五十嶋一晃『類例のない伊藤孝一の登山』届く2020年05月28日

五十嶋一晃『類例のない伊藤孝一の登山』
 昨日ポストに投函されていた。
2020年3月18日発行
著者:五十嶋一晃
発行者:五十嶋博文
発行所:五十嶋商事有限会社
定価:2500円+税

表紙には
「冬期未踏の北アルプス最深部を開拓しながらその映像を残した男
それは自己実現欲求を叶える山行と撮影であった」
これが著者の五十嶋氏の伊藤孝一研究で得られた結論であった。

・・・感想

伊藤孝一の四女の都留子氏かた提供された豊富な一次資料をぜいたくに採用

既刊の伊藤孝一を書いた著作物の検証

日本の近代登山史と照合しながら伊藤孝一の登山の価値を見出す

名古屋が生んだ稀代の登山愛好家にして日本で初めて冬の北アルプスに映画カメラを持ち込み、映像で登山を記録した業績は日本登山界の金字塔

アルピニズムは異教徒と同じで、伊藤は日本古来の手法で登った。映画カメラ、衣服や道具は輸入品だったけれど

 伊藤孝一は尾張藩の御用商人の末裔として生まれた。『名古屋商人史』には鼈甲を商う商人として記録されている。廃藩置県、明治維新で尾張藩も解体された。武士は廃業し御用商人の中には不良債権を抱えて倒産したであろう。伊藤孝一の先祖はどさくさをうまく切り抜けたらしい。不動産を中心に莫大な資産を残してもらったが、昭和の初め中川運河の用地提供で税金のトラブルに巻き込まれて資産を失った。

晩年は東京都三鷹市で余生を送った。

戦後は忘れられた登山家であった。伊藤孝一が再び世に注目されたのは毎日新聞名古屋本社のカメラマンだった上田竹三氏の執念で戦前の失われた貴重なフィルムが赤沼家の蔵にあることを突き止めたことで大きな展開を見せ始めた。
登山史、山岳映像の専門家から高く評価されて富山県立山博物館で展示される機会も得た。
映画は私も見た。赤沼さんの経営するスキー宿であった。まさかその伊藤孝一が名古屋の生まれとは汁知らずだった。