立山ヶ根に十日も降らぬ普羅忌かな 野中多佳子2026年08月08日

 普羅忌(ふらき)は、8月8日であり、大正・昭和期を代表する山岳俳人・前田普羅の忌日です。この日が二十四節気の「立秋」にあたることから、「立秋忌」とも呼ばれ、初秋の季語とされています。

 普羅は「辛夷」の初代主宰。野中多佳子は「辛夷」の俳人。副主宰。

 句意は明瞭で雨が降らないことを詠んでいる。

天瓜粉しんじつ吾子は無一物 鷹羽狩行2026年07月20日

 毎日暑い。夜は蒸し風呂で熱帯夜、エアコンが必須になった。体にも異変がある。股間がかゆくなる。しかも夜だけである。皮膚科に行くほどでもない。自分ではチエックできないのでどうしようと思っていたら子供のころ使った天花粉を思い出した。
 帰りがけに薬局へ寄った。天花粉はシッカロールという名称に代わっていた。しかも今月末までなら268円の特価だった。よく売れているのだろう。
 しかしあるだけで満足して買わなかった。寝るときに今までの下着にパジャマを着ていたが昨夜は脱いでパンツ一枚になった。その上で、扇風機の登場で夜通しそよ風を吹かしたら涼しかった。要するに股間の風通しを良くすることである程度は解決しそうだ。

俳句の鑑賞文執筆2025年08月01日

 時間が出来たので俳句雑誌の鑑賞文の執筆にとりかかった。先ずは下読みから取り上げる俳句をピックアップする。やっぱり切り口は山があると良い。というわけで弥彦山を詠みこんだ句を発掘できた。

熊のよな犬飼うてあり雪の宿 吉田冬葉2025年02月24日

 「冬葉第一句集」より

 雪が積もった山がちの家であろうか。そこには「熊のよな」犬を見たというのである。熊のように大きな図体の犬を誇張した表現であろう。雰囲気からして猟師の家かも知れん。

恵那颪雨も混じりて夜寒宿 吉田冬葉2025年02月23日

 吉田冬葉「冬葉第一句集」から

 数ある句の中でも冬葉は恵那の人なので固有名詞が入ると採りたくなる。
 さて、恵那颪とは「山から吹き降ろす勢いのある風」を言う。名古屋ならば伊吹颪が有名で旧制八高の寮歌にもある。また濃尾平野の小中学校の校歌の歌詞にも詠い込まれる。
 恵那地方には北から寒気をともなって吹き降ろすほどの高い山はない。なのでこれは造語だろう。強いて言えば、笠置山、二ッ森山辺りだが周囲を威圧する高さはなく里山である。

渡し越ゆれば苗木の里や春の風 吉田冬葉2025年02月09日

 『冬葉第一句集』より。P226の残雪を踏んで故郷に帰ると題して小見出しで「故郷」と題した連作から。大正10年3月。

 中津川市から苗木へは木曾川が流れているので、今は木曽川に大きな橋が架かっている。R257の城山大橋が代表的で5本もある。

 昔は渡し舟が橋の役割をしていた。

ネットで中津川市史がヒットした。
https://adeac.jp/nakatsugawa-city/texthtml/d100020/mp000020/ht022150

中山道宿村大概帳中津川宿の項には、
 
 此宿往還通小坂有之 左右見渡し山□有之 此宿東町北入口飛州高山江之往還 木曽川通字上ヶ地船渡場幷苗木城下江之道筋
 有之其余ハ山道・作場江出ル小道等也
 飛州高山江 凡弐拾六里 濃州苗木城下江 凡壱里 木曽川渡船場上地江 凡拾八町

