り続いた。

さへずりや二筋はしる平湯徑 前田普羅2019年04月23日

句集「飛騨紬」から
 平湯道とは乗鞍岳の山麓を上下して高山と松本を結んでいた街道である。松本からは白骨温泉を経て安房峠を越えて平湯に降りた。今のR158とは違う。この俳句では平湯側であろう。二筋はしるの意味は分岐であろうが今一分らない。
 大胆な想像をすると安房峠への道と十石山(峠ともいう)を経て白骨温泉へ下った道の分岐ではないか。今は平湯温泉から平湯尾根を経て権現社に至り、右折すれば乗鞍岳への登山道にもなっている。この分岐ともいえる。
 安房峠も現在の位置ではなく安房山と十石山の鞍部を越えていたらしい。W.ウエストン『日本アルプス登山と探検』にはウエストン一行が平湯を基点に乗鞍岳登山を楽しんだり、安房峠を越えて上高地入りする紀行文がある。そして峠の標高は1920m(現在の地形図では2050m。現在の安房峠は1790m)と書き、「中部日本で一番よい眺め」と称賛している。続いて「飛騨と信州の境を示す小さな標柱の立つ峠の頂上を降りて、その東の方の支稜を廻って行くと」中略。北の方には穂高山が現れ、右の遥か下には白骨温泉が見えたのだ。東の支稜が今も整備される十石山登山道である。あれはウエストンの道だったのか。
 乗鞍岳の広大な山麓の古い街道を歩いていたら分れ道になった。行ける所までは歩いてみるか。森林限界は2300m付近なので深い森を彷徨いながら歩いた。よく晴れた日の春の朝早く、梢では盛んに小鳥の囀りが聞こえる。もう一句「紺青の乗鞍の上に囀れり」の方がよく採り上げられるが平湯を入れることで飛騨の地貌への執着が見える。
 普羅はアルペンシュトック(ピッケルの原形で柄の長い杖)や輸入された登山靴も所有していたから雪道も登る心得と登山技術はあった。だから晩春の乗鞍岳登山の俳句と解してもいい。
 ちなみに『日本アルプス登山と探検』の翻訳は昭和8年であり、普羅も手に入れた可能性はある。但し、明治18年生まれの普羅はすでに40歳になるので現実的ではない。小島烏水の『山水無尽蔵』は明治39年刊行なので普羅21歳となり、読んだ可能性が高い。この本は槍ヶ岳探検記が主だけど浅間山、乗鞍岳、飛騨紀行もあり普羅に与えた影響は大きいだろう。

烏帽子岳スキー登山はヤブで撤退2019年02月05日

 2/5の朝、未明の6時過ぎに出発。しかし、予想以上にクルマが多い。そうか、今日は平日なんだ、多分通勤の車である。高速道路が普通に通勤に利用されている。名二環の松川を過ぎてようやく東の空から日が昇った。一宮JCTを経て東海北陸へ。まだクルマは多い。
 郡上八幡ICを出てまた渋滞、トンネルを出て左折したが、道間違いと遅れた。本当は2つ目のトンネルだ。通いなれたはずの奥美濃ではあったがもう記憶から遠くなった。途中でリーダーのYさんに遅刻の連絡。スキー場に向うのに雪がほとんどない。やれるのかな。
 10分遅れでめいほうスキー場に着いた。すぐに着替えて、結局出発は30分遅れてしまった。リフト2本を乗りついで頂上へ。スキー場トップは幸い雪晴れの好天である。御嶽、中ア、乗鞍、北ア、白山、三方崩山、ほぼ360度雪山で囲まれる。
 シールを貼っているとスキー場の係りの人が近寄って来た。登山届を出せ、という。岐阜県警には届けてあるとYリーダー。計画書のコピーを渡して届けた。オフピステ否スキー場外滑走禁止の立て札はないが、どこのスキー場でも粉雪を求めるスキーヤーの事故が多く、苦慮されているのだろう。
 男性はYリーダー、IS、KI、IT、私の5人。最年少、紅一点のSさんが山スキ―に染まっていたとは知らなかった。計6人で笹やぶの隙間をぬう林間を歩き始める。周囲は細幹の岳樺や大き目のブナなどが生い茂る高原である。緩斜面を行き、オサンババにつながるポイントから別れると大きく下降する。最初の鞍部に到達する。またゆるやかに1553mのコブに登り、下降する。2つ目の鞍部までは笹やぶの密度が濃くなり難渋する。鞍部でYリーダーが口火を切って鳩首協議する。4等三角点「床辺山」へはもっとブッシュが濃くなり、雪もはげている感じに見えた。烏帽子岳ははるかなる高みに見える。結果、全行程の5分の1も消化しないで撤退を決めた。天気は良いのだが。
 ふたたび笹やぶを分けて登り返す。スキー場トップ(4等三角点で点名は山中峠)へはゆるやかな登りである。つまりはじめて登った。トップに戻ってシールを剥がし、ゲレンデを滑降。雪質は硬く、アイスバーンの状態であった。多分、暖かいから雪も解けるので、夜間はスノーマシンで雪を確保しているのだろう。
 センターに戻り、Pへ。帰路は久々に名宝温泉に入湯した。R472,R156を美濃ICまで走り高速に入る。大した渋滞も無く帰宅。土日と違い、絶望的な渋滞はないのでスキーは平日が良い。但し、高速料金の割引がない。
 帰宅後は庫内で解凍のラム肉をジンギスカン鍋で焼いての焼き肉で空腹を満たす。山中ではパン2個をかじっただけであった。行動中はのんびりと食べて居れず、また腹筋がしまるせいか、空腹を感じにくいので飲み物だけになった。

春尽きて乗鞍の山懐に 拙作2018年05月02日

枯松平休憩所(避難小屋)
 標高1635mに建つ枯松平休憩所の避難小屋でビバーク。春満月の夜で明るい。厳冬期のような凍えるような寒さもなし。朝一番で小鳥が啼き始める。
 話をしているといつの間にかコガラが寄ってくる。始めは高い枝を遠巻きに枝から枝を飛んでいながら慣れると段々我々に近づいてくる。好奇心の強い小鳥である。
 奥飛騨の標高1500m超の高原の一角で雪山の景色を楽しみつつ、また急速に去ってゆく春の山に起居する。本当はまだ芽吹き始めたばかりの早春のよそおいなのに。
 山麓の村では桜が咲き、ボタンザクラなども盛りであった。水芭蕉は少し朽ちかけていた。山村の春は花が恋しく美しい。神社では祭の子らが練り歩く。農事に忙しい初夏の到来を告げているかのように。