車検完了受領2025年07月11日

 キャラバンの車検が予定通り終わった。ディーラーへ17時ジャストにディーラーに寄って車を受け取る。95000円余で日産カードで決済した。走ってみるとエンジン音が軽やかに感じる。
 これは先先日のオイル交換もある。回転数が1500回転から下になった際のキュルキュル音は消えていない。メカニックも原因は不明という。結局はギア比が低速で高すぎるのと3000CCから500CCのダウンサイジングでトルクが細くなったことが考えられる。
 対策は前に接近した車が走っている場合はODボタンをオンして1500回転以上にして走るか、前に車がいなければアクセルを踏み込んで回転をあげるか。

管理組合と管理会社の会議2025年07月12日

 7/11の夜、管理棟で管理会社との初会合を持った。管理人も新任が着任。いよいよ理事長としての仕事初めになる。
 課題は山積する。各戸を貫通する排水管の腐食の対策。これは管理組合で工事会社を探すことになる。管理会社に発注するとマージンが上乗せされる。
 その他、
1 庭園内のハチの巣が見つかったので駆除する。これは管理会社に一任。
2 鍵も受領
3 理事会開催の日程
4 損保の記名押印
5 警備保障の契約書の記名押印
6 支払のスマホ決済の手続き
7 清掃人への振込日のタイムラグをどうするか
8 雇用契約書の確認・・・清掃人は管理組合の直接雇用なので報酬の支払い事務がある。新しい日給と増やした場合はどうなるか。賃金台帳を作成して、源泉徴収、社会保険料等の公租公課を相殺するか。

牛乳に当たる?2025年07月13日

 7/11に車を受け取ったらすぐにでも日本アルプスか御嶽にでも行こうかと検討していた。ところが7/11の夜ぐらいからどうも体調が悪い。喫茶店で排便があったことをきっかけに自宅でも3回以上も普通の便が出た後、下痢になった。これで開封後何日か経過した牛乳が原因だと思い当たった。
それで脱力感もあって遠征登山は中止、近場も気力が萎えた。

査定の日2025年07月14日

 午前10時からの査定に合わせて早めに出た。ちょっと早過ぎて8時台のバスだけがない。近くの喫茶店で時間をつぶし目的地で行く。当該の部屋に入るともう来ていた。相続人の親と不動産会社から2名。名刺交換して商談に入る。
 査定とはいえ、築年数から傷み具合も似たようなものだから自ずと決まった数値は出ている。近辺のデータを開示してもらって下値から10万円下げて仲介をお願いすることにした。
 11時半には2社目が来た。ここは女性1名。データは特に示すことはない。先行の会社もここもリフォ-ムが決め手と分かった。築年数が古いから居抜きで入居はしまい。壁紙、キッチン、天井、証明、カーテン、カーペットなどインテリアにおカネをかけたい向きもある。入居してからでは遅いからだ。
 即答はせずに競合で、と言って置く。後日に決定することにして今日は終わった。

事業年度終了届の仮受付2025年07月15日

 法人事業税の納税証明書が取得されていたのでコピー、他の様式も念入りにチエック後、午後1番に事業年度終了届を出した。今日のところは仮受付になる。
 その足で相続物件の登記を依頼するために司法書士事務所に赴いた。久々の依頼案件になった。3ヶ月に1回程度の循環が出来ると経営も安定するがいまだ営業ができない。

期日前投票に行ってきた2025年07月16日

 7/20は山歩きに出かけたいので期日前投票を済ませた。駐車場はすでに満車で待機中もいた。私は偶然死角になるところが空いていたので止められた。続々とやって来るから参院選への関心が否が応でも高まっていると感じる。
 自民公明が凋落して大幅に議席を失う予想だ出ている。日本維新の会も一時の勢いを失った。社民党は消滅といわれている。共産党はどうか。入れ代りに日本保守党、参政党、日本誠真会などの新人が台頭してきた。 
 生まれては消える弱小政党だが今度は自民の自滅という側面がある。戦後80年の役目を終えて退場して行くのだろうか。

パッキング2025年07月17日

 7/19から7/21の連休は天気も安定しそうなので噴火以後、近づけなかった御嶽山へ行ってみようか、と思案中である。ヤマップの記録を見ると盛んに登られている。五ノ池小屋も営業している。但し料金は2食付き15000円と非常に高い。日帰りで行こう。
 御嶽山の剣ヶ峰は混むだろうから継子岳が良いかも知れない。すると濁河温泉から登ってチャオ御嶽スキーリゾートへ下山、自転車でクルマに戻ろうか、と計画。天気が悪ければ奥三河の近場の山の沢登りでもやろうか。

和泉雅子死去2025年07月18日

ネットから
 https://news.yahoo.co.jp/pickup/6545937から

 日本人女性で初めて北極点到達を果たした冒険家で俳優の和泉雅子(いずみ・まさこ)さんが9日、原発不明がんのため、東京都内の自宅で死去した。77歳だった。生前葬をすませており、故人の遺志で告別式やお別れ会は行わない。
 関係者によると、5月に自宅で倒れて入院。退院後は自宅で療養していたが、今月9日に体調が急変したという。

 東京・銀座生まれ。1961年に日活に入社し、主演した63年公開の映画「非行少女」はモスクワ国際映画祭で金賞を受賞した。「エデンの海」「絶唱」などでも人気を集め、吉永小百合さんと松原智恵子さんとともに「日活三人娘」と呼ばれた。山内賢さんとのデュエット曲「二人の銀座」が大ヒットした。

朝日新聞社
以上
・・・
ご冥福をお祈りいたします。合掌
77歳だったのか。脳裏には愛嬌のある可愛い顔しか浮かばない。

継子岳登山ー濁河温泉まで2025年07月19日

7月19〜20日にかけて来月の北アのトレーニング山行として御嶽山の一角にそびえる継子岳の登山を計画した。日和田富士とも言う。昔はあったチャオ御嶽山スキーリゾートも今は廃業で建物は残っているが廃墟と化した。

継子岳敗退2025年07月20日

濁河温泉の登山口から1時間半程度登った所で体調不良で敢え無く撤退した。登る途中でも数パーティにおいぬかれた。7合目の手前で引き返したが続々登って来る登山者とすれ違った。たまたま一宮市から来た登山者が下山中に一緒になって歩いた。
減量後初めての本格的登山だったが、片道180kmの山岳路を含むドライブで疲れたこと。車中泊も深夜までクルマの放射熱で暑く、朝方は逆に10℃位まで下がってサマーシュラフでは寒くツエルトを布団代わりに掛けた。その対応で熟睡は4時過ぎから2時間ほど。絶好の登山日和を活かせなかった。
帰路は飛騨小坂経由で帰名した。途中飛騨萩原の簗で鮎料理を食いたかったが廃業して今はトラック置き場になってしまった。木曽から飛騨を横断する365kmのロングドライブに終わった。下呂市でも33℃をマーク。猛暑を一時的に忘れる効果はあった。