栂村山を歩く ― 2026年07月11日
出発は夜の7/11の12時で岐阜県瑞浪市のBホテル。そこが勤務先のSと友人のSと3人のパーティが組めた。目的地はアサヨ峰。南アルプスの主要な山はほとんど登ったが尾根上や支稜のピークは未踏が多々ある。アサヨ峰も忘れていた。コロナ禍以来1000m以上はほとんど登っていないので昨年夏は体力不足で継子岳を中途下山してしまった。以来、夏山は2000m峰を意識している。
瑞浪ICから小黒川スマートインターチェンジで降りて仙流荘を目指す。約1時間半で到着。現地ではすでに着いた人らが仮眠に入っている。次々に車が来るが車内の荷物を整理して3人の仮眠スペースを作る。バンは便利だ。
朝4時過ぎには明るくなって起きただろう。1人はトイレ、1人はバス待ちの順番に並ぶために先行。準備を整えていくと多数の登山者が待機中。ところが南アルプス林道が崩壊で通行不可になり修復中という情報が入った。5時45分発の始発、次発もダメと分かり、日帰りが無理との判断で転戦することになった。転戦の山は奥茶臼山の北西にある栂村山2113.5m。即決。
R152を南下、分杭峠を越えて大鹿村へ。昨年は二児山2243mへ登山に来た。登山口は仙流荘から約40km南の北の原という山村の奥にある。鳶ノ巣という崩壊地の工事現場への分かれを過ぎて、舗装路から未舗装路だがそのまま林道を進む。新しい採石が撒かれて以前のような凹凸は減ったが左右に揺られる。4WDに切り替えてグングン登って青木林道との分岐に車を置いた。7時30分だった。ルートは左の旧林道でまだ車で入れそうだが念のために歩く。
7時40分歩き始める。植生は基本はカラマツの人工林と赤松も群生している。いずれもまっすぐに伸びて建築材には良い。林道も地面に苔や小さなイチゴが生えて緑が敷き詰められて美しい。2020年2月24日に青田山1707mに登って6年ぶりの林道である。その時はもっと上まで車で登れた。青田山の真西辺りまで進めた。雪が現れてデポ。そこから青田山の暗部と林道がもっとも近づくところから登った。
当時の記憶で中央アルプスの眺めを得られるところで休んだ。そこから水流の音が聞こえる。青田山の大滝と仮称する。水量はないが50mくらいはある斜瀑が美しい。退屈しそうな林道歩きを慰めてくれる。
1653ポイントを過ぎて林道は尾根芯の東をジグザグする。標高1800mと高くなると遠望がきく。中央アルプスを右へ(北へ)山岳同定してみた。槍穂高連峰、右手前は鉢盛山と並ぶ。場所が変わると南アルプスの前衛の鳥倉山から東へ続く山並みが見えた。
順調に林道歩きを終えると終点に着く。午後2時までには登頂したいが途中で下山することもあると確認。約1830m付近だ。ここから山名通り栂の原生林の中をピンクのテープを目印に登った。踏み跡もかすかにあるが外しやすい。1934mの独立標高点まで登る。ここは前栂村山と仮称した。緩斜面に栂の原生林である。
後続を待っていると中々来ないのでコール、Sが戻っていくと携帯電話がないという。パーティはどんな事情があっても分けないのが鉄則なので3人で下山しながら捜索した。原生林内には無かった。林道歩きなら範囲が広いので尚見つからないだろう。
少し休もう。行方不明の携帯電話に電話してみたい、とザックを開けた。林道上なら電波が届くかも知れない。Sさんが何で自分のザックにあるんだ、と友人の電話機を取り出した。経緯はとにかくあった。一件落着。
ぶらぶらしながら下山。滅多に来れない南アの秘峰に遊んだ。下りは早い。タイヤのバーストに留意しながら無事道の駅に帰還できた。2時半には食堂も閉まる。結果、松川ICからまた中央道を走った。
瑞浪ICから小黒川スマートインターチェンジで降りて仙流荘を目指す。約1時間半で到着。現地ではすでに着いた人らが仮眠に入っている。次々に車が来るが車内の荷物を整理して3人の仮眠スペースを作る。バンは便利だ。
朝4時過ぎには明るくなって起きただろう。1人はトイレ、1人はバス待ちの順番に並ぶために先行。準備を整えていくと多数の登山者が待機中。ところが南アルプス林道が崩壊で通行不可になり修復中という情報が入った。5時45分発の始発、次発もダメと分かり、日帰りが無理との判断で転戦することになった。転戦の山は奥茶臼山の北西にある栂村山2113.5m。即決。
R152を南下、分杭峠を越えて大鹿村へ。昨年は二児山2243mへ登山に来た。登山口は仙流荘から約40km南の北の原という山村の奥にある。鳶ノ巣という崩壊地の工事現場への分かれを過ぎて、舗装路から未舗装路だがそのまま林道を進む。新しい採石が撒かれて以前のような凹凸は減ったが左右に揺られる。4WDに切り替えてグングン登って青木林道との分岐に車を置いた。7時30分だった。ルートは左の旧林道でまだ車で入れそうだが念のために歩く。
7時40分歩き始める。植生は基本はカラマツの人工林と赤松も群生している。いずれもまっすぐに伸びて建築材には良い。林道も地面に苔や小さなイチゴが生えて緑が敷き詰められて美しい。2020年2月24日に青田山1707mに登って6年ぶりの林道である。その時はもっと上まで車で登れた。青田山の真西辺りまで進めた。雪が現れてデポ。そこから青田山の暗部と林道がもっとも近づくところから登った。
