緑区の氷上姉子神社へポタリング2017年07月19日

 朝6時起床、今日も冷房のまま目覚める。窓を開けるとむっとする湿気。一応シャワーを浴び、髭を剃ってしゃきっとしてから、6時35分に出発。ミニザックに財布、タオル、氷水を詰めた魔法瓶、塩飴などを放り込む。
 島田橋を過ぎてから天白川の右岸のサイクリングロードに入ると、後はまっしぐらとは参らず、時折、車道と折り合い、信号待ちもあったりする。それはイラつくのではなくいい休憩になる。休むことなしに1号線にかかる大慶橋をくぐる。新幹線の疾駆するガードは迂回するとすぐに名古屋高速、国道23号が重なる橋を渡ると丸の内になる。
 国道23号に沿うように行くとあっさりと氷上姉子神社の入り口に着いた。7時20分だった。約45分、グーグルで徒歩で検索すると10km弱なのでまあまあのスピードで走れた。
 境内は朝早いこともあり静まり返っている。御手洗いで清めて参拝する。そして居住していたと言う元宮にも参拝した。標高は約45mくらい。
 尾張の国を治めたミヤズヒメはヤトタケルから草薙剣を受け取ってそれが三種の神器となった。熱田神宮を創設してこれを収めた。つまりここは成海神社とともに熱田神宮のルーツになる由緒正しい神社ということになる。
 天白川左岸はほとんど連続性がなく走れない。主に右岸のサイクリングロードを遡った。帰宅は9時20分。
 いよいよ、熱田神宮とヤマトタケル終焉の地、三重県の野登山の麓のノボノ神社も行かねばなるまい。伊吹山で遭難した後、清水を飲んで一息ついたという霊仙山の麓のサメガイも改めて行ってみよう。

名古屋市緑区の成海神社へポタリング2017年07月07日

 久々に朝早く起床した。九州は豪雨で甚大な被害というのに名古屋は梅雨晴れである。日中は暑くなりそうだ。6時前、顔を洗ってすぐにポタリングに出かける。
 行く先は成海神社という。ここもこれまではこんなところに大きな神社があるなあ、と見過ごしてきた。何で知ったかといえば、古代史の本を読んでからである。『古事記』や神々と神社の書籍を読み漁るうちに、東海地方は神話の中でも特にヤマトタケルと関係が深いと知った。日本武尊と書く。調べるとあちこちに主祭神として祀られている。これから主な神社をポタリングして行こうとと思う。
 行きがけに野並八剣社にも参拝した。ここも分社ながら日本武尊他が祀られていた。
御由緒
八劔社は、旧鎌倉街道(上野道)沿いに鎮座し、「尾張名所図絵」には交通の要所として記されるなど、地域の安全、国家安寧を見守ってきました。 八劔社周辺は、古くから「大宮司山」と呼ばれ、熱田神宮大宮司であった千秋家の領地でした。その他に熱田神宮にある八劔社の分神として主祭神の日本武尊他八柱の神様がお祀りされています。 相殿神として日本武尊のお妃である宮簀媛命を始め、相殿の全ての神様が創造の神など対でお祀りされているので、縁結びや安産などに特にご利益があると伝えられております。 また日本武尊がご自身にふりかかる数々の災いを払いのけ、見事に名を上げられた故事に倣い、厄払いや立身出世の神様としても篤く崇敬されています。

御祭神
日本武尊,伊弉諾尊,伊弉冊尊,天照大御神,月読尊,蛭児神,素盞嗚尊,宮簀媛命,建稲種命
以上

 野並から鳴海まではほぼ平坦だが、鳴海から若干の登りが辛かった。自転車のギアを調整しながら成海神社まで登りきった。広大な駐車場が整備されたばかりだった。境内に進み、御手洗場で手を清めた。ここも杉の曲げのひしゃくであったから本格派である。玉砂利の境内を本殿まで進んで参拝した。 

 成海神社はウィキペディアによれば

主祭神
日本武尊
配祀
宮簀媛命
建稲種命
宮簀媛命は、尾張国造の乎止与命と真敷刀俾命の子で、日本武尊の后の一人。伊吹山に赴く日本武尊から草薙剣を預かり、後に熱田神宮を創祀した。
建稲種命は、宮簀媛命の兄で、日本武尊の東征の際、副将軍として随従した。
以上

