丸の内事務所整理2021年05月02日

 本州に二つの低気圧がまたがっているため、名古屋でも晴天ではあるが、寒く風が強かった。

 溜まった新聞紙、雑誌、書類などを整理。プラごみ、燃えるゴミも処分した。石油ストーブは灯油を抜いて収納。とりあえず雑務を片付ける。

おちょぼさんへ行く2021年02月28日

 今日は春霞の1日となった。三密を回避するために有名寺社の初詣も自粛していた。そろそろ商売の方も巻き返す時期がきたので海津のおちょぼさんことお千代保稲荷へ参拝に行った。東名阪道からの鈴鹿山脈は全山雲の中に隠れていた。
 待機すること30分くらいで無料駐車場に停めることができたからそんなに人手はないのだろう。ただし、参道に出ると閑散ではない。結構な人手がある。特に子供連れが多かった。
 油揚げとロウソクを買って本殿にお参りを済ませる。ここは行列ができていた。参拝後は隣の古堂にも名刺とお賽銭を投げた。税理士さんの名刺が多い。ここは税理士さんら自営業者のメッカなのである。
 2010年の開業以来何年か続けていたが確かにご利益はあった。コンスタントに売上があり、大金が必要な時には必ず手助けがあり、一等地である丸の内の一角に自己保有の事務所を構えることができたのもおちょぼさんのおかげである。ここしばらく、3年くらい参拝をさぼったせいで、2019年から業績不振が続いた。2021年から巻き返すぞ、と祈願した。
 参拝後には必ず買うのが、白菜のお漬物である。スーパーのは飽きて食べ残しが出るがここのは旨いので完食する。他に粘り強く生きようと、「伊勢芋」を買った。伊勢芋は野生的なほど粘り強い。スーパーでは中々見かけない。道の駅、田舎の農協などでチエックするが無いことが多い。
 というわけで春爛漫の半日を春浅き濃尾平野に過ごした。

貸金庫の解約2021年01月05日

 今日は成年後見人として被後見人の貴重品を預けていた銀行の貸金庫を解約に行った。後見活動は2012年に始まり、2018年に被後見人の死亡で終わったがその後は相続手続きも担ったので必要だった。それも2019年3月には終わったので2020年には解約しても良かったが忘れてしまったのである。
 年末に買い物をし過ぎないように心掛けていたがちょっと買い過ぎた。それも今日は大体片付いて来たので買い足すことにした。肉、魚、野菜、惣菜などを購入。
 夕方は山スキー靴の改修を行った。足首が太いのでバックルが締まらない。針金を使って2センチ程度のフックを取り付けて滑降中は足の固定をしっかりできるようにした。またスキー板の流れ止めの紐を追加することにした。2mmの紐と小さなカラビナをアマゾンに注文した。

丸の内事務所へ2020年12月18日

 午前中に事務所へ行く。またぞろ、コロナ禍が蔓延してきたので用心のためにマイカーで行く。三の丸に駐車。事務所ではまず暖房だ。寒いのでエアコンに加えて石油ストーブも点けるが、エアコンは老朽化で騒音が激しい。石油暖房が温まった段階で切る。
 少し来ない間にたまった会計事務、雑務を処理しておく。約束の時間帯に来客があり、書類を返却し、進捗度を確認した。内務が終わったので、外出ついでに固定資産税の支払い、銀行の通帳記入、預入と払出などを片付ける。
 栄から大須まで徒歩で行く。途中、名駅から大須北へ店舗移転の終わった駅前アルプスをのぞく。昔ながらの雰囲気演出のある店内にほっとした。山屋さん向けに先祖返りしたのかな。最近はスーパーの雑貨、衣料品売り場的な店づくりが多い。これで良いんじゃない。
 大須商店街に行く。マウスコンピューターの実店舗をのぞいた。ネットで見るよりも実物を見てみたいと思うからだ。実店舗だが意外に安い。店員と性能や価格について掛け合うのも楽しい。
 大須から栄行きのバスに乗る。栄で下車し、丸善書店に行く。気になった書物を物色した。3冊購入。喫茶店で一休みして事務所へ帰る。さてパソコンの購入とデータの移動など年末年始の仕事が決まってきた。来年はズームやネット対応の会議、研修に参加する体制を整えたい。

