大和西大寺駅前を訪ねて2024年02月19日

 解散後はほとんどの参加者は直会に移動した。私は念願だった安倍元総理が凶弾に倒れた大和西大寺駅の現場に立ち寄りたかったので別行動になった。京都伏見からR1を南下。R24を走って約39kmほどで着いた。駅前の小さなロータリーの向かい側の花壇ということで見に行った。そこには安倍元総理への供花が3束置かれて生生しい当日を髣髴させた。
 2022年7月8日に安倍元総理が還らぬ人となって以後、日本の政界は大きく変わった。報道では裏金のことがことさらに報じられるが、それは自民党政治の終焉を暗示している。企業から莫大な献金を受けてその代わりに経団連企業に有利な税制、労務行政への取り計らいである。
 具体的に言うと、消費税の導入は経団連企業の主に輸出で稼ぐ大企業に有利な税制ということがはっきりしてきた。直間比率の見直しの元で20%の物品税の内税が3%の消費税に変わった。輸出企業には輸出戻し税があり、還付される。
 年商3000万円以下は益税が黙認されて零細な業者の批判の口を封じた。それが5%、8%、10%と上がって、ついにインボイスの導入で正体を見せた。大企業には引当金があり、利益を圧縮できる。法人税は消費税からの税源をもとに税率が下がった。至れり尽くせりである。政治献金の呼び水効果は大きい。
 しかし、そんな実態が一般有権者に分かって来た。票集めのための宗教団体を味方に付けたり、労使協調の労組の組織票に頼ったり、と日本の民主主義は壊れてしまった。投票に行かないから組織票に支持された候補が当選する。
 選挙に強くなるための裏金集めが目的化し、表面化してしまった。万事休す。信なくば立たず。
 帰名の途についたが霧雨で間欠ワイパーを作動させながらドライブした。安倍元総理が泣いているというのだろうか。

京都伏見「月橋院」の梅花忌」へ2024年02月18日

 午前5時過ぎに自宅を出た。R23で四日市を無難に通過。ここさえ通過できれば、山間部の国道なのでスイスイ走れた。後は京都伏見周辺で少しノロノロした。宇治川左岸沿いに走って観月橋を渡右折すると月橋院はあった。ガラガラのPに停めさせてもらった。
 今日は東亜同文書院を作った三人のうちの一人である根津一の命日である。大学同窓有志で学祖の忌を修す日である。境内は曹洞宗の寺院で庭園が見事に整備されていた。ここに根津一の墓苑がある。
 先着の3名に導かれて和室に入ると名刺交換。今日は29名の出席者があると聞いた。いつもは10名くらいらしい。三々五々参加者が集まって来た。多くは知己同士であろう。一旦集まって式次第を説明されて、本堂に移動し、和尚は般若心経を読経された。その間に次々ご焼香を炊く。抹香は樒の葉や皮を砕いたものという。
 焼香の儀式が終わると墓苑に出て和尚が読経の間に根津家の墓に線香をあげた。その後は母校の歌を歌う。
 本堂の前で記念写真を撮影。控室に戻ると藤田名誉教授から東亜同文書院の草創期の講話を拝聴した。これですべての予定をこなした。

哀悼 八代亜紀さん2024年01月09日

 有名歌手の八代亜紀さんが12/30に膠原病で死亡していたことが明らかになった。膠原病って死に至る病だったのか。
 ネットで検索してみるとこんな動画がヒットした。

https://www.youtube.com/watch?v=8ZLatSnwFVs

河村たかし市長の人となり2023年10月20日

 このほど日本保守党の共同代表に就任が報じられた河村たかし氏。中日新聞も地元の大物だけに取り上げざるをえないだろう。10/17の党設立記者会見以来マスコミに出まくっている。
 庶民派を謳い、零細企業だと嘯きながら笑いをとる河村氏だが、この年代で一橋大学に行けるだけでも庶民のイメージとは程遠い。へらへら笑いつつ、いつもアルコールが抜けていない感じでしゃべるから警戒心を持たずに接すると人気ものだけに喜ばせる。しかし、そこで自分の考えを出して河村氏に取り上げさせようと頑張ると破裂する。左様、彼は外柔内剛のタイプです。元勤務先の創業者にそっくりです。
 こんな難しい男を口説いた百田氏と有本氏の人徳もすごいと思います。名古屋の居酒屋で密会して話をまとめて行った。おそらく、肝胆相照らすものがあったのです。

https://newsdig.tbs.co.jp/articles/cbc/785445?display=1

日本保守党誕生を祝う2023年10月17日

 今日のネットニュースでは日本保守党の誕生でもちきりだった。百田代表の隣にはなんと名古屋市の河村市長が座っていた。これはサプライズである。有本氏のリードも滑らかで素晴らしい。これからの政治が面白くなる。

秋の夜やもう現れぬ六連星 拙作2023年10月16日

 歌手の谷村新司さんが10月8日急性胃腸炎で病死したと今日発表された。74歳だった。今年3月に入院して闘病中だった。
 1980年リリースの代表曲『昴』をお聴きして谷村新司さんのご冥福をお祈りしました。日本人離れした歌唱力が素晴らしい。なるだけ若い時の動画を探した。伸びやかで気持ちよく歌っている。
同じ団塊の世代だけに寂しい気持ちです。

