続・北アルプス・剣岳に登る ― 2012年07月31日
7/29(日)午前3時過ぎ、目覚める。3時半に起床、3時45分に小屋を出発。ヘッドランプを点けて登り出す。すでに先をあるく人もいる。剣沢からのヘッドランプが列を成して向かってくる。
一服剣までは一と登りの行程だ。頂上2618mに着くと先行者は出発して行くし、休まずに行く人もいる。薄明かりの中を次々に登ってくる。そんな慌しさにも関わらず、朝食の弁当を食べた。富山県の小屋の米は抜群にうまい。コシヒカリの本場だからか?
さて、後続者が途切れたところで、ヘッドランプを仕舞って出発だ。山頂からは岩場を降りてゆく。鞍部に降りると右から武蔵谷の雪渓が上がっている。前剣への湾曲した稜線を登る。岩場のざくざくした登山道を登ると皆が騒いでいた。雷鳥が砂場で砂浴びをしていたのだ。2mほどに近づいても逃げない。氷河期の生き残りというが性質は大人しく、何故そんな生命力があるのか不思議だ。多分、生存に最適な環境ではないところで、競争相手が居なかったからか。体毛は冬は白く、夏は枯れ木、岩の色の羽で覆われる。外敵から目立たないように身を守っている。
ダーウインの法則によれば進化するものしか生存できないことになるが、今西学による、住み分け理論にかなっていると思う。賢い、強い、カネがある、人脈がある、政府に保護されているような企業でも生き残れない。時代、環境に適応できる企業が生き残れるのは生物界の原理を応用した考え方だ。雷鳥に学ぶのは「恵まれている」ことは生存の絶対条件ではないのである。
鎖は何箇所もあるが番号がある。ここでは3番だ。鎖があるということは急俊な地形になったことである。遠望しても岩を筋肉に例えたいくらい隆々とした岩尾根であった。あっという間に一服剣が眼下に納まってゆく。
前剣への登攀の難場を過ぎて又難場を通過する。蟹の横ばい、縦ばいといった名前のついた箇所はクライミングの要素が強い。ザイルではなく、鎖で固定してあるから安心だがボルトの足場を踏み外すと転落する。重症か死亡の危険大である。前剣の頂上でももう随分高度感はあるが眼前に頂上を見るとまたファイトを維持する。前剣を過ぎると有名な平蔵谷の雪渓が登ってくる。隣は源次郎尾根だ。かつて若いクライマーの血を滾らせた尾根である。但し、今西さんは「初登山」の中で、すでに山頂が踏まれた後での尾根の初登攀の価値には疑問を呈していた。わずかXmか違っても、初登攀という記録至上主義は幼い精神と思う。
早月尾根の分岐の道標を左に見ると山頂は近い。多くの登山者が休んで記念写真に余念がない。我々も他の人にシャッターを押してもらって記念写真に納まった。少し離れたところには3等三角点が埋まっていた。以前はなかったものだ。
残念だが今日は霧に包まれて何も見えない。昨日はよく見えたのにもう水蒸気が増えたのである。日本海に近い条件がそうさせるのだろう。晴れるのを待っていることも出来ないので下山した。往路を何箇所かで下り専用のルートを設けてある。
一服剣まで来ると剣山荘が見えた。美しい雪渓の縞模様の剣沢が俯瞰できた。この周辺は北アルプスの中でも秘境といっていいだろう。11時半、剣山荘に着いて、すぐにデポしておいた荷物をパッキングをし直し、外のテラスで昼食とした。再登とはいえ、ささやかな安息、満足感に浸る。
12時過ぎ、別山乗越に向かって重い足を向けた。途中でこのまま雷鳥沢の小屋で泊まる3人と名古屋へ帰る3人とを分けた。少し、ピッチを上げた。終バスは17時40分、(後で16時もあった)に乗り遅れてはいけない。室堂へは快調に飛ばし、15時半に着いた。16時のバスに何とか乗れたのである。
立山駅に着いてからは、ウドンを食べたりして休憩をとった。行くときは騒然としていた駅周辺も今は閑散としている。車にのってまずは亀谷温泉に向かった。白樺ハイツで一風呂浴びた。600円也。ようやく人心地ついた気になった。
一服剣までは一と登りの行程だ。頂上2618mに着くと先行者は出発して行くし、休まずに行く人もいる。薄明かりの中を次々に登ってくる。そんな慌しさにも関わらず、朝食の弁当を食べた。富山県の小屋の米は抜群にうまい。コシヒカリの本場だからか?
