長久手市・色金山と岩作御嶽山へポタリング2017年09月19日

 今日も天気は良い。朝、メールを開くと連休明けのせいか、多数着信している。山岳会関係の会報の添削、原稿の手直しを処理した。終わるとすでに11時を回った。夏と違って季節の変化ははっきりしている。正午前でももう暑くはない。11時20分に出発できた。
 日進市白山の交差点へは約20分で着く。さらに、日進JCTまでは岩崎川のサイクリングロードを走るので安全で早い。昨日は車道でクルマの多さに冷や冷やしたからだ。五色園入口の交差点をパス、ゆっくり上り坂になる。芸大通駅までは天白川水系と矢田川水系の分水界への登りがある。分水界を越えると香流川の支流になり、ゆっくり下る。前熊交差点の手前の路地裏道を左折。県道233号から県道215号だ。一帯は岩作(やざこ)何とかの地名が多い。交差点付近で香流川が合流する。すぐ上が色金山になる。
 岩作の中心の早稲田という交差点で右折すると色金山歴史公園の案内板があり、Pもある。山頂へは車道を右折、そのまま登ってゆくと奥のPに着く。右に細い道が登ってゆくので入ってみた。結構な急坂だが螺旋状に傾斜をゆるめてあるので、自転車でもこげないことはない。何とそのまま頂上まで登りきってしまった。展望台がある。やや曇っているがそれなりの眺めがある。三角点はなく正確な標高は不明だが91mくらい。
 山頂からはダウンヒルを味わう。ブレーキを掛けっ放しであるが気持ちの良いものである。次は色金山の南の岩作御嶽山へ向かう。
 早稲田の交差点から旧道に入り、左折。御嶽山の石碑のある香流川の橋を渡る。そのまま道なりに行くが、急坂になりついに下車して歩く。段々急になり、一旦平になったところで左に岩作御嶽山の石碑の建つ神社への急坂が見えるがパス。車道を自転車を引きながら登る。登り詰めた所は山頂に違いないが県の給水施設があり宗教的なものは見あたらない。
 神社へ通じる道すら見いだせず、自転車に乗って下山する。改めて参道から登拝した。爪先上がりの急坂を行くとさすがに息切れした。一段上がったら社務所と住み家があった。神社はまた一段上にあった。
 奥の院に参拝した。その後は別の道をたどると先程の山頂へ通じる細道があった。生活はこれで往来するのだろう。住み家の前を通る。ここはやはり湧水が得られるのだろう。社務所から急な階段を下り、自転車でダウンヒル。次は御旗山に予定していたがこれで満足したので帰ることにした。
 長久手古戦場公園の一角にも71.2mの三角点・武蔵塚があるが今日は公園自体が休みだった。ここからは北新田川へ下るように走った。広大な口論議運動公園、愛知学院大キャンパスを右に見ながら日進JCTに下れる。後は北新田川の右岸の自転車道を行く。岩藤川を合わせると岩崎川になる。車道と交差する以外はスムースに走れる。白山の交差点まで来ると天白は近い。
 但し、まだ真昼でもあり三角点の一つも踏まねば、と右手のこんもりした緑の丘を目指す。地形図では北高上(きたこうじょう)だが、点名は岩崎、75.8mの山。高圧電線の真下まで行き、道を探ると広い車道の廃道があった。そこを歩いてみると、右手の鉄塔に向う山道になった。鉄塔近くでは木の枝などで通せんぼがしてあった。
 そのまま乗り越すと何と遊歩道に整備されていた。道標まであった。少しで4等三角点へ登頂できた。親切にも4等三角点の説明板まで設置されている。意外なことに喜んだ。そのまま下ったが、別の案内板によると北高上緑地(きたこうじょうりょくち)とあった。登山口は3か所あり、市民の自然に親しむ森の道として整備されたそうだ。平成25年だからまだ最近のことである。思わぬ拾いものをしてまた天白へ帰った。

