治療2020年01月10日

 1/3に対馬・龍良山の山頂の岩場で凍結していたのか、ちょっと転んで左足の向こう脛を打った。筋肉だらけの部位である。出血はなく鈍痛だったから治療もしなかった。その後1/4から以降もほとんど痛みは感じず、温泉で温めていた。
 ところが1/6に帰名後から痛み出した。対馬より名古屋は寒いと感じる。寒いから血液循環が悪いのだろう。患部を見ると紫色にはれて広がっている。もしやばい菌でも入ったか、と不安になり治療を受けた。結果は自然に治癒してゆく過程らしい。紫色は内出血の血が変色して血管に吸収されて行くという。一安心した。簡単な塗り薬をもらった。

七草がゆを食う会2020年01月07日

 朝6時代の地下鉄に乗る。今日はまだラッシュではないが座れない。伏見駅で下車。名古屋観光ホテルの3F桂の間へ。着席後すぐ七草がゆが運ばれてくる。魚の切り身、フルーツ、漬物など豪華な朝食である。
 今日のテーマは愛知大文学部教授・和田明美氏を招き、「新元号 令和を寿ぐー出典『万葉集』の「序文」と「梅花の歌」についての講話。元号は令和で初めて国書の万葉集から採用されたというお話。わずかな時間でかいつまんで何となく分かった気になった。
 万葉集巻5所収の梅花の歌の序の中の「初春令月 気淑風和」に由来する。和田先生の核心はこの序文には唐詩(漢詩)の「帰田賦」にルーツがあると解説。この序文に「仲春令月 時和気清」を手本にしている。換骨奪胎というか謂わばオマージュなのである。
 唐詩の内容は都で出世もできず、田舎に落ちぶれて帰るうらぶれた内容である。唐詩に範を求めても万葉集では日本的に「変奏」しているというのだ。仲春は初春に変わり、「詩」ではなく、やまと歌の「短詠」へと変容。「受容と変容の日本文化を具現した」したと解説する。

 そうですね。芥川龍之介「神々の微笑」(1922年)の中の
「日本の霊として現れた老人が日本で布教しているキリスト教の神父に対してこういう。

「…(日本人は)何人でも(キリスト教に)帰依するでしょう。
ただ帰依したと云う事だけならば、この国の土人(日本人)は大部分悉達多(シッダールタ=釈迦)の教えに帰依しています。
しかし我々の力と云うのは、破壊する力ではありません。造り変える力なのです。」

※出典 青空文庫 小説「神神の微笑」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/68_15177.html

 和田教授の話の核心はここだろう。朝の短い時間ではぎりぎりの講話だった。日本は作り変えてゆく国であり、元号ももうシナの古典ではなく、国書から採用しますよ、という文化的属国からの脱却のメッセージにもとれる。
 してみると、この春中国の習主席を国賓(新天皇との接遇には反対意見が多い)で来日する話で持ち切りだが、令和への改元のタイミングとしては策士として安倍首相の深謀遠慮に注目したい。否ちょっと政治的な解釈に傾き過ぎたか。

年暮れぬ笠着て草鞋はきながら 松尾芭蕉2019年12月27日

 朝から年賀状を書き上げた。午前中いっぱいかかった。午後から近くの郵便局に投函。昨年は区内、市外、県外の区分があったが今年はないので枚数が激減したのか。63円にアップしたこともあるし。

 さて表題の句は人口に膾炙して名句である。旅の俳人の気持ちがよく表出されている。年暮れぬの「ぬ」は強い断定という。

 ググってみると

貞享一年(一六八四)四十一歳の作である。句意は

 笠をかぶり、草鞋はいたままで、今年もとうとう暮れてしまった。「ここに草鞋を解き、かしこに杖を捨てて、旅寝ながらに年の暮れければ」との前詞がある。

「野ざらし紀行」で初めて文学的行脚を経験した旅人としての、初々しい実感のこもる歳暮吟である。出典は『野ざらし紀行』。

熱田

   名護屋に入る道のほど風吟す
 狂句木枯らしの身は竹斎に似たる哉

   海辺に日暮して
 海くれて鴨の声ほのかに白し

   爰(ここ)に草鞋(わらじ)をとき、かしこに杖をすてて、旅寝ながらに年のくれければ、
 年くれぬ笠(かさ)きて草鞋(わらじ)はきながら

とある。
 三重県伊賀の山に行った際も句碑を見た。”ふるさとや臍の緒に啼く年の暮”だった。年末は旅人には心が落ち着くのだろう。ふるさとに帰ったり、弟子宅に世話になったりして気力を充実させる機会である。

