浅田次郎『神坐す山の物語』を読む2018年01月08日

 浅田次郎。双葉文庫。2017.12.17刊。単行本は2014年に双葉社から刊行。
 東京都の御嶽山が舞台。母が御師の娘だったせいで昔話を聞かされて育ったという。それを浅田流の怪異な小説に仕立てた。言わば母が語り部であり、浅田が書き手になった。遠野物語も原作(種本)があり柳田国男が韻文で著した。
 大衆小説家の第一人者の浅田次郎がなぜこんな小説を、と思うが山岳書の世界で怪異な物語本がロングセラーになっていることが影響しているかに思う。例えば山と渓谷社の『山怪 山人が語る不思議な話』は増刷に増刷を重ねている。続編も刊行された。続けて『定本 黒部の山賊 アルプスの怪』も復刊された。
 本書もその流れに乗ったのだと思う。
 私も小学生の時代、住んでいた小さな農村では狐憑きにあって山へ逃げ込んだ人がいて、火事で鳴らす半鐘を叩いて村人を集めて夜中に山狩り(捜索)がされたことがいまでも記憶の底にある。あるいは2つ3つ年下の近所の男の子が神隠しに遭いこれも大騒動することがあった。山は怖いところだという印象をその自分に叩きこまれたのである。 
 今でも単独行で山中で相手も1人というときは緊張する。女性だと尚さらに警戒心が働く。山をひとりで彷徨う人間ほど怖いものはない。
 さて、過去の日記か報告書のような文体である。登山でもいつしか迷い易い平を歩いていて、とんでもない道に入ることがある。だから気をつけていないと何が書いてあるのか脈絡がとれなくなる気分である。それでまた丁寧に虚実の分かれ目をたどるように読み直すことがしばしばであった。
 中でも「兵隊宿」は傑作であろう。東京都の山奥から遥かなる中国大陸の日露戦争の戦場へと導かれる。知ったが終いなのでそれは読んでのお楽しみである。
 『鉄道員』の中盤にも赤ちゃんのままで死んだ娘の亡霊が成長した姿で主人公にまとわりつく場面がある。本書と併せて読んでみてははん、浅田次郎の小説の真骨頂はこれなんだな、と納得する。たくましい想像力と子供のころに培った御嶽山の昔話とがないまぜになって浅田ワールドを構築しているんだ。たった2冊を読んだくらいで分かったふりするなと紙つぶてが飛んできそうだ。
 
 話は代わるが俳人の岡田日朗は御嶽山の俳句を多く残している。都民には親しい山なのであろう。
 山上に御師の町あり月照らす
 老鶯や裏道抜け道御師部落
 春暁の雲に埋まりし御師部落

 御師部落とは山の神に仕える神官のことで、その神官の村。東海地方では岐阜県白鳥町の石徹白が知られる。全戸神官で名字帯刀が許されたという。白山への登拝を代わりにする代参をしたという。

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