初旅は定光寺から東谷山へ2025年01月01日

庄内川から眺めた東谷山
       <JR中央線で定光寺へ>
 JR鶴舞駅は9:38発の普通に乗車。10:06の定刻通りJR定光寺駅に到着。庄内川の右岸から城嶺橋を渡り、定光寺に向かって歩き始める。県道205号線に進むと谷川の左岸側に東海自然歩道が通じているので移る。やや薄暗いが静かで安全だ。まもなく正伝池に着く。ここで東海自然歩道と別れ、県道を進る。定光寺の参道入口は昨年12月に車で定光寺へ行ったので割愛。まもなく喫茶店が営業していたのでふらふら入ってコーヒーを飲む。すでに11時を回った。
      <定光寺から東海自然歩道の宮刈峠へ> 
 店を出てしばらく山里を歩くと交差点の角に西山自然史博物館なる看板がある。その方向へ進むが博物館に寄る時間はない。林道を緩やかに登ると宮刈池(トンボ池)を右に見て、東海自然歩道の宮刈峠(279m)と出合う。立派なトイレとベンチもある。ここからは再び東海自然歩道を歩く。327.6mの山星山(基準点:山星)を越える。やがて大洞峠を過ぎる。中小企業大学校瀬戸校(労働者研修センター)の敷地に上がった。車道と交差するが東海自然歩道を行くと高根山(290m)を越えて森林交流館に下る。正式には「愛知森林管理事務所 森林交流館」という。
       <定光寺自然休養林>  
 この一帯が林野庁管轄の定光寺自然休養林である。丸根山とも言うらしいがピークは不明。ここからは車道と遊歩道が交錯しているので車道優先、時々遊歩道を下った。車道で石坂峠を越える。
観光案内図の看板にはここから「殿様街道」が東光寺へと南下している。付近には名城大学演習林もあり細道が下るが前途不案内なので引き返す。
    <初代名古屋城主・徳川義直が歩いた殿様街道とは>
 ちょっと長いが検索で得た「瀬戸市歴史文化基本構想を活用した観光拠点形成のための協議会」のサイトから「尾張藩主の行列が通ったことから名づけられた。
 尾張藩初代藩主徳川義直が葬られた定光寺への墓参りの道として、また、水野で行われた狩りのために通う道でもあった。初代尾張藩主義直は、藩主として領国内の民情を把握するために鹿狩や鷹狩を盛んに行った。
 特に水野には元和8年(1622)以降20回以上訪れており、その際に訪れた定光寺の景色に感銘を受け、自らの墓所に定めたとされている。名古屋城から定光寺までは、約6里(24Km)の行程で、瀬戸市内では「中水野」交差点から水野大橋を渡って東光寺、そこから丘陵地帯に入って石坂峠までの区間が道として残っている。」とある。
 つまり江戸時代以来の山岳古道である。一度は歩いて見たい。愛環の中水野駅から定光寺へのルートも良い。
 三角点221.1mの基準点名は玉ヶ峰と言う。今回は割愛。下部では基本的に山路の方を歩いた。そして車道に降り立った。地形図では内田町の一角である。愛環の中水野駅には14時10分頃着いた。これならまだ東谷山を明るいうちに乗り越えられると、続行した。 
       <東谷山へ登拝の参道を登る>
 国道と県道を歩き、住宅の並ぶ十軒町に行くと県道の交差点に案内板があった。地形図には東谷山から真東に石段を表わす記号から実線が伸びている。ここへ誘導されて鳥居をくぐるともう境内の一角である。長い参道の石段を登ると待望の東谷山(198m)の頂上に建つ尾張戸神社である。名古屋市の最高峰である。
 平地を歩く参拝ではなく、登って拝むから登拝である。遠くを眺める場合は遥拝という。苦労した末の登拝が初詣になった。500mlの水を飲みほした。これで今日の目的は果たしたので高蔵寺駅へ下山である。神社の横を通って社務所の管理用の車道へ出た。住宅地からR155、庄内川を渡ると高蔵寺駅だ。16:10の電車に乗れた。正味6時間の初旅になった。

姪の家でSちゃんと遊ぶ2025年01月02日

 名古屋市郊外にあるGさん宅に遊びに行った。昨年末実弟が娘(姪)の家に遊びに行くので来ないか、と誘われた。Sちゃんとは夏と秋にハイキングに行ったこともあり、二つ返事で承諾。
 自然薯を手土産に渡す。Sちゃんにはわずかながらでもお年玉を渡した。幼児でも専用の口座を作ってあるので入金するんだそうだ。
 話題になったのは関西に居る従姉妹のことだった。肢体不自由児で生まれて中年になった今もリハビリが欠かせない。一時は川遊びもやれていたのに何もしなくなると筋肉の硬直があるのだろう。
 それで2月に関西へ用事でいくので1日時間を作って見舞いがてら久々に会いに行くこととした。
 Sちゃんには富士山の歌を教えて一緒に歌ってもらった。口パクで終わったがまた教えてあげよう。

