山岳会の新年会 ― 2026年01月17日
12時半から受付開始。13時から13時40分までは海外遠征の報告。13時50分から16時30分までは稲熊隆之氏の気象遭難を予防するための講演会が行われた。中途で休憩をはさみながらの長い講義になった。気象だけは訓練ができないから学ぶことと経験を重ねるしかない。
話には出なかったが、例えば豪雪と寡雪は20年サイクルで来る。豪雪は登山者を確実に判断を誤らせる。38豪雪はその典型で愛知大生の薬師遭難では13人が命を絶った。
気象遭難は大抵は東京大阪名古屋の大都会の登山者が多い。ふだん便利な社会で暮らしていると気象変化に疎くなるのだ。関西学院大ワンゲル部の学生らが大長山で豪雪によりテントがつぶれるトラブルがあった。救助要請をしたが監督はそんな低い山でテントがつぶれるほど降るわけがないと高をくくっていた。東京のプロガイドが飛騨市山乃村から入山して北俣岳に向かったがこれも豪雪で下山できなくなって救助要請している。富山の文登研では豪雪の年に大日岳の雪庇に乗って崩落し、死亡事故があった。これなど多人数がのれば崩落するのは当然だが注意喚起を欠いた。那須連峰の雪崩事故も南面を夜が明けてから登攀中に雪崩れた。3月ということでブロック雪崩だろうか。
太陽は東から昇る。昇ると同時に高い所から気温が上昇する。夜が明けてから明るくなってから出発すると上部の凍結していた雪の塊も落ちて来る。雪庇も崩壊し易くなる。この原則を守れるか否か。知己はこれで4人が死んだ。ことおごとく運といえばそうかも知れない。
その後はシルクロードに会場を移して懇親会となった。こんな機会でもないと会えない人に会えるので毎回出席している。
話には出なかったが、例えば豪雪と寡雪は20年サイクルで来る。豪雪は登山者を確実に判断を誤らせる。38豪雪はその典型で愛知大生の薬師遭難では13人が命を絶った。
気象遭難は大抵は東京大阪名古屋の大都会の登山者が多い。ふだん便利な社会で暮らしていると気象変化に疎くなるのだ。関西学院大ワンゲル部の学生らが大長山で豪雪によりテントがつぶれるトラブルがあった。救助要請をしたが監督はそんな低い山でテントがつぶれるほど降るわけがないと高をくくっていた。東京のプロガイドが飛騨市山乃村から入山して北俣岳に向かったがこれも豪雪で下山できなくなって救助要請している。富山の文登研では豪雪の年に大日岳の雪庇に乗って崩落し、死亡事故があった。これなど多人数がのれば崩落するのは当然だが注意喚起を欠いた。那須連峰の雪崩事故も南面を夜が明けてから登攀中に雪崩れた。3月ということでブロック雪崩だろうか。
太陽は東から昇る。昇ると同時に高い所から気温が上昇する。夜が明けてから明るくなってから出発すると上部の凍結していた雪の塊も落ちて来る。雪庇も崩壊し易くなる。この原則を守れるか否か。知己はこれで4人が死んだ。ことおごとく運といえばそうかも知れない。
その後はシルクロードに会場を移して懇親会となった。こんな機会でもないと会えない人に会えるので毎回出席している。
落葉の季節と注意 ― 2025年12月05日
10月から11月にかけて御在所岳の一の谷新道の登山道で滑落死亡事故が3件あって驚いた。一度ならず通ったことがあるので険しいことは記憶がある。
中道の負ばれ石が危険ということで現在は登山禁止措置がとられている。その為に一の谷新道の利用率が高まったのだろう。ただ、この季節になぜ連続したのだろう。
最近の山を歩いて、落葉がふわりと積もっているところでは滑りやすい、と感じる。経験的にも落葉の下に石が隠れていたりするので慎重に歩く。知らずに踏むとバランスを失い転がる。なのでつま先で探るように歩く。
一の谷新道は険しく一旦転がると急斜面を転がり落ちるから頭を打ったりして致命傷になるのだろう。
