鑑賞 浅野梨郷の歌⑩2015年07月10日

『梨郷歌集』昭和4、5年の巻(昭和6年7月1日発行、私家版)は梨郷初の歌集だった。装丁は和綴じ、特製原稿用紙を袋とじという古風な体裁。原稿用紙1枚に6首を掲載。昭和4年196首、昭和5年295首を収録。


 ちとせに、と題して5首あるうちの2首目

さびしさをわがものとしてひとすじにいくるいのいちはつよくこそあれ


 ちとせに、と題して

さびしさはかたときならず相わかれともに生きむと相つとめつゝ(ひとつのともし火)

*単身赴任で留守を守る妻(ちとせ)を激励している。そう思ったが、実は自分の孤独感を癒すために詠んでいる風にも思う。昼間は奈良や周辺の古刹を巡って詠んで、慰められているが、夜の独り身の辛さが身にしみるのである。妻への愛が名古屋へ帰るエネルギーとして蓄えられて行く。

仙香谷吟2015年07月13日

短夜や忘れ物なきやうに発つ

近江へのトンネル抜けて梅雨晴れ間

汗ぬぐい谷への道を急ぎけり

くちなはが見回りのごと現れし

万緑に覆われてゐる仙香谷

磨かれし花崗岩なる夏の谷

碧水を湛えし釜や夏の谷

谷涼し水を浴びつつ攀じ登る(赤坂谷)

滝の水梅雨なればこそほとばしる

滝轟々やむなく高く巻きにけり

溯る滝の向こうに何がある

岩襖懸垂下降で滝下る(ツメカリ谷)

深淵はロープを頼り泳ぎけり(神崎川本流)

愛おしく井守を手にすをみなかな

あかはらは都会っ子には愛されし

腐臭ありて鹿の子の骸(むくろ)かな

谷を出てヘルメットから夏帽子

日が暮れて河鹿蛙の寂しさよ

夜濯ぎや疲労困憊して干せず

中央支部恒例の暑気払いへ2015年07月17日

残り物食すべからず暑気中り

何もかも流されて行く梅雨出水

   7/16夜 伏見・みその亭へ
お座敷に合はすかのごと単帯(ひとえおび)

とりあへずビールを注ぎ乾杯す

注文は芋焼酎のロックかな

夏料理骨切り足らぬ鱧の骨

淡白なただそれだけの鱧の味

夏の夜の御園座の無き虚空かな

改めて設楽ダムを考える2015年07月18日

 7/11(土)は愛知の山の取材ドライブになった。三都橋、田峰、田口の奥三河郷土館、新装なった設楽庁舎の図書館、古橋懐古館、稲橋城址などを訪問した。
 設楽図書館で聞いた話では設楽ダムは未だ反対勢力があるとのことだった。しかし、すでに推進派の後藤元町長(八橋地区)は新城市に移転されたらしい。帰名の際川向の従姉妹宅に寄ろうとしたら敷地だけで家は跡形もなかった。どこへ移転したものだろうがなにも聞いていない。
 反対する最大の理由は堰堤付近の脆弱な地質にあるようだ。水需要も当初ほどではなくなった。そして巨額のダム維持費負担がある。それは後々まで続くとのこと。
 図書館で聞いた話では2015年5月9日滋賀県の前知事の嘉田氏を招いて「シンポジウム in したら「どっこい!生きてく設楽町」が地元の奥三河総合センターで開催された。そのユーチューブがヒットしたので貼り付けた。学者らしく緻密で分析的な話は説得力があった。特に災害をあるもの、防ぎきれないもの(想定外)として知恵を共有する話は納得がいく。災害を文化として取り込むのである。例えば、輪中の村のように。

 シンポジウム in したら「どっこい!生きてく設楽町」
https://www.youtube.com/watch?v=mQoqEQHJzWM&list=PL74TOU_jzzUglb-MmPjx8aZqB2ml17poJ&index=1

 設楽ダム建設中止を求める会のFB
https://www.facebook.com/NOdam.sitara

過去の記事
http://koyaban.asablo.jp/blog/2007/02/08/1172116

 田口のスーパーに入って名物のコンニャクを購入した。帰路、R257を稲武に向かうと、すでに橋脚が姿を現していた。工事は進められているのだ。

第2回円空和歌集展 永遠の微笑みと慈悲2015年07月19日

 関市洞戸円空記念館において、平成21年以来となる、第2回和歌集展が開催される。去る5/3に見学した際に、円空の和歌に興味があることを伝えたら、講演会があると示唆された。係員が名前と住所を書いておくようにといわれ、書いておいたら、約束どおり案内が送付されてきた。 

日時:7月26日(日)~9月30日(水)
入館料:200円(但し、7/26~8/8間は無料)
開館時間:AM9:00~PM4:30

 立上る天の御空の神なるか高賀の山の王かとそ念(おもふ)