桐一葉きりひとは日当りながら落ちにけり 高浜虚子2019年12月26日

 『五百句』から。
 そういえば、関ケ原から近江へと車を走らせていたら、同じ光景を見た。急いで車を路肩に止めて書き留めた。そして一句を作った。
  黄葉且つ散るや朝日を浴びながら   拙作
 その時はこの表題の名句を思い出すことができなかった。この句の季語は実は落ち葉なのであった。桐の葉にフォーカスして記憶していたからすぐに思い出せなかったのだ。季語を独立させず、巧みに七音に織り込んで作る。虚子はやはり巧者なのである。

木の葉散る濁世を脱くるごとくなり 村越化石2019年12月25日

 新聞でもネットでも政治家のスキャンダルが絶えない。今朝は自民党・秋元司議員の記事、先だっては立民・初鹿明博議員の性暴力を原因とした責任で離党と相変わらずのカネと女にまつわる汚い話。
 ネットでは来春の習金平主席の国賓としての来日問題が沸騰中である。現代中国は今、日本の戦国時代と同じ様相であり、どうやら習主席が暴君よろしく君臨している。ネットで伝えられる話は人権侵害が著しくひどい。香港しかり、ウイグルしかりだ。邦人の拉致、大気汚染など。豚コレラも蔓延中で国内すら平定できないまま、外国に手を出すわけだ。
 漢民族にまつろわぬ民族は虐殺の限りを尽くす。文化の違う民族を統治するのは容易ではない。その点は英国の狡猾な植民地支配に学べばよいが、中国は「一つの中国」を掲げて焦っているのか。前のめりな中国共産党支配は自縄自縛である。
 さて標記の俳句はハンセン病の俳人だった人。盲目だったはずだが木の葉散るのは音で分かったのだろうか。点字かTVの音声で聞く社会の様相は濁世と見ているところへ木の葉が散るのはまさに事件が終局に向かうとの見方である。
 実際枯れ葉がいつまでも木にしがみついて居っては次世代の芽が出てこれない。木の葉が散るごとく法の裁きを受けて議員辞職をしていただくことが世の中の自然というものだ。この句では木の葉散るに主題がある。

十二月あれもこれもと巡らせる 拙作2019年12月24日

 広告の裏の白紙にメモ書きしていろいろやることを列記して置く。まあ大体は片付いて来た。それでも1つやるとまた忘れていた用事があり、達成感が出てこない。
 今日は本当は事務所で年賀状を片付ける積りでいたが明日の句会の準備があることを思い出した。加えて積読でたまった読書も少しづつでも読んでおく。そのうちに日が暮れて来た。
 年末年始の休暇は北九州の山旅と漠然と決めてはあるが、フェリーの予約など事務は一切進まず。GWで青森に行った時のように一切予約なしで行ってみるか、と。但し対馬へ車ごと渡るとなれば予約は必須だし、身一つであっち行くとなれば、ホテルに泊まることが必須になるからやはり予約がいる。
 というわけで何となく福岡の天気予報など眺めてみるが芳しくない。いっそ行くのは止めて、映画でも見ながら、寝正月を決め込んでも良い。となれば小津映画のDVDを探す必要がある。1セットまるごとどこへ仕舞ったのやら。

スタッドレスタイヤに交換2019年12月19日

年が押し迫ってきたので意を決してスタッドレスタイヤの交換をした。ベランダに保管してあったスタッドレスタイヤを転がしてカートに積み上げる。車の荷台に移しPで交換作業した。車の下にジャッキを当ててジャッキアップ。6本のナットを外す。夏タイヤを外す、スタッドレスタイヤをはめ込む。これが一苦労だ。僅かでも腕力で持ち上げながらボルトの穴に調整する。ピッタリ合えば押し込む。ナットを締める。これを4回繰り返す。約1時間、終わるとぐったりするが達成感はある。身体もポカポカする。
夏タイヤはベランダに保管した。これでやれやれだ。シャワーを浴びた後、GSへ給油に行き、ついでにタイヤの空気圧をアップした。自然に抜けたせいか結構入った。アップ後はハンドリングが軽くなる。雪よ、いつでも降ってこい。