日進市五色園の4等三角点五色園へポタリング2017年09月18日

 昨夜から今朝にかけて台風18号の通過で風が強かった。台風一過で秋晴れになった。空気もさわやかだ。今朝も遅めながら自転車にまたがった。
 行く先は天白川の支流・岩崎川の奥、五色園にある4等三角点109.7mの五色園である。日進市白山の市道と県道57号の交差点を直進し、岩崎川に沿う県道217号、233号を走る。東名高速日進JCTの南のガードをくぐると五色園入口の交差点で右折。ゆるやかな坂道を登ると愛知用水との交差点・五色園を通過する。けやき台という住宅地になるとやや緩む。適当に住宅地の車道に進入。山沿いの道を走って踏み跡を探す。
 地形図とにらめっこするが何らてがかりはない。住民に聞くと、以前は道があったよ、というので教えてもらった辺りを探るがない。また、藪に突っ込むように山林に踏み込んだ。台風で相当な枝葉が落ちていたが案ずるよりは生むが易し、で、歩くのが困難なほどの藪はなく、シダ類もまばらである。
 藪尾根に乗ってみたが踏み跡はない。しかし、山腹に明瞭な踏み跡があるのを発見。強引に高みを目指さず、とりあえず踏み跡をたどった。
 この踏み跡は三角点に通じていた。好事家の足跡だったわけで、楽にゲットできた。三角点ははっきり分かったが展望はない。踏み跡のまま下ると住宅地へポンと出れた。
 帰路は地名の元になった五色園を訪れてみた。入り口は無人で無料という。宗教公園の触れ込みで、出入り自由とあった。名鉄バスの終点になっている。以前からこのバスを見るたびにどんなところか気になっていた。昭和9年にできたという。現在は浄土真宗五色山大安寺を名乗る。いわゆる宿坊や墓地がある。
 五色園を辞して、愛知用水の側道を下ってみたが途中でサイフォンになり、道も断絶してしまった。岩藤川の村里を走り、東名をくぐり、なるだけ車道を走らず、岩藤川そして岩崎川に沿いながら白山の交差点へ戻った。
 五色園の一帯は日進東部丘陵といわれる愛知の自然の最後の砦のような位置づけになっている。かつては産業廃棄物の埋め立て地にする目的で保安林解除の申請がされたが自然保護の市民運動がおこって保全された。
 東部丘陵は標高150mから170mあり、天白川の本流、支流のあつまる源流域だ。東側の北は矢田川の支流・香流川(かなれ)に流れ、南は伊保川、田籾川が食い込んで矢作川へ流入する。つまり分水界になっている。
 日進市と長久手市の市界の北の農業総合試験場は矢田川と天白川の分水界の上に開拓された。芸大になるともう香流川の支流になる。長久手市の地名の久手(大久手、細久手、作手村など湫は低湿地)は水はけの悪い地勢を意味するという。実際、丘陵地の宿命である。リニモの名称も愛知高速交通東部丘陵線というのもうなずける。
 こうして天白川を中心に地形図を眺めて、そして自分の足でポタリングしてきて、東海豪雨による野並地区の被害の原因も丘陵地がすべて宅地化されたことにあると思わざるを得ない。保水力のある山林を残すとか、ため池を埋めなければ都市洪水は起こらないだろう。
 社会の発展、経済の拡大が都市の新たな水害を生み出すなんて、県の行政と県議は自然を甘く見ないで、想像力を働かせて対応してほしい。