熱田神宮は宮簀媛命が創祀したという。熱田神宮の創建を見てみると

創建[編集]
第12代景行天皇の時代、日本武尊が東国平定の帰路に尾張へ滞在した際に、尾張国造乎止与命(おとよのみこと)の娘・宮簀媛命と結婚し、草薙剣を妃の手元へ留め置いた。日本武尊が伊勢国能褒野(のぼの)で亡くなると、宮簀媛命は熱田に社地を定め、剣を奉斎鎮守したのが始まりと言われる。そのため、三種の神器のうち草薙剣は熱田に置かれているとされ、伊勢神宮に次いで権威ある神社として栄えることとなった。
以上

 世に名高い熱田神宮と成海神社は日本武尊とのつながりにおいて切っても切れない関係にあった。成海神社は格式の高い古刹といえる。

 参拝後はさらに登りをこなして下り坂に出て、千句塚公園に寄った。松尾芭蕉の生前唯一の自筆の句碑が建立されている。断崖の上にあるので公園からは名駅前の高層ビル群がよく見える。自転車を下りて車道から野並まで走る。野並からは天白川のサイクリングロードを走って帰宅した。約1時間半だった。

平針荒池界隈ポタリング~午前の部2017年06月20日

 6/17から6/18の夏山フェスタも終わった。これが終わるといよいよ夏本番である。最後のセミナーで気になる膝痛の話を聞いた。入りは70%以上はあった。みなさんの関心が高い証拠である。
 膝痛のメカニズムがよくわかったが防止策として、講師は「体重を増やさないことですね」と断言。
 その通りです。処方は多々あるが、決め手は膝の負荷を軽減するしかない。というわけで今朝も少し遅めの目覚めで、7時過ぎにペダルをこぎ始めた。目指すは三角点「平針」63.5mと荒池界隈。
 自宅の標高が低いので一気に登らず、大根町を経て名二環を横切る、ある程度高度を稼いでから横断に入る作戦であった。ところが、南へ振りすぎて、緑区の熊ノ前に下り方向感覚が狂ってしまった。今さらまた坂を登り返すのも大変なので白土経由で県道56号に出て、東神ノ倉を迂回しながら北上、地理感のある荒池付近で左折、三角点を目指す。
 ところが向が丘の住宅地で微細な路地道に迷いこむ。かなり北へ行きすぎて、またバックして名古屋市農業公園の西縁を走っていたことに気付いた。当りがついたら急に徒労感がでて帰宅した。何のことはない。針名神社のすぐ南だった。
 地形図は過去15年間新情報を更新していないため、今はある道路も地図ではないことになっている。しかし古くからある道を辿ればよいと気付いた。平地の三角点ほどRFが難しいとはいうが本当である。
 自宅にもどってシャワーを浴びて体重計に乗るとトレパン姿のままで73kg。まあまあのところまで落ちてきた。

白山宮・足王社へお礼参り2017年06月13日

 6/11のクライミングで膝の痛みを感じなかった。つまり治癒が近づいている実感を得た。昨日は疲労と風邪気味で行けず、今朝、車で白山宮と足王社へ参拝した。ジムでもいよいよ復帰ですねと期待が大きかった。それに応えられると良い。
 今年前半は膝痛解消を目標に減量にこれ努めた。スキーも雪山登山もできない体になってしまった。沢登りも当然できない。
 減量に段階的に成功したが、5月半ばで健康障害が出て緊急入院してしまった。半健康状態も今月いっぱいで解消したい。
 5月中旬から始めたポタリングの参拝の成果も大きいように思う。ポタリングは膝に負荷をかけずに血行を良くする効果がある。大腿筋の強化もある。軽い山歩きで減量していけば最終目標の68kgに到達できるだろう。

浜松スクエアークライミングジムdeボードクライミング2017年06月11日

 朝9時、金山を出発。ナビは三ケ日で出よ、というので出たらやはり早かった。距離は100kmちょっと。着いたら11時半を回っていた。地道をはしらされたのが大きい。周囲は田舎地帯にあるポツンとした建物である。
 ここで登録料1000円と使用料2500円を支払って会員になる。シューズ、ギヤ、などは持ち込み可能なのでこれだけである。利用者はそんなには多くはいないので順番待ちはなかった。
 見学を決め込む積りだったが折角だからと1本やってみたらボードの半ばでロープダウンした。腕に力を入れすぎとルートがやや高度だったみたいだ。
 それで優しいルートをやるとするすると最高点まで登攀できた。3本目も場所を変えて、ややグレードの高いルートをやってみたらするすると最高点に到達できた。全員3回から4回はやれたところでお開きにした。
 今回の収穫は膝の痛みを感じなかったことである。ボルダリングはドスンと落ちるので避けたがトップロープに確保されての降下は軟着陸で膝への負荷が少ない。
 帰りは三方ヶ原SAのスマートインターチエンジから入線した。

