スキー仕舞い2022年05月01日

 GWは天候不順の予報は当たった。良かったのは昨日だけで今日はまた雨になった。おそらく全国の山やさんも中止、停滞、撤退を余儀なくされているだろう。
 こちとらも身動きできず、雑用で終わった。雑用の手始めは昨年12月から車内を倉庫代わりにしていた冬山の登山道具の整理だ。スキー板、スキーブーツ、ストック、タイヤチエーン、ピッケル、アイゼン、スキーシール、冬用ヤッケ、スキー用パンツ、冬用シュラフなどを整理した。あるあるという感じである。
 次は初旬までに夏タイヤに交換がある。また走行距離が伸びてきたのでオイル交換の時期になった。さらに古くなったタイヤのメンテナンスも試みてみたい。今まではベランダに保管というより放置してきた。しかしそれだと劣化してひび割れが入る。
 昨年5月もスタッドレスタイヤを交換後ベランダに置いたら1週間でバーストしてしまった。12月まで放置して置いたら段々広がる。2013年製だから8年使用した。調べると5年程度が良いらしい。中古タイヤ2018製を購入して間に合わせたのだった。
 スタッドレスタイヤも来シーズンは高騰するだろう。メンテナンスの動画を見て1年でも2年でも長持ちさせるように処理してみたい。夏タイヤも長持ちさせるメンテを施そう。おカネを浮かすということは雑用が増えるということだ。

近江湖西・蛇谷ヶ峰スキー登山2022年02月26日

 2月26日滋賀県の蛇谷ヶ峰に登った。4時出発、5時にあま市の同行者と合流、久々に名神、北陸道から木之本へ、R8へ、塩津からはR303、マキノ町からはR161、今津からは又R303(若狭街道)に分かれる。若狭に向けて走ると雪の多さに驚く。田園地帯は雪原だ。
 R303は小浜市への道から京都方面のR367へ左折、山間の峠道はアイスバーンになっている。峠を越えると朽木の中心街に着く。京へ往く道から地道へ左折、朽木スキー場へ。7時30分に着く。四区画あるPの2つは埋まっていた。登山届を投函して、身支度を整える。
 8時10分出発。ゲレンデの山際の先行者のトレースをたどる。やがて桧の植林地帯に急登する。汗がふきだすのでヤッケを脱ぐ。急登は817の手前まで続いた。緩斜面になると植林から雑木林に変わり明るい。
 頂上へ登山者が登って行くのが見える。2時間40分で登頂。真っ先に武奈ヶ岳が飛び込んできた。野坂山地も白い。百里ヶ岳、近江駒ヶ岳も視野にあるが同定はできなかった。高島市の田園地帯は真っ白だ。琵琶湖の向こうにぼんやりと伊吹山が見えた。右隣は霊仙山だろう。
次々登山者が登って来ては下って行く。ドローンを飛ばしている人もいる。初めて見た。
 360度の大展望を楽しみ、けっこう長居した。さて11時45分、下山だ。スキー場へ下る尾根までは何とか滑れた。817mからは植林と雑木林の境だ。密植された植林や雑木林はスキー向きにはならず。シールを着けて下ることにした。スピードは出せない。中間まで来ると疎林になるが、気温も上がり雪が腐っていて体重をかけても滑れない。滑れないので疲労困憊、徒労だなぁ、と休み休みスキー場トップに着く。シールを剥がし、仇を打つようにゲレンデを駆け抜けた。
 帰路はグリーンパークの朽木温泉に入る。道の駅で栃餅、鯖寿司を買う。時間があるので白髭神社に道草した。近江最古の神社という。さっそく膝が傷むが我慢して参拝した。R161を戻り、マキノ海津からR8への道も東山経由で永原へ走った。途中で琵琶湖の彼方の山並みの夕焼けに目を引かれた。さっき登った蛇谷ヶ峰、武奈ヶ岳が見えたからだ。「ローマの休日」のアン王女じゃないがやっぱり近江の山は良い。

