鯖田豊之『肉食の思想』を読む2009年03月20日

 中公新書92で初版は1966年1月25日と43年に亘って読み継がれるロングセラーの1冊である。2008年4月25日に57版がでている。他に2007年に中公文庫にも収録された。こちらの解説も読みたい。

 読後感は文句なしに面白い。西洋史を卑近な食事のあり方(形態)から解き明かして行く展開。それを裏付けるエピソードが挿入されて読み易い。
 肉食はヨーロッパの牧畜に適した風土から来たものであること。背景には穀物生産では充分に満たされなかったことが挙げられる。主食と副食を区別しない。植物の生育環境が牛が食む丁度いいところで止まる。こんな風に解説を進めて行く。

 かつてはヨーロッパ人は狩猟民族であるから肉食も必然的と思った。日本は農耕(稲作)民族だから穀物を主食にしたと理解をしたものだった。実際米は優れた完全栄養食品であろう。それらは受け売りの知識に過ぎなかった。

 柳田國男の『後狩詞記』があるように九州の椎葉村のような僻地では稲作が困難だったから狩猟が伝統的に行われ、伝承されていた。日本でも肉食は行われていたのだった。ヨーロッパも地中海周辺の文明発祥の地ではなく大陸の僻地である。食い詰めると収奪の論理が働くのも道理である。
 欧米人は狩猟民族だから農耕民族の日本人は投資ではやられっぱなし(収奪されっ放し)、という話がどこかに書いてあった。しかし、日本にも古くから狩猟の伝統はあったし、江戸時代の米相場は先物売買の走りとして青田買い、青田売りが開発されて差金決済が行われていたのである。投資も相場も為替もみな欧米からの輸入でなく日本で発達したのである。日本が負け続けているのは情報収集と分析、操作の点であろう。あらゆる投資はどこか胡散臭いし、インサイダーすれすれでないと勝てない。一時的に勝っても何かのきっかけ(サブプライム問題)でガラを食いやられる。

 閑話休題。著者は「人間中心のキリスト教」と題して第三章を展開しています。まずある人のサイトにアクセスしました。
「ヒューマニズム思想(人間中心主義) しかし、一般的に私たちは動物と人間が同じだとは考えません。動物を食べたり、実験に使うことはよいが、人間を食べたり、人体実験をするのは良くないと考えるのです。また、弱者は死ねば良いとも考えません。人間は、他の動物とは違うというヒューマニズム(人間中心主義)の思想です。

 このように考えれば、肉屋に人肉が並ぶことはありませんし、弱者も助けてもらえますし、私たちは安心して暮らしていけます。(人間中心主義と人道主義は違います。人道主義に反対する人はあまりいないでしょう。)

 このヒューマニズム思想(人間中心主義)をすすめると、人間こそがこの世で一番偉い存在だ、人間こそ宇宙の中心だということになります。人間に命令する存在などありませんし、人間の幸せだけを考えればよいのです。人間の生活のためなら、他の動物を犠牲にしても良い、森をなくしても良いという考えです。

 ある時期、私たちはそのように考えていました。昔、尾瀬に観光客用の道を作ろうとしたとき、一人の青年が自然が壊されると反対したそうです。しかし、ほとんどの人に理解してもらえませんでした。道路ができる、観光客が来る、町が栄える、このどこが悪いのかと。」

 ここでは人間とは人類一般のように理解されますが著者は人間とはキリスト教徒たるヨーロッパ人に限られる、と規定しています。生き抜くためには高い肉食率に頼らざるを得なかったキリスト教徒たるヨーロッパ人に断絶論理を生み出した、と書いています。これは階層乃至階級に結びついてゆくというのです。貴族が支配階級、農民が被支配階級ということです。マルクス主義もこうした階層の断絶が背景にあるというのだ。日本にも身分制度はあったが明治維新後、特に戦後は完全に崩壊した。田中角栄が首相になるなんてヨーロッパでは考えられないだろう。国民平等の才覚主義の国だから日本経済は大きく繁栄したともいえる。

 第五章のヨーロッパの社会意識の中で「他人のことが気になる」という見出しは面白い。ヨーロッパ人は他人が自分と同じでないと我慢できない、一種の「おせっかい精神」と指摘する。これは意外であった。異端のキリスト教徒、異教徒には迫害し、無宗教は不利益に対応する。怖い社会なのだ。都市計画を採り上げても全体の調和を乱さないように色々注文が付けられるそうだ。日本のバラバラな都市景観と比較してヨーロッパは統一的で美しいといって誉める場合に使われるが実際は強制されているのである。これも肉食の文化からくるのだろう。
 肉食は贅沢からきたものではなかった。腹を満たすだけの穀物がとれないから主食、副食と区別することなく食べられていたのだった。日本ではおかず、ご馳走、薬食い(秋の季語)で主食とは成りえなかった。

 さて現代日本に生きる私は「メタボリック」なる言葉に脅されて3年前に肉を断った。そしたら風邪は引きやすくなり、寒さに弱くなるわ、咳が30日以上も止まらずでえらい目にあった。肉を食べ過ぎていたわけではないのに肉断ちをすれば体に変調を来たしたのだった。中高年になったら肉を減らせ、魚にせよ、というのはウソである。日本一の大金持ちだった古川為三郎さんは100歳で死ぬ寸前まで食事ごとに一枚の肉を食していたそうだ。体に悪いのは他に原因があるのだ。
 自動車会社に勤務する実弟がブラジル工場建設に駆り出されて驚いたのは昼食に鶏の形のままどんと出されたことだったらしい。この食文化もヨーロッパ譲りだろうか。

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