当時の記憶で中央アルプスの眺めを得られるところで休んだ。そこから水流の音が聞こえる。青田山の大滝と仮称する。水量はないが50mくらいはある斜瀑が美しい。退屈しそうな林道歩きを慰めてくれる。
1653ポイントを過ぎて林道は尾根芯の東をジグザグする。標高1800mと高くなると遠望がきく。中央アルプスを右へ(北へ)山岳同定してみた。槍穂高連峰、右手前は鉢盛山と並ぶ。場所が変わると南アルプスの前衛の鳥倉山から東へ続く山並みが見えた。
順調に林道歩きを終えると終点に着く。午後2時までには登頂したいが途中で下山することもあると確認。約1830m付近だ。ここから山名通り栂の原生林の中をピンクのテープを目印に登った。踏み跡もかすかにあるが外しやすい。1934mの独立標高点まで登る。ここは前栂村山と仮称した。緩斜面に栂の原生林である。
後続を待っていると中々来ないのでコール、Sが戻っていくと携帯電話がないという。パーティはどんな事情があっても分けないのが鉄則なので3人で下山しながら捜索した。原生林内には無かった。林道歩きなら範囲が広いので尚見つからないだろう。
少し休もう。行方不明の携帯電話に電話してみたい、とザックを開けた。林道上なら電波が届くかも知れない。Sさんが何で自分のザックにあるんだ、と友人の電話機を取り出した。経緯はとにかくあった。一件落着。
ぶらぶらしながら下山。滅多に来れない南アの秘峰に遊んだ。下りは早い。タイヤのバーストに留意しながら無事道の駅に帰還できた。2時半には食堂も閉まる。結果、松川ICからまた中央道を走った。
御嶽スキー行1~おんたけ休暇村に泊まる ― 2025年12月28日
山のクラブのスキーが好きな3人が「年末はゲレンデスキーに行こう」と相談してたちまちまとまった。行き先は御嶽スキー場。名古屋市民休暇村に宿もとれた。28日は朝早く出発。R19を走る。道の駅大桑で1名をピックアップ。途中、前方に真っ白な中央アルプスが現れた。三ノ沢岳である。道の駅木曽福島を過ぎるとすぐ元橋で木曽川を渡る。ここからは王滝川に沿う、狭く羊腸の道が続く。牧尾ダムの下流を橋で渡って御嶽信仰の拠点のある里宮を経て御嶽高原の北部にある名古屋市民休暇村に一先ず立ち寄って着替えを済ます。道路にも雪が覆うようになってスキーに来た実感が湧く。
何年振りかで御嶽スキー場でゲレンデスキーを楽しんだ。幸い晴天に恵まれてスキー場から中央アルプス全山、恵那山、乗鞍岳、穂高岳の吊り尾根もすっきり、遠望すると蓼科山と八ヶ岳も見えた。林道コースに周ると阿寺山脈の小秀山も見える。
体がスキーというスポーツに慣れないので中々板に乗る感覚が戻らない。午後終了間際になってから谷側に向かって板を向ける感覚を取り戻せた。12/28のハイキングの疲れがとれないまま連ちゃんでスキーというのは老躯にはちと厳しかった。
名古屋市民休暇村に投宿、豪華な夕食を囲んだ。特注でイワナの骨酒を注文(1500円)した。こんな会食も久々の楽しいものになった。思い付きで決まったことだが歳をとっても良いものである。
何年振りかで御嶽スキー場でゲレンデスキーを楽しんだ。幸い晴天に恵まれてスキー場から中央アルプス全山、恵那山、乗鞍岳、穂高岳の吊り尾根もすっきり、遠望すると蓼科山と八ヶ岳も見えた。林道コースに周ると阿寺山脈の小秀山も見える。
体がスキーというスポーツに慣れないので中々板に乗る感覚が戻らない。午後終了間際になってから谷側に向かって板を向ける感覚を取り戻せた。12/28のハイキングの疲れがとれないまま連ちゃんでスキーというのは老躯にはちと厳しかった。
名古屋市民休暇村に投宿、豪華な夕食を囲んだ。特注でイワナの骨酒を注文(1500円)した。こんな会食も久々の楽しいものになった。思い付きで決まったことだが歳をとっても良いものである。
大鹿村の山歩き・二児山を歩く ― 2025年08月31日
8月最後の日曜日は南アルプス前衛の二児山に登山した。深夜割引を使えるので午前2時半に名古屋を出た。松川ICを出て県道に向かう。大鹿村は山と谷の村で平地はほとんど無い。標高700mの谷底から1650mの登山口へクルマを走らせるがタイトなカーブの連続だった。涼しいのでエアコンは切った。
途中の山村は入沢野と言う。耕して天に至る。日本のチベット風な山村だった。入は奥の意味で沢野だからあちこちに天然の池があり沢もあるから水に不自由しない。だから耕作ができて食料を栽培できる。
6時30分に登山口を出発。涼しいを越して小寒いので長袖のシャツを重ね着する。ここは別天地なのだ。
牧場内の歩道と林道歩きの1時間ちょっとで天空の池に着く。空母の様に雲海に浮かぶ恵那山が素晴らしい。ここから二児山を目指す。村は遊歩道と宣伝している。実際ユンボで開削した遊歩道歩きが大半だった。終点に避難小屋があり近くには細流も流れる。
