暖房とビタミンC2019年12月10日

 11月の中旬かに用意した灯油がいつの間にか無くなったので買い増しした。夜とか朝少し寒い時に暖房が欲しい。本格的な厳冬期はまだこれからだ。エアコン暖房は乾燥するので喉に悪い。石油ストーブにやかんをかけて湯気をたてることも健康管理につながる。
 少し離れた日進市のガソリンスタンドに走った。ここはマイカーに入れる軽油でも名古屋市内より10円は安い。灯油は比較していないが安いに違いない。さらに幟には零時から朝8時までなら20%引きとあった。これは安い。さりとてまた引き返して出直すのも無駄になる。次の機会には夜討ち朝駆けで買いに来るか。

 そういえば、12/1以来のビタミンCの毎日の服用で空ぜきはほぼ快癒してしまった。ほんのちょっと体に足りないだけだった。農家の子供の頃は味噌汁の野菜はその朝に摘み取って入れた。新鮮そのもだからビタミンCも損なわずたっぷりとれていたのだろう。
 今は都会暮らしで農家で採った野菜を洗って梱包し運んで市場で各消費地へまた運ばれて店頭にならぶ。消費者はそれを買い、その日のうちに消費することもあれば野菜収納庫に保存するからビタミンCはどんどん失われてしまう。約50%以下になるとの新聞記事を読んだ記憶がある。洗うだけでもビタミンCは流れてしまうとか。
 ジャガイモはビタミンCの宝庫というがストックの期間が長いから期待するほど取れていない。肥満するから糖質を避けよ、塩分は高血圧になるから危険だ、とか健康管理を謳う前に食べ物の取り方を正常化する必要があるのだろう。ストックしない、冷蔵しない、文明は長寿化をもたらしたが同時に病気も蔓延させた。

師走と読書2019年12月09日

 12/6夜から12/8夜までは久々の東京行きで疲れた。往復とも地道利用でけちけちドライブであった。もっとも運転はSさんまかせだったから楽だった。
 しかし運転感覚が違うので随分疲れる。特にガソリンのFF車は加速が良いのでばあっと加速してきゅっと制動をかけるからギクシャクするかに思う。神風タクシーと同じである。
 当方はディーゼルエンジンのFR車なので後ろから押される感覚だ。しかも出足は良くないのでスローな動きに慣れている。助手席に乗ると思わず右足に力を込めている。乗せてもらうのも決して楽ばかりではない。
 さて精算すると、府中市の府中駅へ8分のところにあるビジネスホテル代は6500円、ホテルから10分ほどの宮西町の1日24時間Pは1210円X50%、府中新宿間は290円X2=580円、往復800kmほど走って?円/人、高速代は帰路のみで清水東名三好間は2930円X50%。
 旅費交通費は〆て14180円と忘年会費16000円で3万円超。往復新幹線利用だと2万円かかる。往きのみ夜行バスでも16000円。ほぼ半分で行けたことになる。体力的にはきついが安上がりで済んだ。

 9日は新聞休刊日。朝から溜まっている原稿を2本書いた。そろそろ年賀状も用意して準備しなければと思うが、まだまだ仕事があるし研修もある。忘年会もあるがいくつかは不義理する。
 枕元の本と雑誌もたまってきた。いくつかは手に取るが雑用もあり読み切れない。新聞は3紙のうち1紙にして時間を浮かせたがそれでも忙しいのは師走だからだと気づいた。

時雨るるや句会の後の食事会 拙作2019年11月26日

 休日の句会は何かとぶつかるので平日に変えてみた。また10年前の発足時には5人いたが今は3人に減った。皆健康を害して継続できなくなったのです。生き残った人は健康だし意気も盛んです。1人には結社への入会を勧めたら入った。82歳でもなお向上心を失わない心意気に凄いと思う。
 今までは喫茶店でお茶を飲みながら進めていたが喧噪の中での句会はお店の迷惑にもなる。それで今日は天白スポーツセンターを借りてみた。3時間1000円。ほどほどの広さの会議室である。集まったのは近くの1人で遠方の1人が中々来ないので連絡するとうっかり特急に乗り、地下鉄鶴舞線乗り換え駅の上小田井駅を乗り越したらしい。金山駅で下車してしまった。そんな訳で遅れに遅れて3時30分からになった。
 句を見るとしっかり詠んでいる。認知症にはまだ縁はないだろう。それでも身の回りのことが困難なエリアに来ているので機会があれば脳のCTスキャンで診断を仰ぐようにお勧めした。もう1人はすでに受診したことがあるそうだ。かく言う私も機会があれば受診しておきたい。否75歳になると運転免許の更新で否が応でも試される。
 してみると今日の1日のように人生は短い。黄金の六十代も終わり黄昏の七十代、お二人は八十代。句会が終わると時雨て来た。3人で夕食を共にした。句会よりこれが狙いかというほどおしゃべりを堪能された。

