雑誌・会報届く ― 2026年04月27日
2つの山岳会の会報や機関誌や俳句結社からどさっと雑誌が届いた。東京に本部のある山岳会は電子化へ誘導することが多くなった。郵送費が馬鹿にならないくらいに高騰したからだろう。しかし、紙に執着があるからなあ。
大給城址から岩谷山を歩く ― 2026年04月19日
4月になった。天白川堤防沿いの桜が満開から葉桜、そして散ったというのに中々出掛ける機会がなかった。やっと豊田市郊外の里山を歩けた。
春更けて山奥深く浸りけり
ウグイスのしきりに鳴くや城の跡
廃田を無心に耕す老農夫
と詩心のおもむくままに作った。
まず小さな峠から大給城址に登城した。松平家の初期の武家。ここから岡崎平野へと領地を広げていったのだ。城趾の一角からは豊田市街を見下ろせる。道は整備されて険しくなくぶらっと散策に良い。
地図を見て岩谷山へミニ縦走した。山道は俄然悪くなりコース外れで行きつ戻りつを繰り返した。岩谷山の山名通り山頂付近は大岩が屹立する険路になった。御嶽教の様な山岳宗教の雰囲気がある。修行僧がいたのだろうか。危うく無理して下りかかったがおかしいと気がついて引き返すと普通の山道に戻れた。岩谷山は専用の登山口から登らないとけっこう骨が折れる。
一旦林道に出て山里につながる車道を戻った。その後九久平の県道39号線に出てお菓子屋で柏餅を購入。
主目的の松平辰蔵の墓に詣でた。お菓子屋の北のセメントの階段を登って行くと植林内に着く。右行くとヤブ気味で建物がある。何となく左に行けば良さそうだが階段まで戻った。直進すると薄い踏み跡があり奥に墓石が見えて来た。無秩序な感じで墓が建っている。松平辰蔵の墓は上の方にあった。
1836年の加茂一揆の頭取だった男だ。1万人以上の農民が動員された。松平一体の農民が米価高騰に怒って立ち上がった。挙母藩、岡崎藩に抑え込まれた。1840年のアヘン戦争敗北から植民地化を恐れた幕府は開国に踏み切った。幕末は騒然とするが世直しのきっかけになった一揆だった。取り調べに対して上が腐れば下は猶も腐ると言った。松平の名をいただいた男の気概だろう。
松平往還を歩いた際に豊田市滝脇町の小学校付近にあった岩御堂が一揆のモニュメントである。
下山後は豊田市中央図書館に寄って加茂一揆の史料に当たって見た。辰蔵の家は焼かれた。早くに死んだ。取り調べの記録もある。藩は治安のために処分せざるを得なかった。原因はインフレだった。戦が無いと人口は増える。モノが足りない。
幕府、藩は給与を米で払った。米価は高い方が良い。今も消費税増減税でもめる。公務員の給与は税金だから増税を維持したい。
こうして昔も今も税金を巡る争いの種は尽きない。
春更けて山奥深く浸りけり
ウグイスのしきりに鳴くや城の跡
廃田を無心に耕す老農夫
と詩心のおもむくままに作った。
まず小さな峠から大給城址に登城した。松平家の初期の武家。ここから岡崎平野へと領地を広げていったのだ。城趾の一角からは豊田市街を見下ろせる。道は整備されて険しくなくぶらっと散策に良い。
地図を見て岩谷山へミニ縦走した。山道は俄然悪くなりコース外れで行きつ戻りつを繰り返した。岩谷山の山名通り山頂付近は大岩が屹立する険路になった。御嶽教の様な山岳宗教の雰囲気がある。修行僧がいたのだろうか。危うく無理して下りかかったがおかしいと気がついて引き返すと普通の山道に戻れた。岩谷山は専用の登山口から登らないとけっこう骨が折れる。
一旦林道に出て山里につながる車道を戻った。その後九久平の県道39号線に出てお菓子屋で柏餅を購入。
主目的の松平辰蔵の墓に詣でた。お菓子屋の北のセメントの階段を登って行くと植林内に着く。右行くとヤブ気味で建物がある。何となく左に行けば良さそうだが階段まで戻った。直進すると薄い踏み跡があり奥に墓石が見えて来た。無秩序な感じで墓が建っている。松平辰蔵の墓は上の方にあった。