ここからは針葉樹林の中を歩き分岐ではまず左折して西峰に行く。途端に荒れた踏み跡に変わった。ピンクテープのマーキングに従い御料局三角点のピークに立つ。樹林で何も見えないので岩頭へ若干下る。岩頭からは恵那山、中央アルプス全景を見渡す。東寄りには同じく前衛の奥茶臼山がピラミダルな山容で睥睨する。あんなに立派な山だったのか。
分岐に戻ると二児山へ登る。さすがに登山道が整備されて歩きやすい。直下では若干の灌木が生い茂っていて抵抗があった。2等三角点が埋まる山頂も周囲は展望はないので少し移動して南アルプスの一部を見た。この山だけで満足だが欲を出して黒河山にも足を伸ばした。低灌木の開削が行き届き歩きやすい。が遊歩道と言うイメージでは無い。下ると倒木帯も通過する。行きの遊歩道が数メートル右下に見える。ここからエスケープもできるが堪えた。
針葉樹林の森の中の明るい芝生の様な苔類は美しい。アップダウンを繰り返ししながら黒河山の三角点も登頂できた。さらに南下してついに避難小屋を目印に右折、黒川牧場に向かう遊歩道を歩いた。天空の池では2名の男女にあったが山中では誰も居ない。下山中の遊歩道では2名の登山者にあった。避難小屋で宿泊してゆっくり楽しみたいパーティだろう。
無事天空の池に周回した。そのまま林道を下った。途中で地元の人が青いけしの花を栽培する段取りをしていた。現在ある畑では温暖化で良くないので標高1800mまで上げて見る試みらしい。下山中勢いの良い沢水を飲んだ。美味かったのでペットボトルの残りを捨てて汲んだ。
Pに戻った。谷底に下った際に温泉を探すがコロナ禍で日帰り入浴は止めてしまった。そんなに汗もかいていないし帰名することにした。
往きは午前4時までだったから割引が適用された。帰路は土岐周辺の一車線化で渋滞必須と見てR153にした。飯田名物の焼き肉屋で腹ごしらえもした。炭火焼きは一味違う。
午前6時半出発、下山は午後3時前で約8時間半(休みは約1時間ちょっと)歩いた。コロナ禍前の力にはいまいち足りないが減量したお陰でかなり回復は実感できた。過去5年間は2000m超の登山はしていなかった。少し希望が湧く。
クルマも老朽車ながら約371km走って燃費は9.7km/リットルだった。
途中の山村は入沢野と言う。耕して天に至る。日本のチベット風な山村だった。入は奥の意味で沢野だからあちこちに天然の池があり沢もあるから水に不自由しない。だから耕作ができて食料を栽培できる。
6時30分に登山口を出発。涼しいを越して小寒いので長袖のシャツを重ね着する。ここは別天地なのだ。
牧場内の歩道と林道歩きの1時間ちょっとで天空の池に着く。空母の様に雲海に浮かぶ恵那山が素晴らしい。ここから二児山を目指す。村は遊歩道と宣伝している。実際ユンボで開削した遊歩道歩きが大半だった。終点に避難小屋があり近くには細流も流れる。
ここからは針葉樹林の中を歩き分岐ではまず左折して西峰に行く。途端に荒れた踏み跡に変わった。ピンクテープのマーキングに従い御料局三角点のピークに立つ。樹林で何も見えないので岩頭へ若干下る。岩頭からは恵那山、中央アルプス全景を見渡す。東寄りには同じく前衛の奥茶臼山がピラミダルな山容で睥睨する。あんなに立派な山だったのか。
分岐に戻ると二児山へ登る。さすがに登山道が整備されて歩きやすい。直下では若干の灌木が生い茂っていて抵抗があった。2等三角点が埋まる山頂も周囲は展望はないので少し移動して南アルプスの一部を見た。この山だけで満足だが欲を出して黒河山にも足を伸ばした。低灌木の開削が行き届き歩きやすい。が遊歩道と言うイメージでは無い。下ると倒木帯も通過する。行きの遊歩道が数メートル右下に見える。ここからエスケープもできるが堪えた。
針葉樹林の森の中の明るい芝生の様な苔類は美しい。アップダウンを繰り返ししながら黒河山の三角点も登頂できた。さらに南下してついに避難小屋を目印に右折、黒川牧場に向かう遊歩道を歩いた。天空の池では2名の男女にあったが山中では誰も居ない。下山中の遊歩道では2名の登山者にあった。避難小屋で宿泊してゆっくり楽しみたいパーティだろう。
無事天空の池に周回した。そのまま林道を下った。途中で地元の人が青いけしの花を栽培する段取りをしていた。現在ある畑では温暖化で良くないので標高1800mまで上げて見る試みらしい。下山中勢いの良い沢水を飲んだ。美味かったのでペットボトルの残りを捨てて汲んだ。
Pに戻った。谷底に下った際に温泉を探すがコロナ禍で日帰り入浴は止めてしまった。そんなに汗もかいていないし帰名することにした。
往きは午前4時までだったから割引が適用された。帰路は土岐周辺の一車線化で渋滞必須と見てR153にした。飯田名物の焼き肉屋で腹ごしらえもした。炭火焼きは一味違う。
午前6時半出発、下山は午後3時前で約8時間半(休みは約1時間ちょっと)歩いた。コロナ禍前の力にはいまいち足りないが減量したお陰でかなり回復は実感できた。過去5年間は2000m超の登山はしていなかった。少し希望が湧く。
クルマも老朽車ながら約371km走って燃費は9.7km/リットルだった。
風越山に登る ― 2025年08月14日
中津川市から木曽谷へは小雨でしたが上松では徐々に雲があがって晴れそうな天気模様でした。