日進市機織池の3等三角点藤島を確認後、長久手市根岳にポタリング2017年09月17日

 台風接近中で動きにくい日曜日。空を見上げるとどんより黒い雲で覆われて不気味である。大雨の予感がある。しかし、降雨は小休止状態になっている。
 北海道にある高気圧が台風の接近を遮っているのだろう。一時的な回復を誤って奥深く入ると大荒れで下山もままならないことになる。気象庁に勤務していた作家・新田次郎は『偽りの快晴』という小説で「台風接近中はいかなる理由があっても山に登ってはいけない」とした。
 さて、ポタリングは自転車のお散歩なのですぐに引き返せる。今は猿投山が見えている。その奥の段戸高原辺りも見えている。数時間はもつだろうと、8時すぎに自転車にまたがる。
 日進市役所を過ぎて米野木町までは田園地帯を走る。黄金色の稲穂が美しい。そこへなぜかシラサギが何羽もたたずんでいる。台風前に食いだめするのか。東名高速にぶつかったら左折。側道を西へ走り、ゆるく乗り越すと薬品会社やコンビニの元締めの会社の配送センターがならぶ。左折して終点まで下る。機織池の一角である。
 地形図を首っ引きで見つめると池までは行かず、この辺りから斜面を登ればすぐの感じだ。歩道をゆっくり走ると斜面に踏み跡が登っていくので自転車をデポして、歩いて登った。
 すると9/14の歩いた遊歩道に合流。地図で舐めるように斜面の踏み跡を探すがない。また一旦下ってしまった。穴惑い(秋の蛇)がおろおろしている。まむしではないので木の枝で追い払う。
 前の踏み跡を再び辿り高見に登るが三角点はない。藪の向こうには民家が見える。どうも西へ振り過ぎだ。戻って東へ高見を目指す。いくらも比高はないが尾根がある。登ってみるとまた民家が見える。藪の中に人がごそごそしているのを見られると不審者に思われかねないのですぐ隠れた。
 シダ類の繁茂で踏み跡は隠れているがいくらか歩きやすくなったと思ったら3等三角点の藤島83.5mが見つかった。シダ類の繁茂で地面が見えないが反対側に下ると最初の遊歩道に出た。何のことはない、地形図通りにええい、と登ればよかったのだ。
 これで9時過ぎ。東名高速の側道を名古屋IC手前まで走った。かつて愛知万博の広大な駐車場になっていた場所だ。今は瀟洒な飲食店などが立ち並ぶニュータウンに変わっていた。猪高緑地の手前で左折するとすぐに根嶽の交差点になり右折。市道を登りきると根岳の麓に着く。地形図をにらんで現在位置を確認。
 家の記号に7の文字がある地図記号がある。これは何と老人ホームだった。7に見えるが杖の持ち手をイメージしているようだ。確かに老人ホームがあった。山奥に入る踏み跡も見つかったので自転車をデポ。
 何と遊歩道になっていた。すぐに長湫越しなどという道標まであり、嬉しくなる。歩道があると無いとでは大違いだ。何の愁いもなく、根岳4等三角点108.7mに登れた。手前の道標には親鸞山とあった。これは高針にある山だ。かつて名東区に引っ越した頃、高針アルプスと名付けて「縦走」したはずだが、記憶にはない。あの頃は歩道なんてなかったし。
 戻ってもつまらないからどこへ下山できるのか歩いてみた。長湫南部公園に下りた。市道へ出て山周りに戻れた。この一帯は老人福祉のメッカのような施設が集中していた。
 自転車に戻って市道に出て喫茶店でモーニングコーヒーを飲む。ひと汗かくとコーヒーの味も違う。帰りにはポツリと来た。サドルも雨滴で濡れた。長久手市と日進市境を越えると岩崎川の流域になり、天白区まで下る一方になる。

台風接近で登山は中止2017年09月17日

 タリムって何だろう、と思ってググったら、鋭い刃先だとか。14カ国で構成する台風委員会のメンバーのうち、フィリピンが用意した名前というがこんな方法いつ決まったんだろう。1968年という。しかし、被害の大きかった台風は、伊勢湾台風というように日本独自の名前をつけるとか。そうか、知らなかったな。
 17日から18日にかけて岐阜県の山へ行くため、リーダーが登山届を岐阜県警に出しておいた。そしたら私のところへ岐阜県警の某です、といって、これから台風が来るので、中止を勧告するような電話が来た。登山届はちゃんと読まれて、チエックされていると知った。もちろん、台風の動きは常時注視していますのでご心配なく、と回答した。
 7時現在、降雨は一休みだが、空は黒い雲で覆われている。高時計は1012HPAを差しているが、高度は70mに達し、45mの実際の高度との差がひらいてきた。低気圧が雲を呼んでいるのだろう。確実に接近中である。登山の方は昨日中に中止した。

日進市米野木・御嶽山へポタリング2017年09月14日

 今日は白山宮の交差点で引き返し、軽く流すつもりだったが、喫茶店でモーニングセットでゆっくりするうちに、地形図は持たないが、少し足を延ばすことにした。思いついたのが機織池の傍の3等藤島の三角点だった。
 日進の田園は稲穂はまだ青いが色づくばかりに垂れている。台風18号で被害をうけねばいいが。神明社の北の交差点を右折して、ゆったりした坂登りをこなす。登りきると右へ地道が続くので入ってみた。神社の様子だった。大勢の老婦人らが清掃中だった。聞くと近々お祭りがあるらしく、多数の登拝客を迎えるという。
 ここは御嶽山というらしい。約85m。地形図には神社マークのみだ。立派な石碑がいくつも建っていてこの地域の人々の信仰心の篤さを感じる。やっぱりコメのよくとれる地域は神に感謝することを忘れない。親子三代、命のつながりは米が無難に収穫できてこそなのである。山頂に三角点がないか見たがなかった。地形図を忘れる日に限ってこんな発見がある。
 一旦、帰路についたが日進の図書館で地図をチエックすると確かにこの近くではある。もう一度引き返して田園を走り抜けていくと東名にぶつかる。調整池と書いた看板があったのでその方向にいくと機織池だった。園地になっていたが道は荒れていた。あちこち歩き回ったが、高いところへ行けば山頂というわけではない。饅頭をおいたような地形だから当が外れてしまう。結局三角点探しは無駄に終わった。地形図を片手に探す必要がある。というわけで、ちょっとは汗をかいた上に草虱でジャージーのパンツが大変なことになった。これを一つ一つとる宿題が出来た。