暖房とビタミンC2019年12月10日

 11月の中旬かに用意した灯油がいつの間にか無くなったので買い増しした。夜とか朝少し寒い時に暖房が欲しい。本格的な厳冬期はまだこれからだ。エアコン暖房は乾燥するので喉に悪い。石油ストーブにやかんをかけて湯気をたてることも健康管理につながる。
 少し離れた日進市のガソリンスタンドに走った。ここはマイカーに入れる軽油でも名古屋市内より10円は安い。灯油は比較していないが安いに違いない。さらに幟には零時から朝8時までなら20%引きとあった。これは安い。さりとてまた引き返して出直すのも無駄になる。次の機会には夜討ち朝駆けで買いに来るか。

 そういえば、12/1以来のビタミンCの毎日の服用で空ぜきはほぼ快癒してしまった。ほんのちょっと体に足りないだけだった。農家の子供の頃は味噌汁の野菜はその朝に摘み取って入れた。新鮮そのもだからビタミンCも損なわずたっぷりとれていたのだろう。
 今は都会暮らしで農家で採った野菜を洗って梱包し運んで市場で各消費地へまた運ばれて店頭にならぶ。消費者はそれを買い、その日のうちに消費することもあれば野菜収納庫に保存するからビタミンCはどんどん失われてしまう。約50%以下になるとの新聞記事を読んだ記憶がある。洗うだけでもビタミンCは流れてしまうとか。
 ジャガイモはビタミンCの宝庫というがストックの期間が長いから期待するほど取れていない。肥満するから糖質を避けよ、塩分は高血圧になるから危険だ、とか健康管理を謳う前に食べ物の取り方を正常化する必要があるのだろう。ストックしない、冷蔵しない、文明は長寿化をもたらしたが同時に病気も蔓延させた。

師走と読書2019年12月09日

 12/6夜から12/8夜までは久々の東京行きで疲れた。往復とも地道利用でけちけちドライブであった。もっとも運転はSさんまかせだったから楽だった。
 しかし運転感覚が違うので随分疲れる。特にガソリンのFF車は加速が良いのでばあっと加速してきゅっと制動をかけるからギクシャクするかに思う。神風タクシーと同じである。
 当方はディーゼルエンジンのFR車なので後ろから押される感覚だ。しかも出足は良くないのでスローな動きに慣れている。助手席に乗ると思わず右足に力を込めている。乗せてもらうのも決して楽ばかりではない。
 さて精算すると、府中市の府中駅へ8分のところにあるビジネスホテル代は6500円、ホテルから10分ほどの宮西町の1日24時間Pは1210円X50%、府中新宿間は290円X2=580円、往復800kmほど走って?円/人、高速代は帰路のみで清水東名三好間は2930円X50%。
 旅費交通費は〆て14180円と忘年会費16000円で3万円超。往復新幹線利用だと2万円かかる。往きのみ夜行バスでも16000円。ほぼ半分で行けたことになる。体力的にはきついが安上がりで済んだ。

 9日は新聞休刊日。朝から溜まっている原稿を2本書いた。そろそろ年賀状も用意して準備しなければと思うが、まだまだ仕事があるし研修もある。忘年会もあるがいくつかは不義理する。
 枕元の本と雑誌もたまってきた。いくつかは手に取るが雑用もあり読み切れない。新聞は3紙のうち1紙にして時間を浮かせたがそれでも忙しいのは師走だからだと気づいた。

時雨るるや句会の後の食事会 拙作2019年11月26日

 休日の句会は何かとぶつかるので平日に変えてみた。また10年前の発足時には5人いたが今は3人に減った。皆健康を害して継続できなくなったのです。生き残った人は健康だし意気も盛んです。1人には結社への入会を勧めたら入った。82歳でもなお向上心を失わない心意気に凄いと思う。
 今までは喫茶店でお茶を飲みながら進めていたが喧噪の中での句会はお店の迷惑にもなる。それで今日は天白スポーツセンターを借りてみた。3時間1000円。ほどほどの広さの会議室である。集まったのは近くの1人で遠方の1人が中々来ないので連絡するとうっかり特急に乗り、地下鉄鶴舞線乗り換え駅の上小田井駅を乗り越したらしい。金山駅で下車してしまった。そんな訳で遅れに遅れて3時30分からになった。
 句を見るとしっかり詠んでいる。認知症にはまだ縁はないだろう。それでも身の回りのことが困難なエリアに来ているので機会があれば脳のCTスキャンで診断を仰ぐようにお勧めした。もう1人はすでに受診したことがあるそうだ。かく言う私も機会があれば受診しておきたい。否75歳になると運転免許の更新で否が応でも試される。
 してみると今日の1日のように人生は短い。黄金の六十代も終わり黄昏の七十代、お二人は八十代。句会が終わると時雨て来た。3人で夕食を共にした。句会よりこれが狙いかというほどおしゃべりを堪能された。