椹木谷の虻 ― 2025年07月30日
寧比曽岳の自然は思いの他深く広い。この山だけの自然誌があっても良いのではないか。そんな思いが募る。
今年の2月は初めての積雪期の東海自然歩道を歩いた。3月末にはミツマタの花が咲くという東側の谷沿いに歩いて林道終点に花を見た。まだ大半はつぼみだったが。その後は地形図に破線路のある尾根を登って富士見峠からは大多賀の山里へ防火帯を下ってみた。迷路だったがGPSのお陰で無事に下れた。
すると次は手つかずの西側にある林道だらけの谷に注目することになった。昔一度は見た記憶がある安城農林高校の演習林は椹木谷という。
県道33号線から右折、浄水場の分岐から左は林道山中線が源流まで伸びている。行けるだけ走ってみた。路面は荒れた感じがするが落石倒木がないから管理はされている。ついにチエーンがかかるところまで走った。関係者以外は立入禁止の札が立っている。外へ出ると虻がわっと襲って来た。車内から追い出すのに一苦労だった。結局ここでバックで引き返す。
少し先で南の筈ヶ岳から下って来る林道と落ち合う付近である。安城農林の施設がすぐ先にあり、約500mも歩けば東海自然歩道の尾根から西への支尾根との鞍部を乗り越す。ここから寧比曽岳に突き上げる沢が奥からA沢、B沢、C沢、D1沢、D2沢とある。A沢からD1沢は寧比曽岳に突き上げる。D2沢は筈ヶ岳に突き上げる。
今日の目的はA沢の植生を探りたかったのである。東海自然歩道沿いに往来する都度、ブナなどの大木が結構残っているからである。次の機会に探って見たい。
今年の2月は初めての積雪期の東海自然歩道を歩いた。3月末にはミツマタの花が咲くという東側の谷沿いに歩いて林道終点に花を見た。まだ大半はつぼみだったが。その後は地形図に破線路のある尾根を登って富士見峠からは大多賀の山里へ防火帯を下ってみた。迷路だったがGPSのお陰で無事に下れた。
すると次は手つかずの西側にある林道だらけの谷に注目することになった。昔一度は見た記憶がある安城農林高校の演習林は椹木谷という。
県道33号線から右折、浄水場の分岐から左は林道山中線が源流まで伸びている。行けるだけ走ってみた。路面は荒れた感じがするが落石倒木がないから管理はされている。ついにチエーンがかかるところまで走った。関係者以外は立入禁止の札が立っている。外へ出ると虻がわっと襲って来た。車内から追い出すのに一苦労だった。結局ここでバックで引き返す。
少し先で南の筈ヶ岳から下って来る林道と落ち合う付近である。安城農林の施設がすぐ先にあり、約500mも歩けば東海自然歩道の尾根から西への支尾根との鞍部を乗り越す。ここから寧比曽岳に突き上げる沢が奥からA沢、B沢、C沢、D1沢、D2沢とある。A沢からD1沢は寧比曽岳に突き上げる。D2沢は筈ヶ岳に突き上げる。
今日の目的はA沢の植生を探りたかったのである。東海自然歩道沿いに往来する都度、ブナなどの大木が結構残っているからである。次の機会に探って見たい。
継子岳登山ー濁河温泉まで ― 2025年07月19日
7月19〜20日にかけて来月の北アのトレーニング山行として御嶽山の一角にそびえる継子岳の登山を計画した。日和田富士とも言う。昔はあったチャオ御嶽山スキーリゾートも今は廃業で建物は残っているが廃墟と化した。
音波山余聞 ― 2025年06月29日
音波山を下山後、地蔵堂のPへR365を歩く際にここに住んでいた元住民に会って話を聞いた。
〇熊の話。
熊の糞を見たので熊鈴を鳴らして警戒しながら歩いた話をしたら熊には腰にぶら下げるタイプの香取線香が良いと教えてくれた。昔木曽谷でも猟師から休む度にタバコを吸うと聞いた。熊は嗅覚が良いのでタバコの煙に敏感だそうだ。
〇高時川の洪水の話
約3年前に高時川が氾濫した。原因は風力発電の工事だろうと思っていたが実は無許可で開発したスキー場でした。(間違って下った所)豪雨で豪雪地帯の山域を無許可で開発すると下流は洪水に見舞われるという見本です。伐採した木は谷底に埋めていたらしい。