 一般的には霧が晴れ上がって高賀山が見えた。その立派な山容に高賀山は神でしょうか。いいえ、王=天皇の子孫だと思う。と解釈するのか。

 しかし、円空は単に写実的な諷詠ではなかった。言葉にも宗教性があるので、私は修行中にブロッケン現象を見たと解した。高賀山に立上る山霧に自分の姿が映り、それを神と見たのである。そしてそれは天皇の高貴な身分の子孫であることよ。というのだ。
 例えば木地師の祖とされ、御綸旨を出した惟喬親王は王よりは位が上とされる。この心情は今では理解しがたい。真の解釈を知りたいものです。

8月8日(土)にはほらどキウイプラザで、円空シンポジュウムがある。円空研究の第一人者の長谷川公茂氏の基調講演も開催。氏をコーディネーターとするパネルディスカッションも開催される。
PM1:00~PM4:30

 円空仏だけならまだしも和歌に関心があるので是非にも行きたいが、先約が入った。どうしよう。

登山と孫子の兵法2015年07月25日

NHKニュース

山岳遭難は高齢のベテランに集中

本格的な夏山シーズンの到来で、心配なのは遭難です。
遭難者の中で特に多いのは60歳以上の人です。中高年の登山ブームが続くなか、去年はおよそ半数を占めました。さらに、最近の調査で、同じ高齢者の中でも、意外にもベテランが遭難するケースが多いことが分かってきました。

中略
【ベテランがなぜ】

長野県山岳総合センターは、警察の協力を得て、長野県内の山で去年夏、実際に遭難して助かった人にアンケートを行い、74人から有効な回答を得ました。その結果、60歳以上の47人のうち、70%近い32人が登山歴10年以上のベテランでした。
中略
なぜ高齢のベテランに遭難が集中するのか。
特徴的だったのが「体力」に関する回答でした。
「同世代と比べて体力的に優れていると思うか」という設問に対して、高齢ベテラン遭難者の75%が「優れていると思う」と回答しています。
これは、北アルプスの2つの登山口で一般の登山者を対象に行った同様の調査の32%に比べて倍以上の割合です。
以上
 取材記者が若いせいか、登山暦10年以上をベテランとしている。しかし、私は登山の場合はベテランの謂いは30年以上としたい。月2回以上年間20座以上を10年続けても200山に過ぎない。大雪は大体20年前後に1回はある。大雪の後で始めた人は20年目でやっと1回大雪の恐さを知ることになる。まして岩登り、ロープワーク、藪こぎなどの登山技術を学ぶには10年では少ない。気象の知識も平地だけでなく、高山の気象を知らないと半知半解になる。
 若い頃熱心にやっても30歳代40歳代は家族サービスや転勤など仕事が忙しく登山を諦め、ブランクをつくる人がとても多い。そんな人が50歳以上、60歳近くになって再開するケースが多い。昔とった杵柄のケースだろう。山岳会の先輩が再入会したが細部でご時勢に合わない服装、知識が多かった。

 登山暦の長さだけではベテランとして仰ぐわけにはいかないのだ。濃密な経験と実践の裏づけが必要であろう。

 高齢ベテラン登山者はリーダー(指導者的立場)に立たされることも多い。そこでいいところを見せようと実力以上に頑張ってしまう。引き返す判断を間違えて遭難する。
 
 体力的には高齢でも常時登山を実践している人は初心者でも強い。登山のトレーニングは登山で・・・は本当である。

 何より大切なことはこれから登る山のコースなどを良く知ること。有名な孫子の兵法を思い出した。
「敵を知り、己れを知れば、百戦あやうからず。
敵を知らずして、己れを知れば、一勝一負す。
敵を知らず、己れを知らざれば、戦うごとに必ずあやうし。」
翻案すると
登山する予定の山のことを知り、自分やメンバーの実力に合っておれば遭難は滅多にないだろう。
山のことを知らなくとも、自分の実力を知って対応すれば撤退もあるが登頂に成功することもある
山を知らず、自分の実力も考慮せずに登山すれば山岳遭難は必至だろう。死ぬこともある。

屏風岩の宙吊り事故、無事救助!2015年07月30日

 クライマーにとって憧れの対象らしい屏風岩。その垂直の岩壁で宙吊り事故が7/29発生。7/30は救助が難航して一晩ビバークとなった。今日は朝と夕に無事救出された。良かった。ともに60歳代なので最近、60歳が遭難分岐点としたばかりの言葉が当ってしまった。体力の衰えが招いたのだろう。もちろん当人らはそんなことはないと否定されるだろうけど。TVの画像で見ても垂直の岩壁なのでよく登攀するものだという驚きが優る。

 宙吊り事故で思い出すのは谷川岳のこと。東京の叔父が山好きだと知っている母は呼び寄せて懇々と危険を心配していたのを思い出す。あれは昭和35年のことで私は小学5年生だったが不思議に記憶している。

 今回は実にスムーズに事故救出がはかられた。身体が宙に舞うような場面にもかかわらず、よく頑張ったものである。長野県警救助隊の健闘を称えたい。