『元禄御畳奉行の日記』ー尾張藩士の見た浮世ーを読む2016年02月22日

 地下鉄車内で、N大のY教授を偶然見かけた。もう退職されたらしいが・・・。近世文学の学者である。ちょっと話したいことがあったがお弟子さんと同行中だったの遠慮した。何しろ、近世のことを生きていたかのように話される人である。古文献を読み込むだけでなく、よく知る人らとの交流もあってのことだろう。

 さて、今、江戸時代が面白いと思う。横井也有という俳人は有名であるが、全く無名の尾張藩士の朝日文左衛門は昭和のそれも戦後の昭和40年代になって突然知られることとなった。

 ウィキペディアには「朝日 重章(あさひ しげあき、延宝2年(1674年) - 享保3年9月14日(1718年10月7日))は、江戸時代の武士。幼名は甚之丞。のち、亀之助、文左衛門。家督を譲られた後は父の名前を嗣いで定右衛門。日記「鸚鵡籠中記」の著者である。」とある。
 表題は作家・神坂次郎の中公新書の書名であり、それを原作にしたコミックなのである。秋田文庫から上下巻でている。原作の『鸚鵡籠中記』は岩波文庫から出版されているが、在庫はないようだ。

 朝日文左衛門は下級武士の身分とされるが、中堅ともいわれる。奉行とは今の課長級なのか、上か下か。当時の尾張藩は将軍を出す御三家のひとつだから企業に例えれば財閥系企業である。そこの中堅職ならば下級ではないだろう。

 18歳で学問、武芸の修業を始める。いろいろ手を出すがものにならない。そんな文左衛門は18歳から45歳で死ぬまでの27年間に日記を付けていたというのだ。その題が『鸚鵡籠中記』である。しかも250年間秘蔵されてきた。当時、江戸の人口は35万人、名古屋は5万人という。世相を書き留め、尾張藩内の内緒にしておきたいスキャンダルまで網羅している。

 ウィキペディアで整理しておく。
 「書き始めは元禄4年6月13日(旧暦、1691年7月8日)、書き終わりは享保2年12月29日(旧暦、1718年1月30日)。期間26年8ヶ月、日数8,863、冊数37、字数200万に及ぶ膨大な日記で、元禄時代の下級武士の日常の記録として非常に貴重な資料である(一般に朝日重章は尾張藩の下級武士と表現され、またそういう文脈で紹介されることも多いが、役職的には中級ぐらいの武士であるとするほうが妥当という説もある)。
 朝日重章の死後、跡継ぎに娘しかいなかったため養子を立てたが、病弱であったためほどなく知行を返上、朝日家が断絶したため、経緯は不明ながら鸚鵡籠中記は尾張藩の藩庫に秘蔵された。その後、昭和40年代までの約250年にわたって公開されず、まぼろしの書として存在のみが知られていた。その内容は、本人の日々の記録や身辺雑記はもとより、当時の心中・盗難・殺人・姦通なども含む数々の事件や噂話なども記されている。
 鸚鵡籠中記の公開がはばかられた理由は、尾張藩への批判や醜聞が記載されていたためと考えられる。例えば4代藩主徳川吉通の大酒などの愚行を記述し、藩主と追従する重臣を批判している。またその生母本寿院の好色絶倫な荒淫ぶりをいくつも記載していたり、当時の生類憐愍の令について、尾張藩においてほとんど取り締まりをサボタージュしていた事実も記載されている。
 現在写本を徳川林政史研究所が所蔵している。現存する写本は、端正な筆跡で整然と記述されている点から、朝日文左衛門自身が書いた物ではなく、遺族が藩に提出した物を記録用に祐筆が清書した物ではないかとされる。」

 昭和40年になって、『名古屋叢書』続編の9~12巻に収録された。知る人ぞ知る秘本だった。
 
 漫画で読みやすい。というより、朝日文左衛門の人生がマンガチックにも思う。なぜなら、武士ならば武士道とか、儒教、朱子学、論語、本草学などの語彙があってもいいと思うが、一切出てこない。但し国学には関心を抱いた。大事な刀を抜き取られてもいる。今なら拳銃を盗まれた警察官に等しい。週刊新潮、週刊文春、週刊現代、週刊ポスト、他写真週刊誌の見出しになりそうな話が多い。
 元禄という時代はかくも規範が緩んでいたものらしい。週刊誌や新聞記事はプロの記者が書くが、朝日文左衛門は誰かに読ませる目的で書いたわけじゃない。だから虚飾、捏造もない。リアリズムは強い。

 最初の妻とは離縁、二人目も悪妻だった。出世はまあぼちぼち。酒好き、女好き、出張時の役得をしっかり享受する。自分本位の楽しみも犠牲にまではしなかった。人間は江戸時代も今も大して進歩していないじゃないかと、妙な安心感も持たせる読後感であった。

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