オフコン哀史ーレガシーなるもの2006年12月19日

 勤務先では現在基幹業務を担うシステムを更新する検討に入っている。
 
 私は28歳で初めてキーボードを叩いた。それはオフコンというものだった。今よりももっと大きなFDにプログラムを、もう一枚にはデータを入れる。容量が大きなCPUがなくFDで起動していた時代の産物であった。アルプス電機の製品であった。まもなく第二次石油ショックが起きた。1978年倒産。 
 
 30歳で転職を余儀なくされた。30社以上を面接に訪問した。よほどSEを目指そうかと悩んだ。しかし、SEの寿命は35歳説ともっぱらの噂であった。30歳では冒険は出来なかった。SEで採用内定先を断って結局今の勤務先に経理マンで入社すると汎用機システムが稼動していて驚いた。中小企業なのに中型機が採用されていた。もっと驚いたのはプログラマーが3人も居たことだった。まるで大企業なみであった。彼らは寝袋持参で会社に泊まりこみ徹夜でシステムを立ち上げたといった。しかしやることは伝票発行機であり帳票印刷しか利用していなかった。しかもカタカナだけ。まだまだ何もかもが未熟であった。
 富士通のそのシステムはプログラマーの相次ぐ退社でどうにもならなくなった。彼らは次々システム開発をしたかったのだ。1日中データを入力するなんて単純作業には変換できなかった。中小企業にそんなにシステム開発の仕事があるわけではない。新たな開発を志向して去っていった。
 1983年になって次はリコーからリコム3000が入ってきた。これはコマンドを打ち込まなくてもよく使いやすかった。穿孔テープ読み取りからFDに変った。パンチでカードに穴をあける仕事は熟練を要した。ミスすると何度でもやり直す。個人差の大きな仕事であった。BUも磁気テープでなくFDになったから使い勝手が良かった。データが増えてCPUを増設したり拡張が行われた。しかし、机より一回り大きなデスク一体型はすぐ限界が見えた。1台650万円もした。リコムIという機種に変ってCPUは増加したが図体は小型化した。パーツが切り離されてセットが柔軟になった。これは他社の廃棄したものをもらったらしい。ソフト代は当然有償である。ここが一つの変わり目であった。当時ソフトにカネを払う会社はなかった。馬鹿高いハードで暴利を得ていたのである。転機はIBMが富士通などのIBM互換機を売っていたメーカーを著作権侵害で訴えた事件であろう。以来ハードはコストダウンが進んだ。一方で多様化したソフト需要はアップしていった。
 1985年にマイクロソフトという会社が誕生した。彼らはDOS-V、またはMS-DOSなるOSを開発した。まだ海のものとも山のものとも分らない時代であった。DOSとはディスクに書き込むことに先進性があった。パソコンが産声をあげたのである。
 WIN3.1,WIN95,WIN98、WINME、WIN2000、WINXPと矢継ぎ早に開発された。その度にこの会社は大きくなった。まだオープンシステムなど覚束ないことであったがすでに内在していたであろう。
 次はIBM製のPCが入った。しかしパソコン的な使い方ではなくWindws&OS2をインストールしてその上でCOBOLで造った従来のシステムを改善して稼動させるというものであった。 つまりオフコンである。当然分散処理はするがサーバーでつなげた。或いはFDを介してデータをやり取りした。
これではグラフなどは印刷できない。経営側の不満は高まる一方だ。これをとりあえずMOでデータを切り出してWINDWSに移行してグラフを作成している。もはや限界である。以前信頼性のなかったWINDOWSは飛躍的に改善されていた。環境は整ったといえる。
 時代は変った。
 マイクロソフトとインテルの寡占の時代となった。ネットワークが時代のテーマとなった。インターネットはここ数年で驚くべき普及をみた。私でさえ銀行取引、書籍購入(新刊も古書も)みなインターネットである。個人でHPを立ち上げる時代になった。IBMはダウンサイジングに乗り切れず相次ぐリストラ策が発表された。PC生産を中国企業に譲渡。ソフトに専念した。OS2は開発を中断した。
 オフコンはシステムの拡張性のなさに限界が見えてきた。ソフトも限定的だ。しかも囲い込みでコストダウン、デフレの時代というのに新たなソフトは高いものについている。取り扱う会社が減少すると逆に競争原理が働かずコストアップとなる。相手の言い値が通る。通さざるを得ない。しかしその安定性、気安さ(オペレーターとして)、長期的にはコスト不変という良さは捨てがたい。電話一本ですぐ対応に来てくれる。(その費用も前払いしているかも)
 今はオープンシステムの時代という。ここ数年、大企業から進展を見せてきた流れである。ここに来て中小企業の段階ではまだ進展を見せない。それは必ずしも安くないからだ。機器類、ソフトなどどれも安い。だが社内で使いこなすにはソフトに明るい人材がいる。特にサーバーのメンテには専門性があろう。その人材に要する人件費はソフト会社に払うわけではないから一見安い錯覚を起こす。増えた人件費の多さに気づいてももう後戻りはできない。オフコンはもう機器も少なくなった。ソフトも高いのだ。前門の虎後門の狼である。ならばオープンシステムに移行するしかない。これをシステムマイグレーションという。
 日本の会社数はおよそ50万社。中でも大企業(社員数10000人超、売上1兆円超、上場企業)は数千社もあるかどうか。中小は従業員数では90%も占める。大企業一社で社員数は多いが全体では中小が圧倒的に多い。一体どれだけの会社が使いこなしているのか。我々中小企業にとっての最適なシステム環境の模索はしばらく続く。