クラブ愛知の朝食会にて2023年09月12日

 名古屋観光ホテルにて恒例の朝食会。ゲストスピーカーは田岡釟郎氏。大学勤務は40年という。大学を取り巻く環境についてざっくりと話を聞いた。注目することは現在の大学数は国立が86校、公立620校、私立620校で合計807校。短大は304校。私立大学の競争が緩和されて定員割れが進んでいるという。今年で53.3%が定員割れ。続いて大学経営の仕組みについても聞いた。
 すぐに日大のガバナンスの件が頭に浮かんだが過渡期に来ていることは理解できた。今後はもっと政治家の輩出を期待するとされた。OBはブレーキ役も期待されるという。今秋にでもあるとされる衆院の解散総選挙には同窓が2名出馬する予定である。

90歳の三浦雄一郎さん、車いす使い富士山登頂「素晴らしい情景は生涯忘れない」2023年09月03日

 プロスキーヤーで冒険家の三浦雄一郎さん(90)が31日朝、富士山(3776メートル)の登頂を果たした。病気で手足にしびれが残り自力で長い距離を歩けない中、山岳用車いすを使って自身のスキー学校の関係者や家族らに支えられながら達成した。
 登山隊約40人は29日に静岡県富士宮市の富士宮口5合目を出発。7合目と9合目で宿泊し、31日午前7時半頃、山頂に到着した。三浦さんは「何回登っても感動する。孫や仲間たちと見たこの素晴らしい情景は生涯忘れない」と話した。

・・・・・山岳用車いすで仲間に引っ張ってもらって富士山に登った。賛否両論はあるが、ベッドで寝た切りよりはずっと健全です。あやかりたいニュースでした。

弥栄を祈る天皇誕生日 拙作2023年02月23日

 今日は天皇の63歳の誕生日。山が好きで山岳会の正会員でもある。天皇に即位されてからは登山もできないだろう。一般国民との交流はあるから安心である。
 
 天皇陛下ご誕生日おめでとうございます。
心からお祝い申し上げますとともに、天皇皇后両陛下の御健康と皇室の御繁栄をお祈り申し上げます。

映画「土を喰らう十二カ月」を鑑賞2022年12月17日

午後から天気が悪くなる予報。見たかった映画に行くことにした。「土を喰らう十二カ月」は以前に水上勉の原作を読んでいたので、料理の内容をどんな内容で画像化した飲んだろうという興味深々だった。
 当初はあちこちでかかっていたが今はミリオン座くらいになった。しかも1日1回の上映という。余り評価が高く無さそうだ。主演は沢田研二と松たか子という華のある俳優なので期待した。
 信州が舞台なのでロケーションは良かったと思う。山家の老作家の独り住まいに東京かららしい松たか子の原稿を催促に訪ねる。そこから料理の数々が展開されてゆく。精進料理である。
 原作にある言葉をセリフに差し込みながらそれなりに退屈はしなかった。但し鳩は映画では山鳩と言っていたがあれは伝書鳩だ。姿、鳴き方、習性を見てもわざとらしい場面だった。
 購入した作品又は映画の原作になった作品
①『土を喰ふ日々』文化出版局 1978 のち新潮文庫(随筆集)

②『精進百撰』岩波書店 1997 のち現代文庫(写真随筆集)、田畑書店 2022に復刊

③『五番町夕霧楼』文藝春秋新社 1963(『別冊文藝春秋』1962年9月号) のち角川文庫、新潮文庫、小学館
『枯野の人』光風社 1963

④『湖の琴』講談社 1966(角川文庫 1968年)(『読売新聞』1965年7月23日-66年6月8日)

⑤『湖北の女』集英社(コンパクト・ブックス)1966(『週刊女性』1965年3-12月) のち文庫

⑥『はなれ瞽女おりん』新潮社 1975(「はなれ瞽女おりん」『小説新潮』1974年2月号、「はなれ瞽女口伝」『小説新潮』1974年8月号)、のち文庫、新編「越後つついし親不知・はなれ瞽女おりん」

⑦『良寛を歩く』日本放送出版協会 1986 のち集英社文庫(紀行文集)

 他に映画作品では「飢餓海峡」などいい作品の原作を手掛けている。

 映画の場面では焼き物の窯に入っているところで心筋梗塞になる。実際は「1989年(平成元年)、訪中作家団の団長として訪れた北京において天安門事件を目の当たりにし、市内の交通が途絶して北京飯店に三日間足止めになるが、東京からの救援機第1号にて帰国。直後に心筋梗塞で倒れ、集中治療室に三日間入り、心臓の三分の二が壊死、1993年「蛍」など療養とリハビリを背景とした作品を執筆、北京滞在時、および闘病の体験は『心筋梗塞の前後』として刊行されている。心筋梗塞後は軽井沢の別荘を売って、長野県北御牧村に家を買い、仕事場を移した。」
 『土を喰う日々』は1978年なので心筋梗塞以前の発刊になる。したがって映画「土を喰らう十二カ月」では創作してある。どちらかと言えば、1989年の心筋梗塞に罹病後の1997年の『精進百撰』に近い。2022年10月28日に復刊したのも映画のベースにしたからだろう。
 田畑書店のHPから
「心筋梗塞で倒れ心臓の3分の2を壊死し失った著者。病身に適した食生活を求めたとき、蘇ったのは少年時代禅寺の侍者として触れた精進料理の世界であった…。

本書は水上勉がすべての料理を手がけ、器は北御牧在住の陶芸家角りわ子が制作した。

今回全写真をリフレッシュし、料理とそれを盛る器の魅力がいっそう楽しめるようになりました。

誰でも何歳からでもここから始められる、精進料理入門の名著復刊。」

 映画でも器を長時間写していた気がする。あれはそんな背景があったのかと、今更思った。器とともに楽しむ映画だったのだ。