スキー懇親会④2022年01月27日

 今日は朝から降雪あり。寒烏が一羽宿の周辺をうろついている。餌がなくて探しているのだろう。朝食を済ます。荷物をパッキングしてマイカーに積み込む。試みにエンジンを掛けたら一発で掛かった。降雪とはこの地方は寒くはない。なので思うほどは冷えていないのだろう。
 9時に屋内で記念写真の撮影を済ます。9時30分に帰名の途についた。新潟県内よりの道の駅に海鮮物売り場があるというので往復になるが行ってみた。確かに美味しそうな魚類が並んでいるが今、ここで買う気にはなれなかった。
 長野県に戻る。やっぱり急激に雪の量は減る。R18から県道37に入り、雪の善光寺にお参りする。降雪もあり参拝客はまばらである。夏目漱石らの句碑を拝見してマイカーに戻った。料金は200円と安い。
 長野市内を抜けてR19に入り梓川沿いに松本へ。道の駅に寄って珍しいものを探すがない。信濃新町はジンギスカン街道を謳う。ちょうど昼時なのでその一つに寄り、昼食とした。ランチメニューはラム焼肉と野菜焼きで1400円。リーズナブルな価格である。たれはショウガがベースで中途半端な味だった。ラム肉にすでにたれに漬けてあるあるのか薄味にしてある。ご飯が進んだ。
 安曇野市になると雪がぱたっと消えた。松本市内はもちろんない。常念岳が見えるはずだが雲がかかる。低山の山腹にすら雪は見えない。雪雲は西日本よりに見える。松本市内が渋滞気味なのでR158に右折、奈良井川沿いに南下し、塩尻市の市街地をパスした。牧野の信号でR19に戻れた。
 木曽路に入ると多少でも雪が増えた。交通量は多いが流れは良い。中津川市、恵那市と走り、恵那市からR19を離れ、豊田市小原町へと山越えの道を選んだ。県道58で給油、泥と塩が浮いて汚いので洗車を済ます。無事帰宅。

スキー懇親会③2022年01月26日

 今日のゲレンデは斑尾山になった。宿の送迎バスでゲレンデへ送ってもらう。宿のオーナーも一緒にスキーを楽しむ。
 今から40年位前に飯山駅前の旅館に素泊まり、朝一のバスで、斑尾高原スキー場へ行く。リフトを乗り継いで山頂の一角に運ばれる。1350mの北峰である。シールで一等三角点まで歩き、シールをはがして万坂峠まで滑降、シールを貼りなおして袴岳へ登りかえす。再びシールをはがして妙高高原駅までスキーを履いたまま滑り込む。そんな思い出がある斑尾山である。
 前回はゲレンデは素通りしただけであった。レイアウトは山岳スキー場といった感じで尾根を開きコースの変化があり楽しめる。谷筋はかなり急斜面である。山頂付近は急斜面であり上級者向きである。3時までというので目いっぱい滑る。記念写真を撮影して宿へ戻る。
 洋食の夕飯を雑談を楽しみながら食う。これがスキー懇親会たる風景である。

治部坂高原の詩2022年01月06日

 昨日はあれだけ晴れたのに今朝はもう猿投山も冬雲に隠れてしまった。雪も降っている。それでも蛇峠山のあの展望を写真を見ながら反芻するかのように楽しんでいる。
 ふと思い出したのは昭和17年に青木書店から刊行された尾崎喜八の詩集『高原詩抄』の『美ヶ原熔岩台地』の詩である。

 登りついて不意に開けた眼前の風景に               
 しばらくは世界の天井が抜けたかと思う              
 やがて一歩を踏みこんで岩にまたがりながら            
 此の高さにおける此の広がりの把握に尚もくるしむ         
 無制限な おおどかな                      
 荒っぽくて 新鮮な                       
 此の風景の情緒はただ身にしみるように本源的で          
 尋常の尺度にはまるで桁がはずれている
 秋が雲の砲煙をどんどん上げて                  
 空は青と白との目も覚めるだんだら                
 物見石の準平原から和田峠の方へ                 
 一羽の鷲が流れ矢のように落ちていった 
以上

 蛇峠山のパノラマ台に
 登りついて不意に開けた眼前の風景に
 伊那谷ってこんなにも開豁な谷だったのか
 曾遊の山々にあいさつを送った
 南北120kmにわたる赤石山脈の白い巨峰の並ぶ様に驚き
 赤石岳と聖岳の間の未踏の兎岳が気になる
 木曽駒は一つのまとまった大山塊に見える
 ここからは空木岳も前衛峰の1つじゃないか
 伊那谷の奥座敷に富士山型の山は蓼科山だ
 そして尾崎喜八の詩心を刺激した美ヶ原
 御嶽山も乗鞍岳も名脇役に徹しているかに見える
 恵那山は治部坂峠の向こうに大川入山、恩田大川入山を
 従えて三角錐の頭をすこし出している
 西からのドーム型の山容に見慣れた目には新鮮である
 