中道の負ばれ石が危険ということで現在は登山禁止措置がとられている。その為に一の谷新道の利用率が高まったのだろう。ただ、この季節になぜ連続したのだろう。
最近の山を歩いて、落葉がふわりと積もっているところでは滑りやすい、と感じる。経験的にも落葉の下に石が隠れていたりするので慎重に歩く。知らずに踏むとバランスを失い転がる。なのでつま先で探るように歩く。
一の谷新道は険しく一旦転がると急斜面を転がり落ちるから頭を打ったりして致命傷になるのだろう。
北アで山岳遭難相次ぐー台風9号が接近中 ― 2025年07月29日
台風9号が小笠原諸島付近にまで接近。週末の天気予報が気になる。8/1夜発で久々の北ア・唐松岳を計画している。前々日に計画の集合について交換したばかりだ。こっちは体調不良だったが鰻丼を食べたら治った気がする。暑さのせいで何となくだるいし、腰痛も出て来た。その上に台風ではモチベーションは下がる一方だ。
腰痛の原因は7/19から7/20の御嶽山の山岳ドライブかも知れん。木曽から飛騨へ約365kmも走ったからだ。特に疲れはなかったのに後で響いて来た。7/26から7/27もリベンジ山行を考えたが腰痛で実施は止めた。
そんな弱気なところへ
唐松岳でも、北アルプス唐松岳で東京都江戸川区の75歳の女性が滑落し、けがをして、長野県消防防災ヘリに救助。唐松岳で単独で登山をしていた名古屋市の59歳男性が27日、体調不良により行動不能になりました。翌28日、男性は長野県山岳遭難常駐隊と同行下山し、救助
とモチベーションは下がるばかり。
腰痛の原因は7/19から7/20の御嶽山の山岳ドライブかも知れん。木曽から飛騨へ約365kmも走ったからだ。特に疲れはなかったのに後で響いて来た。7/26から7/27もリベンジ山行を考えたが腰痛で実施は止めた。
そんな弱気なところへ
唐松岳でも、北アルプス唐松岳で東京都江戸川区の75歳の女性が滑落し、けがをして、長野県消防防災ヘリに救助。唐松岳で単独で登山をしていた名古屋市の59歳男性が27日、体調不良により行動不能になりました。翌28日、男性は長野県山岳遭難常駐隊と同行下山し、救助
とモチベーションは下がるばかり。
継子岳登山ー濁河温泉まで ― 2025年07月19日
7月19〜20日にかけて来月の北アのトレーニング山行として御嶽山の一角にそびえる継子岳の登山を計画した。日和田富士とも言う。昔はあったチャオ御嶽山スキーリゾートも今は廃業で建物は残っているが廃墟と化した。
春の大雪で遭難相次ぐ ― 2025年03月22日
南岸低気圧が3/18から3/19にかけて通過して愛知県の山間部に雪害をもたらした。湿気を含んだ重い雪なので幼木の枝にもたれかかるように積んだから耐えきれずに倒れた木が多い。また生活インフラの電線にも積んで断線をしたようだ。復旧は3/20夜だったという。
「他山の石」のためにも情報公開を ― 2025年02月27日
木梶山での遭難者は低体温症で死亡と発表された。男盛りに無念なことでした。
ところで記事の「警察は登山者に対し「撤退する勇気を持ってほしい」」とは捜索救助にあたる行政の立場からよく警告されてきた。ところが一向に無くならないのはなぜか。
登山者には敢えて困難に打ち勝とうとする思想が自然に醸成される。欧州由来のアルピニズムと呼んでいる。特に冬山を目指す登山者はそこにいたるまでに先輩などから鍛えられる。そのためにロープワーク、氷雪上での滑落停止、イグルー作り、雪上のビバーク訓練をする。
今冬のように雪が降って又とない機会には闘志が搔き立てられたんではないか。花田警視にはリスペクトを込めて、敢えて困難に向かう勇気こそ立派と褒めてあげたく思う。
そのためには普段のトレーニングである。気象観測も大切だ。今回は低体温症だが気象遭難と思う。近年は個人情報保護法の関係で遭難者の装備、着衣、経験などは発表されない。だから「他山の石」という教訓を得られない。引き返す判断力を付けるためにも遭難者の詳細な情報を公開してもらいたいと拙に願う。