痩せたければダイエットしてはいけない2017年06月08日

 今朝の中部経済新聞の16面の見出しだ。日刊ゲンダイから購入した記事である。
 要旨は以下の通り。
1 減量を目的にした食生活は、かえって肥満を招く。
2 おやつを饅頭などの和菓子にする。
3 「食事量を減らしなさい、カロリー制限をしなさい」とは言わない。
4 「体重を減らして健康に」というアドバイスは健康をむしばむ。ダイエットや体重をコントロールするための行動はむしろ体重増加につながる。
5 カロリー量を減らせば必然的に食事量が減り、体に必要な栄養素が量的にあるいは質的に不足する。
以上
 なかなかに難しいものです。
 
 食事制限や食事療法は一つ間違えば体を痛めてしまう。病気になってしまう。さまざまな情報が飛び交うが注意したいことです。

日進市の白山宮へ!雨の中の参拝ポタリング2017年06月07日

 今日は久々に曇り空になった。そのせいで小寒い感じだ。登山用の長袖シャツを着用して出発する。ズボンも少し厚めの生地にした。日進市へは名古屋市内を一番ストレスなく出ることだ。すると立体交差になっている名二環の下を通過するのがいい。
 県道をまたいで国道153号はトンネルをくぐるともうほとんど車に出会うことのない道になる。昨日は重たいカメラを持ったせいか白山宮へ行き損ねた。今日は軽くしたので大丈夫と思いきや小粒の雨が降って来た。引き返すには近づきすぎている。この時期の雨は濡れても大したことはあるまいと白山宮を目指す。県道57号を横断してすぐだった。
 車は2台止まっていた。自転車を止めて誰もいない参拝道を登りだす。御手洗場の曲げ物のひしゃくで手を清める。本殿で参拝、足王社で参拝した。ふと気付くと稲荷も祀ってあるので商売繁盛を祈願した。加齢に伴い神頼みが増えた。自転車にまたがって帰途についた。大降りにはならず帰宅中に乾いた。

一病息災2017年05月17日

 何の原因か不明ながら人生で初めて内臓系の病気で入院になりました。12日ころから小便がおかしくなり、頻尿と残尿感のある状態へ。夕方、町医者で受診すると、急性膀胱炎と診断された。12日夜は食欲もなく、薬も飲まず、そのまま就寝した。13日に再受診したら、すぐに入院しなさいとの宣言になって、近くの大病院に入院した。
 毎日やったことは4回の点滴、1回の抗生物質の点滴だけ。13日、14日は食事はとれず、15日になってぼつぼつ食べ始めた。毎食ついているフルーツ類が救いでそれだけは食べた。ごはんはおにぎりにしてもらうと最低半分(1個分)は食べられる。排尿ごとに回数と量を計った。その経緯で徐々に熱も下がり、計測値が改善。担当医がもう退院をほのめかしてきた。
 20日締めきりという仕事がたくさんあるので、17日に退院できればありがたいと申し出た。念願かなって退院できた。明日から期限のある雑用を処理していかねばならない。
 一体何が原因なのか、さっぱり不明である。11日朝の2時間程度のサイクリングも撮影を兼ねたゆっくりしたもので疲労するほどではない。すると何が原因なのか。老化か。これまで内臓系疾患はない。検診でもない。
 天からの声としては老化をしきりに囃されるのだが・・・。老化を受け入れる時期到来か。たまたま13日の「ゆる山へGO」という出演番組を見た親戚からは「あんたは肥満だ」、との声。あんなスリムな舘谷さんと並んで歩けば太めに見えるし、ゆっくり歩くシーンも息が切れているかに取られそうだ。
 しかし、三日三晩食べなかったので、体重は恐ろしく減った。帰宅後、72.5kg。入院前は75kgを1回だけ切ったが定着しなかった。目標値63kgまで一気に近づいた。それでもまだ10kgある。5月中の3回ある宴会もウーロン茶と小腹を満たす程度に控えることにしよう。