冬の雨2019年11月22日

 冬の雨は小寒い。出かけると小雨になったので傘をさす。深々と冷える感じである。午後からの研修に備えて外出。天白川の橋を渡るとかいつぶりた白い鳥が飛来してくるようになった。毎年冬になると見かける。水がよどんだところで盛んに潜っては魚を捕食しているみたいだ。
 地下鉄植田駅から伏見駅で下車。富士フィルムのギャラリーで風景の写真展を拝見。東栄町でのショットが素晴らしかった。黄葉が小さな滝に張り付き水溜りは黄葉にびっしり覆われた。中々撮れない作品である。
 伏見駅から地下へ行こうとすると広小路通りの一角が通行止めになった。G20の会合で外国の要人警備のためであった。名古屋市のHPを見ると名古屋観光ホテルが会場という。「アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、中国、フランス、ドイツ、インド、インドネシア、イタリア、日本、メキシコ、韓国、南アフリカ共和国、ロシア、サウジアラビア、トルコ、英国、米国、欧州連合(EU)のG20メンバー国のほか、スペイン、チリ、エジプト、オランダ、ニュージーランド、セネガル、シンガポール、タイ、ベトナムの招待国9か国、合計29の国と機関」も来名しているのだ。都市高速も環状線の中には入れない。明日は名古屋市に居ない方がいいみたい。

NHKラジオ「石丸謙二郎の山カフェ」で山を詠む~山岳俳句の話2019年11月16日

 今朝は良く晴れた。昨夜は小寒かった。その分放射冷却で冷えたのだろう。猿投山は靄もなく、くっきり見える。空気中の水蒸気が少ないからである。今朝は初めて石油ストーブを使った。昨夜の鍋ものを温めて、且つお湯も沸かす。この生活スタイルは来春まで続く。沢納めは13日に終わり、機を見てスタッドレスタイヤに履き替える。スキー板や装備の点検もある。山屋の冬用意は結構多い。

 さて掲題の山岳俳句の話の主役は堀本祐樹さんという本格俳人がゲストでした。ググるとウィキペディアで「堀本 裕樹(ほりもと ゆうき、1974年8月12日 - )は、日本の俳人、文筆家。所属事務所はアドライフ。和歌山県出身。東京経済大学・二松學舍大学非常勤講師、実践女子学園生涯学習センター講師、杉並区立角川庭園・すぎなみ詩歌館講師、俳人協会幹事。國學院大学法学部卒業。俳句結社「蒼海俳句会」主宰。」でした。著書も12冊、NHK俳句にも出演しメディア露出が多く、プロとして食べて行けるのだろう。俳句結社「蒼海俳句会を主宰」。
 HPにあいさつには

  蒼海の一粟(いちぞく)の上(え)や鳥渡る   堀本裕樹

故事ことわざ辞典には「滄海の一粟とは、広大なものの中にある、きわめて小さいもののたとえ。また、広大な天地の間にある、人間の存在のはかないことのたとえ」とあった。國學院大學卒業だけあって漢語に造詣が深いと見える。(法学部だが)

 番組では横浜の「みろく山の会」(1982.11.1創立、会員数750名)の俳句同好会も紹介された。HPからコピペすると
「俳句同好会が活動開始
最近、俳句ブームという言葉を聞くようになりましたが「みろく山の会」にも興味を持っている方が増えていますので俳句同好会を作ることになり、2018年3月より活動を開始しました。

俳句は楽しみの延長であり、頭の体操になり、感性が養われ、言葉を知ることができます。外へ出る機会も増え、作品を発表することで句を磨くことになります。鉛筆とノートがあれば参加でき、良いことが沢山ありますので是非参加ください。皆様のご入会をお持ちしています。

活動内容
・入会、退会は幹事・副幹事に連絡するだけで良い。
・当面次の活動を毎月どれかを1回行う。
 1)メール句会
 2)俳句山行
 3)室内句会
 ※2018年度の詳細計画は、世話役会山行・年間計画の俳句山行年間計画を参照ください。
・作品は俳句同好会に投句し、会員投票による多選作品をみろく情報誌に発表する。
・メール句会は作品を主にメールにより送信し、毎月19日を投句の日とする。
・俳句山行は通常の会山行で行い、A・S山行とする。
・室内山行はみろく事務所で毎月19日ごろの平日2時~4時に行う。
・月次案内は情報誌裏表紙のスケジュール表に乗せる。」

 能書きの通りですね。同会は2000年にNPO法人として法人化された先進的な取り組みになっている。名古屋では「ふはく山の会」が多数の会員数を擁する。どちらも労山系である。

