ルリイチゲ春の夕をとざし居り 前田普羅2019年04月18日

 句集「飛騨紬」から
 この花は太陽が好きらしく日を受けて開花するが夕方、日が沈むと萎んだり、曇天では下向きに元気なく咲くようだ。この俳句は夕方、飛騨の里山を歩いていて偶然見たのであろう。日照時間の短い頃であり、もう萎んでいたのだった。この花の性質を知っているからこそ詠めるのだ。
 普羅は若い頃登山をすると同時に俳句も手がけたが友人に勧められて植物研究会にも入っていたようだ。俳句の勉強になるから、というのが理由だった。
 前書きがないので何年頃か、どこで見たのか分らない。戦前の作品には違いない。しかし、いつであったとしても山野草を詠み込んだ俳句は珍しかったと思う。植物研究会でも相当なのめり込みようである。
 ルリイチゲは今ではユキワリイチゲというらしい。むしろルリイチゲの方が別称であろう。花が瑠璃色をしているからである。ユキワリはもちろん雪割りで春早くに雪の中から花をつけるのが命名の由来。
 普羅は山岳俳人と呼ばれたり、渓谷遡行もやったから渓谷俳人だ、という研究家もいるが自然に没入することが好きだったといえる。要するに山が好きなのである。するとだから社会からの逃避だと評する人もいて難しい。しかし、新聞記者のような誇り高く、煩わしい仕事をこなしていたのだからそんなことがいえるだろうか。
 ともあれ花が萎んだルリイチゲを見て心の琴線に触れるものがあったのだ。その寂しさと優しい心を鑑賞したい。