低山学入門3・・・山域別の山岳事情と遭難事例2016年12月02日

    概観・・・東海地方の山岳事情と遭難事例
〇愛知県での遭難事例は殆ど聞かない。近年では三ッ瀬明神山の鎖場で転落死された1件あるのみ。八岳山ではまれに長野県側への道迷いがあると聞く。
愛知の山は標高差が低く遭難の危険性は少ない。
 初心者が西三河や東三河の低山のハイキングから入門するには最適である。
 奥三河には東海自然歩道が貫通しているので道標があり整備が行き届いている。
 冬は冬型気圧配置になると晴れる確率が高い。 

〇三重県の遭難は鈴鹿山脈において年間50件前後と多発している。死亡事故は5件という年もあった。鈴鹿山脈は高速道路に囲まれてアクセスが格段に良くなった。東海地方では日帰りで登山を楽しめるため登山者の人気が高く事故も多くなる傾向である。
 御在所山では岩登りに関する転落死亡事故が多い。釈迦ヶ岳では行方不明事故が2件あった。1件は捜索の結果遺体で発見された。尾根からの転落と見られる。1件は不明のままだ。御在所山でも1件行方不明者がいる。
 藤原岳から御池岳にかけては道迷いが多い。御池岳ではボタンブチからゴロ谷へ転落死した例があった。T字尾根でも事故例がある。御池岳は山上部が広く、登山道が急斜面という特徴がある。ルートファインディングに慎重さが要求される。初心者同士で行くには厳しいので経験のあるリーダーのもとで行動したい。

〇台高山脈では北部の薊岳での道迷いが大きく報道されて記憶に新しい。南部では仙千代ヶ峰の行方不明事故がまだ発見されていない。山頂付近まで植林がされて枝道が多いために迷いやすいかも知れない。初心者だけで入山しないことだ。
 大杉谷では転落事故が発生しているので慎重な行動が必要だ。鎖や階段で整備されているとはいえ、谷筋や滝の高巻には細心の注意が要るので初心者向きではなく、しっかりしたリーダーのもとで登山することだ。どちらかと言えば中級者以上の向きといえる。
 この地域は冬型の気圧配置になると晴れる確率が高い。逆に夏は弁当忘れても笠忘れるなというほど雨が多い。

〇養老山地は養老山を中心に登山道が整備されている。養老の滝からの登山道は傾斜がきつく転落に注意したい。過去には転落死があった。鈴鹿と同様の断層山脈の常で東側の傾斜がきつい。笙ヶ岳周辺では道迷いの事故があった。登山道が分かりにくいので初心者だけの登山は注意すること。

〇布引山地は経が峰は初心者向き、登山道が厳しいので中級向きの錫杖ヶ岳などが登山の対象である。特に遭難の事例は聞かない。

〇岐阜県は美濃の西は伊吹山、東は恵那山と名山に恵まれた地域である。恵那山は過去に度々遭難があった。行方不明と長野県側では増水した川の橋を渡る際に落ちて流されて死亡した事例があった。水が引くまで待つか、ザイルを持った人に確保してもらう、或いは救助を待つ。危険性が低くなるのを待つ辛抱がいる。
 中濃では展望の良い高賀山が良く登られる。東濃は低山の宝庫でピークハントにもってこいの山域。阿寺山地は多少手強いが危険という山はない。但し山が深いので時間がかかる。
 盟主で最高峰の小秀山では出発が遅いために下山中に日没となり、ライターの灯りで歩行中に転落死した事例がある。十分な時間を見込むこと。この山も断層山脈で岐阜県側が切りたっている。