しかも途中にダムを建設する計画があったが女性の嘉田由紀子(当時は知事、現在は参院議員で災害対策特別委員会、維新)が中止させた。しかもここらの地質は赤土の山という。これじゃあ濁流になる。
検索すると「赤土は水はけが良く、保水力が低いため、中略。一方で、風化しやすく、強い雨によって土砂崩れの原因となる場合もあるため、注意が必要で」とある。「令和4年8月4日から5日にかけて、長浜市と福井県境を中心に発生した時間雨量約90mm、累計雨量305mmの豪雨が、高時川流域に大きな被害をもたらし、現在に至るまで濁りが続いています。この長期の濁りの原因の究明と、濁りの軽減につながる対策を進めるため、今年度有識者を委員とする高時川濁水問題検討会議や地元の皆様への報告会を開催してきました。」
つまり濁流は赤土の山を風力発電と無許可でスキー場開発のためにブナ林を伐採して保水力が無くなった山に大雨が降った結果でした。許可を得れば砂防堰堤を建設して対策が打てるのだが。今は外国人が買うという話もある。
〇熊の話。
熊の糞を見たので熊鈴を鳴らして警戒しながら歩いた話をしたら熊には腰にぶら下げるタイプの香取線香が良いと教えてくれた。昔木曽谷でも猟師から休む度にタバコを吸うと聞いた。熊は嗅覚が良いのでタバコの煙に敏感だそうだ。
〇高時川の洪水の話
約3年前に高時川が氾濫した。原因は風力発電の工事だろうと思っていたが実は無許可で開発したスキー場でした。(間違って下った所)豪雨で豪雪地帯の山域を無許可で開発すると下流は洪水に見舞われるという見本です。伐採した木は谷底に埋めていたらしい。
しかも途中にダムを建設する計画があったが女性の嘉田由紀子(当時は知事、現在は参院議員で災害対策特別委員会、維新)が中止させた。しかもここらの地質は赤土の山という。これじゃあ濁流になる。
検索すると「赤土は水はけが良く、保水力が低いため、中略。一方で、風化しやすく、強い雨によって土砂崩れの原因となる場合もあるため、注意が必要で」とある。「令和4年8月4日から5日にかけて、長浜市と福井県境を中心に発生した時間雨量約90mm、累計雨量305mmの豪雨が、高時川流域に大きな被害をもたらし、現在に至るまで濁りが続いています。この長期の濁りの原因の究明と、濁りの軽減につながる対策を進めるため、今年度有識者を委員とする高時川濁水問題検討会議や地元の皆様への報告会を開催してきました。」
つまり濁流は赤土の山を風力発電と無許可でスキー場開発のためにブナ林を伐採して保水力が無くなった山に大雨が降った結果でした。許可を得れば砂防堰堤を建設して対策が打てるのだが。今は外国人が買うという話もある。
万緑の湖北・音波山を歩く ― 2025年06月28日
5月31日以来一ヶ月ぶりの登山でした。体は軽く感じるが心肺機能がなまけているうちに劣化した。予定では下谷山も往復でしたが暑さで音波山だけで引き返した。
ヤマップの記録では栃ノ木峠の手前の工事現場付近に入り口があるはずですが、ゲートには立入山禁止とあった。それで峠の地蔵堂のあるPに停めて、ふみあと程度の山路を登るうちに古い登山道がでてきた。周囲は背の高いブナの原生林でした。予期しないブナの森を眺めながら登れて良かった。うっかり撮影し忘れた。
急登でしたが50センチ程度深い溝になっているので昔は良く歩かれたんでしょう。30分くらいで工事現場からの道と合流。しばらくは山路ですが途中から林道と合流。これは廃止されたスキー場から上がってくる道でした。しかしそんなに荒れてもいないのでずっと車道を歩き、時々ブナの森の中も歩いた。結果的には最初の地蔵堂からの尾根のぶなの森が一番です。
山頂は笹が刈られて憩いのある風情はない。暑いので日陰に入って休んだ後下山開始。往復なのでずっと車道を戻ったが山路との分岐を見落として廃業されたスキー場へ下ってしまい、戻った。下山は地蔵堂の尾根ではなく、工事現場のゲートへ下って見た。傾斜は最初はゆるかったが下の方できつくなり、階段が続いた。下りたところは水たまりのあるところで小さな沢を渡渉するとすぐにゲートでした。ゲートの奥は立入禁止なのでこの入口が見つけられないために地蔵堂の尾根へ回って良かった。