作詞=厳谷小波 (文部省唱歌)

1 あたまを雲(くも)の 上に出し
四方(しほう)の山を 見おろして
かみなりさまを 下に聞く
富士(ふじ)は 日本一の山
 
2 青空(あおぞら)高く そびえたち
からだに雪の 着物(きもの)着て
かすみのすそを 遠くひく
富士は 日本一の山 

次のハイキングも3月にシデコブシの開花に合わせていくことにした。

年賀状2025年01月03日

 今日はあまり天気は良くなかった。疲れが出て来たのかシャキッとしないので自宅で静養。午後、スーパーへ買い物に外に出ると非常に寒い。
 とりあえず、夕食の弁当と最低単位の野菜と惣菜などを買う。喫茶店で淹れたてのコーヒーを飲む。ホームセンターの売り場では神棚を探すがどれも存在感があって値段も張るので見送った。加えてしきたりはなにも知らないからちょっと勉強する必要がある。
 戻って里芋の煮物を作り置きする。里芋、人参、鶏肉を醤油と砂糖でに含める。冷めても食えるので作り置きの惣菜になる。
 マンションのポストには年賀状が3通あった。元旦と合わせて30通ほどに落ち着いた。暮れに書損のはがきと交換した年賀はがきも30枚あったから買い増しせずに済む。明日から返信を書くことにする。

殿様街道下調べ①2025年01月04日

 元旦の山歩きで偶然に知った殿様街道をネットで調べると殿様とは徳川義直が鷹狩で出かけた定光寺の豊かな自然が気に入ってここに墓を作れと作らせた。山路だが生活道路でもあったという。
 今日は1/2に行ったばかりの尾張旭市の一角に残る殿様街道の案内板を見に行った。その後、森林公園を通りながら瀬戸市へ越えて、中水野の東光寺からの山岳古道への道筋を調べた。奥が行き止まりで入り口までは行けなかった。この先が入り口で石畳の道へ続く。そして石坂峠に登る。そこからは丸根山を経て、東海自然歩道に合流し定光寺へ良い道があるはずである。
 別の機会に『瀬戸市史』や『尾張旭市史』などをチエックしてみたい。

蛍光シール2025年01月05日

 このところ、走行中に緊急車両に遭遇することが多くなった。そこでハザードランプを点滅させるが、時に見にくいことがある。ホームセンターで蛍光シールを探してハザードランプの横に貼ってみた。8枚入りで約450円もした。
 今までは社内灯を点けてしのいだ。いざという時とっさにボタンへ手が伸ばせるか、これからのことになる。もう一つは4WDの切り替えスイッチも下の方に片隅に寄せられて見にくいのでここにも貼った。その左はスノーモードのボタンになっている。
 これは中央部分に大き目の液晶画面をレイアウトして、音楽、ナビの機能を重視したためにこれらの本当は重要なボタン類が片隅に追いやられたのだろう。このために操作系のスイッチ類は見にくくなったと思われる。
 年賀状は1/3までに約30枚超だった。内29枚に返信をしたためて1/5朝にも投函した。天白郵便局は駐車場も局内も満員である。おそらく年賀状の追加買いとかで来たんだろう。

キャベツの効用2025年01月06日

 窓から外を見下ろすと道が濡れている。雨である。朝早くから燃えるゴミを出しに行く。午後から買い物に行く。
 とくに新鮮なキャベツが欲しかった。2日前から尿が濁る。今朝は赤っぽい色になったので血尿を疑い、要注意と感じた。ここ数日は作り置きの惣菜をたべてばかりだ。そんな時は生野菜が不足気味になる。
 体が欲するかのように中くらいの大きさのキャベツ一玉を四分の一にカット。四分の一を刻んで、マグロフレークの缶詰、マヨネーズで和えて食べた。
 その後の小便の色は薄い色に戻った。効果覿面である。
 検索すると血尿は尿路結石に起因するのでカリウムの多いキャベツ、果物は控えるように書いてある。これは真逆の知識なのである。医者は病気の面から人間の体を診るからだろう。野菜、果物を控えさせて、西洋の薬を処方する。
 ネットから拾った記事
・キャベツには心臓血管系に良い影響を与える成分が含まれており、血圧の調整や動脈硬化の予防に寄与します。 ビタミンKは血液凝固に必要であり、キャベツから摂取することで血液の健康を維持できます。

・キャベツには、血液の健康を維持する効果のある成分が含まれています。
 ビタミンK:血液の凝固に必要で、血液の健康を維持する脂溶性のビタミンです。キャベツには100gあたり78μg含まれており、成人の1日当たりの目安量の約半分に相当します。

