自然薯「夢とろろ」を食う2026年02月12日

 昨年末の風邪以来、体が大いにダメージを受けてしまった。中旬以降の新年会攻勢で胃腸の負担に追い打ちをかけてしまった。クリニックへ行くと抗生物質で大腸の良性大腸菌にもダメージを与えて便秘が続く。というわけで2月半ばまで引きずっている。
 今日は一計を案じて、2/7に作手で購入した自然薯の「夢とろろ」をおろし器で摺って、醤油系調味料と生卵1個を入れて擂鉢で摺って食べた。何となく体に力がみなぎる感じがする。そこでストックを買いに豊田市のJAまで行った。結構高いが在庫はあったので小さな単位を購入。帰路、道の駅日進の店舗を当たったらここにも大き目のがあったので買い増しした。
 しばらくは少量づつでも食べて体を養いたい。加えて買い置きしてあった「どくだみ」の葉っぱを煎じて置いた。約1.5リットルあるのでこれをお茶がわりに飲むことにする。
 体内の毒素が溜まっているから風邪をひきやすいのだろう。薬を飲んでも治癒しがたい。

焼肉で体力補強2026年01月30日

 鼻風邪が酷くて、1/21についに近くのクリニックに行った。ウイルス性の風ではなかったので一安心。処方箋の薬を服用してきたが、酷い便秘になってしまった。再び虚血性大腸炎のような出血に見舞われた。これは多分、腸内細菌の善玉菌も同時に殺す抗生物質の所為だろう。
 鼻水は治まったものの咳は治まらない。咳は体力を酷く消耗するので肉を食べることにしてきた。今夜も人参、キャベツを入れてとんちゃん、レバー、等を焼いて食べた。

JA日進で葉付大根を買う2026年01月29日

 久々にJA日進で買い物。葉付大根と小玉だがずっしり重いキャベツの2点。葉付大根の葉は刻んで冷凍して置く。そして味噌汁の具に入れる。これが滋養になる。
 大根の葉には、β-カロテン3900μg(マイクログラム)、ビタミンC53mg、ビタミンK270μg、葉酸140μgなどを豊富に含みます(可食部100g当たり)。 とくにβ-カロテンは根には含まれない栄養素です。 ミネラル類のカリウム、カルシウムなども根より、葉のほうに含まれます。とか。
 買い物後、丸の内に行って郵便物、ファックスなどをチエック、昼食には松坂屋のカレー店でカキフライカレーを食った。その後は地下鉄で帰ろうと思ったが敬老パスを忘れたので三の丸まで徒歩。松坂屋前ではちらちら雪が舞ったが北へ行くともう乾いている。

咳が酷い2026年01月28日

 昨日は新城市へ行って今日は給油に行った。
 咳が治まらない。体力の消耗が酷いので2回目の焼肉屋へ。天白区の近場でジンギスカンやに入って見た。こじんまりした店だがラムの品ぞろえがあって助かる。どこでもあると良いが、スーパーではほとんど置いてない。一部のスーパーでは冷凍品であったので買い置きしておく。
 結局ラム2人前と豚肉と飲み物で合計4080円と安くはなかったが満足した。

ジンギスカンを食う2026年01月26日

 明日は新城市へ会合出席で行くので給油に行く。灯油の給油、そして25日の山行で路上にばらまかれた塩カルの付着を洗い流すために下部洗浄の謳い文句のある洗車もしておく。
 帰路はスーパーアオキに寄る。ふと目に入ったのは旭川を謳うジンギスカンの焼肉屋だ。以前ふらりと入ろうとしたら予約なしでは断られた。今日はPもがらがらだしどうか、と入って見たらOKだった。
 さっそく、ラムの焼肉セットを注文。これにライスとスープを付けて2600円とまあまあのお値段だった。やや量は少ないのでもう一品追加注文しても良いか。これで体力を補強したいね。

