追悼文の原稿 ― 2019年04月02日
やっとU先生の追悼文を書いた。大物だけに資料が多くて読み込むのも時間がかかった。82年の人生の何を取り上げて何を捨てるかに時間がかかった。結果、青春時代に重きを置いた。高校野球の選手だったが体格がないため退部させられて劣等感を抱き不良少年になった。
後に大学教授にまで登り詰めるが、高校の偏差値のいい加減さに気がついた。自分の偏差値は2だったらしい。それが進学高校の生徒は5だとか。60点満点はあり得るが偏差値5はないというのだ。それはおかしいというのだ。担当の先生の恣意的な考えが反映するのだろう。
コンプレックスを岩登りに掛けることで克服してゆく。そしてエベレストへ。また組織のオルガナイザーとしても真価を発揮した。最後は認知症と知らされた。
老残のこと伝わらず業平忌 能村登四郎
という俳句がある。U先生も晩年は認知症の治療に悩まれたのだろう。ひっそりと退会の知らせがあったがその内実は知らされなかった。
命日は4月13日。それまでには細部の訂正、推敲を重ねて完成原稿に仕上がるだろう。うわっ、地下鉄の終電が近いぞ。
後に大学教授にまで登り詰めるが、高校の偏差値のいい加減さに気がついた。自分の偏差値は2だったらしい。それが進学高校の生徒は5だとか。60点満点はあり得るが偏差値5はないというのだ。それはおかしいというのだ。担当の先生の恣意的な考えが反映するのだろう。
コンプレックスを岩登りに掛けることで克服してゆく。そしてエベレストへ。また組織のオルガナイザーとしても真価を発揮した。最後は認知症と知らされた。
老残のこと伝わらず業平忌 能村登四郎
という俳句がある。U先生も晩年は認知症の治療に悩まれたのだろう。ひっそりと退会の知らせがあったがその内実は知らされなかった。
命日は4月13日。それまでには細部の訂正、推敲を重ねて完成原稿に仕上がるだろう。うわっ、地下鉄の終電が近いぞ。
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