天白川俳句会2012年02月26日

 今日は小寒い。余寒という感じ。天白川の水位が下がり、川面を泳いでいた水鳥もいつしかいなくなった。
 午後から句会。植田駅前の喫茶店にに集合。3人が持ち寄った5句を一句一句評価して行く。作られた状況を聞きながら適切な言葉を斡旋してみる。言葉一つでがらりと変わる。的確な語彙が当てはまると生き生きしだす。それが俳句。
 終わって外に出ると駅前でチラシ配りだ。見ると名古屋市長が近くに来るらしい。用事を済ませて行くともう終わりかけていた。ほぼ満席状況で人気抜群の市長らしい。TVカメラが並んで録画している。
 例の名古屋弁で独演会の様子。減税と増税の話、国債の話が断片的に聞こえてきた。俺一人でしゃべったかな、なんて。笑63年間伊達に生きてきたんじゃない、とのつぶやきが聞こえる。
 懇親会はすでに申込み50名と小さな中華料理屋なので満員だろうとパスした。錦見県議(30歳)と名刺交換。東海高校OB(慶大)で山岳部長だった男だ。天白川の洪水対策と山の件で覚えておいておくれ、と約した。

 南京事件の討論会の件、市長の発言で拡がる波紋の収束は如何。どんな落としどころになるのかな。
 中国側には日本人を虐殺した通州事件(南京事件の4ヶ月前)をごまかす狙いででっち上げた説。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6
 アメリカには日本に原爆投下し、容赦なく、一般市民を巻き込んで無差別に殺戮した負い目がある。アメリカ人と中国人は残虐さで似たもの同士なのだ。アメリカと中国の合作で南京事件をでっち上げたとする研究が進んでいる。

道迷い?2012年02月26日

 Aさん、Iさん コメントありがとうございます。
 どうもコメントの返信がうまくいかないので本文です。
 Nさんを何とか見つけてあげたいですねえ。今日は奥さんが行っている、と聞いています。何ら連絡がないので見つからなかったようです。27日夜、3人で出発して現地の近くで仮眠してから捜索に入ります。うち2人は山中のテント泊に備えて登りますが私は所用で帰名します。そして2人は御池岳周辺を歩かれる予定。私はまた別の3人で3日に入山します。
 GPSもあれば便利そうですね。でも大切な勘が退化してしまいそうで使う気になりません。笑。古い登山者は私のような考えが多いのでは。山から見える山の同定をするくせをつければ地形が頭に入力されます。見えないはずの山が見える、見えるはずの山が見えないときはルートを間違っていると判断できるわけです。山中ならば行く方向と反対方向を振り返ってみることも大切な知恵です。そこをぺちゃくちゃおしゃべりして通過してしまうとポイントを見逃します。道迷いの原因です。多くはリーダーの不注意と推察しています。 Lは楽しい会話に交わらないことですよ。
 西上州の父不見山(ててみえず)は猟師が入山したまま還らないという由来です。奥美濃の雷倉の麓で山家に聞くと「うちの父さんは3日間山中を彷徨って根尾村総出で捜索され、大恥かいた」とか。南アにも猟師が岩場に追い上げられて下れず、お六になった例があるとか。
 獲物を追う猟師山を見ず、という言葉そのまま。猟は大抵冬のはずです。今頃ですよね。道迷いは今に始まったことではないのですね。プロだから迷わない、初心者だから迷うというものでもありませんねえ。
 山の登山技術書のみならず、柳田國男の『遠野物語』『山の人生』も読んでおけ、と今西錦司が『山の随筆』に書いています。山が怖くなると思います。
 雷倉の隣、花房山に登った際、実弟の嫁さんの実家が山麓でして、様子を聞くとあそこのダイラに気をつけよ、とアドバイスされました。行くと平坦で何に気をつけるのか疑問でした。下山して、来た覚えのない地形にあわてましたね。山中の平らな所は油断するなということだったんです。赤布も付け忘れていたのです。御池岳もまさに平らな地形で警戒しながら登る山です。
 もう一つ、ブンゲンという山も怖い。近江から美濃から谷が交互に組み合わさり、複雑な地形です。逆さま谷というそうです。近江側と思って下ったら美濃側へ出てしまったという。ウソ越えも同じです。赤谷を越えて越前に出たと思ったら、また同じところへ戻ってしまう地形です。北アルプスの岩苔小谷と黒部川の地形も同じです。山には落とし穴が一杯あるのです。
 それとビーコンも携帯が常識化しているようですね。雪崩がでるかどうかの判断は、勘に頼っています。パウダースキーヤーのような雪崩れの巣に飛び込んで行くようなスキーはしません。危なそうな箇所はスキーを外し、つぼ足で下ります。あれを持ってしまうと大胆になりそうで怖いです。笑
気をつけて行って来ます。