福井平野を走る2021年05月10日

 石徹白の詩碑を去り、下在所からは石徹白川に沿う県道を走った。小屋谷川を合わせると地形が狭隘になる。福井県境に入るとすぐに俵谷が右から合わさる。かつて遡行した谷である。しばらくで廃村小谷堂である。石徹白ダムを過ぎて、ちょっと明るくなると朝日前坂である。ふたたび峡谷の県道を走る。やや広くなると九頭竜湖駅のある朝日に着く。
 道の駅で、舞茸弁当、栃餅などの食料を仕入れた。国道158号になると道は広がるが、九頭竜の名の通り、くねくねとカーブの多い道路なので緊張を強いられる。
 下山から勝原までは荒島岳の山麓をぐるっと巻いて走ってきた。勝原スキー場付近は道路の付け替え工事の最中だ。やっと大野盆地は小雨模様だった。新しい道の駅ができた。先に知人の家を訪ねるが、不在で、あた道の駅に来た。モンベルがこんな山奥に出店するとはおどろいた。今はコロナ禍で家族で楽しめるキャンプ用品が売れているらしい。そこを当て込んで出したのだろうか。
 大野市を後に、R158は越美北線と並行して福井平野に出る。大野市から北へ行くと勝山市で、九頭竜川と並行してR416があり、後の中部縦貫道も大野ICまでは通じていたんだ。
 ナビは平野に出ないで、山沿いに導き、越前市に入る。越前市は蕎麦どころで、その一つである遊亀庵かめやを目指す。意外に辺鄙なところにあったが、Pは満杯だったから人気の店だろう。おろし蕎麦を注文した。少し固めで歯ごたえがある独特の味わいである。
 昨年の5/9には同店から取り寄せて食べてみて旨かったのでリアル店舗に来てみたが成功だった。しばらくはR8を走った後、R365に分かれた。昔の北国街道である。木之本では雨森芳洲庵に立ち寄った。対馬市の墓に行ってきた話をしたら担当者との芳洲談義が弾んだ。もともと2019年の9月に初めて訪ねて知ったのである。長話を断ち切って帰名した。

野伏ヶ岳の捜索は?2021年05月09日

 早朝5時30分に名古屋を出発。石徹白へは8時30分に着いた。高速道路のおかげで早いものである。石徹白は何年振りかで訪れる。アルペンスキー場はウイングヒルズ白鳥リゾートスキー場に名を変えてやっている。石徹白スキー場は閉鎖し、白山スキー場はスノーウェーブパーク白鳥高原スキー場に名が変わった。
 以前との違いは別荘がとても増えたことである。以前に来た際に石徹白川右岸に別荘が並んでいて驚いたものだった。こんな豪雪地帯なので利用できるのは6カ月くらいだろう。
 白山中居神社に着いてみたが、Pには車2台あるのみ。対岸に渡ると品川ナンバーが1台置いてあった。これが行方不明者のマイカーだろうか。他には誰もいない。時折、釣り人らしいのが通りかかる。捜索本部があり、多数の捜索隊をイメージしていたが、これではどうしようもない。
 中居神社の社務所の人に聞くと5/5に一度ヘリコプターは飛んだがすぐに解散してしてしまったらしい。今は山頂への尾根も藪が出ているので、山菜とりと同じで捜索隊の二次遭難を考慮したとも言われた。どこで聞いても同じだと、自信ありげにいう。これではモチベーションが一気にしぼんだ。
 北陸へのドライブに切り替えた。中在所まで戻ると、鮎川信夫への詩碑への案内板があったので見に行った。

     山を想う          鮎川信夫

 帰るところはそこしかない
 自然の風景の始めであり終りである
 ふるさとの山
 父がうまれた村は山中にあり
 母がうまれた町は山にかこまれていて
 峰から昇り尾根に沈む日月