〇熊の話。
熊の糞を見たので熊鈴を鳴らして警戒しながら歩いた話をしたら熊には腰にぶら下げるタイプの香下山後、地蔵堂のPへR365を歩く際にここに住んでいた元住民に会って話を聞いた。
取線香が良いと教えてくれた。昔木曽谷でも猟師から休む度にタバコを吸うと聞いた。熊は嗅覚が良いのでタバコの煙に敏感だそうだ。
〇高時川の洪水の話
約3年前に高時川が氾濫した。原因は風力発電の工事だろうと思っていたが実は無許可で開発したスキー場でした。(間違って下った所)豪雨で豪雪地帯の山域を無許可で開発すると下流は洪水に見舞われるという見本です。伐採した木は谷底に埋めていたらしい。
しかも途中にダムを建設する計画があったが女性の嘉田由紀子(当時は知事、現在は参院議員で災害対策特別委員会、維新)が中止させた。しかもここらの地質は赤土の山という。これじゃあ濁流になる。
検索すると「赤土は水はけが良く、保水力が低いため、中略。一方で、風化しやすく、強い雨によって土砂崩れの原因となる場合もあるため、注意が必要で」とある。「令和4年8月4日から5日にかけて、長浜市と福井県境を中心に発生した時間雨量約90mm、累計雨量305mmの豪雨が、高時川流域に大きな被害をもたらし、現在に至るまで濁りが続いています。この長期の濁りの原因の究明と、濁りの軽減につながる対策を進めるため、今年度有識者を委員とする高時川濁水問題検討会議や地元の皆様への報告会を開催してきました。」
つまり濁流は赤土の山を風力発電と無許可でスキー場開発のためにブナ林を伐採して保水力が無くなった山に大雨が降った結果でした。許可を得れば砂防堰堤を建設して対策が打てるのだが。今は外国人が買うという話もある。
ヤマップの記録では栃ノ木峠の手前の工事現場付近に入り口があるはずですが、ゲートには立入山禁止とあった。それで峠の地蔵堂のあるPに停めて、ふみあと程度の山路を登るうちに古い登山道がでてきた。周囲は背の高いブナの原生林でした。予期しないブナの森を眺めながら登れて良かった。うっかり撮影し忘れた。
急登でしたが50センチ程度深い溝になっているので昔は良く歩かれたんでしょう。30分くらいで工事現場からの道と合流。しばらくは山路ですが途中から林道と合流。これは廃止されたスキー場から上がってくる道でした。しかしそんなに荒れてもいないのでずっと車道を歩き、時々ブナの森の中も歩いた。結果的には最初の地蔵堂からの尾根のぶなの森が一番です。
山頂は笹が刈られて憩いのある風情はない。暑いので日陰に入って休んだ後下山開始。往復なのでずっと車道を戻ったが山路との分岐を見落として廃業されたスキー場へ下ってしまい、戻った。下山は地蔵堂の尾根ではなく、工事現場のゲートへ下って見た。傾斜は最初はゆるかったが下の方できつくなり、階段が続いた。下りたところは水たまりのあるところで小さな沢を渡渉するとすぐにゲートでした。ゲートの奥は立入禁止なのでこの入口が見つけられないために地蔵堂の尾根へ回って良かった。
〇熊の話。
熊の糞を見たので熊鈴を鳴らして警戒しながら歩いた話をしたら熊には腰にぶら下げるタイプの香下山後、地蔵堂のPへR365を歩く際にここに住んでいた元住民に会って話を聞いた。
取線香が良いと教えてくれた。昔木曽谷でも猟師から休む度にタバコを吸うと聞いた。熊は嗅覚が良いのでタバコの煙に敏感だそうだ。
〇高時川の洪水の話
約3年前に高時川が氾濫した。原因は風力発電の工事だろうと思っていたが実は無許可で開発したスキー場でした。(間違って下った所)豪雨で豪雪地帯の山域を無許可で開発すると下流は洪水に見舞われるという見本です。伐採した木は谷底に埋めていたらしい。
しかも途中にダムを建設する計画があったが女性の嘉田由紀子(当時は知事、現在は参院議員で災害対策特別委員会、維新)が中止させた。しかもここらの地質は赤土の山という。これじゃあ濁流になる。
