映画「忍ぶ川」鑑賞2007年05月19日

1972年東宝制作。熊井啓監督。青森と東京が舞台で芥川賞を受賞した同名の原作の映画化。
前日に映画「八甲田」(1977年)を観たが中座した。結末が分かっているし、厳しい気象条件に対して人間の判断の是非を持ち込む原作に嫌気がした。新田次郎は人間に対して厳しい。特に気象に逆らった人間は容赦なく死なせている。だが男ばかりの俳優陣に懐かしい栗原小巻を配したことで救われた。雪と男それも兵隊以外に女ッ気のない映画に花が咲いたみたいに明るい。
 そこで別の「忍ぶ川」に転じた。これは良かった。お互いに自慢できるような身の上でない男女。その隠したくなるような身の上をちらちらと展開させながらドラマは進行する。信じあいそして愛が深まり、結婚にまで進む。それぞれの故郷の親に逢う。
 どの故郷も田舎の懐かしい風景である。特に雪の青森はいい。SLのシーンも素晴らしい。タイヤにチエーンを巻いて走るタクシーはダットサンか。加藤剛の家でささやかな家族だけの結婚式を済ます。
 初夜は二人とも素裸で布団に入る。この大胆なラブシーンはリアルであるが厭らしさがない。栗原はこの熱演で毎日映画コンクール女優演技賞をもらう。
 栗原も加藤もよく知られた俳優であるが二人とも同じ俳優座の出身とは知らなかった。加藤剛といえば大岡越前の役が脳裏に刻まれている。同じ俳優座の東野英治郎は水戸黄門でこれも飽きずによく見た。最近小津映画での渋い脇役ぶりを見ると印象の違いに驚く。
 一方の栗原小巻は劇場で見た「サンダカン八番娼館 望郷」が印象深い。田中絹代もこの映画で初めて知った。小津映画や溝口映画、成瀬映画で活躍した田中絹代もこの映画が最後となった、という。
 加藤剛は「雪国」の朗読のCDもでている程で日本語の正確な発音がいい。栗原小巻も発音がはっきりしており、まるで舞台で台詞を読んでいるような印象を受けた。一語一語を丁寧にはっきりとしゃべることでこの映画を格調高いものにしている。
 ドラマ中に加藤剛が「君の”ハイ”が聞きたくてここに来た」という場面がある。忍ぶ川は題名であるがちょっと敷居の高い割烹料理屋の名前でもある。栗原小巻は当時27歳で美貌と演技力の最も高まったころであろう。”ハイ”という返事を丁寧にしゃべることでメリハリの利いたいい場面である。
 この映画となんとなく波長が合うなあ、と思って熊井啓監督を調べるとそのはずである。「黒部の太陽(1968年) 」「サンダカン八番娼館 望郷(1974年)」「海と毒薬(1986年)」などを観た記憶があった。

コメント

_ 小屋番 ― 2007年05月24日 07時42分23秒

5/24付けの日経新聞で熊井啓監督の訃報を知った。「忍ぶ川」は映画化の構想10年余りの後に熊井氏が手がけたそうだが途中病気で血を吐きながら1年半後に完成。
 元々は日活でやるとか吉永小百合がこの作品のヒロインを希望していたそうだ。裏話の多い作品であった。

_ 木曽の小舎番 ― 2008年01月04日 18時52分26秒

はじめまして。「小屋番の山日記」とはすてきなタイトルです。パソコンは株価をチェックするためのツールとしか考えていない小生には、高原をわたる涼風にも似た爽やかさを感じさせます。まして含み損を抱えて新年早々ホゾをかんでいる今の小生には!
先日観たばかりの「妻は告白する」や「娘妻母」など古い日本映画についての造詣の深さと的確な眼力に、敬服いたしています。
映画や山や書物をめぐるバックナンバーの記述を、これからじっくり拝読させていただくのがとても楽しみです。

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