買い物2026年01月20日

 終日激しい咳と鼻水に悩まされる。1/24にはミニハイキングと暖房の無い部屋での勤行に参加する予定もある。健康回復に取り組む。
 先ずは買い物で鰻弁当1200円を買った。野菜を買い足した。葉物青野菜は白菜の4分の1、小松菜、根菜はジャガイモ、ニンニク、ショウガなど。鶏肉で鶏鍋も作る。

新年会ダブルで出席2026年01月13日

 朝早く7時過ぎに名古屋都ホテルに向かう。ところが1/11の山行で積もった車のフロントと屋根の雪が解けていなかった。汚れ落とし様の水で雪を解かした。ヒーターの熱では水温が上昇するまで解けない。視野だけ確保して出発した。
 R153の八事の坂は常に渋滞するが、今朝も遅々として進まない。何時もなら後列に従うが8時前に着きたいので右に左に車線を変えて進む。吹上まで来ると暖まるにつれてフロントガラスにどさっと落ちて来た。急ぎたいのに下車して雪を下ろした。会場のホテルには7時45分に入れた。
 今日はクラブ愛知の恒例の行事である七草がゆを食べる会の日。ホテルの料理で食う七草粥はひと味違う。
 しばらくするとゲストスピーカーの愛知大学国際中国学研究センター(ICCS)所長李春利氏の講演が始まった。講演テーマ 愛大名古屋図書館「エズラ・F・ヴォーゲル文庫」誕生-故ハーバード大学名誉教授の蔵書3000冊余り寄贈、創立80周年への贈り物-。
 エズラ・ヴォ―ゲルといえば1979年の日本研究書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が有名だ。日中関係史で業績を残したアメリカの学者である。この人は故人になったが縁あって愛知大の図書館に蔵書が寄贈されたという話。ハーバード大学では教鞭をとっていて、現在の林芳正総務大臣、茂木敏充外務大臣、小林鷹之衆院議員などは教え子だという。一冊くらいは読んでおきたい。
 いったん自宅に戻った。雑務を片付けて午後3時から地下鉄で出直す。今度は金山駅前のクラウンコートホテルで業界団体の賀詞交換会に出席。今年は75周年記念と華々しく銘打ってある。会員総数3900名のうち、約700名が出席したらしい。会長、東京からの日行連会長、政連会長、政治家などの来賓が延々ご挨拶の後に宴会。入り乱れての賀詞交歓会となった。旧知の人は年々減っていくのは加齢したからでもある。開業以来15周年。生き残るために決断の年でもある。