 おーいと呼べば
 精霊の澄んだ答えが返ってくる
 その谺のとどく範囲の明け暮れ
 在りのままに生き
 東洋哲人風の生活が
 現代でも可能であるのかどうか

 時には朝早く釣竿を持ち
 清流をさかのぼって幽谷に魚影を追い
 動かない山懐につつまれて
 残りすくない瞑想の命を楽しむ
 いつかきみが帰るところは
 そこにしかない

 石徹白は父親の出生地らしい。
http://itoshiro.net/map/map0310.html

 詩碑に佇んでいると、ぽつりと冷たいものが降ってきた。今日は雨になるのか。長良川流域では晴れていたが、日本分水嶺を越えると日本海側の気候になり、じめじめと湿った雨が降り、悪いのである。

桜鯛あらも大事に売られけり 拙作2021年05月01日

 肉も欠かさず食べてきたが、たまには魚が食いたい、とスーパーをのぞいた。そろそろ鯛が出回るころなので、鯛のアラ煮とメニューを決めて早めに行った。ワンパックだけ愛媛県産の天然真鯛があったので求めた。
 ネットで鯛のあら煮でぐぐると調理法がどどっとヒットするので易しい方法で下ごしらえをする。
 まずは水道を出しっぱなしにして鯛の骨や切り口の血あいを古い歯ブラシと串焼きを食べた後とっておいた串の鋭い先っぽで洗い出しておく。これが臭みの元になるらしい。知らないときはそのまま醤油と酒、みりん、砂糖で煮付けていただけだった。下ごしらえをきちっとすると確かに臭みはない。
 煮立てて少し間を置いて味をにじませる。それから酒の肴の一品にして食べる。あっ、三河の名酒は昨夜で空っぽになった。生酒は水も醸造用アルコールも加えないからすっと舌に馴染んで飲める。少しは水っぽい方がぐいぐいやれるかも知れない。また設楽町の山に行ったら、蓬莱泉の量り売りを買おう。

名酒「蓬莱泉」を買う2021年04月22日

 鷹ノ巣山登山の帰路は、設楽町田口の関谷酒蔵に寄り道した。銘酒「蓬莱泉」でつとに有名。量り売りの生酒720mlを買う。とろっとして美味です。火を入れない酒本来の味ですね。

草餅を食ふ山なみを眺めつつ 拙作2021年04月07日

 設楽町の岩岳に行った。朝早く6時前に行ったのは、六所山では朝7時30分ごろで、トヨタ系の工場の始業と重なる時間帯で、R153が大渋滞にあったからだった。ところが、今度は早過ぎた。
 天気予報では午前中曇りだったが、東に行くほど雲が山にかかり重そうな感じである。モチベーションがぐらつく感じである。
 それで、途中の稲武の喫茶店でコーヒーを飲んだり、どんぐりの湯で小休止したが落ち着かない。もう一歩進めて、なぐらの道の駅に着いたが8時前とて、開店には早い。車中で仮眠した。やっと1時間半ほども寝ただろうか。
 なぐらの道の駅も開店したので物色すると、地元産の蓬で作った草餅が美味しそうなので3個買った。売店のおばちゃんと天気の話をしたら午後には晴れるわよ、とのたまう。それで元気を得て、10時には出発。首尾よく山頂で快晴を得た。その時に食べた草餅の美味しかったこと。朝霧は晴れると思った。

奥三河・岩岳を歩く2021年04月05日

 奥三河有数の展望の良さで知られる岩岳。湯谷からの尾根ルートは10年以上前にガイドブックで紹介された。その後多くの登山者に歩かれ、踏み跡もしっかりしてきた。加えて、地元の有志だろうか、道標が新しく設置された。このルートの良さが認められたのだろう。
今日は再踏査し、かつ広域農道に下るルートを歩いた。
岩岳からは尾根を辿り源流に下る。せせらぎの音を聞きながら歩いた。源流の中程で三差路になり、右は湯谷から駒ヶ原への古い峠道を歩けるように整備したのか。左へはゆるやかな山道で中々に風情がある。桧に混じり、松の大木が残る。下生えの笹の緑が美しい。広域農道の標高770m付近に出た。後は農道を1キロメートル歩けば湯谷の登山口(標高680m)に戻る。尚、広域農道はほぼ走れる。工事中の所は旧林道に迂回する形で駒ヶ原に行ける。