 対して日本山岳会東海支部も会員数は多い。但し目標が海外遠征を至高とする方針のせいか退会者も多い。新人の世話係(トレーニング、山行企画、遭難対策など)が大変ということである。自分から手を挙げて会の世話に係る人が居ないわけではない。同好会(スケッチ、写真、古道歩きなど)が多数あるからだ。そんな中でも私も山を詠んだ俳句の「支部俳壇」を設けた。俳句愛好家がたくさん居ればクラブ化したいが追随者は居ない。山行を消化するだけで手一杯なのだろう。

会員の退会さはに木の葉髪 拙作2019年11月14日

 今朝は傘を持って居る人が居たので外を見ると時雨模様だった。それでも雨合羽を着ていたので少雨なら大丈夫とポタリングに出た。いつもの喫茶店でモーニング。山岳会の忘年山行の段取り、公正証書遺言の段取りなどのメールの返信などを処理して丸の内事務所へ。今週は認知症関連の記事が多い週刊誌を3冊購入。事務所ではストーブに点火して暖房。エアコンより暖かい。
 さて掲載の句は年末になって山岳会のベテラン会員の退会の届け出が続いた。みな会歴が長く、退会すれば寂しいことになる。しかしさいわいにもネット経由で延べ8人の入会者があった。縁故入会、一般紙面からの入会者は絶えて久しいので退会者が続くのは辛い。11月になって髪の毛も心なしか抜け毛が増えた。退会が原因というわけではない。生きるもの全てが生気を失ってゆく11月である。髪の毛が抜けるように寂しいのである。そういえば、髪という字は長い友と書く。抜け始めてわかる、髪は長~い友達なのである。そんなCMがあったなあ。

出羽人も知らぬ山見ゆ今朝の冬 河東碧梧桐2019年11月08日

 特選 名著復刻全集 近代文学館  大須賀乙字選碧梧桐句集。
復刻版は昭和50年5月1日発行だが原典は大正5年2月5日の発行になる。発行所は俳書堂。
 序文は乙字が書いている。当時の俳句観を知るには貴重なので転記しておきたい。

「我国にはもと傑れたる叙景詩はなかったのである。芭蕉は叙情詩人たる素質の人であるが、十七字に客観的内容を取って僅少の名句を得たのである。蕪村は芭蕉の完成したるものに憑って俳句を純然たる叙景詩にしたのである。蕪村の叙景は、しかしまだ概念的なところがあって、現在の感覚に触れた生々としたものではない。子規の冩生になって初めて客観的具象化を遂げたのである。しかし子規の寫生は部分的感覚に執してはゐない、纏った気分を把握して天然に向って居る。理知的按排の巧妙な芸術を築き上げて居るのである。子規の進んだ跡を最も正直に行った者は碧梧桐である。
 感覚の鋭敏さにおいては碧梧桐は稀有の人である。子規の判断は純理知の働きに近いものであったけれど、碧梧桐の判断は感覚的要素が基礎となって居たから、子規の感化が薄らげば危険であるべき将来を持って居たのである。此句集を讀めば誰でも「ものの感じを掴む驚く可き鋭敏さ」に感服しないものはなかろう。藝術の為の藝術としての俳句は子規碧梧桐に至って完成されたといってもよいのである。
 子規にも模倣句は可なりあるが、碧梧桐にもそれは少なくない。しかも良い調子にこなされて居るから、なかなか気の付く人はないのである。調子のうまいことも碧梧桐の特色に數へなければならぬ。
 文泉子は「碧梧桐は調子の天才だ」といった。音調も感覚的要素であるから碧梧桐の立場がそこにある事は愈々明らかである。碧梧桐の句といへば桔据難解のやうに世間では思って居るが、決してさうでないことは此句集が證する。初期の句は、どうしても概念的であるを免れないが、歴史的位置を占めて居る句として掲げて置いた。佳句は明治三十八九年頃より四十一年頃までのものに多い。殊に東北行脚中のものには、なかなかの絶唱がある。
 一度新傾向の聲に驚いてから碧梧桐は、局分されたる感覚に瞑想を加へて横道に外れて了った。さすがに行脚をして居るから實境の見る可き句もあるけれど、四十三年以後になると、殆ど拾ふ可き句がない。俳人碧梧桐を再び見ることは出来ないと思ふ。信に惜しいことである。其故にこれは序文にして又弔文である。
  
 大正四年十二月五日   於千駄谷寓居  乙 字 識」
 
・・・・碧梧桐も乙字も忘れられた俳人である。俳論家の乙字らしく理詰めの碧梧桐押しである。碧梧桐は調子の天才と評したのは俳句は韻律詩であることを証明している。芭蕉も舌頭に千転せよ、と論じたから俳句の骨法である。