〇奥美濃は揖斐川源流域と長良川、板取川、吉田川流域を指す。登山道が整備された山は少なく、ヤブ山と言われるように道の無い山もまだまだ多い。玄人向きの山域である。夏は沢登り、冬は山スキー、わかん山行も楽しめる豪雪地帯にもなる。
 登山道がはっきりしているのは夜叉ヶ池くらいまでで、池から派生する登山道は整備状況が分からない。刈り払いしても5年位でネマガリダケが道を覆うようになる。三周ヶ岳、三国ヶ岳、左千方は事前に調べてから登りたい。夜叉ヶ池の岩壁では過去に転落死があった。左千方への道迷いで時間がかかり夜間の下山を強行したためと見られる。
 冠山、金草岳、能郷白山は良く整備されている。
 沢登りの事故はかなり多い。一番多いのは銚子洞で関西の人を中心に10名以上は死んでいる。銚子滝は30mだが高巻は70mの落差がある。岩ではなく、木の枝があるために懸垂下降しないで素手で下降を試みて枯れ枝をつかんで折れて転落死という事例を聴いた。北アルプスなら慎重に事を運ぶが低山だと軽く見るからだろう。木は折れるし、岩は崩れることがある。
 赤谷でも事故死した人の遭難碑がウソ越えにあったが今は見当たらない。道の無い釈迦嶺でも最近事故が発生している。
 金ヶ丸谷では過去に転落死があった。門入にまだ人が住んでいたころ住民から聞いた話では、京都の人が夜叉ヶ池から下降を企てたが帰宅しないので家族が地元に捜索してもらったら谷の中で死んでいたという。ダム湖ができて今は廃村になったが谷は生きている。
 虎子山では過去に道迷いの事故があった。登山道がはっきりしないので下山で間違えたがヘリが出動して無事に救出されている。
 どの山も標高は低いが山が深く、最近は廃村となって事情を聴く住民が居ない。十分な調査といつでも引き返す柔軟な気持ちが大切だ。 この山域は登山道を歩いて年季を重ねただけのベテランよりも総合的な登山技術や知恵を持った登山者が本気になって取り組むべきだ。

〇静岡県では駿河の竜爪山に事故が多いと聞く。勝手につけられた枝道へ迷うそうだ。地形図を読んでルートを見極めたい。
 遠州地域では南アルプス深南部を抱えるので初心者は近づかないこと。熊の生息域である。しっかりしたリーダーのもとで慎重に登りたい。

〇長野県でも木曽山地南部の山々は整備がされて登りやすくなっている。恵那山トンネルを抜けると伊那地域になる。中央アルプスの前衛的な山が多い。遭難事例は聞かないが入山者が少ないこともある。山が深いので初心者だけで行かないこと。熊の生息域である。名古屋からの移動時間や登山の時間もかかるので経験のあるリーダーのもとで慎重に登ること。

低山学入門2・・・ビバークと焚火の技術2016年11月30日

 道に迷って正しい登山道に戻れなかったらどうするか。あるいは安全圏に入れなかったらビバークも登山技術の重要な一つである。
 進退窮まればビバークすることになる。不二露営とも言う。ツエルトを被る、合羽を着る、セーターなど防寒着を着るなど保温に努めることになる。コンロがあれば白湯を沸かして飲む、あるだけの食料はメンバーで分かち合うことも重要だ。大人数なら弱った人に配慮することも重要であろう。

 2003年11月の最も日が短い時期に房総半島のハイキングで道迷いからビバークになり、下山口で待機していたバスの運転手がスワ遭難と警察に届けたことで大騒ぎになった。房総半島なので大したことはないが人数の多さと高齢者が多くいたことでメディアが批判的な記事を流したことが騒ぎに拍車をかけた。
以下は当事者のHPである。
石尊山 何故林道から戻ったか?
http://www.geocities.jp/ohaakab33/#プライバシー侵害の暴挙
石尊山騒動顛末記
http://www.geocities.jp/ohaakab33/newpage1.html

「ビバークは悪か」を一読しておこう。
http://www.geocities.jp/ohaakab33/sekison1.html

結局、新ハイのような団体は多人数の参加者を得て楽しいのですが、人間関係が希薄になりやすい。
登山のことを知らないバスを使ったことで予定時刻に下山しないから運転手があわてて連絡した。
メディアがコメントを求める識者、山岳団体の長、著名登山家は海外遠征、冬山、岩登りなどの登山技術の秀逸な登山家が多く就任する。高い山のことは知悉していても低い山の実情はほとんど知らないことが多い。高級料理屋で牛丼を注文するようなもので的確なコメントができるものではない。

 山の中のビバークはなるだけ風の当たらない岩陰とか安全な場所を選びたい。暖かいこと、明るいことで生存への希望をつなぐ意味で重要なサバイバル技術である。基本はマッチかライターが必須。古新聞紙を種火にして枯れ枝、流木、などを燃やす。場所は延焼の恐れがないこと。地面は乾燥していること。舗装路面、大きな岩の上、小石を敷き詰めてならしてもいいだろう。火勢がついたら青葉、生葉でも燃える。古新聞紙の代わりに牛乳パックも良い。高級パルプ材で内側にはナイロンコーティングもしてあるから良く燃える。下山する際は砂や石をかぶせて火事にならなように後始末を絶対にしておくことだ。

