山眠る季節へ2020年12月03日

 マンションの窓からは快晴の空が広がった。近くには猿投山が見える。黒々とした山容を眺める。

  『広辞苑』の 「山笑う」「山粧う」「山眠る」を引いておきます。     

山笑う [画品、郭煕四時山「春山淡冶にして笑うが如く、夏山蒼翠として滴(した)たるが如し、秋山明浄にして粧うが如く、冬山惨淡として睡(ねむ)るが如し」]春の芽吹きはじめた華やかな山の形容。冬季の山の淋しさに対していう。笑う山。<季・春> 

山粧(よそお)う 晩秋の澄んだ空気のなかで、山が紅葉に彩られているさまをいう。<季・秋>。

山眠る 冬季の山が、枯れていて全く精彩を失い、深い眠りに入るように見えるのをいう。眠る山。<季・冬>。 (以上、『広辞苑』第6版による。)

・・・ここからは年中眠っている感じです。黒々とした山体は多分杉や桧の植林の為でしょう。雑木林ならば若干は色が明るくなる。但し元の植生は照葉樹林の山ですから深緑色になりやはり黒っぽいでしょう。

読書に飽きる2020年11月21日

 今日は雨の予報として外出を控えたらいい天気になった。もったいなや。仕方なく読書三昧になったがさすがに午後は飽きてくる。いつもの喫茶店でコーヒータイムを過ごす。

買い物そして原稿書き2020年11月16日

 朝は鍋物の残りに冷飯を入れて雑炊を作って食べた。他にキノコ類、小松菜、鶏肉の炒め物をカレー味でまとめた。
 午後は行きつけの喫茶店で、コーヒーを飲みながら原稿の資料としてクラウン峰、雪蓮峰の登山報告書の読み込み。その後は買い物に出かけた。たら汁用にタラの切り身とあら、きのこ、白菜などを仕入れた。夜は原稿書きに専念。書きかけの支部報に連載中の「東海岳人列伝」17を完成させた。いつまでもつか、と思いきや17人まで来てしまった。この先も続く。

休養日2020年11月15日

 昨日の古城山捜索はそんなに大変なアルバイトでもなかったが、疲労感が残った。それで今日は終日休養とした。若いころなら別の山に名残の黄葉を楽しみに行くところであるが。本を読んだり、ストックの食材を整理して料理をつくったりした。
 11/13は午後、2/3に産まれた姪の女児の顔を見に初めて訪ねた。すぐにでも行きたかったが、コロナ禍のはしりで警戒していたし、風邪もひいていたから涎掛けなどを贈呈するにとどめた。3月以降も外出禁止、面会禁止になりますます遠のいた。夏は暑いし、やっと過ごし易い秋になった。赤ちゃんも9ヶ月にもなると大きく成長した。FBで伝わってくるので顔は分かっている。もう下の歯も生えて来た。ということでよし行こうとアパートを訪ねた。すこし抱っこさせてもらったがずっしり重い。もうすぐハイハイをすることだろう。甥の1人も結婚するとのことで姪宅に来た。何十年ぶりかで会う。31歳になったという。こちらが余命10年あるかないかの年になったから引き換えに若い人が台頭してくる。それが人の世の中である。

小春日和2020年11月13日

10月12日から取引先と連絡を密にしながら12月半ばに期限が来る建設業許可更新を進めてきました。申請は30日前までなのでぎりぎり、本日朝一で県庁に向かい、社長と同席して書類不備と不足を補い無事受理された。こういう仕事は1週間が1日単位で過ぎていく。
報酬も今日中に送金してくれたらしい。10年前の開業以来使ったエプソンのPCも今じゃ老朽化。XPは電子申請にも対応できず、先延ばししてきたデスクトップのおニューのパソコンを買おうかな。
今は少し解放感に浸っていますが、やりかけの新規の仕事もあるので今後はそこに注力する。