雪とグルメと温泉の釜ヶ谷山2026年01月11日

 気象予報では雨が降るようで芳しくない。今回は久々に2名になったので冬の雨は嫌だな、と思いつつ出かけた。名古屋を5時には出る。すき家で朝定をかき込んで名二環に入り、名古屋高速一宮線で北上、R22に降りてR156へ、岩戸トンネルを抜けてすぐ左折、鵜飼い大橋で長良川を渡ると百々ヶ峰に突き当たる。R256に入って如来ヶ岳山麓を北上、県道79号を西へ行くと伊自良川と交差するので県道91号に右折。集合はてんこもり農産物直売所へ午前7時だがチエーンがあっては入れない。まだ薄暗いが相棒はコンビニで待っていていた。すぐ伊自良湖へ向かった。立ち寄りたいたい所があったが下山後だ。
 下山後に江戸時代の地誌『新撰美濃志』を読んでみた。伊自良郷と呼ばれていたが伊自良村はなく、長瀧村の項目があった。伊自良は十郷あってそれぞれ字があった。・・・『釜嶽』は濃陽志略に「里民呼曰釜溪ト連互數里ニ絶頂有池四時不涸、此山雑樹葱岩石岣最爲奇也」と見えたり。『長瀧山、岸見山』伊自良の高山なり。伊自良川は此の山中より出づ。常は水なく、砂川にて洪雨の時水出づ。略。『甘南美寺』は臨済宗にて白華山と號す。開基は高阿彌、名知阿彌。本尊は千手十一面観音、脇立不動毘沙門なり。當國三十三所十三番に配す。引用は以上。
 長瀧村の名残りは伊自良湖のすぐ下流の里の地名に見る。伊自良湖の湖面が見えると多数のボートが浮かんでいた。恋人同士が朝早くからデート?多分公魚釣りか、疑問のまま登山口の臨時Pに着いた。地形図で116m地点。あいにく小雨模様だ。オーバーヤッケで防寒と小雨対応の身支度を整えて出発。最初は舗装路を分け入ると杉の高木が生える森の中である。番号入りの観音の石仏が立っている。バンガローのような施設は今は冬のもの寂しい雰囲気である。しばらくは車道を歩くと二又に別れる。右は釜ヶ谷に沿う林道で赤谷の出合い迄続く。堰堤記号が三か所連続してあった。我々は釜ヶ谷本流に沿いながら直進。左へ上がって四阿などの施設で舗装路は終わった。ここからは未舗装の林道歩きだが次第に山路になった。途端に谷が立って来て傾斜が強まる。岩がごろごろした歩きにくい山路をこなしてゆくと優しい道になり、山頂からの南東尾根の端に立つ四阿に着いた。残念ながら展望はない。途中から小雨が降雪になった。一種の感動とともに不安も伴う。ここで雪に備えて雨具でザックをカバー。尾根の道からみぞれ谷の枝谷の源流を迂回すると奥の院に着いた。社殿は穴だらけだ。中をのぞくと座禅した板間があった。穴は多分風通しを良くして腐食を避けるためか、人が使わない建物は内にこもった湿気で腐る。雨の時は膨張して外からの湿気を防ぎ、乾燥した時は縮んで隙間風を入れてやる校倉造が理想ですが高額の建設費がかかる。
 さて出発だ。左に丁度33番目の石仏が建っていた。美濃三十三観音霊場の十三番目の霊場だ。ここを後に登るとすぐに神社が建っていた。ここはおそらく明治維新で「仏法を廃し、釈迦の教えを棄却する」という仏教の信仰や施設を否定する運動の影響か。説明を読むと明治3年とある。祖神は皇祖神のアマテラスだった。
 地形図で等高線が密にになり、急登を強いられた。行者岩に到達、上に登ると、最近登った百々ヶ峰と金華山が見えた。ちょっと荒れ気味の登山道を登ると龍神コースへの分岐に着いた。降ったり止んだりしていたが標高640mまで来ると冷気が違う。一面真っ白になった。小さなコブを巻くと待望の山頂だった。千把小屋という避難小屋まである。扉がないので雪が吹き込んで床は白い。小屋の四隅の角は丁度腰掛に良いのがあって少し休めた。
 休憩中にもどんどん降って来る。眺めもなく止みそうにないので往路の下山を決めた。連続的に降雪路を下る。桧の林に下っても断続的に雪がある。滑落しないようにゆっくり慎重に下った。東屋まで下るとやっと落ち葉の道になり安定的に歩ける。車道に着いてほっと一安心。そこから余裕で石仏の番号を見ながら下ってPに戻った。
 帰りは甘南美寺に寄って参拝。池の鯉の大きさに見とれた。もう一ヶ所、「伊自良湖 FISHING & ADVENTURE PARK」に寄った。公魚(わかさぎ)の天ぷらはあるか、聞いたらフライはあるとの回答。13時だったがラーメンと公魚のフライ(二人で一つ)を注文。朝6時半から釣りボートを営業するから恋人のデートではなかった。疑問が解けた。待っている間にも車にどんどん積もって来た。雪とグルメの冬日和を楽しめた。
 もう一つおまけに帰りがけに約30分の所にある武芸川温泉に寄って入湯した。900円と高くなったにもかかわらず、そして大雪というのに大勢のお客が詰めかけて来た。これには驚いた。

寒干し2026年01月08日

 鮮魚店で石川県産のにぎすが手に入った。これに軽く塩を振って、干物用のネットに入れてべランダに吊るした。にぎすの丸干しが出来る。火で炙って食えば美味いだろう。以前、越前のスーパーで買ったニギスが美味かったので名古屋でも三河湾産を買って食ったが味は今一だった。寒い海で獲れる魚は脂のノリが違い食感に影響が出る。干しことで水分を飛ばし旨味を凝縮できる見込み。