検索すると「赤土は水はけが良く、保水力が低いため、中略。一方で、風化しやすく、強い雨によって土砂崩れの原因となる場合もあるため、注意が必要で」とある。「令和4年8月4日から5日にかけて、長浜市と福井県境を中心に発生した時間雨量約90mm、累計雨量305mmの豪雨が、高時川流域に大きな被害をもたらし、現在に至るまで濁りが続いています。この長期の濁りの原因の究明と、濁りの軽減につながる対策を進めるため、今年度有識者を委員とする高時川濁水問題検討会議や地元の皆様への報告会を開催してきました。」
つまり濁流は赤土の山を風力発電と無許可でスキー場開発のためにブナ林を伐採して保水力が無くなった山に大雨が降った結果でした。許可を得れば砂防堰堤を建設して対策が打てるのだが。今は外国人が買うという話もある。
初夏の足助・黍生を歩く ― 2025年05月31日
名古屋市を出発した時はR153上で小雨だった。間欠ワイパーを動かしながら足助町はどうか心配した。まもなく乾燥路面になったから一安心。
足助町のPに止めて10時過ぎに歩き出す。巴川を渡ると右手に神社があり、路傍には白い十字の草花が生えていた。十薬またはどくだみという。民間の薬草である。舗装された坂道にさしかかって急坂になると左手に登山口が見えた。足元には竹の枯れ葉が積み重なる。そうか今は竹の秋という。麓は苗田一色だったが所々に刈入れ時の麦田もあって麦の秋を迎えている。米だけを中心に考えていると秋という感覚は不思議である。
山路は急登を強いられるが最初の鉄塔に着く。休むまでもない時間なのでパス、樹林におおわれた山道を登ると2番目の鉄塔に着いた。涼しいがさすがに汗が出てくるので一休み。シャツとベストも脱いで下着1枚になった。ふたたび歩き出すと350mのコブを左に回り込んで林道に降り立つ。山頂への入口には後7分とある。最後の登りで前途には大きな岩がどんと構えていた。平な一角に立つとかつては山城だったという案内板、三角点、神域という石垣の囲みが現れて登頂。約1時間。温度計を見ると16.5℃。風も爽やかで気持ちよい。
休んでいると間近に鶯が来て鳴いている。遠くからは♪東京特許許可局♪と鳴くホトトギスも聞こえて来た。いかにも初夏の里山の風情に嬉しくなった。下山は往路を下った。近くの喫茶店で喉を潤した。ホトトギスが盛んに鳴いていた話をするとこの頃は夜によく鳴き声を聞くという。
足助町のPに止めて10時過ぎに歩き出す。巴川を渡ると右手に神社があり、路傍には白い十字の草花が生えていた。十薬またはどくだみという。民間の薬草である。舗装された坂道にさしかかって急坂になると左手に登山口が見えた。足元には竹の枯れ葉が積み重なる。そうか今は竹の秋という。麓は苗田一色だったが所々に刈入れ時の麦田もあって麦の秋を迎えている。米だけを中心に考えていると秋という感覚は不思議である。
山路は急登を強いられるが最初の鉄塔に着く。休むまでもない時間なのでパス、樹林におおわれた山道を登ると2番目の鉄塔に着いた。涼しいがさすがに汗が出てくるので一休み。シャツとベストも脱いで下着1枚になった。ふたたび歩き出すと350mのコブを左に回り込んで林道に降り立つ。山頂への入口には後7分とある。最後の登りで前途には大きな岩がどんと構えていた。平な一角に立つとかつては山城だったという案内板、三角点、神域という石垣の囲みが現れて登頂。約1時間。温度計を見ると16.5℃。風も爽やかで気持ちよい。
休んでいると間近に鶯が来て鳴いている。遠くからは♪東京特許許可局♪と鳴くホトトギスも聞こえて来た。いかにも初夏の里山の風情に嬉しくなった。下山は往路を下った。近くの喫茶店で喉を潤した。ホトトギスが盛んに鳴いていた話をするとこの頃は夜によく鳴き声を聞くという。
新緑の江美国境を歩く ― 2025年05月05日
朝6時出発。ナビが名古屋高速3号大高線を指示するので誘導されるままに高辻ICから入った。なるほどこのルートだと都心環状線へ迂回するロスはない。瑞穂区内も朝6時台なら渋滞はない。一宮線から一宮IC経由で関ヶ原ICを出る。久々に伊吹山山麓を間近に眺めながら懐深く姉川源流の村である甲津原に向かった。スキーシーズンも終わり、雪も消えて新緑の季節になっている。甲津原アグリコテージの入り口のPに車を停めて歩き出す。