1836年の加茂一揆の頭取だった男だ。1万人以上の農民が動員された。松平一体の農民が米価高騰に怒って立ち上がった。挙母藩、岡崎藩に抑え込まれた。1840年のアヘン戦争敗北から植民地化を恐れた幕府は開国に踏み切った。幕末は騒然とするが世直しのきっかけになった一揆だった。取り調べに対して上が腐れば下は猶も腐ると言った。松平の名をいただいた男の気概だろう。
松平往還を歩いた際に豊田市滝脇町の小学校付近にあった岩御堂が一揆のモニュメントである。
下山後は豊田市中央図書館に寄って加茂一揆の史料に当たって見た。辰蔵の家は焼かれた。早くに死んだ。取り調べの記録もある。藩は治安のために処分せざるを得なかった。原因はインフレだった。戦が無いと人口は増える。モノが足りない。
幕府、藩は給与を米で払った。米価は高い方が良い。今も消費税増減税でもめる。公務員の給与は税金だから増税を維持したい。
こうして昔も今も税金を巡る争いの種は尽きない。
地名と季語・・・六花のこと ― 2026年03月27日
俳句雑誌『辛夷』4月号が届いた。早速連載中のコラム記事用の句を探す。今月はすぐに見つかった。六花という季語で手際よくまとめてある。一読地味な句風ではあるが、六花の季語のもつ凄さが分かる人には好さが分かるはずだ。雪が降って来るのだが目に見えるのは六角形の結晶だからとにかく寒いことを髣髴させる。そんな場所は北陸から以北である。地域制も想像がつく。
以前、奥近江の冬山に登った。登路の谷の名前がリッカ谷だった。後で調べてこれは六花谷だろうと断定した。地形図には山の名前が無いので人が登らないから山の本には書いてない。知る人ぞ知る地名であろう。
以前、奥近江の冬山に登った。登路の谷の名前がリッカ谷だった。後で調べてこれは六花谷だろうと断定した。地形図には山の名前が無いので人が登らないから山の本には書いてない。知る人ぞ知る地名であろう。
残雪や曽って一揆のありし村 (貫野 浩) ― 2026年01月14日
郡上八幡観光協会 Gujo Hachiman Tourism AssociationのFBから
本文
雲間から差す日の光は、
郡上八幡城(岐阜県)の天守閣や
木々の枝の雪を垂(しず)るものの、
白山へとつづく山のうねりは、
まだ白銀(しろがね)に輝いています。
自分のコメント
郡上市は白山文化の里。白鳥町の白尾山は白山の尾に当たるから白尾山と言う、と白鳥町史にあった。以南も山続きで郡上八幡に至る。
籠訴をしたために獄門晒し首になった一揆の首謀者の実家を訪ねた。大日ヶ岳山麓だった。当家は北海道へ移住されたが墓を拝んで来た。
冒頭の句はそういう歴史を知るものには感慨深い。ああそうなの、と読み流せない。東殿山の登山口付近、タラガ峠への途次にも一揆の記憶を忘れまいと石碑が建っていた。
本文
雲間から差す日の光は、
郡上八幡城(岐阜県)の天守閣や
木々の枝の雪を垂(しず)るものの、
白山へとつづく山のうねりは、
まだ白銀(しろがね)に輝いています。
自分のコメント
郡上市は白山文化の里。白鳥町の白尾山は白山の尾に当たるから白尾山と言う、と白鳥町史にあった。以南も山続きで郡上八幡に至る。
籠訴をしたために獄門晒し首になった一揆の首謀者の実家を訪ねた。大日ヶ岳山麓だった。当家は北海道へ移住されたが墓を拝んで来た。
冒頭の句はそういう歴史を知るものには感慨深い。ああそうなの、と読み流せない。東殿山の登山口付近、タラガ峠への途次にも一揆の記憶を忘れまいと石碑が建っていた。
忘年会旧知の人と二次会も 拙作 ― 2025年12月16日
名古屋市東区は江戸時代は武士の屋敷があったエリアで白壁でも知られる高級住宅街になっている。今夜の忘年会は武家屋敷をレストランに改造してフランス料理を食う趣向であった。
旧知の同窓の後輩が二次会はないのか、とつぶやく。12/11に行ったばかりの居酒屋に連れて行った。さすがに高齢の身には飲めないので焼酎のお湯割り二杯で引き揚げた。