 スキー板を外すのももどかしく、
 ザックからカメラを出して撮りまくった
 景色の奴隷になったかのように

 ここはまぎれもなく信州の山
 今年初めてのスキー登山でした。

蛇峠山スキー登山2022年01月05日

 予定通り6時出発。朝食、買い物のロスで現地出発は9時20分ごろになった。Pの標高1187mあり、藤原岳の山頂と同じですので寒い寒い。
いつもは車で馬の背まで上がりそこから小一時間程度ですが、今日は積雪があるのでワカン代わりにスキー登山を試みました。
 車道から離れ別荘地を登ります。足跡はしっかりあって踏み固められているのでラッセルはない。馬の背に登ると景色が広がった。下って車道をそのまま行くルートと尾根への登山道に分岐します。もちろん車道を行きます。積雪は約30㎝くらい。吹き溜まりでも40㎝程度。風が強いところはセメントが出ている。
 ふうふう言いながらパノラマ台へ。御嶽山、木曽駒、乗鞍岳、槍穂高連峰、八ヶ岳と信濃富士らしい蓼科山。仙丈ヶ岳、甲斐駒から白根三山、荒川三山、赤石岳、聖岳、光岳まで白い巨峰のオンパレードでした。
 一旦下って登り返すと山頂ですが、余り良くないが、奥三河の山なみ、三河湾と思われる光の反射が見えた。素晴らしい展望に満足して下山開始。ある程度まで下ってシールをはがす。板に残った糊をスプレーでそぎ落とす。そろそろと滑り出すと快調で滑走できた。登りは3時間強なのに下りは58分でした。

打ち合わせ2021年12月14日

 昨夜は山岳会の山スキー愛好者の打ち合わせになった。コロナも解けてリアルな会合が嬉しい。各人からあちこちの希望がでてきた。来シーズンは活発な活動になる。

山岳遭難ー生死の分かれ目2021年02月08日

行方不明のスキーヤーの男女を発見「穴を掘って一晩を過ごした」 岐阜の北アルプス
https://news.yahoo.co.jp/articles/ed899cdb2969dfd1e87e44120bacd6b5751c8a5c/comments

コメントから
・2手に分かれって、どちらの方がスキー能力差があり付き添ったんですかね?
冷静なご判断とビバーク出来る力量はご立派です!
自然相手ですから、最悪の事態も想定していたんでしょう。

・この方たちは山を知っている人だったから、無事に下山できたのです
山を知っているとは、山がいかに危険かを考えて装備も行動も知識も
積み重ねている人たち
通常、山をやっていると不慮の事態も少なからずはあります
ただし、それを前提に装備も知識も考えて対応できるように
それぞれが努力しています
もとろん、対応できないと判断したら撤退します
それができる人とできない人との違いです

ちかごろはそれができない人が増えてきて、電話一本で人に救助されることが
当たり前になってますけど、まずは自分で何とかするのが自己責任ですよ
責任取れないなら山に行く資格ないです

自分の命は自分でまもらないと
救助ありきの山はだめだと思います

・・・雪洞を掘るためのスコップを装備していた点は良かった。かつて、3月の北アでプロガイドが高齢の登山者を連れて唐松岳に登った。二つ玉低気圧が来ているにもかかわらずに登ったもののお客さんの足が遅かったのか、稜線で吹雪に捕まってしまった。ガイドはスコップを持っていなかったのでピッケルで老人2人を入れる雪洞を掘り終えて疲労で死んだという。

群馬県嬬恋村スキー行珍道中②2021年01月30日

1/25 つま恋の丘から浅間山が見える。「嬬恋の宿 あいさい」に着く
・・・以前に見たことがあるが雪山はまた別です。宿は欧風の建物で吹き抜けが大胆。温泉も2階にあり移動は少なくて済む。料理はフランス料理風で多種で少量の御馳走をいただく。

1/26 晴天のパルコールつまごいスキー場で滑りまくる
・・・朝9時に宿を出て1日スキー場で遊べた。ホントに久々のゲレンデスキー三昧。夕食はやはり地物の野菜、魚、肉が少量づつ出されて上品な味わいだった。