ところで記事の「警察は登山者に対し「撤退する勇気を持ってほしい」」とは捜索救助にあたる行政の立場からよく警告されてきた。ところが一向に無くならないのはなぜか。
登山者には敢えて困難に打ち勝とうとする思想が自然に醸成される。欧州由来のアルピニズムと呼んでいる。特に冬山を目指す登山者はそこにいたるまでに先輩などから鍛えられる。そのためにロープワーク、氷雪上での滑落停止、イグルー作り、雪上のビバーク訓練をする。
今冬のように雪が降って又とない機会には闘志が搔き立てられたんではないか。花田警視にはリスペクトを込めて、敢えて困難に向かう勇気こそ立派と褒めてあげたく思う。
そのためには普段のトレーニングである。気象観測も大切だ。今回は低体温症だが気象遭難と思う。近年は個人情報保護法の関係で遭難者の装備、着衣、経験などは発表されない。だから「他山の石」という教訓を得られない。引き返す判断力を付けるためにも遭難者の詳細な情報を公開してもらいたいと拙に願う。
木梶山の遭難 ― 2025年02月26日
2月25日は空から地上から捜索されたが発見できなかった。26日も継続。ヤマップの活動日記は2月11日があった。良いねが273もあるので多数のヤマッパーが心配してチエックしたのだろう。投稿者はアイゼントレーニングで入山したという。滑落しやすい場所があると指摘。私の記憶でも取付きからしばらくは急登だった。この時期に行くからには熟達者と思うがご無事で発見される様に祈る。
台高山脈の木梶山で遭難 ― 2025年02月25日
報道各社が伝えるところによると「きのう(2/24)午後6時半過ぎ、男性警視の妻から「登山に行った家族が帰ってこない」と通報がありました。
男性警視はきのう午前、松阪市の木梶山(きかじやま)と赤(あか)ゾレ山(やま)に1人で登山に出かけたということです。木梶山と赤ゾレ山は、いずれも標高およそ1300メートル。山道には寒波の影響で雪が積もっていて、男性警視の服装はわかっていませんが、食料は持っているということです。」
2/25もヘリと地上で20人で捜索したが発見に至らなかった。
この三連休で悪天をついて入山した登山者がいた。北アルプスの唐松岳でも名古屋の34歳の登山者が今日遺体で発見された。
男性警視はきのう午前、松阪市の木梶山(きかじやま)と赤(あか)ゾレ山(やま)に1人で登山に出かけたということです。木梶山と赤ゾレ山は、いずれも標高およそ1300メートル。山道には寒波の影響で雪が積もっていて、男性警視の服装はわかっていませんが、食料は持っているということです。」
2/25もヘリと地上で20人で捜索したが発見に至らなかった。
この三連休で悪天をついて入山した登山者がいた。北アルプスの唐松岳でも名古屋の34歳の登山者が今日遺体で発見された。
御嶽山噴火から10年 ― 2024年09月27日
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240927/k10014592781000.html
死者・行方不明者が63人にのぼり、「戦後最悪の火山災害」となった御嶽山の噴火から27日で10年です。
ふもとの長野県王滝村では追悼式が行われ、遺族らが犠牲者に祈りをささげ、教訓を伝え続けることへの誓いを新たにしました。
長野と岐阜の県境にある御嶽山では、10年前の2014年9月27日に最高峰・剣ヶ峰の南西側の斜面で突然、噴火が発生し、58人が死亡、5人が行方不明となりました。
27日は、ふもとの王滝村で遺族や自治体の関係者など70人が出席するなか追悼式が行われ、噴火が起きた時刻と同じ午前11時52分に合わせて犠牲者に祈りをささげ、教訓を伝え続けることへの誓いを新たにしました。