 掲載の俳句は冬の部 立冬の句にある。

 出羽人はヤフー知恵袋の回答に「出羽国の人間の事だと思います。
出羽国とは今の秋田県と山形県を合わせた地域です。」とある。

 今朝の冬は「立冬の日の朝。引き締まった寒さの感慨をいう語。 [季] 冬。」ですが今まで使ったことはない。

ブログ「水牛歳時記」の立冬から抜粋すると、

「二十四節気の一つで、太陽が黄経二二五度の点を通過する時点を言う。新暦では十一月八日頃になる。暦の上ではこの日から「冬」である。「りっとう」という言葉の響きが硬いせいか、俳句では「冬立つ」「冬に入る」「冬来たる」と用いられることも多い。また立冬の朝を「今朝の冬」と言うこともある。」

・・・はてどこの山を指すのか、興味津々です。何度も口にして読むと確かに調子が良い。なるほど納得です。
 今朝も猿投の山がくっきり見えている。窓からは雲一つない快晴の朝です。北は曇りがちだが東は段戸高原の山々が見えている。確かに立冬よりも今朝の冬の方が使いやすい。今は神無月で2019年の場合は10月28日(月)~11月26日(火)に当たる。
  神留守の猿投の山に対面す    拙作
  くっきりと猿投山見ゆ今朝の冬  拙作

存分に空焼かせたり秋の嶺 山口誓子2019年11月07日

2冊の中央右寄りは御在所山、左の鋭峰は鎌ヶ岳
 昨日は冬並みに寒かった。風邪を引きそうになった。日中は夏の服のままであったが夕方からの定例会には一旦自宅に帰って冬服に着替えた。とっくりの薄手のセーター、ウールのジャケット、厚手の繊維のズボンで固めるとちょっと暖かくなった。私もすでに老人なので若いころのようなわけにはいかない。自覚はあるが・・・。
 今日も猿投山ははっきり見えるがやや霞んでいる。冬霞である。恵那山方向は白い雲が沸いているから冬型の気圧配置が変わって緩んだのだろう。小春日和の季節が恋しい。

 さて掲題の俳句は鈴鹿山脈の夕焼けを彷彿させる。誓子は四日市市の海辺付近に住んでいた。戦前に患い戦後は療養のためだった。あそこからは鈴鹿山脈が良く見えるだろう。特に空気が乾燥した今時は夕焼けが映える。詠んだ時期も今頃と思う。誓子には慰めであり、やがてはその御在所岳に登頂するまでに健康を回復してゆく。
 いかにも誓子らしいのは空焼かせたり、と把握したところ。実はこの風景は日本山岳会東海支部で編纂した『東海・北陸200秀山』上下の表紙になった。上下で一枚の写真になるので上下ともお買いください、というメッセージが込められている。2009年中日新聞社から発刊したからもう10年になる。

秋晴れ2019年11月05日

 今日はは清々しい朝。わが窓から猿投山もいつもよりくっきり見える。黒々としている。もうすぐ山眠る季節に入るがすでに寝ているようだ。空気中の水蒸気が減ったのだろう。もしやと御嶽山の方向に目を凝らすとかすかに見える。間違いなく御嶽山の輪郭である。但し今は冠雪していないのだろう。だから黒っぽい。自転車の空気が減って今日はポタリングを休止したがこれからは良い季節になる。いやむしろ小寒いくらいだ。昨夜は原稿を2本書き上げた。あと少しで外に出かけられる。

秋深き隣は何をする人ぞ 芭蕉2019年11月02日

 人口に膾炙した俳句である。
 ヤフー知恵袋にある回答は「卒するまで後二週間足らずにして、まさに「旅に病んで」の我が身には招かれた句会に出ることも叶わず、やむを得ずして託した、いわば断腸の句であるだけに、やはり初句は「秋深き」の連用中止形にての余韻の深さを採りたいと思います。
 奥の細道という長旅の疲れと持病の胃腸患いの悪化などに苛まれながらの老残の身については二日前にも「此秋は何で年よる雲に鳥」と「旅懐」を詠ったばかりです。」となっている。
 隣人への好奇心から詠んだわけではなく、自ら病床にあって、フレイル(奥の細道の旅の疲れ、加齢)の状況で詠まれたようです。孤独感が表出しています。そういう季節なんですね。
 
 朝夕が寒くなってきた。東南の角の面した寝室は朝日が入るが午後早くには陰ってしまう。二面がガラス窓なので気温がぐっと冷える。それで11/1には夏の間は物置代わりにしていた窓のない部屋に移動した。四面窓がないと朝になっても気温の下がり方が優しい。冷え方が優しいと小便に起きる回数も減る。寝具も掛布団1枚に毛布を用意だけしておくが使わずに済んだ。
 11/8の立冬まであと6日間、いよいよ冬の季節到来だ。服装もノータイをやめてきちんと結んでも暑くならないようになった。そして年内はもうあと二ヶ月ではないか。お盆を過ぎると早いというが、歳月人を待たず。