渡部昇一『名将言行録を読む』2025年09月25日

 このところ松平八代の歴史にはまった。そのもとは1467年の応仁の乱以後は戦国時代に突入して行く。すると中世に関心が集まった。そこでまた渡部昇一『名著で読む日本史』を読むと7番目の岡谷繁実『名将言行録』が紹介されている。
 ネットで類書を見ると多数あるので愛知県図書館所蔵の図書を閲覧に行ってみた。数冊ある中で表題の一冊が読みやすかった。著者も渡部氏である。
 目次のみをコピペしておく。
内容説明
彼らはなぜ名将と呼ばれたのか。現在伝わる戦国武将の逸話は、すべてこの本に収まっている。

目次
北条早雲―人心掌握術に長けた軍人政治家

北条氏康―謙虚にして冷静、しかも勇猛果敢な明君

北条氏規―すぐれた外交手腕で北条家の延命をはかった知将

太田道潅―才気煥発なるがゆえに恨みを買った悲運の人物

山中鹿之助―尼子再興に命を捧げた烈士

毛利元就―言動ともに完璧な戦国第一等の大大名

小早川隆景―毛利家存続のために知恵を巡らせた深謀遠慮の人

武田信玄―人情に通じた戦国時代の合理主義者

真田昌幸―徳川家康が勝てなかった軍略の天才

上杉謙信―武将が憧れ尊敬した武将の中の武将〔ほか〕
以上

 再び『名著で読む日本史』の中に戻ると
 応仁の乱で確かに世の中は乱れた。京都で3年から4年は戦乱があり、公家や門跡がことごとく焼き払われた。これが下級人民たちが向上発展してゆくターニングポイントになったと内藤湖南の見解を引いている。
 大衆が古代の天皇家の歴史を学んでも得ることは少ない。しかし、応仁の乱以後なら価値はある。特に松平家のように豊田市の山奥で興った一族が砦を奪いながら、段々と平野部に降りてついに岡崎城を占拠した。家康は岡崎城で生まれて一揆と戦い、信長、秀吉に仕えて最後は天下を取った。家康は名将言行録の最後に収録してあります。

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