旧知の同窓の後輩が二次会はないのか、とつぶやく。12/11に行ったばかりの居酒屋に連れて行った。さすがに高齢の身には飲めないので焼酎のお湯割り二杯で引き揚げた。
入学の児に書留で贈るなり 拙作 ― 2025年12月10日
姪の娘が来年6歳の学齢期になる。SNSで見ていたらもうランドセルなど購入して準備中なのでささやかながら金品を書留で送金しておいた。
俳句原稿送付 ― 2025年12月09日
俳句雑誌への連載記事を送信しておいた。採用した句は小津安二郎監督に因む俳句だったので蘊蓄を傾けて書いた。12/12は小津忌でもある。投句のはがきは昨日投函。
俳句7句を書きだす ― 2025年11月02日
10月中に作った俳句を整理してみた。10/10の山上ヶ岳、坊ケ峰、緑区の毘沙門天と外に出る機会が多くあったので俳句の数は確保できた。
緑濃き毘沙門天や神の留守 ― 2025年10月27日
名古屋市緑区の徳重熊野社の奥に毘沙門の名称の最高点85mがある。地形図では独立標高点に表記されている。
土日ともぐずついた天気だったが本日は秋晴れが広がった。
緑区の毘沙門天を目標に自宅からウォーキングを開始。天白川の堤高15m地点から天白公園の近くを抜けてR302の交差点で標高70m、比高55mの緩斜面の車道を登った。さわやかな空気で汗はかかない。ゆるりと下って三叉路で熊野社の境内に突き当たるので細道を探しながら半周した。結局神社とのフェンスで参詣路は無く、反対側にある毘沙門天王参拝路の石碑から直登した。
ヤマトタケルの様な石像が建っている。今回で2回目の登頂である。社叢は密集していて景色は隙間も無い。但し小鳥の鳴き声が盛んに聞こえる。野鳥の営巣地だろうか。
ヤマップの高度計は80m、カシオの高度計は100mとバラツキが出た。近くには国土地理院の標柱が落ちているので計測はしたのだろう。
良い道が熊野社へ向かって下っている。社叢の密な光の差さない道を下ると熊野社の社殿に着いた。毘沙門天への道標まであった。
社殿に参拝後長い階段を下って街に出て、喫茶店の支留比亜でウォーキングを打ち切った。自宅までは原行きのバスで戻る。1時間50分のウォーキングもバスなら15分で原駅。
土日ともぐずついた天気だったが本日は秋晴れが広がった。
緑区の毘沙門天を目標に自宅からウォーキングを開始。天白川の堤高15m地点から天白公園の近くを抜けてR302の交差点で標高70m、比高55mの緩斜面の車道を登った。さわやかな空気で汗はかかない。ゆるりと下って三叉路で熊野社の境内に突き当たるので細道を探しながら半周した。結局神社とのフェンスで参詣路は無く、反対側にある毘沙門天王参拝路の石碑から直登した。
ヤマトタケルの様な石像が建っている。今回で2回目の登頂である。社叢は密集していて景色は隙間も無い。但し小鳥の鳴き声が盛んに聞こえる。野鳥の営巣地だろうか。
ヤマップの高度計は80m、カシオの高度計は100mとバラツキが出た。近くには国土地理院の標柱が落ちているので計測はしたのだろう。
良い道が熊野社へ向かって下っている。社叢の密な光の差さない道を下ると熊野社の社殿に着いた。毘沙門天への道標まであった。
社殿に参拝後長い階段を下って街に出て、喫茶店の支留比亜でウォーキングを打ち切った。自宅までは原行きのバスで戻る。1時間50分のウォーキングもバスなら15分で原駅。
あをによし奈良の高市早苗氏は女性で初の総理の座に立つ 拙作 ― 2025年10月20日
公式のプロフィールは以下の通り
〇1961年(昭和36年)3月7日生まれ
〇奈良県立畝傍高校卒業
〇神戸大学経営学部経営学科卒業(経営数学専攻)
〇 (財)松下政経塾卒塾
〇 米国連邦議会Congressional Fellow(金融・ビジネス)
〇 近畿大学経済学部教授(産業政策論・中小企業論)
・・・現在64歳というから政治家として油が乗って来たところ。
基本理念
日本を、守り抜きます!