 ビバークの下山後は関係者への連絡・報告と謝罪が欠かせない。メディアが聞きつけて取材に来たら担当者を決めて対応すること。捜索隊が編成されておれば謝礼の話もすることになる。ビバークは覚悟が要る。
 だからその前の登山届や更に事前のルート調査へとなる。ルートが不確かな場合は足が揃っていて意思疎通の可能なメンバーに絞ることだ。力量の分からない人まで連れて行くとこうなった場合が大変だ。

低山学入門・・・体験的道迷いからの脱出方法2016年11月29日

 先日の遭難を考える会でも道迷いの事故は統計的に40%を越えた。道迷いから転倒、転落、滑落に結び付くことがある。奥美濃のヤブ山で道に迷い方向を確認するため木に登ったら折れて転落し亡くなった登山者もいた。この場合は転落死にカウントするだろう。
 道迷いを防止できれば一番いいが人間はそう完ぺきではない。間違うから人間ともいえる。危なっかしい山登りもしたが今まで辛うじて生き延びて来れた。その体験を披露して参考にしていただきたい。要するに行政側の指導はお世話になった人向けに発せられる。彼らとて実際に登山すれば遭難することがある。大きく報道されないだけである。
 教科書的メッセージではなく、登山者側の立場で考えてみた。

 過去に道迷いで困ったことは4回あった。2回は山頂が霧だった。1回はヤブだった。もう1回は残置された赤布だった。

1 霧の三周ヶ岳の場合・・・単独・・・霧で見通しが悪い場合の笹の中の踏み跡は見失いやすいので赤布を付ける
 笹をかき分けて登る際には迷うことはなかった。下山時に笹の中の踏み跡を追うがどうしても金ヶ丸谷の源流の沢に降りること2回。山頂へ引き返すこと2回。そこで地形図をよく見て、左側が絶壁だったことを知って、なるだけ左よりにルートを探った。無事夜叉ヶ池に戻れてほっとした。

2 霧の小津権現山の場合・・・3人・・・霧で見通しが悪い場合は赤布は手を抜かずべた打ちで付けておく
 今のように道標もなかった。踏み跡程度だったが何とか登れた。樹林帯では赤布を付けて下山に備えた。笹ヤブをもぐるように登るところは赤布を付けなかった。これなら分かるだろうという見込みがあった。登頂後、さて下山にかかるがはっきりしていた踏み跡がない。あわてて地形図とコンパスを出して下るが踏み跡が出てこない。3人で思案した。同行の1人が笹と樹林帯の境目から分かりにくくなったことを覚えていた。だからコンパスを見ながら尾根の方向に下ってみようと提案。それに従って笹のヤブをかき分けて下って境目でコンパスで方向を修正しながらトラバースしてゆくと登山道が見つかった。

3 御池岳の鈴北岳から鞍掛峠の県境尾根の場合・・・2人・・・間違ったと気がついたら戻るのが基本
 鞍掛峠への県境尾根の登山道は当時のガイドブックはxxxxxの印がありきり分がなかった。鈴北岳から笹の中の踏み跡を下るのだが右に県境尾根が見えるのでおかしい、と引き返す。また下るがどうしても同じところへしか行けない。間違ったと気がついて戻るから登山道の2倍歩かれていい道に見えるのだ。ええいままよ、と下るとチエーンソーの音が聞こえるのでそこの現場へ行くと作業員らは丁度帰る時刻だったので案内されると御池谷登山道に合流した。幸いに鞍掛峠まで送ってくれた。基本的には登ったルート(コグルミ谷)に戻るべきだった。枝道や獣道が多いので今もRFは慎重でありたい。

4 台高山脈縦走の場合・・・単独・・・残置された赤布に注意する
 1日目は伊勢辻山から入山、迷走しながら何とか添谷山まで来た。ここで登頂はした。本来の縦走路は右にそれる。ここまででも2回山頂を越えて行ったにもかかわらず山脈から外れたのは県境縦走路とはいえ、山頂は迂回するように付けられているからだった。それまでは右に高くなる県境稜線に気がついて戻ったが、ここでは赤布が続いているのでつられてしまった。かなり下ったところでパタッと消えた。それでも明瞭な踏み跡はあるので行くと鹿の巣のようなものをみた。そして下にはなんと尾鷲林道が見えた。その時点でも戻れば良かったが林道に下り、尾鷲辻に登り返した。
 先行者もおそらく獣道に誘われて下りつつ赤布を付けたものの間違いと気が付いて引き返したが赤布の回収をしなかった。