聾唖の夫婦と遺言公正証書2020年12月07日

 昼12時ちょうど、相方の行政書士の先生と合流。愛知県のある地方都市の公証役場へ向かった。13時30分から公証人役場で聾唖の夫婦の遺言書作成があり、2人とも証人として立ち会うことになった。
 定刻通り関係者が集まり、まずは夫から遺言書の内容を確認してゆく。ところが聾唖者なので手話通訳士が間に入るので、まるで外国人の同時通訳よろしく中々進まない。法律用語である相続と遺贈の違いなども説明しながらのこととなった。しかし、事前の打ち合わせもあるので無事完了した。続いて妻の方も同じ手順で無事完了した。
 完了後に手話通訳士はあなたが探したのか、と問う。同じ名古屋市の人だったからだ。曰はく、愛知県からボランティアとして派遣されて来られたのだ、という。
 検索すると、あいち聴覚障害者センターがヒットした。「聴覚障害者(難聴者・盲ろう者含む)のコミュニケーション手段を確保し、日常生活の向上と社会参加の促進を図るため、手話通訳者や要約筆記者、盲ろう者向け通訳・介助員の養成・派遣、日常生活の相談事業、字幕・手話入りビデオ・DVD貸出事業などを実施し、情報提供を総合的に推進する拠点施設として2015(平成27年)4月にオープンしました。」とあるので近年のことである。
 ここで、事業案内
手話通訳者、要約筆記者、盲ろう者向け通訳・介助員の養成事業
手話通訳者、要約筆記者、盲ろう者向け通訳・介助員の派遣事業
が行われている。因みに令和元年10月の試験結果は2020年1月発表によると
【結果概要】第31回手話通訳技能認定試験(手話通訳士試験)の合格者数等は以下のとおりです。

・受験者数 1,100人
・合格者数  121人
・合格率   11.0%
昨年は9.8%だったから狭き門と言える。
 そういえば、名古屋市長、愛知県知事が記者会見する際は必ず画面の左手に手話の人が手ぶり身振りで手話をやっている。何気なく見ていたが、意思疎通の不自由な人には欠かせないサービスと認識した次第。

建設業法改正の研修2020年12月02日

 午後から10月1日に改正された建設業法のポイントの研修だった。ズームの人多数、会場の人は小数に分かれてしまうが盛況だったのだろう。改正のポイントは益々複雑化した法の実務上の注意点だった。たしかに細目にわたる話である。その上にコロナ対応で、窓口で応酬しながら、書類不備や訂正、考え方の指摘などの細かい指導を受けることが出来なくなってしまった。
 県庁側からは行政書士の出す書類に不備が目立つこととなるのは必然だろう。更新の手続きでも痛感したが、手引きを読め、という指導だけではいかんともしがたい。細部にわたる法令、施行規則、解釈の違いなどがある。
 しかし今後はこれが常態化するかも知れませんね。申請→仮受付→審査→受理または不備なら返却→訂正→再申請→副本の送付(郵送または受領)となる。年数よりも数をこなしたいが中々数は得がたい。隔靴掻痒の思い。
 研修後は事務所で事務整理。ファックスが一本着ているが申込済みの研修も希望者多数で全面的にライブ配信となった。