高市早苗は、国の究極の使命は、「国民の皆様の生命と財産」「領土・領海・領空・資源」「国家の主権と名誉」を守り抜くことだと考えます。
激甚化している自然災害の被害を軽減するための防災対策の促進、サイバー防御体制の樹立、領土・領海・領空・資源を守り抜ける国防体制の構築、経済安全保障の強化、紛争勃発時における在外邦人の迅速な救出を可能とする体制整備、北朝鮮による拉致被害者の帰国実現、国内外におけるテロリズムや凶悪犯罪・新技術を悪用した犯罪への対策強化など、取り組むべき多くの課題が存在します。
高市早苗は、引き続き、「リスクの最小化」に資する制度設計に取り組んでまいります。
直近(2024年)の自民党総裁選挙や衆議院選挙では、「食料安全保障の確立」「エネルギー・資源安全保障の強化」「健康・医療安全保障の構築」「令和の国土強靭化対策」「サイバーセキュリティ対策の強化」「新たな戦争の態様(宇宙・サイバー・電磁波領域、無人機、極超音速兵器、自律型AI兵器)にも対応できる国防体制の構築」「日本の防衛施設の強靭化(電磁波対策・地下化等)」「人工衛星と海底ケーブルの防御」などを重点的に訴えました。
また、国家の名誉を守るための法制度整備(議員立法:党議決定した刑法92条改正案の国会再提出等)への挑戦も続けます。
「総合的な国力」を強くします! そのためには「経済成長」が必要です。
今は、「総合的な国力」を強化するための取組を迅速に進めるべき時だと考えます。
高市早苗は、「国力」の要素を、「防衛力」「外交力」「経済力」「技術力」「情報力」「人材力」の6つだと考えています。それらの強化に必要な政策を構築していきます。
この6つの力を強くするためには、「経済成長」が大前提です。
経済のパイを大きくするために、日本に強みがある多くの技術の社会実装とともに、勝ち筋となる産業分野につき国際競争力の強化と人材育成に資する戦略的支援として、「成長投資」の必要性を訴え続けています。
日本列島を、強く豊かに! 地方の大きな「伸び代」を活かします。
「47都道府県どこに住んでいても、安全に生活することができ、必要な医療・福祉や高度な教育を受けることができ、働く場所がある」。高市早苗が目指す日本の姿です。
かけがえのない生命を守るために、全国各地の防災対策・防犯対策を強化します。
そして、地方には、大きな「伸び代」があります。
農林水産業・製造業・サービス業をはじめ幅広い産業分野において「新技術立国」に向けた投資を促進するとともに、そのチャレンジを担う人材を増やし、絶え間なくイノベーションが起き、日本列島の隅々まで活発な経済活動が行き渡る国を創るために力を注ぎます。
「全世代の安心感」を、日本の活力につなげます!
人生100年時代と言われますが、「シニア世代の方々が幸せで輝いて見える」ことは、「若い世代の方々の将来への安心感」に直結します。
「全世代の安心感」を創出することによって「消費マインド」は改善し、日本経済の活力につながります。
「経済的事情や障碍によって進学や就職を諦めない」「結婚や出産・子育ての希望を諦めない」「介護離職等でキャリアを諦めない」「更年期や高齢期特有の不調、障碍や難病によって社会活動を諦めない」で済む環境整備を目指します。
社会保障制度の安定性と継続性を確保するためにも、「経済成長」による強い経済が必要です。
「自立と勤勉の倫理」が重んじられる「公正な社会」を創ります!
支え合いの制度である社会保障は、勤勉に働いて税金や社会保険料を負担してこられた多くの国民の皆様のご努力によって成り立っています。
「本当に困った時には十分に活用していただけるセーフティネットを確保すること」「経済成長により、雇用と所得を増やすこと」を前提に、「不正利用」は許しません。
日本人の矜持である「自立と勤勉の倫理」を取り戻し、法制度の内容や執行の「公正性」を担保し、「努力をした人が報われる社会(働く意欲を阻害しない制度設計等)」を構築するために頑張ります。
「機会平等」を保障する制度設計への挑戦を続けます!