みよし市周辺をポタリング2017年09月09日

 昨日は八事アルプス越え2回で大腿筋に少し負荷がかかったせいか、特に体を動かす意欲はなかった。愛知牧場のログテラスのグラタンを食べにいく目的で出発した。遅い昼食ついでである。
 いつもの天白川沿いに遡上する。思ったよりも稲は色づいてはいない。というか早稲はもう刈り取られたのだろう。刈り取った後に焦げた跡がある。
 ログテラスは約10kmだがすぐに着いた感じがするのは慣れもある。グラタンは牧場の新鮮な牛乳をつかうせいか、濃厚で美味しい。体にしみわたる気がするのは若干運動後もあろうか。
 十分な食後の休憩の後、黒笹山界隈をポタリングするが、何もなく、下ると県道54号に出た。刑務所の三角点を目指してもいいが、かなりのギャップを敬遠して浅い谷間を走り、この前見逃した福谷の御嶽神社を目指す。やはり道標など何もないので近くの婆さんに聞くが、行ってみると民家になるので不審者扱いされてもいやなので引き返した。
 結局、県道54号の新道をからめたり、民家を抜けたり迷走して県道231号に出て日進市に戻った。後は来た道をほぼ辿って帰宅する。

東区・文化のみち・撞木館までポタリング2017年09月08日

 秋晴れの1日、午後からですが、天白区植田から自転車で、「山、きらめきのphoto展」 (山岳写真 74点)の会場の東区文化のみち・撞木館までの約10kmをポタリングで見学に行きました。植田の交差点から八事の長い坂道を登ります。頂点からは下る一方になります。昭和区、千種区、東区と主要道と路地裏の道を適宜使い分けて撞木館に着いた。約45分ほどである。
 
 3社の新聞で報道されて、結構な来館者に鎌田支部長も電話に説明にと忙しそうでした。
 作品中、和紙で調製した写真が注目されていました。個人的には雷鳥の風姿をしっかり撮影した作品が好きです。特に足の部分の羽毛までばっちりとらえている。氷河期の生き残りという種の悲しいまでの遺伝です。(カモシカ、イワナなども生き残りです。)これがリアリズムだ、という作者の意気込みが感じられて好感を持ちました。
 反対に被写体としての槍や有名山岳はもう良いんじゃないか、と思います。山に機械力が活用されて楽に登れるようになり、非日常の風景がもう珍しいものではなくなった。斬新な切り口での写真を期待したい。
 フクジュソウ一つ撮っても、図鑑で見たような写真でなく、なぜそこに咲くのか、どんな環境か、どんな土壌を好むのか、一枚の写真でそれを表現できたら素晴らしい。

 帰路は八事の坂道を避けて名大の西の四谷の交差点の道を乗り越えました。途中、お千代保稲荷の支社があったので参拝。さらに東山公園の方へゆったり下り、また登り返し、途中から、植田山へ下る細い道を通り、塩釜口へ。アルバイトは八事と変わりない。

 からっとした秋気の1日でした。ライチョウの写真が良かったので今夜はカンチュウハイ2個を空けました。笑

改めて白山宮・足王社へお礼参り!2017年09月05日

 9/3の沢登りは恐る恐る参加した。何分2年ぶりのことである。翌朝も翌翌朝も足の痛みは特になかった。階段の下りで感じた激痛はもうないのだった。エレベーターを探したり、階段の手すりに頼った下りはしなくてもよくなった。
 正座できないとかはあるが登山は普通にやれるまでになった。
 実は6/11にも浜松のクライミングジムで支障なく登攀出来たのでお礼参りに行った。今回は2回目になった。猿投社、稲荷社、等の末社にもお参りした。信ずる者こそ救われるを実感した。
 ポタリングで白山宮へ来るだけでやっとの思いだったが、自信がつくと愛知池に足をのばし、最近は100m級の三角点ハンティングを兼ね、かつ、白鳥神社も詣でることにしていい目標ができた。最遠方は藤前干潟だろう。次は猿投山の登山口の猿投神社まで一走りするか。