R19の萩原から懐かしさもあって東野の山里経由で風越山登山口まで走りました。(上松町は禁止。)枯れ枝、小石はあったが土砂崩れ等の障害はなく無事に通行できた。以前はちょくちょく来たが今は東野の集落は廃屋化が進んでいる感じでちょっと寂しい雰囲気です。
登山口には先着が5台あった。けっこう来ています。
9時5分前、出発。Aコースはほぼ直線的に等高線の詰まった斜面を急登させられる。落葉樹林の中ではヤマジノホトトギス、フシグロセンノウ、カワラナデシコ等の折々の花が咲いていて癒された。
御料局三角点と避難小屋もどきの仮小屋が建つ合流点に着くと草地から来るBコースと交わる。眺めも良くなり、木曽谷の様子が見える。御岳山は五合目以上は雲の中でした。
花はコオニユリ、フジバカマ、アザミが咲いている。風越の頭を越えて鞍部に下ると先行の登山者が何やら撮影中だった。何と木の根っ子の部分にレンゲショウマが咲いていた。群生地は比高200m下ってまた登り返すが今日はここで見られたから山頂だけで良しとした。カニコウモリを見るのも久しい。山頂は樹林の中で何も見えない。展望所もあるが雲が厚いのでパス。パンを食べてBコースを下山した。
下山後はねざめホテルに寄ったが日帰り入浴は盆休みで営業していなかった。久々に寝覚めの床の越前屋という蕎麦屋に寄った。R19はお盆帰りのクルマで渋滞中。クルマの量が多いだけではなく南木曽町の交通事故も原因か、車輪が外れるくらいの衝撃があったようだ。
R19の萩原から懐かしさもあって東野の山里経由で風越山登山口まで走りました。(上松町は禁止。)枯れ枝、小石はあったが土砂崩れ等の障害はなく無事に通行できた。以前はちょくちょく来たが今は東野の集落は廃屋化が進んでいる感じでちょっと寂しい雰囲気です。
登山口には先着が5台あった。けっこう来ています。
9時5分前、出発。Aコースはほぼ直線的に等高線の詰まった斜面を急登させられる。落葉樹林の中ではヤマジノホトトギス、フシグロセンノウ、カワラナデシコ等の折々の花が咲いていて癒された。
御料局三角点と避難小屋もどきの仮小屋が建つ合流点に着くと草地から来るBコースと交わる。眺めも良くなり、木曽谷の様子が見える。御岳山は五合目以上は雲の中でした。
花はコオニユリ、フジバカマ、アザミが咲いている。風越の頭を越えて鞍部に下ると先行の登山者が何やら撮影中だった。何と木の根っ子の部分にレンゲショウマが咲いていた。群生地は比高200m下ってまた登り返すが今日はここで見られたから山頂だけで良しとした。カニコウモリを見るのも久しい。山頂は樹林の中で何も見えない。展望所もあるが雲が厚いのでパス。パンを食べてBコースを下山した。
下山後はねざめホテルに寄ったが日帰り入浴は盆休みで営業していなかった。久々に寝覚めの床の越前屋という蕎麦屋に寄った。R19はお盆帰りのクルマで渋滞中。クルマの量が多いだけではなく南木曽町の交通事故も原因か、車輪が外れるくらいの衝撃があったようだ。
疲労回復 ― 2024年12月30日
昨日のスキー行の疲れでぐっすり眠れた。天然温泉のお陰もあって筋肉痛は少ない。好きなことを気の合った仲間同士で楽しんだことでコロナ禍の間に溜まったストレスも解消できた気分がある。
今日は年内最後のゴミ出しの日。朝8時には起きて可燃ごみと資源ごみビン、缶を出しに出た。管理組合の小屋も12/31から1/6までは施錠するという。不心得者が居るからだ。
昼間は今年最後の株式相場を見た。386円安の39894円で終わった。それでも年間の終値としては「6430円値上がりした。2年連続で前年を上回り、年末の株価としては、バブル期の1989年に付けた3万8915円を超え、35年ぶりに史上最高値を更新した。」と記事にある。
夕方には新聞代の集金人が来た。新聞を取ろうか止めようか迷うが取ることにした。夜になってから買い物に出かけた。ついでに喫茶店に寄る。520円に値上げ後は行かなかった。久々に入ったら500円に戻っていた。さすがに高いと見て客足が遠のいたのだろう。
今日は年内最後のゴミ出しの日。朝8時には起きて可燃ごみと資源ごみビン、缶を出しに出た。管理組合の小屋も12/31から1/6までは施錠するという。不心得者が居るからだ。
昼間は今年最後の株式相場を見た。386円安の39894円で終わった。それでも年間の終値としては「6430円値上がりした。2年連続で前年を上回り、年末の株価としては、バブル期の1989年に付けた3万8915円を超え、35年ぶりに史上最高値を更新した。」と記事にある。
夕方には新聞代の集金人が来た。新聞を取ろうか止めようか迷うが取ることにした。夜になってから買い物に出かけた。ついでに喫茶店に寄る。520円に値上げ後は行かなかった。久々に入ったら500円に戻っていた。さすがに高いと見て客足が遠のいたのだろう。
信州へゲレンデスキー行 ― 2024年12月28日