1/27 荒天のスキー場で午後は打ち切り
・・・天気が持ったのは午前中だけであった。ゴンドラで上がってもゆらゆら揺れたから低気圧が通過中と聞いた。ゴンドラもリフトも横風に弱い。夕食は今日で3回目だが同じものは出さない。メニューの工夫が大変だな。

1/28 「嬬恋の宿 あいさい」を去る
・・・スキー宿が快適で良かった。ゲレンデは1日半だけは楽しめた。参加メンバーも多くは入れ替わった。常連だった会員も高齢には勝てない。自分もそうなる。9時過ぎに宿を出発。

群馬県嬬恋村スキー行珍道中(五平餅の道)①2021年01月29日

 1/25から1/28までは群馬県嬬恋村に宿をとり、15人ばかりが関東や関西から集まってスキー懇親会を楽しんだ。とはいえ、このご時勢であるから山岳会は関与せず、個人の任意の集会ということになった。当初は20人程度が5人減ったという。
 名古屋は朝6時に出発。最初はR153で伊那へ周り北上する予定が、スマホのナビはどういうわけか豊田市でR419へ行け、と案内する。治部坂峠経由の計画はナビに負けて岐阜県へ迂回し、岐阜県の山間部沿いの県道を走って恵那市へ出た。道の駅や売店の五平餅の看板が気になった。

 後はR19をひた走る。国道沿いの吉野家で朝食をとる。
 次は塩尻の手前の洗馬駅付近からR19を出よ、とのガイダンスがあり不思議に思いながら走った。すると最初は川沿いの道やごちゃごちゃした市街地を走ったが、次第に田園地帯へ誘導された。どこをどう走ったかは記憶にないが梓川にぶつかり、倭橋南という信号で梓川右岸へ右折したことは覚えている。
 地図で見ると松本空港の西側を走ったようだ。洗馬から奈良井川を渡り、アルプスグリーンロードをたどり、道の駅「今井恵みの里」にも寄ったことを思い出した。買うものはなかったが地物野菜がたっぷりあった。その後は梓川沿いにはしりR254へ誘導されて、上田市へ。R254から県道176へ、再びR152へと。大屋でR18を突っ切り、県道176で田園地帯を迂回しながら真田でR144(幸村街道)に入ると後は鳥居峠を越えて群馬県へ行く。真田付近からは以前の記憶があるのでスムーズだった。
 菅平への分岐からすぐのところにある「峠のおやき なかざわ」の看板に「五平餅」があるのが気になった。(有)ナカザワ商店の出店で本店は上田市市街にある。写真で見ると三河のそれと同じ形である。

 「上田市 五平餅」でググると
「五平もちは長野県の木曽地方や伊那地方に伝わる郷土料理で、炊いたうるち米を潰したものに、タレをつけて串焼きにしたもの。かつては豊作への願いと、その感謝を込めて、神前に供えられたといわれており、今でも長野ではハレの日や大切なもてなしの席に欠かせないものだ。扁平な楕円形が一般的だが、円形のものや円盤型を複数刺したもの、団子状のものなど、地域によって形が異なり、タレもすりつぶしたくるみが入った味噌味や、くるみとゴマをすりつぶしてあわせた醤油味、ゆずや山椒を入れて風味を出したものなど、様々なものがある。」

 南信州ナビHPの五平餅は「飯田の五平餅の特徴
https://msnav.com/navi/tokusan/food/goheimochi
 「五平もちには地域によって餅や串の形、付けるタレなど何種類かあります。一般的には、団子型もしくはわらじ型に整形し、串に刺して焼き、味噌や醤油をベースにし胡桃や胡麻、山椒の芽などを加えたタレを付けて作ります。現在飯田で作られている五平もちには、主に眼鏡型とわらじ型があるほか、御幣を模した波形をした五平もちもあります。こうした様々な形の五平もちを、ひとつの地域で味わえるのは南信州だけです。」という。
 どうやら南信州が本場だったみたいですね。飯田市のHPには味の文化財とまで書いています。
https://www.city.iida.lg.jp/site/bunkazai/goheimochi.html

豊田五平餅学会まであるらしい。
http://www.toyota-go-hey.jp/history/kigen.html

塩の道は五平餅の道
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/1955?page=3