・既に付いている赤い布、赤テープ類は確かなものなら登頂や下山をサポートしてくれる。ところが登山者が気まぐれに付けたり、迷って同じところを戻らなかったりする場合は回収されないことがある。鈴鹿山系ではこれを信じて道に迷う事例が度々あった。
・有料の山小屋が発達した山系では登山道の整備、道標も整備されるが、低山では炭焼き道、植林道、獣道、鉄塔順視路が入り混じり、避難小屋すらない。迷い易い条件が揃っている。体力、登山技術はさほどでもないがRFは甘く見ないほうが良い。
・獣道と登山道の区別・・・獣の身長は約1mくらい、人間は約1m60センチ以上あるから踏み跡がしっかりしているように見えても樹木が顔を叩く場合は疑ってみる。
・樹木の木肌に鉈目があれば人が切りつけた証拠になる。
・人間特有のゴミがあれば登山道につながる証拠になる。
・伐採されると登山道は見失いやすい。日光が入ると藪が繁茂する。
・原生林の中の登山道はきれいに保たれる。
・道迷いの場合道のない沢は絶対に下らないこと。崖、滝が出てくるとザイルなどの装備がない場合対処できない。
・尾根の道で突然、左右に直角に進路を変更することがある。沢から尾根へと登山道が移る場合もあるので惰性で下らないこと。
・山に入ったら山に集中したい。世間話に注意力が散漫になり分岐を見落とすことがある。
・山道をよく観察して歩こう。突然、踏み跡が薄くなる、突然石ころが多くなる、突然ヤブがかぶさる、などは登山道から外れたことが多い。
・赤テープが両側に巻いてあったり、二重三重に巻いてあったり他とは違う場合は分岐になることが多い。注意を促すサインである。そんなルールが決められているわけではないが、低山歩きの作法である。
・ネット情報を信じ込んで大胆な登山は避けるが良い。何度も小さな失敗を重ねながら上達して行けば良いじゃないかと思う。
・道迷い事故の多発傾向にあって多くの有識者が読図力向上とか地図読みとか称する研修も大流行りになった。これらは技術として教えている。技術は要素のみを純化して教える。演繹法である。参加する価値はあるだろう。
・体験的方法は帰納法という。目の前にある情報からこっちだ、あちらだと推理する。地形図とコンパス、高度計などを活用しながら安全に無事下山する結論に導く。見えるはずの高圧電線が見えない。正しければ見えないはずの山や景色が見える。地図を読むということは等高線を読むだけではない。
http://koyaban.asablo.jp/blog/2006/11/08/700431