思えば、2024年は雪不足でゲレンデスキーにも行かなかった。山スキーすら行けなかった。それは山岳会の上部団体の法人化と決算をボランティアで付きっ切りでサポートしていたこともあって気が向かわなかったこともある。多くの他の仕事を犠牲にして一般社団法人の会計のサポートに邁進していた時期だ。それは5月の決算に無事こぎつけてひとまず肩の荷が降りた。
そしてゲレンデスキーの話をしているところを聞きつけてそれに乗って計画が進んだ。15時に名古屋を出て信州の白馬岩岳の宿も取れた。今夜は夕食は食べる時間には着けないが暖かい布団に寝ることはできる。かつてのようなゲレンデ近くにテントを張って仮泊ということではない。
中央道を走り、安曇野ICを出て明科から池田町、大町市を抜ける県道を通過すると雪が俄然多くなった。大町市でR148に合流、木崎湖、青木湖を過ぎて、佐野坂からは一面が白くなった。白馬の道の駅を通過、白馬駅前を通過、栂池スキー場の手前を左折。西山というところに雪に覆われた民宿があった。そこに今夜は泊れる。
そしてゲレンデスキーの話をしているところを聞きつけてそれに乗って計画が進んだ。15時に名古屋を出て信州の白馬岩岳の宿も取れた。今夜は夕食は食べる時間には着けないが暖かい布団に寝ることはできる。かつてのようなゲレンデ近くにテントを張って仮泊ということではない。
中央道を走り、安曇野ICを出て明科から池田町、大町市を抜ける県道を通過すると雪が俄然多くなった。大町市でR148に合流、木崎湖、青木湖を過ぎて、佐野坂からは一面が白くなった。白馬の道の駅を通過、白馬駅前を通過、栂池スキー場の手前を左折。西山というところに雪に覆われた民宿があった。そこに今夜は泊れる。
忘年山行・長者峰&高嶺 ― 2024年11月17日
午前5時に起床。外は暗い。もたもたするうちに6時前に自宅を出た。ようやく東の空が焼け始めた。音聞橋から眺めると雄大に見える。天白の牛丼屋で朝定を食う。6時半に出る。
今日は東の彼方の南信州の山で山岳会の新人歓迎会と忘年会である。
R153からR301、そして松平橋を左折、県道を足助に向かう。紅葉期は過ぎたがまだ観光客は多いので早朝に足助の街を駆け抜けた。通行量はやはり多い。
標高500mの稲武の道の駅「どんぐりの里 いなぶ」でトイレタイム。Pは早朝でも50%は埋まる。ナビをチエックすると残り30分くらいのドライブ。稲武はクロスロードなので飯田、豊橋、恵那へと分散する。飯田方面も少なくはないが今までよりは減った。
R153は足助からは山坂が多くカーブも多い。オーバードライブのボタンをオフにして走る。エンジンの回転数を高めに保ち、トルクの強いところを維持する。以前の3000ccターボディーゼルは余り考えもしなかったが今のクルマは2500ccと500ccも減らしたからトルクも減ってトップギアの走行が不安定になった。
日産のND350キャラバンの8年落を購入後、エンジンルームからの異音に気づいてファンベルトとテンショナーの部品を交換してもらった。低速域での使い勝手が悪くなった。最近になって気が付いたことは最小回転半径が4.9mから5.9mに大きくなったことである。だから回転や駐車にちょっと手間取る。
現在販売中の日産キャラバンは2400CCとさらに100ccダウンサイジングしたために7速の変速機を使わざるを得ないのだろう。
そうこう考えながら走るうちに根羽村を一気に駆け抜け、標高920mの
道の駅 信州平谷のPに着いた。午前8時30分過ぎだった。毛糸の帽子をかぶったリーダーが目に着いたのでそこへ走った。出発の準備中で私もさっそく支度にとりかかる。
トイレを済まし、出発したのは午前9時5分。柳川を渡って右岸に諏訪神社を見て右折。しばらく車道を歩き養蜂農家の前を過ぎると左へ大きくカーブする。左から来る小沢の手前に登山口がある。舗装路から別れて砂利道に入るとすぐに1040mの独立標高点のある尾根へ渡渉する。この尾根は最初は植林だが尾根が急登になると自然林になる。足元にはどんぐりの実が一杯落ちている。しかも太っている。
自然林に日光が当たって美しい。急登に耐えながら行くと山毛欅の古木があった。すぐに舗装された林道に飛び出す。30分ごとに林道を串刺しにしながら長者峰のPに着く。
そこで先着の会員らが居た。目の前の小屋でさっそくお湯を沸かし肉まん&あんまんを蒸す準備に取り掛かる。小屋では宿泊と火器の禁止を謳うが、今日のイベントでお湯を沸かす許可は事前に断ってある。
思いがけない冬晴れのお陰で360度のうち180度くらいは丸見えだった。しかも風もなく穏やかで小春日和といったところである。次々蒸し挙がる肉まんあんまんを食べて年忘れである。また車での登山組も3名登ってきた。
山頂のPにはライダーが多数登ってきている。三角点のある所の展望台はガラス張りになっており先着の山のグループが占領していた。
肉まんあんまんを食べ終えると高嶺へミニハイキングに行った。登山道は林道で山頂直下で笹薮の切り開きを登る。黒い柴犬を連れた親子夫婦が先着していた。眺めは西にちょっと開ける。
長者峰に戻って下山である。車で来たグループはお迎えが来て帰って行った。我々は自分の足で登ってきた道を下る。若い60歳代のメンバーは素早い。それでも尾根の中間点で待機してくれていた。