おちょぼさんへ行く2021年02月28日

 今日は春霞の1日となった。三密を回避するために有名寺社の初詣も自粛していた。そろそろ商売の方も巻き返す時期がきたので海津のおちょぼさんことお千代保稲荷へ参拝に行った。東名阪道からの鈴鹿山脈は全山雲の中に隠れていた。
 待機すること30分くらいで無料駐車場に停めることができたからそんなに人手はないのだろう。ただし、参道に出ると閑散ではない。結構な人手がある。特に子供連れが多かった。
 油揚げとロウソクを買って本殿にお参りを済ませる。ここは行列ができていた。参拝後は隣の古堂にも名刺とお賽銭を投げた。税理士さんの名刺が多い。ここは税理士さんら自営業者のメッカなのである。
 2010年の開業以来何年か続けていたが確かにご利益はあった。コンスタントに売上があり、大金が必要な時には必ず手助けがあり、一等地である丸の内の一角に自己保有の事務所を構えることができたのもおちょぼさんのおかげである。ここしばらく、3年くらい参拝をさぼったせいで、2019年から業績不振が続いた。2021年から巻き返すぞ、と祈願した。
 参拝後には必ず買うのが、白菜のお漬物である。スーパーのは飽きて食べ残しが出るがここのは旨いので完食する。他に粘り強く生きようと、「伊勢芋」を買った。伊勢芋は野生的なほど粘り強い。スーパーでは中々見かけない。道の駅、田舎の農協などでチエックするが無いことが多い。
 というわけで春爛漫の半日を春浅き濃尾平野に過ごした。

東濃・田代山を歩く2021年02月07日

 笹平登山口から黒の田湿地を経由して田代山へ登った。フキノトウやフクジュソウにでも出会えないか、と思った。40年くらい前に一等三角点研究会に入り、一等からしらみつぶしに登り始めた。
 屏風山は初期に登った。あの頃は地図からは分からず、ガイドブックと同志の情報交換が頼りだった。だから入会する理由があったわけだが、今では全国の一覧がネットで知ることができる。それでもマニアックな山は研究会の情報が貴重である。黒の田湿地も初めてではないと思うがもう歩いた記憶はない。先日の雪が少しだけあり、春は未だしの感がある。フキノトウすら会えなかった。
 田代山へは湿地から良い道が上がっている。旧牧場からくる道との合流地点前はやや不明瞭である。田代山の南西のコブは約829mあり、これを越えて登り返すと山頂だ。
 田代山は古い記録では819mであるが今は820.0mになった。3等三角点が埋まるが樹林の中で展望は皆無である。
 帰路は合流地点まで戻り、直進すると田代山高原牧場の廃墟へ下ってゆく。途中に牛の水飲み場跡があった。さらに下ると左へ電波塔への舗装路に出会う。電波塔へは行かず、そのまま下ると右手に牛舎の廃墟があった。廃墟の裏の819mのコブへは踏み跡がある。猪の罠が仕掛けてあるところで終点。そこから植林の中の尾根を辿るが、踏み跡はない。GPSで確認しながら下ると荒れているが深い踏み跡が出て来た。古い杣道だろう。尾根を忠実にたどる。地形が複雑で行きつ戻りして688mの4等三角点(笹平)を確認して、道の無い尾根を下って笹平の山里に出た。読図力がためされる。GPSが必須だった。
 笹平は中山間地域で圃場整理が行き届いた美しい山里だった。Pへ戻る際に媼に挨拶した。94歳というから亡母と同じだ。母は若くして死んだが存命なこんな風に生きているんだろう。孤絶された山里で一人生きることはできまい。嫁が気を使って声をかけてくれるという。言葉はしっかりしており、世の中のことも見ている。
 狭いたんぼを圃場整理されたはいいが、田植え機、耕運機など機械の購入と修理代が大変かさむと嘆く。年金をつぎ込んでいるんだともいう。今の農業は農協の管理下にあり、イネも苗で買うし、種も買うのである。昭和30年代の私の実家ではトウモロコシやなすびの種をいつも保存していたものだった。その上に肥料や機械類もみなカネがかかるのだ。嘆かわしい話を打ち切ってPへ戻った。
 時間が早かったので恵那駅前の「あまから本店」に行き、だんごタイプの五平餅を食べに行った。検索すると恵那市は多数の店がヒットするので山へ行くたびに食べ比べしてみたい。特徴は三河のわらじ形の味噌だれではなく、だんご形で醤油ベースのクルミだれである。クルミのコクとゴマの風味がうまい一品だった。店内で食していると次々に客が来て10本、20本と買っていく。たかがご飯をだんごにして串に刺し、炭火で焼いただけなのに愛されているんだと思った。瑞浪市他にも支店をだすほどの繁盛ぶりである。