さて、後続者が途切れたところで、ヘッドランプを仕舞って出発だ。山頂からは岩場を降りてゆく。鞍部に降りると右から武蔵谷の雪渓が上がっている。前剣への湾曲した稜線を登る。岩場のざくざくした登山道を登ると皆が騒いでいた。雷鳥が砂場で砂浴びをしていたのだ。2mほどに近づいても逃げない。氷河期の生き残りというが性質は大人しく、何故そんな生命力があるのか不思議だ。多分、生存に最適な環境ではないところで、競争相手が居なかったからか。体毛は冬は白く、夏は枯れ木、岩の色の羽で覆われる。外敵から目立たないように身を守っている。
ダーウインの法則によれば進化するものしか生存できないことになるが、今西学による、住み分け理論にかなっていると思う。賢い、強い、カネがある、人脈がある、政府に保護されているような企業でも生き残れない。時代、環境に適応できる企業が生き残れるのは生物界の原理を応用した考え方だ。雷鳥に学ぶのは「恵まれている」ことは生存の絶対条件ではないのである。
鎖は何箇所もあるが番号がある。ここでは3番だ。鎖があるということは急俊な地形になったことである。遠望しても岩を筋肉に例えたいくらい隆々とした岩尾根であった。あっという間に一服剣が眼下に納まってゆく。
前剣への登攀の難場を過ぎて又難場を通過する。蟹の横ばい、縦ばいといった名前のついた箇所はクライミングの要素が強い。ザイルではなく、鎖で固定してあるから安心だがボルトの足場を踏み外すと転落する。重症か死亡の危険大である。前剣の頂上でももう随分高度感はあるが眼前に頂上を見るとまたファイトを維持する。前剣を過ぎると有名な平蔵谷の雪渓が登ってくる。隣は源次郎尾根だ。かつて若いクライマーの血を滾らせた尾根である。但し、今西さんは「初登山」の中で、すでに山頂が踏まれた後での尾根の初登攀の価値には疑問を呈していた。わずかXmか違っても、初登攀という記録至上主義は幼い精神と思う。
早月尾根の分岐の道標を左に見ると山頂は近い。多くの登山者が休んで記念写真に余念がない。我々も他の人にシャッターを押してもらって記念写真に納まった。少し離れたところには3等三角点が埋まっていた。以前はなかったものだ。
残念だが今日は霧に包まれて何も見えない。昨日はよく見えたのにもう水蒸気が増えたのである。日本海に近い条件がそうさせるのだろう。晴れるのを待っていることも出来ないので下山した。往路を何箇所かで下り専用のルートを設けてある。
一服剣まで来ると剣山荘が見えた。美しい雪渓の縞模様の剣沢が俯瞰できた。この周辺は北アルプスの中でも秘境といっていいだろう。11時半、剣山荘に着いて、すぐにデポしておいた荷物をパッキングをし直し、外のテラスで昼食とした。再登とはいえ、ささやかな安息、満足感に浸る。
12時過ぎ、別山乗越に向かって重い足を向けた。途中でこのまま雷鳥沢の小屋で泊まる3人と名古屋へ帰る3人とを分けた。少し、ピッチを上げた。終バスは17時40分、(後で16時もあった)に乗り遅れてはいけない。室堂へは快調に飛ばし、15時半に着いた。16時のバスに何とか乗れたのである。
立山駅に着いてからは、ウドンを食べたりして休憩をとった。行くときは騒然としていた駅周辺も今は閑散としている。車にのってまずは亀谷温泉に向かった。白樺ハイツで一風呂浴びた。600円也。ようやく人心地ついた気になった。

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