 午後は尾張旭市の姪の家に行く。2月に生まれた子供が大きく育った。あんまり大きくならないうちに抱っこしに行くことにした。甥も結婚するというので一緒に来た。何十年ぶりかである。少子化時代なので赤ちゃんの姿も少ない。老人ばかりが目立つ社会になった。週刊誌も老人の話題ばかりである。こうして次世代は次々生まれている。

名古屋市と近代文学の不毛2020年11月12日

 朝は小寒い。オーバーが欲しいがまだ我慢の範囲である。といっても風邪を引いたら何にもならない。咳をしない、マスクをする、保温に努める、栄養補給するなど留意したい。名古屋市にも第三波が来たようだ。

 さて、昨日の続きである。
 名古屋では近代文学の蓄積がない。四迷からいきなり三郎に飛ぶ。それはなぜか。考えてみると、戦前に文系の旧制大学が一つもなかったことに尽きる。
 ヤフー知恵袋によると
「旧制大学についてです。

1920年4月15日に、

明治大学
法政大学
中央大学
日本大学
國學院大學
同志社大学


この順番で、登録されたのでしょうか?順番はありますか?

回答
『官報』1920年4月16日付けによると、

文部省告示 第265号・第266号・第267号・第268号・第269号・第270号の各号で、設立認可した旨公示されています。

265号から270号までは、すべて4月15日認可16日公示です。
告示号数順序と、質問に書かれた大学名の順序とは一致しています。

歴史

●五大法律学校の設立
東京法学社(1880年、法政大学)
専修学校(1880年、専修大学)
明治法律学校(1881年、明治大学)
東京専門学校(1882年、早稲田大学)
英吉利法律学校(1885年、中央大学)

これらは五大法律学校と呼ばれ、他の私立専門学校とは一線を画す別格の社会的地位がありました。当時は大学は東大ただひとつでしたので、この五大法律学校の卒業生は「学士サマ」に次ぐ社会的ステータスがありました。」

というわけで、明治初期から存在した。文学部ができたのはいつかは知らないが、早稲田大学は相当古いだろう。中退者も活躍した。

 1880年から新制大学発足まで1951年まで実に66年のブランクがあった。これでは名古屋市に文人は育たないわけである。いたとしても東京か関西の大学を出た。また出版文化も少ないから勢い東京で活動することになっただろう。

にんにく入りカレーの効用2020年11月07日

 朝方は見えていた猿投山も午後過ぎの今は霧にかくれてしまった。天気予報通り雨になってきた。夕方になって強く降りそうな気配である。

 今日はストックの野菜と冷蔵庫の肉を使ってカレーにした。具材は鶏肉、人参中1本、ジャガイモは中1個、玉ねぎ中1個、ニンニク3片、カレールー2/1個。
①まず人参を油で炒める。ニンニクを刻んで香り付けする。
②刻んだ玉ねぎを①に追加する。
③鶏肉も適当に切って単独で炒める。塩コショウで下味をつける。
④別の鍋でジャガイモを煮ておく。
⑤ジャガイモが煮えたら②を入れて煮込む。
⑥⑤にカレールーを入れて溶いていく。
⑦隠し味に鮭の中骨の缶詰(塩味)を開けてカレーに入れた。
⑧トロトロになったら出来上がり。

 食べたらすぐに便意を催した。やっぱりニンニクのフルスルチアミン(VB1誘導体)がよく効いたのか。

仕事に目途2020年11月02日

 建設業許可更新の手続きに書類が1点を除いて整い、目途がついた。やっと解放された気分になれる。新規の申請と違って更新は許可の維持であり業務が回転中(開店中)でもあるから遅らすわけには行かない。

 晩秋の雨は寂しさが募る。明日は晴れる見込みなので久々に山へ行こう。行方不明が報道された古城山へ行くか。本当は3月か4月に行くつもりが延期になっていたからだ。不明の人が見つかると良いが。

