片づけと解約2025年12月01日

 山積した書類や冊子、ゴミなどの整理に半日かかった。普段から整理整頓を心掛けてはいるがつい後回しにすると必要なものが見つからない。今日は月替わりで通帳記入に行って来た。そうしたら使った記憶がないし、見かけないカードの年会費が落とされていたことに気づいた。しかも2件ある。うち一件はカード会社が分かったのでHPから人を介入せずに解約できた。もう一件が分からない。当たりを付けて調べてみることにした。スーパー系のカードは年会費が無料ということで入会したはず。すると車のディーラーかも知れない。

山岳古道のミーティング2025年12月02日

 今夜は山岳古道のWEBミーティング。これが最後の会合になった。個人的には2023年5月1日に尾鷲古道の踏査を終えてから、色んな雑用が一気に押し寄せてきてストップしたままになっている。年内が締め切りというので入力を急がなくならない。

会合2025年12月03日

 13時~ マンション理事長向けセミナー
 10月以来続いて出席した理事長向けセミナーも今日が最後になった。10月は一級建築士から長期修繕計画について、11月は弁護士から近隣トラブルの話、12月は2026.4.1からの区分所有法改正の話になった。講師はマンション管理士が務められた。
 後半は例によってグループに分かれて討論形式で情報交換になった。メンバーは老若男女バラバラである。そんな中で比較的若い参加者と明らかに高齢者の参加者がささいなことで口論になり間に入ってなだめる一場面もあった。
 人生の辛酸を舐めた高齢者は騙されるな、せっかくの機会だから形だけでうまくやるんじゃなく、本音を出し合え、と吹っ掛ける。若い人はうるさいと思ったのか、軽くあしらったので憤慨したというわけだ。
 帰りの電車で同席になり話し合うと大学の同窓だということが分かって意気投合した。またどこかで出合えるかも知れない。
 そして19時からは街の山岳会の定例会。山行報告、山行計画、岳連報告の後、12/7の忘年山行の取り決めを優先した。会場を出た後は年末スキーの話もまとまった。

洗濯2025年12月04日

 久しく着用してこなかったポリエステルの綿入のオーバーヤッケを取り出してみたら結構汚れているので洗濯してみた。綿入なので回転させるわけには行かず手洗いになった。大き目のバケツに風呂の残り湯を入れてヤッケを水に浸し沈ませておく。洗剤も混ぜてしばらく別の仕事で放置しておく。ある程度時間を経過して見ると洗濯液が真っ黒に汚れていた。
 外着ではあるが山歩きなどアウトドアには使わなかったのに街の外出着だけにしてはよく汚れていた。もう一つのフリースの上着も洗ったら相当な汚れが出て来た。街の中の空気は汚れていないようで汚れているものです。すると山歩き用の外着の方がきれいかも知れません。

落葉の季節と注意2025年12月05日

 10月から11月にかけて御在所岳の一の谷新道の登山道で滑落死亡事故が3件あって驚いた。一度ならず通ったことがあるので険しいことは記憶がある。
 中道の負ばれ石が危険ということで現在は登山禁止措置がとられている。その為に一の谷新道の利用率が高まったのだろう。ただ、この季節になぜ連続したのだろう。
 最近の山を歩いて、落葉がふわりと積もっているところでは滑りやすい、と感じる。経験的にも落葉の下に石が隠れていたりするので慎重に歩く。知らずに踏むとバランスを失い転がる。なのでつま先で探るように歩く。
 一の谷新道は険しく一旦転がると急斜面を転がり落ちるから頭を打ったりして致命傷になるのだろう。