国の様々な制度設計については、「行き過ぎた結果平等」を廃し、「機会平等」を保障するべきだと考えています。
「ジェラシーに立脚した法制度」が増え過ぎると、優れた人材も企業も育ちません。
むしろ、「リスクをとってチャレンジした人や企業が報われる環境作り」「出る杭を伸ばす発想への転換」こそが、可処分所得を増やし、人材流出や産業空洞化を防ぐ鍵だと確信します。
国家の基本である「教育」を充実させます!
教育は、国家の基本です。
家庭と教育機関と社会がそれぞれの責任を担い、毅然と教えるべきことを教えることによって、日本が直面する課題の多くが解決に向かうと確信しています。
第1次安倍内閣が60年ぶりに『教育基本法』の改正を断行したことは、当時の答弁担当閣僚の1人だった高市早苗にとっても大きな喜びでした。
教育の目標として、「道徳心」「自主及び自律の精神」を培うとともに「勤労を重んずる」「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参加し、その発展に寄与する」「生命を尊び、自然を大切にし」「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」態度を養うことを記しました。「家庭教育」の規定も新設しました。
『教育基本法』の改正を受けて、関連法の改正や学習指導要領の改訂も実施されましたが、教科書記述内容や教育現場での取組への反映は不十分だと感じます。
高市早苗は、『改正教育基本法』の崇高な理念が完全に活かされる日まで、教育改革への挑戦を続けます。
更に、時代の要請に応えられる人材育成に、力を入れます。
新たな技術領域への対応力を強化するとともに、実学重視のルートの多様化、研究者の処遇改善と活躍の場の確保に取り組みます。
日本の国際社会におけるプレゼンスを高めるために、国際機関で活躍できる人材の育成にも、注力します。
また、地域ぐるみの「防災教育」「防犯教育」「消費者教育」「情報セキュリティ教育」「食育」「スポーツ」「文化芸術活動」を応援します。
そして、行政の支援策を活用することができないまま、生活に困窮して亡くなる方や、育児や介護の負担に耐え切れなくなる方や、進学を諦める方を減らすために、学校教育や社会教育の場において「社会制度教育」を充実させることを提唱しています。
「今を生きる日本人と次世代への責任」を果たします!
高市早苗は、技術革新、安全保障環境や社会生活の変化など、時代の要請に応えられる「日本人の手による新しい日本国憲法」の制定を目指しています。
天皇陛下の「権威と正統性」の源である「皇統」をお守り申し上げます。
公務死された方々に、尊崇の念をもって感謝の誠を捧げ続けます。
政治姿勢
1、議員立法にこだわり抜く
高市早苗の強みは、議員立法です。
日本が直面する可能性があるリスクについて、誰よりも早く情報収集と分析を行い、「備えとしての法整備」を進めるべく、多くの法律案を起草し続けてきた実績には、自信と誇りを持っています。
しかし、立法作業の過程では、幾度も現行憲法の制約による限界に直面しました。
新たな『日本国憲法』の制定を目指すとともに、これからも議員立法活動に力を尽くします。
2、信念を貫き、ポピュリズムに抗する
基本的に、任期中は、直近の選挙でお示しした自民党の『政権公約』や候補者として『選挙公報』に記した公約に、忠実に行動します。
しかし、国会では、日々多くの政策判断を求められます。
『政権公約』の記載事項以外に関する判断については、国民の皆様から負託を受けた者として、お示しした基本理念に照らして、信念を貫かせていただきます。
一時的な世論の動向とは違った行動をすることもあるかとは存じますが、何事についても可能な限り多くの情報を集め、様々な立場の方からご意見を伺い、多角的な視点を失わずに、国家国民の利益を最大化するために正しい判断ができるように、努めてまいります。
「次の選挙よりも、次の時代を考える」と、心に決めています。
以上
・・・高市事務所からの入党者が18000人と伝え聞く。凄いことです。支持基盤はポピュリズムというから一般大衆からの声に耳を傾けることと理解する。労働組合、宗教団体からのいわゆる組織票はないので法律を作る能力がいっそう求められる。労組基盤だと貴族化してしまうがポピュリズムは働き続けることになる。
〇1961年(昭和36年)3月7日生まれ
〇奈良県立畝傍高校卒業
〇神戸大学経営学部経営学科卒業(経営数学専攻)
〇 (財)松下政経塾卒塾
〇 米国連邦議会Congressional Fellow(金融・ビジネス)
〇 近畿大学経済学部教授(産業政策論・中小企業論)
・・・現在64歳というから政治家として油が乗って来たところ。
基本理念
日本を、守り抜きます!