緩和ケアの専門医の話(動画)2020年11月28日

https://www.youtube.com/watch?v=Jq5TQsbSz1A
【医者が聴いた】しておかないと死ぬときに本当に後悔すること5

1 ありがとうと伝えなかったこと。
・・・死期は選べない。喉元を過ぎれば忘れる。今、感謝の気持ちを伝える。

2 緩和ケアの医者を探しておかなかったこと。
・・・人は誰でも終末期を迎える。慢性病の末期には癌に限らず、痛みや苦痛が出る。この辛さを和らげるのが専門医という。

3 感情に振り回された一生を過ごしたこと。
・・・50歳代の女性の訴え。些細なことで悩んだ。大したことではない。感性が鋭いのも考え物だ。

4 やりたいことをやれなかったこと。
・・・自分の体は自由に出来なくなる。考えることすら気力がなくなる。思い立ったが吉日と思う。自分が時間を割いたことは何か。本当に今やりたいことは何かを知る。

5 仕事ばかりの人生だったこと。目の前のことで一生懸命だった。
・・・好きなこと、色んなことを平行してやってゆく。 

 緩和ケアの病院は名古屋では精霊病院を1つ知っている。検索すると3ヶ所ある。山岳会の先輩で医師だったが79歳で癌になり、末期はそこに入院された。意外にはやく亡くなられた。麻酔なども使ったとは聞いた。
 先生宅にお見舞いに行くと「君たちには世話になったな、僕はもう死ぬ。これまでありがとう」と言われた。こっちは「エッ、???」と絶句するばかりだった。世話になったのはこっちの方だったが、帝大医学部卒の社会のエリートだったのにフランクな性格だった。山の世界では社会的な序列はないので言いたいことを言い合い、放談を楽しんだ30年であった。
 あれからすぐに入院されたのだろう。先生を信奉する後輩(私には先輩)が世話をしていた。その方もすぐに病死された。医療を尽くしても治らないとなれば緩和ケアの専門医は重要な仕事である。自分も最期は世話になりたい。
 もしも6番目を挙げるなら、以前に聞いたことではあるが、遺言書を書かなかったことがある。病院のベッドで死を直前にした状況では中々に書けないだろう。但し、文案はこちらで考えるし、公正証書の場合でも公証人、証人とも病院や老人施設への出張が可能である。
 人生とは出会いと別れ。

小春日和2020年11月13日

10月12日から取引先と連絡を密にしながら12月半ばに期限が来る建設業許可更新を進めてきました。申請は30日前までなのでぎりぎり、本日朝一で県庁に向かい、社長と同席して書類不備と不足を補い無事受理された。こういう仕事は1週間が1日単位で過ぎていく。
報酬も今日中に送金してくれたらしい。10年前の開業以来使ったエプソンのPCも今じゃ老朽化。XPは電子申請にも対応できず、先延ばししてきたデスクトップのおニューのパソコンを買おうかな。
今は少し解放感に浸っていますが、やりかけの新規の仕事もあるので今後はそこに注力する。

 午後は尾張旭市の姪の家に行く。2月に生まれた子供が大きく育った。あんまり大きくならないうちに抱っこしに行くことにした。甥も結婚するというので一緒に来た。何十年ぶりかである。少子化時代なので赤ちゃんの姿も少ない。老人ばかりが目立つ社会になった。週刊誌も老人の話題ばかりである。こうして次世代は次々生まれている。

建設業許可変更2020年11月10日

 更新の申請について朝一で県から連絡あり。書類不備が何箇所もあり、1日対応に終始した。役員の任期変更と定款変更がリンクするものの届けがないため登記を促されたがこれはコピー提出で済んだ。過去の株主の変更が未届けが判明し、その書類作成で手間取った。依頼者側の申告がないと変更届は出せない。建設業法下の経営者は何か変更があれば登記か変更届が伴う。やっぱり一発では通りません。

建設業許可更新の申請2020年11月09日

 丸の内の事務所から徒歩で10分の自治センターに建設業許可更新の申請に来た。名古屋市の官庁街の街路樹はきれいに色づいた。多分、欅の類いか。自治センターの待機のところから見ていると時折強風が吹いて落葉が風に舞う。それなりに美しい。13時きっかりに呼び出されて、今日は正副本を受理されただけだ。不備がなければ無事更新される。