遠望峰山から桑谷山へ2025年12月06日

 11/29の岡崎市の帰路、三河湾スカイライン経由で登ろうとしたが日没が迫り、且つ着いた山上のホテルの駐車場の賑わいにモチベーションがだだ下がりになって撤退した。きちんと山路を歩いて登ろうとヤマップで調べた。不動ヶ池公園を起点に幸田町側から周回して見た。
 今日は冬日和で絶好の登山日和になった。名古屋からR23バイパスを辿って東三河へのアクセスは一段と楽になった。
 ナビに指定しておいた貴嶺宮に着く。Pの一角に停めさせてもらう。車道に出ると貴嶺宮の植樹に赤い椿が冬日を浴びて美しい。しばらくはやや傾斜のある車道を歩く。すると水飲み場が整備されている。よほど伏流水が多い山なのだろう。標高250m超の車道の急カーブでよく注意すると踏み跡が奥へと続き、赤テープのマーキングも見えるので車道から離れる。等高線300mの末端に坂野峠の道標が建っている。地元山岳会の活動であろう。ここから蒲郡市と幸田町の境界尾根に取り付く。左は植林、右は常緑樹の混じる雑木林で下にはスカイラインが見える。
 尾根には四角いコンクリートの箱がある。水の流れる音がするので山上ホテルの排水だろうか。上部へ登ると常緑樹の原生林も見えて来る。
 山上に建つ天の丸が近づくと山路は右へやや下り尾根の中心から外れて迂回する。樹林越しにホテルの一角も見えている。天の丸をやり過ごすと等高線がきつくなって落葉で滑りやすい。滑落を注意しながら喘ぐと傾斜が弱まり冬黄葉の見える山頂の一角に着く。
 三差路に着く。左から登って来る天の丸からの登山はセメントで舗装されている。右へ行くと遠望峰山の山頂だった。しかし山名通りとはならず何も展望はない。明治時代はこの辺りに大阪の堂島で行われていた米相場の情報を中継する「旗振り」の岩室があったらしい。ちょっと探ってもそれらしい雰囲気はない。
 お茶を飲んでから展望台へ行ってみた。途中にはやはり常緑樹の大木が残っている。足元には冬苺も群生している。ゆるやかに下るとカヤトの広場で三河湾に開けていた。三河大島が見え、少し右に移動すると渥美半島の田原市の蔵王山から衣笠山も見える。トヨタの田原工場も見える。後ろには椿の大樹の向こうに電波塔が建っている。赤い椿白い椿の花が美しい。
 小春日和でカヤトが微風にそよぐ。ぼーっとするのも良い場所だが先がある。山頂に登り返して天の丸ホテルへの道を辿るが、行き過ぎるのでGPSでチエックすると途中に右の尾根の山路に入る。植林内の道を辿るとスカイラインの三差路に下る。
 しばらくスカイラインを歩いて目印で山路に迂回、最明山は地形図上の遠望峰山という看板のピークを通過。確かに最高点の443mも遠望峰山であるが、地形図の記載は総称としての名称であってピークを命名したものではない。
 またスカイラインに出て、GPSを見ながら桑谷山への入り口を目指す。一番近い接点から斜面を登ると踏み跡に合流した。桑谷山は40年以上前に車で登ってさっさと一等三角点の標石を往復しただけだから山路は歩いていない。若い女性の2人連れとすれ違い、山路を辿ると久々の一等三角点に登頂できた。
 午後3時を回った。冬日はまだ高い。追いかけるように下山路は日の沈む西の方へずっと山道を辿り、最明山のピークを踏んで未舗装の林道に降り立つ。途中で左右に分かれるが左は不動ヶ池公園につながる。右は大井池に下る林道である。急カーブ後の318mの標高点から真西への尾根道に入る。ずっと落葉広葉樹の尾根通しの道を下る。明るい良い道だがフィックスロープのある急斜面もあって滑落しないように注意深くくだった。
 下部では鉄塔巡視路を辿りながら不動ヶ池公園への車道に降りたつとPは近い。午後4時過ぎ、冬日は勢いよく三河湾に落ちて行く。今日の幸田町の日没は16時39分、西側の尾根だからいつまでも明るいとはいえぎりぎりだった。Pには2~3台だけになった。R23で帰名。

美濃の里山・文殊山で忘年会2025年12月07日

 昨日は西三河の遠望峰山、今日は美濃の文殊山と連ちゃんでハイキング。今日は山岳会の年忘れ山行というので山頂の一角で恒例の肉まんあんまんを蒸してくれた。会長が13名分の食材、ガスコンロ、蒸し器などを背負子に荷造りして歩荷してくれた。
 岐阜県の風物を飛山濃水という。飛騨は山の国、美濃は川の国というわけだ。岐阜県のある山屋さんは否飛山濃山だ、と反論していた。なるほど飛騨には高峰が多く低山がないから是とする。
 岐阜県と長野県の奥深くから流れて揖斐川、長良川、木曽川の木曽三川がまるで一つの川にまとまる様に見える。これらの氾濫が濃尾平野になった。木曽三川には濃尾平野との境に口山と呼ばれる低山が数多ある。
 文殊山は口山の一つである。展望台の一角から南を眺めると揖斐川の支流の根尾川の流れと大野地域が俯瞰できる。
 美濃の由来を検索すると「「三つの野」説:大野(揖斐郡大野町)、青野(大垣市青野)、各務野(各務原市)が「三野」を形成し、これが美濃国の一帯を指したとされます。」というので眼下には大野を見おろしている。これが口山ハイキングの良さであろう。
 今日はまたとない冬日和だった。風のない穏やかな一日。口山には珍しい雑木林がふんだんに残されている。山路に堆積する新しい落ち葉を踏みながら冬紅葉をたっぷり楽しんだ。杉の植林の林床には常緑照葉樹林が生えている。伐採して放置して置くと常緑樹の山に戻って行く。これらは黄葉しない。
 並行する隣の山並みは全山杉山だ。ここは何らかの意図があって落葉広葉樹の山に育ててきたと思う。古くはエネルギー源として薪炭林に維持していただろう。そして今は都会に住む一般人が登って楽しめる山にして来たのだ。
 帰路は道の駅織部の里もとすに寄った。そう言えば山中に古田織部の生誕地の石碑があった。名産の富有柿が並んでいたが何時も買うのはお茶葉、ドクダミ茶だ。更に南のぬくい温泉で一風呂浴びた。山仲間との年忘れの一日だった。

片づけ2025年12月08日

 2日連続のハイキングで疲労が出て来た。加えて汚れ物も多いので洗濯から始める。昨夜入浴後のお湯を洗濯機の浴槽にバケツで淹れる。こうすることで軽微な運動になり疲労回復を促す。
 洗濯の間にパソコンを起動して山行記録を書く。これをSNSにも投稿したりして結構手間暇かけながらあっという間に午前中が終わる。
 午後は気晴らしに喫茶店で新聞を読み、その後買い物に行く。そうこうするうちに体を動かすことを常に片隅に置いて疲労回復を助ける。寝るよりも軽い家事作業が関節を動かすことで筋肉を動かし血液循環を促す。

俳句原稿送付2025年12月09日

 俳句雑誌への連載記事を送信しておいた。採用した句は小津安二郎監督に因む俳句だったので蘊蓄を傾けて書いた。12/12は小津忌でもある。投句のはがきは昨日投函。

入学の児に書留で贈るなり 拙作2025年12月10日

 姪の娘が来年6歳の学齢期になる。SNSで見ていたらもうランドセルなど購入して準備中なのでささやかながら金品を書留で送金しておいた。