後期高齢者の私との差はやっぱり足腰と膝のバネだろう。今夏ジャンダルムへ登ってきた60代の女性2名は細い、軽い。足腰のバネがある。あっという間に登りあっという間に下ってしまう。かつて年長の人と富士登山で詠んだ拙句
遅れがちの老登山者に歩を合はす
が今では自画像になった。
最後は待っていてもくれず、ただ一人急峻な尾根をとぼとぼ下る。道の駅のPで再会した。雑談しているとふわふわと白い虫が飛んでいる。雪虫であった。雪虫が飛ぶと1週間以内に降雪を見るという。冬の到来を告げる虫である。
帰路はR153を辿り途中からR343、またR153,県道58で帰宅した。
ヤマップのデータでは往復9.9km。登りは約2時間半。高嶺往復は25分。下りは1時間20分だった。平均ペース130~150%で速い。らしい。コース定数は18でふつう。らしい。
今日は東の彼方の南信州の山で山岳会の新人歓迎会と忘年会である。
R153からR301、そして松平橋を左折、県道を足助に向かう。紅葉期は過ぎたがまだ観光客は多いので早朝に足助の街を駆け抜けた。通行量はやはり多い。
標高500mの稲武の道の駅「どんぐりの里 いなぶ」でトイレタイム。Pは早朝でも50%は埋まる。ナビをチエックすると残り30分くらいのドライブ。稲武はクロスロードなので飯田、豊橋、恵那へと分散する。飯田方面も少なくはないが今までよりは減った。
R153は足助からは山坂が多くカーブも多い。オーバードライブのボタンをオフにして走る。エンジンの回転数を高めに保ち、トルクの強いところを維持する。以前の3000ccターボディーゼルは余り考えもしなかったが今のクルマは2500ccと500ccも減らしたからトルクも減ってトップギアの走行が不安定になった。
日産のND350キャラバンの8年落を購入後、エンジンルームからの異音に気づいてファンベルトとテンショナーの部品を交換してもらった。低速域での使い勝手が悪くなった。最近になって気が付いたことは最小回転半径が4.9mから5.9mに大きくなったことである。だから回転や駐車にちょっと手間取る。
現在販売中の日産キャラバンは2400CCとさらに100ccダウンサイジングしたために7速の変速機を使わざるを得ないのだろう。
そうこう考えながら走るうちに根羽村を一気に駆け抜け、標高920mの
道の駅 信州平谷のPに着いた。午前8時30分過ぎだった。毛糸の帽子をかぶったリーダーが目に着いたのでそこへ走った。出発の準備中で私もさっそく支度にとりかかる。
トイレを済まし、出発したのは午前9時5分。柳川を渡って右岸に諏訪神社を見て右折。しばらく車道を歩き養蜂農家の前を過ぎると左へ大きくカーブする。左から来る小沢の手前に登山口がある。舗装路から別れて砂利道に入るとすぐに1040mの独立標高点のある尾根へ渡渉する。この尾根は最初は植林だが尾根が急登になると自然林になる。足元にはどんぐりの実が一杯落ちている。しかも太っている。
自然林に日光が当たって美しい。急登に耐えながら行くと山毛欅の古木があった。すぐに舗装された林道に飛び出す。30分ごとに林道を串刺しにしながら長者峰のPに着く。
そこで先着の会員らが居た。目の前の小屋でさっそくお湯を沸かし肉まん&あんまんを蒸す準備に取り掛かる。小屋では宿泊と火器の禁止を謳うが、今日のイベントでお湯を沸かす許可は事前に断ってある。
思いがけない冬晴れのお陰で360度のうち180度くらいは丸見えだった。しかも風もなく穏やかで小春日和といったところである。次々蒸し挙がる肉まんあんまんを食べて年忘れである。また車での登山組も3名登ってきた。
山頂のPにはライダーが多数登ってきている。三角点のある所の展望台はガラス張りになっており先着の山のグループが占領していた。
肉まんあんまんを食べ終えると高嶺へミニハイキングに行った。登山道は林道で山頂直下で笹薮の切り開きを登る。黒い柴犬を連れた親子夫婦が先着していた。眺めは西にちょっと開ける。
長者峰に戻って下山である。車で来たグループはお迎えが来て帰って行った。我々は自分の足で登ってきた道を下る。若い60歳代のメンバーは素早い。それでも尾根の中間点で待機してくれていた。
後期高齢者の私との差はやっぱり足腰と膝のバネだろう。今夏ジャンダルムへ登ってきた60代の女性2名は細い、軽い。足腰のバネがある。あっという間に登りあっという間に下ってしまう。かつて年長の人と富士登山で詠んだ拙句
遅れがちの老登山者に歩を合はす
が今では自画像になった。
最後は待っていてもくれず、ただ一人急峻な尾根をとぼとぼ下る。道の駅のPで再会した。雑談しているとふわふわと白い虫が飛んでいる。雪虫であった。雪虫が飛ぶと1週間以内に降雪を見るという。冬の到来を告げる虫である。
帰路はR153を辿り途中からR343、またR153,県道58で帰宅した。
ヤマップのデータでは往復9.9km。登りは約2時間半。高嶺往復は25分。下りは1時間20分だった。平均ペース130~150%で速い。らしい。コース定数は18でふつう。らしい。