続いて、同じくふもとの木曽町の原久仁男町長が「噴火から10年の日、改めて人命の安全を第1に考え火山防災対策にまい進していくことを誓います」と述べました。
また、父親を亡くした神戸市の松井登輝也さんは「長い年月をかけて徐々に気持ちの整理をつけることができたかもしれませんが、この傷は一生治ることはありません。父の思いを伝えていくこと、災害の教訓を伝承していくことが、与えられた使命だと思っています」と述べました。
そして、遺族ら一人ひとりが、慰霊碑の前に設けられた献花台に花を供えました。
長野と岐阜の県境にある御嶽山では、10年前の2014年9月27日に最高峰・剣ヶ峰の南西側の斜面で突然、噴火が発生し、58人が死亡、5人が行方不明となりました。
27日は、ふもとの王滝村で遺族や自治体の関係者など70人が出席するなか追悼式が行われ、噴火が起きた時刻と同じ午前11時52分に合わせて犠牲者に祈りをささげ、教訓を伝え続けることへの誓いを新たにしました。
続いて、同じくふもとの木曽町の原久仁男町長が「噴火から10年の日、改めて人命の安全を第1に考え火山防災対策にまい進していくことを誓います」と述べました。
また、父親を亡くした神戸市の松井登輝也さんは「長い年月をかけて徐々に気持ちの整理をつけることができたかもしれませんが、この傷は一生治ることはありません。父の思いを伝えていくこと、災害の教訓を伝承していくことが、与えられた使命だと思っています」と述べました。
そして、遺族ら一人ひとりが、慰霊碑の前に設けられた献花台に花を供えました。
27日、遺族などは登山者に安全な登山を呼びかけました。
呼びかけを行ったのは、御嶽山の噴火による犠牲者の遺族などで作る「山びこの会」のメンバー9人です。
御嶽山は長野と岐阜の県境にあり、27日朝は、長野県王滝村にある登山口で山頂などを目指す登山者に「登山前の情報収集」、「万全な装備」などとメッセージが書かれたキーホルダーを手渡しながら、安全を呼びかけていました。
以下略
・・・・噴火、地震の予測はできない。遺族らは国に訴訟しているがちょっと違うんじゃないか。
個人的にはスキー場開発の過剰な開発行為だろう。若い頃は標高1900m地点でリフトを降りて、今の三笠山山麓は巨木のシラビソの間をスキーで登った。ここを開発してゴンドラを掛けた。巨木を伐採するだけではなく、根っ子をダイナマイトで吹き飛ばし、クレーターのような穴が空く。そこは雪だまりになるから、解けて地中に浸透して行く。三笠山の山腹だから中は溶岩が溶けている。そこに水が到達すると水蒸気爆発する。
長野県のスキー場は他に二ヶ所、岐阜県も遅れて千間樽の原生林を伐採してスキー場が開発された。これは2800m近くまで達する。こうした開発を長い期間にやったから丸裸になったわけだ。
知っていて開発したのか。知らなかったのか、とにかく自然への畏怖が無かったことだけは確かである。
死者・行方不明者が63人にのぼり、「戦後最悪の火山災害」となった御嶽山の噴火から27日で10年です。
ふもとの長野県王滝村では追悼式が行われ、遺族らが犠牲者に祈りをささげ、教訓を伝え続けることへの誓いを新たにしました。
長野と岐阜の県境にある御嶽山では、10年前の2014年9月27日に最高峰・剣ヶ峰の南西側の斜面で突然、噴火が発生し、58人が死亡、5人が行方不明となりました。
27日は、ふもとの王滝村で遺族や自治体の関係者など70人が出席するなか追悼式が行われ、噴火が起きた時刻と同じ午前11時52分に合わせて犠牲者に祈りをささげ、教訓を伝え続けることへの誓いを新たにしました。
続いて、同じくふもとの木曽町の原久仁男町長が「噴火から10年の日、改めて人命の安全を第1に考え火山防災対策にまい進していくことを誓います」と述べました。