GWはメンテナンス週間・・・原稿書きと雑書整理2017年05月04日

 朝から俳句雑誌の原稿を1本書きあげる。少し間を空けてチエック後送信することとする。後、他の原稿にかかる予定。GW中にガイドブックの初校の校正原稿を送ると出版社から電話があった。そろそろ荷受けするころか。本業以外で忙しくなった。 

 漢方薬は初日は服用後、副作用で気持ち悪くなり休んだ。登山の際に足の痙攣をやった際に「芍薬甘草湯」を服用するが、それによく似た味である。他の生薬を混ぜるのでもっと複雑な味になっている。
 それでも飲まないといけないのでは朝と昼は休み、昨夜はちみつを混ぜて服用した。今朝はリンゴとニンジンのジュースを混ぜて服用した。いくらかは楽に飲める。唾に血のような膿が混じるので効いて来たのだろうか。
 体重は75.1kgになった。このラインは何度か来るがここからが中々減らない。運動量を増やしたいがひざ痛が完治しないうちは無理だ。完治するためには体重減が必達になる。漢方の副作用で食欲が減退したからこの機会に75kg割れにならないか。肥満は諸悪の根源である。

 正午前にホームセンターに行く。夏タイヤの走りは軽快そのものだ。スタッドレスタイヤはゴム質がやわらかく、ディーゼル車の重さとエンジンパワーにやや負けているせいかスリップする。特に濡れた路面は要注意である。
 ホームセンターへのPは満杯で少し外れに止めた。買い物客であふれている。行楽だけではなく長期の休みの間に自宅でやることも多いのだろう。思い思いに買い物をしている。雑書を梱包する段ボール箱を購入。重い箱を持ち運ぶのも大変なので小型のキャリーカートも購入した。これで雑書を整理できる。
 店内の喫茶店で休むと、若い娘さんが、ニコニコ笑いながら、どこかで見た冬帽子を持ってきた。私のだ。ここに忘れたんだ。よくぞ、顔を覚えていてくれたものよ。深謝!

 帰宅後、食間に服用するために今度はリンゴと春キャベツのジュースを作って混ぜて飲んだ。早く効いてこないかな。
 ネットでニュースをチエックすると北アルプスと中央アルプスで雪崩事故発生。死亡者多数。今回は気温が高く雪崩は必至だと見ていた。それでも行く。リスクをかけないと生きている気がしないのだろう。

体重マイナス5kg減量2017年04月03日

 ネットを閲覧中に
http://diamond.jp/articles/-/123313
を見つけてアクセスする。岡田明子 [管理栄養士]さんという女性の執筆。
太い胴回りの写真がゆるゆるになって、以下のキャッチが目に付いた。
「メタボ卒業のために無理な目標を立てるのは禁物。完璧主義な人ほど、ダイエットは長続きしません」とあった。その通りだね。

 今年、膝痛の完治を目指すこともあり、体重減が課題になった。治らないと登山もスキーからも遠ざかる。それで目標値は78kgマイナス15kg=63kgにした。実際には1月で79kgまで行った。忘年会と新年会や懇親会の出席を極力減らした。今朝測定すると下着着用でも75.1kgになっていた。まだ12kg以上あるから道のりは遠い。63kgというのは28歳で登山を本格的に開始した年だ。もう40年も前のことになる。
 初めての冬の御嶽のテント泊で、毛の下着、毛のカッターシャツ、毛の登山用セーター、オーバーヤッケなどを着ても寒かった。冬山での耐寒力をつけるためにみそ汁にバターを落として脂肪分の摂取に努めてきた結果である。今はさすがに寒さは感じにくくなった。今後、体重を落として行けば行動力は高まるが耐寒力は落ちて行くだろう。悪くいう識者が多いが体温維持のために脂肪の力は侮れないのである。
 理想的には63kgまで行ってリバウンド後68kgで維持できれば良いと思う。膝痛も緩和されてきたから今後は運動量を増やす。写真の通り、ズボンのウェストも88センチから一時91センチを着用したが、今はかなり緩み、ベルトも2穴縮んだ。ウェスト86センチがはけるようになった。85センチのズボンを一番多く持っているから体重減は経済的でもある。