奥三河・冬枯れの無名の山を歩く。2025年12月19日

 明日明後日は悪天候というので気になっていた三角点「連合」のピークハントに来た。与良木峠(370m)は伊那街道の古い峠道である。クルマでトンネル迄走って見た。
 生成AIの回答(一部編集)は「南設楽郡鳳来町(現新城市)の「与良木(よらぎ)」の地名由来は、「与良木」が元々、鳳来寺の氏子圏だった小野村(現在の連合地区)の別称」だそうです。与良木隧道は「明治27年(1894)に作られた。当時の原形を留めており、愛知県最古のトンネルである。長さ35m、道路幅5m、車幅4m、高さ5m。設楽町側の扁額には、草書体で上段に「北設楽」、下段に「よらき隧道」と記される。新城市側の扁額には、楷書体で上段に「南設楽」、下段に「與良木隧道」と記される。新城市側の坑門は明治の頃の姿を残している。内部はコンクリートで修復されているが、元々は素掘りだった。後略」
 三角点の点名の連合も「元々は別の集落や地名だったものが、明治の市町村制施行やその後の合併を経て、この地域一帯の集まり(連合体)のような意味合いで「連合」という名称が使われ、それが大字名として残った」と回答があった。
 設楽町側からトンネルを通過して旧鳳来町側の山側に杣道を探して見た。△494.8mの真東まで実線の林道を走ったが無いので設楽町側まで引き返す。
 峠まで登る山路は残っておらず、危うい踏み跡をたどった。馬頭観音の碑が確かに古い峠だった証を示す。設楽町と新城市の境界尾根に立った。峠から東へは明瞭な踏み跡が登ってゆくのに「連合」へはない。境界尾根は幸いに植林の疎林であり、ヤブもないのでそろそろ歩いていく。「連合」は南北に長い尾根の南端にあり、境界尾根が北端につながったところの獣道を急登すると460mの等高線に達する。ここで約40分なので水を飲もうとしたらペットボトルを忘れた。
 三角点までの約500mの尾根も疎林で多少の低灌木はあるが痩せ尾根のために障害はない。明るいので岩場からの展望を期待したが灌木に囲まれて見えない。東は樹林越しに仏坂峠から宇連山辺りの稜線が見える。西には龍頭山だろう。三角点は土に埋まっていた。地形図では無名なので誰も登って来る人がいないのだろう。しかし、無名であるはずはなく、地元では命名されているだろう。ヤクルトの空容器の分岐まで戻る。登った獣道がこんなに急だったか、と思わせるほどの急斜面を下って鞍部に立つ。峠まで戻っても良いが鞍部から谷を降りてみた。カール状の源流部の急斜面は杉の立木や灌木の根元を支点にゆっくり下る。間伐材が散乱する谷底まで来ると足元は安定する。林道に出て峠まで戻った。
 峠から地形図の実線の道を少し歩いて見たら水田の廃田のところで引き返した。峠へ登り返して危うい踏み跡を下った。
 実線の道を行けば410mのコブの右の小さな峠を越えたところが与良木だ。水線が複雑に入り組む地形では湧水が豊富なのだろう。だから水田耕作が出来たのだ。又南向きの斜面は作物の生育には良い。米が採れれば建物の記号が固まってあるから結構人が住んでいたのだろう。隣の四谷は棚田で知られる。清崎を流れる豊川の支流の野々瀬川の支谷が境界尾根を越えて四谷の源流部に食い込んでいる。地形図を眺めていると不思議な地形だから再び来てみたい。 
 帰りは道の駅したらに寄って遅い中食にした。絹サーモンを注文したが売り切れという。一日五食というレアなメニューである。あれは豊邦というところで養殖していた気がする。代わりに鮎のフライ定食にした。3尾の鮎が開かずに丸ごと揚げてある。頭からかぶりつくが骨が硬いので食べにくい。味はまあまあ。たっぷりのキャベツも良い。