かがみがはら航空宇宙博物館見学2013年09月08日

 9/(土)は幸田町で開催された島津亜矢コンサート「玲瓏」に行く。夏休み明けで元気溌剌の歌声が炸裂するようなコンサートを堪能する。

 その後名古屋へ取って返して、夜9時、中区三の丸の一角でW君と落ち合う。行く先は岐阜県徳山ダム湖畔。釈迦嶺の沢登りの予定だったがすでに天気は崩れているから行ってもしょうがないのだが、揖斐川沿いに国道を溯る。
 夜12時、湖畔に近づくにつれて雨足が強くなる。ダム湖畔に出たら本降りである。降ってなければ湖畔の東屋で仮眠の積もりだった。仕方なく、徳山会館の軒先に雨に濡れないようにテントを張った。夜半は一旦小止みになったが、4時から5時頃、起きると土砂ぶりだった。せめて道谷と登る予定の沢の様子でも見たかったがモチベーションはダウン。テントを畳んで下山する。山の気を一杯吸うには吸えた。
 先月末、ご尊父を失い気苦労の多かったW君。喪の明けないW君だがちょっとした気分転換になった。

 さてと、このまま手ぶらで帰るわけにも参らず、だ。揖斐川町の喫茶店でモーニングコーヒーを飲みながら思案した結果、かがみがはら航空宇宙博物館見学を思いついた。以前も沢登りを中止した後、各務原市のアクア・トト・ぎふ(世界淡水魚園水族館)に寄り道して帰名した。
http://www.city.kakamigahara.lg.jp/museum/
 このところ、新聞等で、アニメ映画「風立ちぬ」が話題になり、堀越二郎が取り上げられていることも念頭にあったと思う。9/7の中日新聞夕刊に、「零戦見学じわり増加」の見出しで三菱重工小牧南工場の史料室が賑わっていると報じられていた。本物の零戦が展示してあるそうだ。ここにもひょっとすると見られるかも知れないとの期待で入館する。

 雨の中、先着の車は3台。9時半の開館まで時間待ちする。バス専用スペースも数台以上あり、産業観光巡りのルートになっているようだ。  東海地方は現在は自動車が主力であるが、戦前は航空機製造の拠点であった。名古屋市、小牧市の三菱、愛知航空機(現在の愛知機械工業)、半田市の中島飛行機(現在の富士重工業)、そしてここ各務ヶ原の川崎重工業などが集積する。
 最初は広い駐車場からゲートを入ると広場になっていて、3機の航空機が実物展示されている。その中の1機に注目する。

 「US-1A救難飛行艇」だ。能書きはHPから転載すると「US-1A RESCUE FLYING-BOAT

 この救難飛行艇は、屋内に展示されているUF-XS実験機の成果を基に開発された対潜哨戒艇PS-1を水陸両用型にしたものです。
 4発のプロペラ後流の利用と専用ジエットエンジン駆動による空気の吹き出しなどの高揚力装置や波消し装置によって波高3メートルの荒天の洋上にも安全に離着水できます。
 展示機は、海上自衛隊第31航空群第71飛行隊(山口県岩国市)に所属していた9078号機で、海難救助や離島間の輸送などに活躍した機です。
 西暦1995年(平成7年)12月12日に岐阜基地へ最終飛行したものです。」とあり、
 辛坊次郎の検索からブラインドセーリングに飛ぶと
「6月21日7時45分頃に宮城県・金華山の南東約1,200km沖合にてマッコウクジラと衝突して船体へ浸水し、人手およびポンプによる緊急排水を行っても浸水に追いつかない状況で、プロジェクト事務局を通じて第二管区海上保安本部に救助を要請した直後にヨットを放棄し、救命ボートへ避難した[8]。海保からの救助派遣要請により、海上自衛隊の救難飛行艇US-2と哨戒機P-3C計4機の航空機が相次いで出動。1機目の飛行艇は着水できずに引き返し、2機目が18時14分頃に現場海域で2人を救助した。救助時、現場は波高3〜4m、風速16〜18mという状況であった。」
 展示機の改良型であろう。辛坊さんを救助した機とほぼ同じだろう。ずんぐりむっくりしてて、決してスマートではないが、困難なときほど力を発揮する。両翼の下に下向きのジェット噴射口があるのが特徴である。辛坊さんの目ににはたくましい機体に見えたことだろう。
 他にYS-11機も実物展示されている。とにかく機体の線が美しい。零戦に通じるものがあるように思った。以前、スバルを購入した際、営業マンから富士重工(戦前は日本一の飛行機会社の中島飛行機)では「シンプルイズベスト」という言葉を聞いた。機体美は今も古くない。

 建物への入館は有料で、60歳以上は500円と安い。JAF会員は800円から100円引きである。双葉機というか複葉機の実物機、木製のプロペラ、航空技術の勃興期に活躍した人物評伝などを展示紹介するコーナーを歩く。天井の高い広いホールにも実物機が展示紹介されている。一角では紙飛行機の作り方を教えている。子どもらに人気のようだ。幼児から大人まで楽しめる人気の博物館のようだ。残念ながら零式戦闘機の展示はなかった。
 しかし、堀越二郎は天才というが、一人の天才だけで、飛行機産業の隆盛はありえないことも分かった。戦後のホンダ技研でも、トヨタの下請け会社の社長だった本田宗一郎を天才として崇めるように売り出しているが、中島飛行機他からリストラされた優秀な(東京帝大航空学科OBの)エンジニアを雇用して、その活躍は殆ど紹介されていない。
 宮崎駿さんは「地上の星」的な群像劇はお嫌いなんだろうな。

 一通り観て回る。外は雨降り止まず。3台しかなかったPには半分ほどのマイカーが埋まった。三河地方のナンバーが多い。続々入館者が来る。一応の満足を得て帰名。

 9/7の島津亜矢・幸田コンサート玲瓏では「地上の星」は歌われなかったので、ユーチューブでお聞きしたい。
http://www.youtube.com/watch?v=4gnmZ8SxzR0

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