みよし市の福谷(うきがい)4等三角点へポタリング2017年08月27日

 朝5時50分、ベランダに出るとちょっと涼しい。とりあえず自転車に乗った。行く先はみよし市の福谷の三角点106.8mだ。
 天白川左岸のサイクリングロードを走り、日進市に入ると心なしかひんやりする。半袖では少し寒いくらいだ。空を見上げると東は雲が高く、西は掃いたような白い雲が浮かんでいる。北からの冷気が流れてきたんだろう。自転車で走る限りは新涼の季節になった。
 帰宅後、天気図を見ると
「本州付近は、朝鮮半島に中心を持つ高気圧に覆われています。また、前線が本州の南海上に停滞しています。東海地方は、晴れまたは薄曇りとなっています。以下略」とあった。
 県道58号を回避して、田園地帯の農道を行く。「まほろばや日進の田に余り苗」と詠んだ初夏のころから今はもう初秋になり、早い品種のイネは色づいて頭を垂れている。コシヒカリ系のミネアサヒだろうか。天白川の川瀬には白鷺がたたずみ、何やら餌をとっている。
 宮前からも田園地帯を突き抜けて、米野木丸山の交差点で県道58号を横切り、東名高速の下をくぐる。信号で左折して愛知用水の側道まで行き、管理道路を走り、県道231号に出合、黒笹まで走る。駅を左に見て、長い坂を登り、地形図で分れ道を探る。
 ゴルフ場への道に入り、道なりに走ると三角点に直行のはずだがそうは問屋が卸さない。何と未舗装になり、浅い谷間に入り込んだ。道を直進すると草深くなり会社のもの置き場で行き止まりだ。引き返して左折、今度は舗装になり、左折すると一軒家でまた行き止まりだ。戻って直進するとまとまった家並みが現れた。県道231号に出て県道54号に左折、ゆったり登る。
 左へ細道を走る。黒笹27号窯跡なる遺跡があった。半周してみたが明瞭な踏み跡はない。三角点の北のコブとの間が谷になっているので探ると果たして踏み跡があった。途中で怪しくなり、適当に高見を目指した。地形図通り平坦な山頂を歩き回って三角点を見出した。展望はない。
 帰路も適当に下って自転車に戻った。次は福谷御嶽神社を目指したが参道入り口が分からず、福谷城跡に変更。急坂をこぎながら城跡まで走った。ちょっとてこずったために既に9時になった。
 帰路は東海学園まで走り、往きに入り込んだ道で一周したことになった。愛知牧場ログテラスにより美味しいモーニングコーヒーを飲む。濃厚なクリームミルク、カスピ海ヨーグルトなどを平らげて帰途についた。

藤前干潟へポタリング2017年08月24日

 朝から天気が良い。久々の一面青空だ。今日は暑いぞ、と覚悟して6時50分に自転車にまたがる。行く先は藤前干潟である。
 天白川右岸のサイクリングロードで助走開始、平子橋で一般道に出て、東海通りに通じる道を走る。R247で左折する。右折のタイミングを間違えて南へ行きすぎ、山崎川を渡り、大江まで走った。東レや三菱重工・名古屋航空宇宙システムの前を走った。通勤時間帯でごった返している。
 簡単な地図を持っているが、地理勘がないと迷走するばかりだ。すでに名古屋港の東に着いたのだが稲永までは遠い。
 ファミマ木場町店に入り、飲み物とパンを買い、休憩を兼ねて地図をチエックした。港湾沿いの道を木場町まで戻り、堀川は名古屋高速高架橋の下の橋を渡る。R154にぶつかったら左折して県道227号(金城埠頭線))に右折して走れば、中川橋、名古屋臨海高速鉄道・稲永駅前へと行く。やっと稲永の地名が出てきた。野跡を右折しると藤前干潟の地名も出てきた。
 藤前干潟に着いたのは8時40分。野鳥観察館やビジターセンターの建物もある。海岸線の細道を走ってみたが、今は満潮で海面しか見えない。かつては名古屋市のごみの埋め立てでメディアの紙面を騒がした所だが、反対運動で野生動物保護に落ち着いた。午後には干潮になり、干潟が現れるそうだ。すると野鳥も飛来してくるが、待っておれないので帰宅の途に着いた。また冬に再来する。
 9時10分、帰路はR154に出て、白鳥橋西に出て地理勘を得た。ここからは気の向くままに路地を走り抜けて天白区に戻る。
 ネットでの計算値は片道15.8kmだったが少し多くなった。往復30kmを越えたからか、暑さも手伝ってちょっと疲れを感じた。