高市早苗は、国の究極の使命は、「国民の皆様の生命と財産」「領土・領海・領空・資源」「国家の主権と名誉」を守り抜くことだと考えます。
激甚化している自然災害の被害を軽減するための防災対策の促進、サイバー防御体制の樹立、領土・領海・領空・資源を守り抜ける国防体制の構築、経済安全保障の強化、紛争勃発時における在外邦人の迅速な救出を可能とする体制整備、北朝鮮による拉致被害者の帰国実現、国内外におけるテロリズムや凶悪犯罪・新技術を悪用した犯罪への対策強化など、取り組むべき多くの課題が存在します。
高市早苗は、引き続き、「リスクの最小化」に資する制度設計に取り組んでまいります。
直近(2024年)の自民党総裁選挙や衆議院選挙では、「食料安全保障の確立」「エネルギー・資源安全保障の強化」「健康・医療安全保障の構築」「令和の国土強靭化対策」「サイバーセキュリティ対策の強化」「新たな戦争の態様(宇宙・サイバー・電磁波領域、無人機、極超音速兵器、自律型AI兵器)にも対応できる国防体制の構築」「日本の防衛施設の強靭化(電磁波対策・地下化等)」「人工衛星と海底ケーブルの防御」などを重点的に訴えました。
また、国家の名誉を守るための法制度整備(議員立法:党議決定した刑法92条改正案の国会再提出等)への挑戦も続けます。
「総合的な国力」を強くします! そのためには「経済成長」が必要です。
今は、「総合的な国力」を強化するための取組を迅速に進めるべき時だと考えます。
高市早苗は、「国力」の要素を、「防衛力」「外交力」「経済力」「技術力」「情報力」「人材力」の6つだと考えています。それらの強化に必要な政策を構築していきます。
この6つの力を強くするためには、「経済成長」が大前提です。
経済のパイを大きくするために、日本に強みがある多くの技術の社会実装とともに、勝ち筋となる産業分野につき国際競争力の強化と人材育成に資する戦略的支援として、「成長投資」の必要性を訴え続けています。
日本列島を、強く豊かに! 地方の大きな「伸び代」を活かします。
「47都道府県どこに住んでいても、安全に生活することができ、必要な医療・福祉や高度な教育を受けることができ、働く場所がある」。高市早苗が目指す日本の姿です。
かけがえのない生命を守るために、全国各地の防災対策・防犯対策を強化します。
そして、地方には、大きな「伸び代」があります。
農林水産業・製造業・サービス業をはじめ幅広い産業分野において「新技術立国」に向けた投資を促進するとともに、そのチャレンジを担う人材を増やし、絶え間なくイノベーションが起き、日本列島の隅々まで活発な経済活動が行き渡る国を創るために力を注ぎます。
「全世代の安心感」を、日本の活力につなげます!
人生100年時代と言われますが、「シニア世代の方々が幸せで輝いて見える」ことは、「若い世代の方々の将来への安心感」に直結します。
「全世代の安心感」を創出することによって「消費マインド」は改善し、日本経済の活力につながります。
「経済的事情や障碍によって進学や就職を諦めない」「結婚や出産・子育ての希望を諦めない」「介護離職等でキャリアを諦めない」「更年期や高齢期特有の不調、障碍や難病によって社会活動を諦めない」で済む環境整備を目指します。
社会保障制度の安定性と継続性を確保するためにも、「経済成長」による強い経済が必要です。
「自立と勤勉の倫理」が重んじられる「公正な社会」を創ります!
支え合いの制度である社会保障は、勤勉に働いて税金や社会保険料を負担してこられた多くの国民の皆様のご努力によって成り立っています。
「本当に困った時には十分に活用していただけるセーフティネットを確保すること」「経済成長により、雇用と所得を増やすこと」を前提に、「不正利用」は許しません。
日本人の矜持である「自立と勤勉の倫理」を取り戻し、法制度の内容や執行の「公正性」を担保し、「努力をした人が報われる社会(働く意欲を阻害しない制度設計等)」を構築するために頑張ります。
「機会平等」を保障する制度設計への挑戦を続けます!
