[必見]世界のエリートが必ずしていること2023年03月07日


伊勢雅臣氏の歴史観とは

「世界で活躍する人の共通点」を聞いてみたのですが、返ってきた答えは“超意外”なものでした…

それは、、、「歴史観を持っていること」

一体、どういうことなんでしょうか?

「ビジネスの場で必ずと言っていいほど話題に上がることは、自国の偉業を語ることなんです。

 欧米の国際派エリートが、自国の偉業を誇るなら、国際派日本人は、日本の歴史を語れなきゃいけない。

 歴史を学ぶことは、この世界の中で自分が何者であるか、つまり、自らのアイデンティティを知ること。

 自国の歴史を学んで初めて先祖への誇りと子孫への使命感を持って、国際社会の中での仕事に取り組めるのです。

 歴史を語れない、アイデンティティを語れない人間は、国際社会を対等に渡り歩くことは出来ないんです。」
以上
 ダーウィンの自然淘汰が幅を利かす欧州のような国際社会では自己主張が必須。弱肉強食に淘汰されないための知恵であろう。
 日本は和の精神が根付いている。日本は特別に賢い、強い、金持ちなわけでもない天皇の歴史が続いてきた。無理矢理継承はできない。国民の篤い支持があればこそだ。どこの馬の骨か分からない人でも強ければ政権の座に着いたが、天皇の勅命があった。つまり権威で裏付けられた。
 欧州でもシナでも政権は長くは続かず、権威を失墜すると国外追放や革命で社会がリセットされてきた。地続きと島国の違いもある。
 例えはふさわしくないが、カルロス・ゴーンは瀕死だったルノーの再建を成功させて、レバノンの埋もれたはずの人生はフランスの国策会社の社長の座を射止めた。次は日産を再建するように嘱望された。実際に大なたをふるって再建した功績はあるが日産内部の氾濫で国外に逃亡を余儀なくされた。
 カルロス・ゴーンは待てなかったのか。欧州もシナも自分の出番が来るまで待たない風土と思った。シナには孔子が説いた論語がある。論語の趣旨は待つことという。他人の足を引っ張り合う社会では波乱が起こりやすい。社長と言えどもいつ寝首を欠かれるか分からない。疑心暗鬼の社会では発展も覚束ない。
 家康は論語の熱心な愛読者だったらしい。徳川幕府は朱子学が採用されたのも家康の考えであろう。関ヶ原の戦いに勝利すれば強い部下はいつ寝首を取りに来るか分からない。能力主義から年功序列に換えた。そのような学者を側近にした。
 その頃の欧州では革命が続いていたことを思うと大きな違いを思う。清教徒革命は1640年―1660年にわたる。ピューリタンを中心とする英国の革命。フランス革命は1789年だったが日本は江戸時代の初期から中期だった。1840年のアヘン戦争でシナはズタズタの亡国になった。1853年の黒船来航の外圧的な刺激により、日本は世界史に組み込まれて行った。約50年後には日清戦争、1904年には日露戦争と近代は波乱続きだった。

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