 ビタミンC:鉄分の吸収を助ける働きがあり、血液を健やかにします。キャベツの外葉などに多く含まれています。
葉酸:赤血球を作り出す働きがあり、貧血を防ぎます。緑黄色野菜に多く含まれています。

 また、キャベツには次のような効果も期待できます。
・血圧の調整や動脈硬化の予防に寄与する
・血管を守り、血圧を下げる働きがある
・カルシウムの含有量も多いため、骨を丈夫にしたいと考える方はキャベツを食生活に積極的に取り入れてみても良いでしょう
以上
 少々高くても体に必須の食品である。薬を飲むよりもずっと健康的である。

殿様街道下調べ②2025年01月07日

 鶴舞図書館の検索機で木下信二著『殿様街私考』があると分かった。郷土資料コーナーで見ると、「昭和61年発行、孔版私家版限定65/冊子P54、 愛知県尾張旭市 樹下文庫第25冊」であった。日本の古本屋では5000円の希少価値が付いている。
 中身を見ると、実際に現地を歩いて、地元の精通者や古老などに聞きいて実証する姿勢である。また古文献、瀬戸市史などにも当たって調査は緻密と思える。それでも私考としたのは謙遜だろう。
 中でも、東光寺から石坂峠までの石畳の検証では、江戸時代以来のものではなく、電話線の保護のためと分かった。尾鷲の熊野古道の石畳は多雨地帯ゆえに道を保護する目的で多方面に亘って敷き詰められている。ここでは部分的というところに著者の注意深さが伺える。
 今となっては約400年の歴史の変遷で改修されたり破壊されて道の形は部分的にしか残っていない。それでも古きを訪ねるのはノスタルジアであろうか。

令和7年初の定例会2025年01月08日

 今年初の定例会である。10名も集まっただろうか。非常に寒い環境の中では足が遠のくのもやむを得ない。
 今回は会報の発行もあるので17時に出向いた。Wさんが印刷し、数名で折り曲げて袋とじに仕上げた。投稿数が少なくページが膨らまないから年4回発行を減らせ、という声もある。しかし、もっと投稿して欲しいものです。投稿の原稿が増えれば充実したものになる。
 会報のようなものは何十年か経過してから作成しておいてよかったな、となるものです。今は記憶もあるが、人間は忘れる。『古事記』『日本書紀』も自分たちの歴史を忘れてしまったから作られた。1400年後には古典になるからという理由ではない。
 稚拙か、立派な造本かは関係ない。何も残さなければ、雲散霧消するだけである。

殿様街道の歩き方2025年01月09日

 殿様街道をどう歩くか。起点は名古屋城。定光寺迄24km。今の県道61号なので大曾根から尾張旭までは瀬戸街道を歩く。しかし市街地なので割愛。名鉄瀬戸線で旭前で下車、砂川(すがわ)の交差点から東に瀬戸街道から殿様街道が分かれて行く。つんぼ石という。ここからが始まりになる。ここから定光寺迄13kmというから大した距離ではない。
 なるだけ資料で示される旧道を辿りながら森林公園口の柏井坂を上り、瀬戸市へ越える。瀬戸市もはっきり残っているわけではない。東光寺から先の道を左折すると石坂峠への山路の入り口になる。峠に着いたら定光寺自然休養林内の歩道を歩いて見るのも良い。丸根山を経て定光寺山門前で終点だ。そこから引き返し、221mの三角点玉ヶ峰を経て中水野駅から高蔵寺駅乗り換えで帰名する。
 ざっとこんなプランニングである。令和7年3月31日で定光寺の義直公の廟が竣工する。昨年12月には工事中で入れなかった。この機会に廟へ行くことも意味はある。

名古屋にも初雪2025年01月10日

 起きたのは9時過ぎだった。遅い朝食の準備をしていたら牛乳屋が集金に来た。今朝は雪ですよ、出かけない方が良いよ、なんて言っている。外を見下ろすと天白川の河川敷も雪で白かった。
 気象情報を見ると「10日(金)16時現在、新潟県の守門・岐阜県の白川など、豪雪地帯でも平年の1.5~2倍の積雪になっています。
 強烈寒波の影響が残るため、11日(土)18時までの予想降雪量は東北・関東甲信の多い所で50センチです。
 また12日(日)は、九州で大雪のおそれもあります。交通機関への影響・なだれ・路面の凍結などに注意すると共に、慣れていても除雪作業は十分お気をつけください。」とのこと。
 当面は寒い日が続きそうだ。外を歩くときは帽子と手袋が欲しい、と思った。羽毛ジャケットのフードを被るとかなりの防寒になる。寒の内さながらの寒さである。1/20の耐寒迄後10日はある。日脚伸ぶ、「春待つ」と似た意味の言葉には、「春隣」「春近し」「春間近」、春遠からじ。
 午後から名古屋市中心部に出かけて、事務所に寄ると、年賀状が2枚あった。さっそく返信を投函しておいた。