国の様々な制度設計については、「行き過ぎた結果平等」を廃し、「機会平等」を保障するべきだと考えています。
「ジェラシーに立脚した法制度」が増え過ぎると、優れた人材も企業も育ちません。
むしろ、「リスクをとってチャレンジした人や企業が報われる環境作り」「出る杭を伸ばす発想への転換」こそが、可処分所得を増やし、人材流出や産業空洞化を防ぐ鍵だと確信します。
国家の基本である「教育」を充実させます!
教育は、国家の基本です。
家庭と教育機関と社会がそれぞれの責任を担い、毅然と教えるべきことを教えることによって、日本が直面する課題の多くが解決に向かうと確信しています。
第1次安倍内閣が60年ぶりに『教育基本法』の改正を断行したことは、当時の答弁担当閣僚の1人だった高市早苗にとっても大きな喜びでした。
教育の目標として、「道徳心」「自主及び自律の精神」を培うとともに「勤労を重んずる」「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参加し、その発展に寄与する」「生命を尊び、自然を大切にし」「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」態度を養うことを記しました。「家庭教育」の規定も新設しました。
『教育基本法』の改正を受けて、関連法の改正や学習指導要領の改訂も実施されましたが、教科書記述内容や教育現場での取組への反映は不十分だと感じます。
高市早苗は、『改正教育基本法』の崇高な理念が完全に活かされる日まで、教育改革への挑戦を続けます。
更に、時代の要請に応えられる人材育成に、力を入れます。
新たな技術領域への対応力を強化するとともに、実学重視のルートの多様化、研究者の処遇改善と活躍の場の確保に取り組みます。
日本の国際社会におけるプレゼンスを高めるために、国際機関で活躍できる人材の育成にも、注力します。
また、地域ぐるみの「防災教育」「防犯教育」「消費者教育」「情報セキュリティ教育」「食育」「スポーツ」「文化芸術活動」を応援します。
そして、行政の支援策を活用することができないまま、生活に困窮して亡くなる方や、育児や介護の負担に耐え切れなくなる方や、進学を諦める方を減らすために、学校教育や社会教育の場において「社会制度教育」を充実させることを提唱しています。
「今を生きる日本人と次世代への責任」を果たします!
高市早苗は、技術革新、安全保障環境や社会生活の変化など、時代の要請に応えられる「日本人の手による新しい日本国憲法」の制定を目指しています。
天皇陛下の「権威と正統性」の源である「皇統」をお守り申し上げます。
公務死された方々に、尊崇の念をもって感謝の誠を捧げ続けます。
政治姿勢
1、議員立法にこだわり抜く
高市早苗の強みは、議員立法です。
日本が直面する可能性があるリスクについて、誰よりも早く情報収集と分析を行い、「備えとしての法整備」を進めるべく、多くの法律案を起草し続けてきた実績には、自信と誇りを持っています。
しかし、立法作業の過程では、幾度も現行憲法の制約による限界に直面しました。
新たな『日本国憲法』の制定を目指すとともに、これからも議員立法活動に力を尽くします。
2、信念を貫き、ポピュリズムに抗する
基本的に、任期中は、直近の選挙でお示しした自民党の『政権公約』や候補者として『選挙公報』に記した公約に、忠実に行動します。
しかし、国会では、日々多くの政策判断を求められます。
『政権公約』の記載事項以外に関する判断については、国民の皆様から負託を受けた者として、お示しした基本理念に照らして、信念を貫かせていただきます。
一時的な世論の動向とは違った行動をすることもあるかとは存じますが、何事についても可能な限り多くの情報を集め、様々な立場の方からご意見を伺い、多角的な視点を失わずに、国家国民の利益を最大化するために正しい判断ができるように、努めてまいります。
「次の選挙よりも、次の時代を考える」と、心に決めています。
以上
・・・高市事務所からの入党者が18000人と伝え聞く。凄いことです。支持基盤はポピュリズムというから一般大衆からの声に耳を傾けることと理解する。労働組合、宗教団体からのいわゆる組織票はないので法律を作る能力がいっそう求められる。労組基盤だと貴族化してしまうがポピュリズムは働き続けることになる。
最近のコメント