蛇峠山ファミリーハイキング ― 2024年08月13日
午前6時50分に尾張旭市のGさん宅に着いた。4歳になる長女Sちゃんは寝起きが悪く泣いている。大荷物を車に積み込んで出発。瀬戸市の市街地を通過して昔の中馬街道を行く。R363を走るだけ走ると恵那市周辺をナビの指示に従うと上矢作町のR418を経由して平谷村だ。R153へ左折すると道の駅でトイレ休憩後治部坂峠へ。ここが登山口だが今日は4歳児と暑いのでズルして馬の背1450mへ車で登った。着くとすぐに虻が飛んできたが1匹だけで済んだ。身支度を整えて出発。
ゲートの左にある樹林の山路に入る。これの方が直射日光を浴びずに済むからだ。但し風の通りは悪く涼しい感じはない。ゆっくりゆっくり幼児の初山行のペースを探りながら登る。身長がない分大人は一跨ぎの段差でも母親に手を引っ張ってもらって乗り越える。
30分も登ると車道に出合うので樹林の中で水を飲んだりして休憩。するとすぐに虫が寄ってくる。都会と違い幼児は虫に一々反応するので持ってきた虫除けスプレーを噴霧しておく。
車道にはホタルブクロの花を見た。マツムシソウの花も見た。すぐに山路に戻る。これを後1回繰り返す。後は車道を歩く。コオニユリの鮮やかなオレンジ色の花に目を引き付けられる。空気のきれいな信州の高原の山だなあと思う。
電波塔が林立する山頂部に来た。二岐で左へ行くと展望台の草地に着いた。今日はここが山頂である。三角点は割愛した。雲が厚く遠望は利かないが湿気の少ない空気は爽やかだ。
下山は車道のみを辿った。こっちの方が日陰にならないので花も多い。ウマノアシガタかシナノキンバイか、信州ならではのミニハイキングでした。
ゲートの左にある樹林の山路に入る。これの方が直射日光を浴びずに済むからだ。但し風の通りは悪く涼しい感じはない。ゆっくりゆっくり幼児の初山行のペースを探りながら登る。身長がない分大人は一跨ぎの段差でも母親に手を引っ張ってもらって乗り越える。
30分も登ると車道に出合うので樹林の中で水を飲んだりして休憩。するとすぐに虫が寄ってくる。都会と違い幼児は虫に一々反応するので持ってきた虫除けスプレーを噴霧しておく。
車道にはホタルブクロの花を見た。マツムシソウの花も見た。すぐに山路に戻る。これを後1回繰り返す。後は車道を歩く。コオニユリの鮮やかなオレンジ色の花に目を引き付けられる。空気のきれいな信州の高原の山だなあと思う。
電波塔が林立する山頂部に来た。二岐で左へ行くと展望台の草地に着いた。今日はここが山頂である。三角点は割愛した。雲が厚く遠望は利かないが湿気の少ない空気は爽やかだ。
下山は車道のみを辿った。こっちの方が日陰にならないので花も多い。ウマノアシガタかシナノキンバイか、信州ならではのミニハイキングでした。
小川路峠へ ― 2023年11月19日
遠山谷も昨夜は凍て雲が山にまとわりついて寒かったが朝から快晴でした。6時50分に和田の宿を出発。7時30分に清水地区にある秋葉街道登山口を出発。野生のシカの頭蓋骨が落ちていた。人工林の中の道は不明瞭でしばしばRFで渋滞気味になる。それでも石の地蔵があるのでかつての街道には違いない。一旦皆伐してしまうとイバラ、タラなどが繁茂し、いわゆるヤブ道になる。植林すると日陰になって雑草は枯れてしまう。この間に人が歩かないと廃道になる。現在は森林は密植されており、間伐を待っている。道も廃道状態に近い。一旦は林道に上がって横切る。再び人工林の中を登るがやはり不明瞭である。最終的に林道に上がった。1062.8mの三等三角点上村の尾根の先に地蔵などが設置されている。昔は建物でもあった跡である。
ここから本格的な秋葉街道になった。15番の観音から始まる。しばらくは人工林だが疎林になっただけ、見通しが良く明るくなった。遠くに白い山も見える。観音様の番号が増えることで着実に登っていく実感がある。雪も出てきた。29番を過ぎると山抜けの沢の渡渉が待っていた。かつては桟橋もあったが朽ちている。虎ロープも切れて巻いてあった。リーダーがロープを出して女性らを確保して渡渉した。三点支持の基本技術があれば怖くない。そこから地蔵がずらっと並んだところにきてすぐ先に茶屋址と熊の檻があった。地形図では急な尾根だが九十九折れで優しく登って行ける。
12時45分にうっすらと雪のある小川路峠に到着した。昼食後、体が冷えない内に1人で13時30分に来た道を引き返す。途中、4回足に痙攣が走った。都度68を飲んで対応した。下山後約2時間の15時25分に林道に着く。太陽は隣の山にかかってすぐに日没しそうだ。帰路は樹林帯は薄暗いので林道を歩き通した。約1時間でクルマのおいてある入口に着いた。
小川路峠は上久堅からは5回も往復しているが遠山谷側は初見でしたので満足できた。秋葉街道は南西面に付けられているので西日が当たり午後も明るい。林道に下りた地点で3時30分位でしたが日が伊那山脈に沈んだ。山の中は飯田市の日没4時40分よりも1時間以上早い。
残照があるので4時半までマイカーまでは明るかくヘッデンは点けずに済んだ。
