飛騨暮るゝ雪解濕りに蕗の薹 前田普羅 ― 2019年04月16日
句集「飛騨紬」より
この句もなにか寂しい心が詠まれている。俳人は芭蕉ですら「憂き吾を寂しがらせよ閑古鳥」と詠んでいる。もっともっと寂しがらせておくれ、閑古鳥よ、と心で叫ぶ。自然との対話を愉しむのである。植物学者の牧野富太郎は植物研究に打ち込んだお陰で孤独を感じることはなかった、という。
むしろ、都会の中の騒がしさの方がかえって孤独感はあるだろうに。アメリカの社会学者D.リースマンは『孤独な群集』を著して人と人のつながりの希薄な現代社会を描き出した。数十年経った今もより深化している。
『前田普羅句集 雪山』(ふらんす堂)の栞に串田孫一が書いている。「その山はひたすら山頂を目指すものではなく、常に山が間近にある山国の、山に見守られている生活の、心豊かな寂しさから眺める山であった。中略。普羅の句からは、心に寂しさを持つ人が、それに耐えながら自然や人情に巡り合って慰められる薄陽の中で味わうような静かな悦びが、想い浮んで来る。」と最大の賛辞を贈る。
常にスマホや携帯電話で無意味な会話をしていないと落ち着かない人には到底達し得ない境地かも知れない。
以上は2010年「辛夷」創刊1000号記念評論大賞受賞「山恋の俳人 前田普羅」の鑑賞文から転載。
この句もなにか寂しい心が詠まれている。俳人は芭蕉ですら「憂き吾を寂しがらせよ閑古鳥」と詠んでいる。もっともっと寂しがらせておくれ、閑古鳥よ、と心で叫ぶ。自然との対話を愉しむのである。植物学者の牧野富太郎は植物研究に打ち込んだお陰で孤独を感じることはなかった、という。
むしろ、都会の中の騒がしさの方がかえって孤独感はあるだろうに。アメリカの社会学者D.リースマンは『孤独な群集』を著して人と人のつながりの希薄な現代社会を描き出した。数十年経った今もより深化している。
『前田普羅句集 雪山』(ふらんす堂)の栞に串田孫一が書いている。「その山はひたすら山頂を目指すものではなく、常に山が間近にある山国の、山に見守られている生活の、心豊かな寂しさから眺める山であった。中略。普羅の句からは、心に寂しさを持つ人が、それに耐えながら自然や人情に巡り合って慰められる薄陽の中で味わうような静かな悦びが、想い浮んで来る。」と最大の賛辞を贈る。
常にスマホや携帯電話で無意味な会話をしていないと落ち着かない人には到底達し得ない境地かも知れない。
以上は2010年「辛夷」創刊1000号記念評論大賞受賞「山恋の俳人 前田普羅」の鑑賞文から転載。
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