食材の在庫整理で調理2020年11月01日

 午後5時過ぎというのにもう夕方になる。調理は17時37分までかかったが、外は真っ暗になっている。日没早し。国立天文台のサイトにアクセスすると、それもそのはずで日の入りは16時57分、日の出は6時13分だった。これから1日につき1分日の出は遅くなり、日の入りは1分早まる。11月30日の日の出は6時41分、日の入りは16時41分とあった。冬至は12月21日であるが、それぞれ、6時57分、16時44分になる。日の入りは11月26日にいったん16時41分で落ち着く。12月1日から9日まで16時40分で安定し、その後12月18日から1分毎に長くなる。
 つまり11月中旬から12月中旬までは日の入りが早いので早めの下山が必要である。

 さて、以前に購入してあった冷蔵保存の食材を調理して惣菜を作り置きした。

1 親鳥の牛蒡と人参の甘辛炒め

 冷蔵中の①親鳥は細かく刻んで熱湯に通し、表面の油を洗っておく。人参1本、牛蒡を2本洗って細かく②ささがきにする。大き目のフライパンに菜種油を少し垂らして熱し、まず①を入れて油をなじませ、②を入れて箸でかき混ぜ、火を通す。砂糖大匙2杯、醤油しゃもじ2杯を掛けて炒める。牛蒡と親鳥の香ばしい匂いがしてくる。火が通ったら出来上がり。
 
2 親鳥と里芋、人参の煮物

 ホーロー鍋に水を適宜入れて、コンロに火を着ける。①の残りを入れる。②里芋と人参を食べやすい大きさに切って鍋に入れて沸騰させる。味付けは醤油と砂糖を適宜。里芋が柔らかくなったら出来上がり。

3 生イカの細切れパックで焼きそばを作る

古道に関する書物整理2020年10月31日

 今日は小寒い朝。洗濯を済ませて遅い中食を用意するとすぐ昼前になってしまった。午後は書物の整理整頓を行う。山岳会で古道をテーマにする事業が始まったので、関連の書物を集めておく。

山岳古道 推薦の目安

《推薦のポイント》

★できるだけ、4時間以上歩く距離があるところ
★山中を歩くことが多い古道
★歩いておもしろい道、興味がある道、歴史的文化的な要素がある道、忘れられている道など

1、 司馬遼太郎「街道をゆく」シリーズ・・・作家としての紀行集

2、 藤森栄一「古道」と旧版「かもしかみち」・・・古代遺跡発掘に生涯を掛けた人の旅

3、 高桑信一「古道をゆく」・・・全国の古道を歩いた紀行集

4、 松濤明「風雪のビバーク」の中の「春の遠山入りに出てくる”小川路峠”・・・南アルプス登山の前山越え

5、 権兵衛街道・・・木曽の中山道がにぎわうに連れて伊那から木曽へと物資運搬のために権兵衛峠(木曽山用水)、姥神峠が開削された。

6、 東山道の御坂峠・・・万葉集にも詠まれた歴史ある道。北畠氏はここを越えたのだろう。

7、 木曽古道・・・中山道以前の山腹の古道。山里と山里をつなぐ道

8、 「ぎふ百山」の中の蠅帽子峠(官道)・・・水戸の天狗党800人が人馬、大砲を解体して越えた道。今はブナ林。

9、 青森県の算用子峠を越える松陰道・・・吉田松陰、松浦武四郎、菅江真澄が越えて蝦夷へ渡った道

10、 長野県への白巣峠を越える御嶽登拝道・・・地元個人の尽力で開削されたが中央線が開通すると寂れた忘れられた信仰の道

11、 福島から米沢市へ越える板谷峠(板谷街道)・・・上杉鷹山は江戸から旅してきた細井平洲(東海市出身)を普門院で迎えたという。

12、 飛騨から信濃へ越えた野麦街道・・・女工らが諏訪の製糸工場へ通った道。

12-1美女街道

13、 飛騨から信濃へ越えた安房峠の旧道・・・ウェストンが越えた?

14、 越中から飛騨へ入る飛騨街道・・・凡兆、ウェストン、小島烏水、普羅などが越えた。