新年会2018年01月17日

 今夜は山岳会の新年会だった。会場は東区の「よ志や」さん。家庭的な料理でもてなす居酒屋である。主は元会員である。現役当時は家族ぐるみでハイキングに行っていた。その当時の小学生も今や30歳を越え子供もいる。つまり主からみれば孫が出来た。
 多分開業以来のつきあいだろう。元会員という気安さがあるが、参加者には料理が好評でもある。チエーン店とはひと味違う手料理がうまいからだ。それでないと長くは使えない。
 出席者は17名。お座敷のスペースは定員14名くらいなので3名はカウンターにはみ出た。今夜は当会の貸切なので好きに使っているわけだ。メンバーも年年歳歳顔が変わる。
 当方は会員歴40年になるから当時の人は誰も居なくなった。会は1962(昭和38)年創立だから今年で56年になる。つまり創立15年目(昭和53~54年)で入会した。あの当時から山岳会の中高年化が始まった。
 入会条件が40歳以上という「ふわく山の会」が誕生したのは1979(昭和54)年という。一時は1000名の会員を有したが今は685名とHPにある。
 当時は当方も30歳台であった。中高年、つまり自分より年長者を入会させないと会が維持できなくなった。5歳10歳20歳年上の会員を入会させて運営してきた。今も60歳代を中心に80歳台2名、70歳代数名が在籍するが会員募集をインターネットに絞った2014年辺りから若返りの兆しが見え始めた。
 30歳代から50歳代の会員が入会し始めたのだ。今夜の新年会はその世代が出席して代替わりの感が高まる。どのように継承してゆくのか。
 創業よりも継続が難しなのは国家だけではない。民法上、こんな小さな権利能力なき団体であっても、任意の団体であっても継続のためにはたえず革新が必要なのだろう。適者生存とは社会の変化に適応できるものだけが生き残るという説。資金力(カネ)、組織力(人)、設備(モノ)ではなく、適応能力が大切ということ。
 「いい加減にやろう」と真意が分かる人には話している。会員を何が何でも増やさず、結束を強いることもなく、実践を通じてゆるやかな連帯が保っていければよい。だからというわけではないが遭難して死亡した人は入会以前に1人だけ。山岳会としては驚異的である。
 活発な山岳会は事故や遭難死もそれなりに多く、登山活動自粛、そして世話役のスタッフやリーダーが居なくなり、活動は停滞、いつしか解散を余儀なくされる。
 ささやかでも登山の実践、記録を残す、そして書くこと。他のスポーツにはない特色を味わいたい。山歴は趣味歴でありこんなに長く続いたのも驚異である。