11月句帳42016年11月28日

手袋をはめて出で立つポタリング
・・・軍手では寒いので防寒用手袋をはめて自転車に乗る。30分ほどでも体が温まる。

朝寒し膝かばひつつポタリング
・・・ウォーキングはまだ膝がちょっと辛いので自転車で散歩へ

通勤の道行く人や冬の朝
・・・地下鉄・原駅につながる道は通勤通学の人が四方八方から集まる。小津安二郎の「早春」という映画の一こまを思い出す。

水鳥のかたまってゐる淀みかな
・・・名二環の橋の下辺りが淀みになり多数の水鳥がたたずむ

濁り水何かと見れば川普請
・・・大水でもないのに濁っている。天白橋の橋脚の強化工事だった。降雨量の少なくなる冬の仕事。

日進市からは冬田の広がれり
・・・名二環から東は日進市との境でビルもなく冬田が広がっている。行政区域によって忽然と変わる風景。

冬川に沿ふ土手道を走りけり
・・・天白川の右岸側が日進市の田園地帯で土手の砂利道が続く。当然岸辺にもコンクリの風景はなく雑木雑草が覆う。

11月句帳32016年11月23日

    いなべ市・フラール~龍雲寺
冬野菜食べ放題のバイキング

鶏肉とゴボウの香る混ぜご飯

芋粥の普羅直筆の木札かな

雁の普羅の句碑立つ龍雲寺

色葉散る白砂の庭の龍雲寺

山猿が我が物顔や冬の寺

誰も見る人もなく咲く冬桜

柚子垂れて出番を待つや山の寺

     朝明にて
山が好きただそれだけの忘年会

新参のあまた参加の忘年会

一つ鍋つつけば親し山仲間

     君ヶ畑の太皇器地祖神社
木地師なる祖神の宮の冬支度

     御池林道冬黄葉
シロモジの冬黄葉富む御池谷

     天狗堂~サンヤリ
山時雨尾根道のぬかるんでゐし

薄幸の佳人か色葉散りにけり

時雨降る皆合羽着よ急ぐべし

忘年山行兼新人歓迎会~天狗堂を歩く2016年11月21日

 11/19から11/20は所属山岳会の忘年山行兼新人歓迎会でした。11/19は朝から雨で登山は中止。それでも午前中に出発して野菜などの買い物をしながら会場の某山荘(会員のつてで借用)へ行きました。
 スーパーの野菜は高いのでいなべ市と野菜でググって地元産の農産物市場を探し大泉駅前の「うりぼう」で格安で美味しい野菜などゲットできました。
 それでも時間があるので2012年に行ったことがあるいなべ市藤原町鼎にある「農業レストランフラール」で昼食にしました。地元産の野菜料理のバイキング方式です。レストランの場所が高台に変わり価格も800円から1100円になりましたが満足のあるメニューでした。朝11時開店というのにPはほぼ満杯でした。以前の店よりも少し広くなっていました。それだけ人気が高いのでしょう。野菜で腹いっぱいになったのにまぜご飯、たこ焼き、蕎麦、カレー、ケーキ、フレンチトーストなど減量に取り組み始めた私には体に毒な料理が続々出されて悩ましいところです。
 特にまぜご飯は懐かしいふるさとの味がした。在所の三重県津市一志町の味だというとこのまぜご飯は一志の人が炊いたというのです。それは米、しょうゆ、砂糖、鶏肉、ゴボウのささがきでした。香り高いゴボウと砂糖の甘味が絶妙の味を出しているのです。何杯もお代わりしたいのですが減量を考えて1杯で我慢でした。晴れておれば御池岳から藤原岳がよく見えるところです。又来てみたい「フラール」でした。
 午後2時になり会場の山荘へ着きました。早速、清掃をしてから、道具類を運び込みます。女性会員5人が野菜などを切り分けて鶏鍋の下準備に取り掛かった。鍋といっても昆布やシイタケで出しをとる手間を省いて鍋の素を使うのであっという間に終わる。しばらくは付近を散歩したりして5時の宴会開始まで時間をつぶす。
 5時になりコンロ3個に鍋を置いて7人で宴会を始める。新人のTさんの入会を祝った。始まってしばらくでまず、Iさんが着いた。新人のFさん、最若手のMさん、会長のWさんと輪に入るたびに乾杯を繰り返した。何を話したのかさっぱり覚えていないが盛り上がったことは確かである。Iさんは家族の用事で夜に帰宅された。
 11/20は午前5時に起床。朝食をとるが早いか、一斉に片づけ、清掃をした。荷物を運び出すと参加者全員で記念の写真を撮影する。まだ薄暗い感じがする。7時過ぎに山荘を出発。竜ヶ岳登山口付近の国道に設けられたPでKさんとKさんを待つ。マイカーを4台に集約して12人で君が畑に出発。途中で新しくできた道の駅でトイレ休憩。木地師発祥の村・政所から蛭谷、君が畑の秘境の山里に行く。バス停には15人の先行者パーティが準備中だった。
 我々もノエビアの空地まで走りメンバーを降ろす。下山口の瀬川林道入り口に車をデポする準備を行った。御池林道のノタノ坂などには車が一杯止まっていた。シロモジの黄葉、カエデの紅葉で御池谷は錦秋の秋を迎えていた。
 君が畑に戻り、出発。神社では何やら山人らが仕事中だった。登山届は出したかねと尋ねられていた。多分神社の冬支度であろう。来週辺りから降雪があってもおかしくはない深山である。神社の右の尾根の急登に喘ぎながら登る。膝痛を抱えて泣き泣き登る。大事にすると運動不足で筋肉が減り益々太る。かといって過激な運動はより悪化しかねない。昨夜はビール、焼酎のお湯割り、Fさんの差し入れの名酒をしたたか飲んだがそのアルコールが今や汗となって滝のように流れる。冬なのでタオルは持ってこなかった。帽子からも汗がしたたり落ちる。小さなハンカチがたちまち汗まみれになったので軍手をタオル替わりにした。
 尾根に乗ると歩きやすくなった。アップダウンをこなしながら山頂へ行く。今日は見えないが遠くから眺めると三角錐の立派な山容である。益々急傾斜になり爪先立ちの登高が続く。先を行く人が遙か上に見える。それで山頂が近づいたことを予感する。あいにくの霧の山頂であった。風に乗って話声が流れてくる。先行者らは近くで宴会中のようだ。簡単に水を飲んだり中食をとり休憩する。御池林道に急降下する道標がある。かつてはここを往復した記憶がある。山仕事中の人からこの山は5月中旬を過ぎると山ビルが降ってくるから気を付けよ、と教えらてぎょっとしたこともあった。
 長休みは体が冷えるのでサンヤリを目指しそこそこに出発する。宴会中のパーティが盛り上がっていたのを傍目に過ぎると岩の展望台がある。そこから急降下していた。924mへ行く途中で時雨もようになり合羽を着た。サンヤリから来る大パーティとすれ違う。我々と合計すると約40名は下らない。錦秋の鈴鹿を目指す登山者でにぎわっているのだ。サンヤリへは1時間ほどで着いた。2等三角点がある。今日は霧で何も見えない。W会長が登山道を探りに行くが踏み跡も見いだせないようである。晴れておれば道なき道を探るささやかな冒険を楽しみたいが、12人の人数に加えて80歳代の高齢者も居るので天狗堂に戻って御池林道に下る登山道を下ることとした。
 天狗堂には誰も居なかった。急降下する踏み跡を木の枝、根っこを支えに下る。かなり下っても急な道が終わらなかった。沢の音が聞こえる。沢沿いになると登山道も傾斜が緩くなり御池林道も近い。やれやれで林道に着いた。サンヤリから瀬川林道に下るのは失敗したのでマイカーを回収に行く。またノエビアの前で集まり解散とした。