久々に鶏飯をつくる2021年02月06日

 久々に鶏飯を食べたくなった。親鳥が入荷しておれば作ろうとスーパーへ出かける。外は寒いがものすごくいい天気である。ホントは山行きだったが深夜遅くまで読書で朝起きられなかったのである。
 親鳥はあった。ごぼう、にんじんを下ごしらえする。フライパンでそれらの具材を炒める。脂は別に買った鳥皮を炒めてとった。火が通ったところで砂糖と醤油で調味する。別に炊いてある白飯に混ぜ込んでかき回すと出来上がる。ごはんはいつもより水を減らしたからぱりっとした炊き上がりになった。親鳥の肉のコクがしみ込んで美味しい。ごぼうの香りもしっかり。人参の色どりもカロチンの栄養価が高い。
 加えて、店頭でワカメの新物をみたので買いおく。量的には多めなので刻んで、一人分づつ、ポリ袋に小分けして、今日の分は別にして残りは冷凍した。前に買ったあさり汁に入れた。食べると体から悪いものが発散していくような気がする。
 栄養は「食物繊維(乾燥重量の約40%)、脂質、ミネラル」のほか、「アルギン酸は整腸作用やコレステロール低下作用が有名で、その確かな効果から、アルギン酸を添加した特定保健用食品も販売されています。フコイダンは、がん細胞の増殖を抑制する作用などが知られています。」というから侮れない。
 実は干しワカメも塩蔵品も備蓄はあるのだが、ワカメの旬は「わかめを採取する時期は大体2月頃から始まり、五月頃最盛期を迎えます。 寒中に生えてくる新芽を生で食べるのが、もっとももおいしいといわれています。」というわけで今である。

群馬県嬬恋村スキー行珍道中②2021年01月30日

1/25 つま恋の丘から浅間山が見える。「嬬恋の宿 あいさい」に着く
・・・以前に見たことがあるが雪山はまた別です。宿は欧風の建物で吹き抜けが大胆。温泉も2階にあり移動は少なくて済む。料理はフランス料理風で多種で少量の御馳走をいただく。

1/26 晴天のパルコールつまごいスキー場で滑りまくる
・・・朝9時に宿を出て1日スキー場で遊べた。ホントに久々のゲレンデスキー三昧。夕食はやはり地物の野菜、魚、肉が少量づつ出されて上品な味わいだった。

1/27 荒天のスキー場で午後は打ち切り
・・・天気が持ったのは午前中だけであった。ゴンドラで上がってもゆらゆら揺れたから低気圧が通過中と聞いた。ゴンドラもリフトも横風に弱い。夕食は今日で3回目だが同じものは出さない。メニューの工夫が大変だな。

1/28 「嬬恋の宿 あいさい」を去る
・・・スキー宿が快適で良かった。ゲレンデは1日半だけは楽しめた。参加メンバーも多くは入れ替わった。常連だった会員も高齢には勝てない。自分もそうなる。9時過ぎに宿を出発。