また、父親を亡くした神戸市の松井登輝也さんは「長い年月をかけて徐々に気持ちの整理をつけることができたかもしれませんが、この傷は一生治ることはありません。父の思いを伝えていくこと、災害の教訓を伝承していくことが、与えられた使命だと思っています」と述べました。
そして、遺族ら一人ひとりが、慰霊碑の前に設けられた献花台に花を供えました。
長野と岐阜の県境にある御嶽山では、10年前の2014年9月27日に最高峰・剣ヶ峰の南西側の斜面で突然、噴火が発生し、58人が死亡、5人が行方不明となりました。
27日は、ふもとの王滝村で遺族や自治体の関係者など70人が出席するなか追悼式が行われ、噴火が起きた時刻と同じ午前11時52分に合わせて犠牲者に祈りをささげ、教訓を伝え続けることへの誓いを新たにしました。
続いて、同じくふもとの木曽町の原久仁男町長が「噴火から10年の日、改めて人命の安全を第1に考え火山防災対策にまい進していくことを誓います」と述べました。
また、父親を亡くした神戸市の松井登輝也さんは「長い年月をかけて徐々に気持ちの整理をつけることができたかもしれませんが、この傷は一生治ることはありません。父の思いを伝えていくこと、災害の教訓を伝承していくことが、与えられた使命だと思っています」と述べました。
そして、遺族ら一人ひとりが、慰霊碑の前に設けられた献花台に花を供えました。
27日、遺族などは登山者に安全な登山を呼びかけました。
呼びかけを行ったのは、御嶽山の噴火による犠牲者の遺族などで作る「山びこの会」のメンバー9人です。
御嶽山は長野と岐阜の県境にあり、27日朝は、長野県王滝村にある登山口で山頂などを目指す登山者に「登山前の情報収集」、「万全な装備」などとメッセージが書かれたキーホルダーを手渡しながら、安全を呼びかけていました。
以下略
・・・・噴火、地震の予測はできない。遺族らは国に訴訟しているがちょっと違うんじゃないか。
個人的にはスキー場開発の過剰な開発行為だろう。若い頃は標高1900m地点でリフトを降りて、今の三笠山山麓は巨木のシラビソの間をスキーで登った。ここを開発してゴンドラを掛けた。巨木を伐採するだけではなく、根っ子をダイナマイトで吹き飛ばし、クレーターのような穴が空く。そこは雪だまりになるから、解けて地中に浸透して行く。三笠山の山腹だから中は溶岩が溶けている。そこに水が到達すると水蒸気爆発する。
長野県のスキー場は他に二ヶ所、岐阜県も遅れて千間樽の原生林を伐採してスキー場が開発された。これは2800m近くまで達する。こうした開発を長い期間にやったから丸裸になったわけだ。
知っていて開発したのか。知らなかったのか、とにかく自然への畏怖が無かったことだけは確かである。
台風から低気圧に変わったが・・・ ― 2024年09月22日
9/21から出かける計画は台風でつぶれた。今日は沢の中で泊っていたはずである。同行者との連絡で近場の沢歩きに行こうと、言って来たので流レ谷を提案した。
鈴鹿の釈迦ヶ岳は8/4に遭難して行方不明の男性がいる。直後に総勢60名くらいで捜索活動が行われたがまだ発見されていない。男性はどこか別のところへ行ってしまわれたのだろう。
とはいえ、広い山なので台風の大水で移動する可能性もある。帽子、手袋、ストック、登山靴などが流されているとどこかで発見の糸口がつかめる。そんな意識を心の底に抱いて歩くのも良い。
鈴鹿の釈迦ヶ岳は8/4に遭難して行方不明の男性がいる。直後に総勢60名くらいで捜索活動が行われたがまだ発見されていない。男性はどこか別のところへ行ってしまわれたのだろう。
とはいえ、広い山なので台風の大水で移動する可能性もある。帽子、手袋、ストック、登山靴などが流されているとどこかで発見の糸口がつかめる。そんな意識を心の底に抱いて歩くのも良い。
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