天皇皇后両陛下の信州への旅に寄せて2016年11月17日

みすずかる信濃の国に旅したる我が大君の無事を祈りぬ

昼神の温泉郷に草枕旅の疲れを癒されて居り

阿智村の満蒙開拓の語り部に苦難の歴史聞く両陛下

晩秋の伊那の飯田にお迎えし両陛下見し林檎並木を

浜焼きイカ丸干し着荷2016年11月16日

 10月の連休で富山県に旅した際、射水市のR8沿いの道の駅で買った浜焼きいか丸干しの味が忘れられなくて福井県の製造元から取り寄せた。冷凍の漁師漬けとか干物セットなども購入した。1ヶ月分はある。ご飯にあうおかずばかりで、よりによって、減量をスタートした後に着荷するなんてタイミングが悪いがたまには良いだろう。

リハビリ2016年11月16日

 今日で3回目。夕方、U外科へ電気治療とマッサージを受診。体重は78kgで変わらず。1日置きのリハビリでも1回1回痛みは軽くなる気がする。11/11はびっこを引いていてマンションの住民から「おい、どうしたや」と声をかけられたが今はそんな極端なことはない。
 今日は小寒いので、冬山用の羽毛ズボンをはいた。マッサージ師から「ユニクロでヒートテックの暖かいトレパンを売ってるいるよ」と教えられたが、年にいくらも着用しなくなった羽毛ズボンなら防寒性は最高である。食事はごはんもパンも止めてウドンと野菜の煮込みにして2回に分けて食べる。他に野菜とリンゴ、バナナのジュースを小分けにして飲む。0.9kg減ったが誤差の範囲内だろう。

泳ぐ2016年11月13日

 小春日和の登山日和というのに膝痛でどうにもならん。再びリハビリを始めた。9月の長雨で78kgから折角74kgまで落としたというのにまたリバウンドしてしまった。山へ行かない日もスポーツをする必要がある。そう考えて徒歩10分の天白スポーツセンターに行くこととした。1回100円だ。
 今日は水泳だ。徒歩で3往復してから平泳ぎで25mのうち20mで息が切れる。何てことだ。インターバルで歩いて繰り返すこと3回で引きあげた。それでもぐったりとした疲労感がある。
 減量目標はマイナス15kgで63kgにした。28歳頃の体重である。若いころは忘年会や新年会でカロリーをたっぷり摂取しても重登山や下手なスキーのロスエネルギーで減量できていた。スキーがうまくなり山岳会も年長者が増えて歩行スピードを落とす内に省エネの登山になった。加えて加齢により代謝が不足と相俟って太ってしまった。
 減量して膝の負担を減らさないと登山もスキーからも遠ざかることになる。トレーナーさんから継続しないとね、と激励?を受けた。続けなくっちゃ。事務所に置いてある自転車も自宅に持ち帰り朝だけでもポタリングすることとしよう。膝痛で自宅にこもりっきりが一番悪いから。