マイカーで矢筈トンネルを通過、下氏乗から中宮でR256に合流、左折して富士山之神社(スマホのナビの目標)へ向かうと5時20分ちょうど東京組と合流できた。後は飯田駅へ送って別れた。飯田から園原まで地道。20kmほど。中央道園原ICから帰名。2000円。102km。
名古屋から周回の距離は約380km位でした。山間ドライブは正味150km位。極端なタイトなカーブが多いので山よりもドライブに疲れた。3ヶ月のブランクがあったので足腰が久々に痛んだ。
※すでに完成している矢筈トンネルと青崩トンネルが高規格の道路に生まれ変わると鳳来峡ICにつながる。観光客も増えて秘境のイメージも無くなるかも知れません。
ここから本格的な秋葉街道になった。15番の観音から始まる。しばらくは人工林だが疎林になっただけ、見通しが良く明るくなった。遠くに白い山も見える。観音様の番号が増えることで着実に登っていく実感がある。雪も出てきた。29番を過ぎると山抜けの沢の渡渉が待っていた。かつては桟橋もあったが朽ちている。虎ロープも切れて巻いてあった。リーダーがロープを出して女性らを確保して渡渉した。三点支持の基本技術があれば怖くない。そこから地蔵がずらっと並んだところにきてすぐ先に茶屋址と熊の檻があった。地形図では急な尾根だが九十九折れで優しく登って行ける。
12時45分にうっすらと雪のある小川路峠に到着した。昼食後、体が冷えない内に1人で13時30分に来た道を引き返す。途中、4回足に痙攣が走った。都度68を飲んで対応した。下山後約2時間の15時25分に林道に着く。太陽は隣の山にかかってすぐに日没しそうだ。帰路は樹林帯は薄暗いので林道を歩き通した。約1時間でクルマのおいてある入口に着いた。
小川路峠は上久堅からは5回も往復しているが遠山谷側は初見でしたので満足できた。秋葉街道は南西面に付けられているので西日が当たり午後も明るい。林道に下りた地点で3時30分位でしたが日が伊那山脈に沈んだ。山の中は飯田市の日没4時40分よりも1時間以上早い。
残照があるので4時半までマイカーまでは明るかくヘッデンは点けずに済んだ。
マイカーで矢筈トンネルを通過、下氏乗から中宮でR256に合流、左折して富士山之神社(スマホのナビの目標)へ向かうと5時20分ちょうど東京組と合流できた。後は飯田駅へ送って別れた。飯田から園原まで地道。20kmほど。中央道園原ICから帰名。2000円。102km。
名古屋から周回の距離は約380km位でした。山間ドライブは正味150km位。極端なタイトなカーブが多いので山よりもドライブに疲れた。3ヶ月のブランクがあったので足腰が久々に痛んだ。
※すでに完成している矢筈トンネルと青崩トンネルが高規格の道路に生まれ変わると鳳来峡ICにつながる。観光客も増えて秘境のイメージも無くなるかも知れません。
青崩峠へ ― 2023年11月18日
11/18 浜松市天竜区は快晴
名古屋の自宅を6時30分頃出発。R153を走って東名三好ICから新東名経由で浜松北ICで出た。1820円。西鹿島駅へ8時50分頃着。102km。
9時過ぎ東京のPT7名と合流。青崩峠を目指しR152を北上。青崩トンネルの工事が真っ最中です。
峠直下まで車道はあるが足神神社でデポ。そこから徒歩40分で峠へ。石畳の遊歩道でした。峠では寒気のために降雪があり、初冬の気候と冬黄葉の残る自然林がマッチして美しい。東京組は峠から信州側へ下山、私は青崩れの地層が見える四阿で別れた。
車に戻って赤石山脈の兵越えを越えてR152に下った。下った辺りから先は青崩トンネル(2023年5月に貫通)の工事の真っ最中でした。ダンプが行きかうので一般車は立入禁止でしたが恐る恐る入っていくと東京組に出合えた。そこでピックアップして宿のある和田へ向かった。途中でも番所跡を見学したりして有意義なことでした。
宿はかぐら山荘。飲み代込みで10000円位。宿の風呂が壊れていたので平岡駅まで走って温泉に入湯できました。往復20km。
名古屋の自宅を6時30分頃出発。R153を走って東名三好ICから新東名経由で浜松北ICで出た。1820円。西鹿島駅へ8時50分頃着。102km。
9時過ぎ東京のPT7名と合流。青崩峠を目指しR152を北上。青崩トンネルの工事が真っ最中です。
峠直下まで車道はあるが足神神社でデポ。そこから徒歩40分で峠へ。石畳の遊歩道でした。峠では寒気のために降雪があり、初冬の気候と冬黄葉の残る自然林がマッチして美しい。東京組は峠から信州側へ下山、私は青崩れの地層が見える四阿で別れた。
車に戻って赤石山脈の兵越えを越えてR152に下った。下った辺りから先は青崩トンネル(2023年5月に貫通)の工事の真っ最中でした。ダンプが行きかうので一般車は立入禁止でしたが恐る恐る入っていくと東京組に出合えた。そこでピックアップして宿のある和田へ向かった。途中でも番所跡を見学したりして有意義なことでした。
宿はかぐら山荘。飲み代込みで10000円位。宿の風呂が壊れていたので平岡駅まで走って温泉に入湯できました。往復20km。
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