以上
 現在の地形図には上ヶ地渡場は不明である。

 冬葉は故郷の苗木を愛した。その後は昭和6年に「故郷」、昭和8年に「青嵐」、昭和16年に「望郷」などを発刊。中央俳壇では俳句の指導書も発刊し活躍した。

岩雪崩とまり高萩咲きにけり 吉田冬葉2025年01月31日

 『冬葉第一句集』から、大正8年7月の駒ヶ岳の所見から。大須賀乙字の序文にあたる「冬葉君の近業」を転載しておこう。

          冬葉君の近業
 冬葉君は吐天君(注:1)と相知って其句に一段の生気を帯びた。吐天君は冬葉君と交つて其句に油が乗って来た。二人とも句は実に巧者である。此の上の修業は初心にかえる工夫と読書して句品を高うすることにある。
   雷鳥の巣にぬくみある夕立かな
   痩馬に草鞋咬まれし暑さかな
   虎杖の花に霜降る夏暁かな
   岩雪崩とまり高萩咲きにけり
 句作は渋るときはいくら骨を折っても出渋る。一旦出渋った句はいくらつくりかへても面白くない。之に反して感興に乗った時は泉の噴出する勢いあって、調子から違ってくる。
 此等の句は駒ヶ岳での吟である。「雷鳥の巣にぬくみある」と、とても想像では出来ない。更に「夕立かな」と平気で云ってのける事なぞは、実地に其時の光景に出あはせなければ思ひも寄らぬ事である。非思量の境なればこそ此の句を得たのである。作者の気稟(注2)をかへる事は誰でも難しいが、境は転ずるに従って新しい刺激もあり発見もある。
 句作はどうしても旅行がいい。旅行をしなければ誰でも句は沈滞して了ふ。虎杖の句は高山気分がよくでている。「霜降る夏暁かな」の夏暁が等閑の言葉でない。露霜のすぐ消えさうな趣がある。「岩雪崩とまり」の句切れつよく「高萩咲きにけり」とゆうゆうと叙し去った調子高く甚だよろしい。いつもの巧みな句よりも品格一等を高めて居る。
                大正八年八月  
                             大須賀乙字
以上
注1:内藤吐天1900-1976。大垣市の俳人。薬学博士。大須賀乙字門。詩集、翻訳など多くの著作がある。詩は日夏耿之助に師事し格調が高い。 昭和時代の薬学者,俳人。 明治33年2月5日生まれ。名古屋市立大,名城大の教授をつとめた。

注2:読み方:きひん. 生まれつきもっている気質。(デジタル大辞泉)

・・・乙字の句業の継承者として、第一人者としての片鱗がでている。

雷鳥の巣にぬくみある夕立かな 吉田冬葉2025年01月30日

 大正8年7月の木曽駒での山岳詠。上松尾根を登ったのであろう。敬神の滝に小屋がある。金懸小屋、玉の窪小屋がある。この当時は皮製登山靴はなかったのでわらじ履きだったと思われる。
 登山好きな点でも乙字の弟子にふさわしい。頂上付近のはいまつ帯の一角に雷鳥の巣を見つけたのである。卵があったのかも知れない。そっと手を差し伸べるとまだ温かいではないか。そんなところへ夕立が来た。とても想像では作れない臨場感がある。


『碧梧桐句集』大須賀乙字選 序文
https://koyaban.asablo.jp/blog/2020/05/13/9246373

なにうそでなにがほんとの寒さかな 久保田万太郎2025年01月20日

 万太郎の有名な作品の一つに「なにがうそでなにがほんとの寒さかな」という句がある。予測を超えて思いがけないことの起こるこの世は、現実でも虚構のようであり、噓と本当は分かちがたいものだという作者の厭世観が滲む。
 兵庫県の竹内県議が自殺したとの報道でネットでも大騒ぎになっている。元々は井戸知事時代の闇が斎藤知事によって改革の動きになった。それが既得権者には邪魔なので斎藤知事は辞任を余儀なくされた。それが再選されてしまった。
 百条委員会では奥谷委員長と竹内県議が斎藤知事を厳しく批判していて辞任に追い詰めた。ところが県民局長の自殺で県のPCの中身も公表されてしまった。竹内県議は批判の対象が無くなって自ら死を選んだ。
 この論争では立花さんが中心にいる。立花さんは当然ながら誹謗中傷の的になっている感がある。
 万太郎の句ではないが何がホントで何が嘘なんか。

原稿を書く2024年10月05日

 結社誌の原稿を書いた。今回は相続がテーマだった。相続の俳句といえば小林一茶が有名である。人間の欲の絡んだテーマで俳句にふさわしくないようにも思うが昨近は「人間を詠め」が指導方針となっている。赤裸々な人間像を描くことで文学足りえんとする。すると虚子らが唱えた花鳥諷詠は文学じゃないのか、との議論もある。今日的にはどの俳論も色あせてきている。駄句の山が築かれている。作家次第であって指導者次第ではないということだ。