姉川は甲津原で向山谷を分けて、更に中津又谷と瀬戸山谷に別れる。流路の長さから見て中津又谷が姉川本流であろう。
甲津原アグリコテージへの入り口付近にP。歩き出すと最初は舗装道路だがコテージへの道を分けると奥は未舗装になる。軽ならまだ走れそうだ。1台だけ軽を見た。
林道は645m付近で姉川(中津又谷)を直角に曲がると林道も700m地点で終点。ここから赤や黄色のテープのマーキングを見て踏み跡(古道)になる。歩き易い右岸左岸を選んで渡り返しながら行くと二又になる。杉の植林からすべて新緑の自然林になりここからテープで尾根に導かれる。最初は根曲りの枝で藪っぽいがよく踏まれた尾根道である。標高800m付近に風化した石仏が置かれていた。今日の目的の一つはこれを見る事だった。遠くに金糞岳が見えた。ここから更に奥は先ほど別れた二又の右の谷が眼下に迫り、10m位の滝が見える。踏み跡は谷に近づいて法面が無くなり、注意深く登る。炭焼釜跡を越すとしばらくで流れに降りた。石仏は滝を尾根に大高巻きさせるための目印であろうか。登山靴でも水に浸ることはなく、上流に行くとまたテープが現れて、支尾根を急登させられた。ここにも炭焼釜跡があり、右へ登ると昨年6/1に来て1年ぶりの新穂峠だった。新緑とタムシバが咲いて素晴らしい。休憩していると沢登りの2人が来た。岐阜の人で中津又谷を遡行したらしい。
峠路の荒れ様に疲労したので本命の新穂山(アリノカミノ岳)往復は断念した。往復3時間かかる上に再びあの微妙な風化花崗岩の崩れた山道を下るリスクを考えて品又峠への周回コースを優先した。このルートもギャップは多いがブナの大木が残っており新緑とタムシバが素晴らしい。無名の三角点のピークは瀬戸山というらしい。ここから品又峠までは約1000m以上の美濃と近江の国境稜線を歩く。
終点と思ったが大きく地形がえぐられてコルになっているのでロープで降りると奥伊吹スキー場のゲレンデの一角である。日の出山へはゲレンデを歩いて回り込んだところに歩道が登っていく。以前にスキーに来た際に雪の上を登ったことがあるが今は笹に覆われて歩きにくい。錆びた鉄骨の展望台の向こうに三角点があった。
ゲレンデに戻り、芝生の上を雷光型に下った。後は管理用の車道を下る。スキー場のセンターハウス等の多数の建物がある。。ここからはブンゲンの登山口らしいが案内板は気が付かなかった。ハウスからは県道40号線をてくてく歩くとコテージのPに着く。16時30分でした。
帰路は久々に伊吹薬草の里の薬草風呂に入浴した。620円(JAFカード提示で50円引き)と安い。入浴後体重計に乗ると69.4kgだった。やっと70kgを割った。高速は渋滞なので東名阪まで南進して帰宅した。
姉川は甲津原で向山谷を分けて、更に中津又谷と瀬戸山谷に別れる。流路の長さから見て中津又谷が姉川本流であろう。
甲津原アグリコテージへの入り口付近にP。歩き出すと最初は舗装道路だがコテージへの道を分けると奥は未舗装になる。軽ならまだ走れそうだ。1台だけ軽を見た。
林道は645m付近で姉川(中津又谷)を直角に曲がると林道も700m地点で終点。ここから赤や黄色のテープのマーキングを見て踏み跡(古道)になる。歩き易い右岸左岸を選んで渡り返しながら行くと二又になる。杉の植林からすべて新緑の自然林になりここからテープで尾根に導かれる。最初は根曲りの枝で藪っぽいがよく踏まれた尾根道である。標高800m付近に風化した石仏が置かれていた。今日の目的の一つはこれを見る事だった。遠くに金糞岳が見えた。ここから更に奥は先ほど別れた二又の右の谷が眼下に迫り、10m位の滝が見える。踏み跡は谷に近づいて法面が無くなり、注意深く登る。炭焼釜跡を越すとしばらくで流れに降りた。石仏は滝を尾根に大高巻きさせるための目印であろうか。登山靴でも水に浸ることはなく、上流に行くとまたテープが現れて、支尾根を急登させられた。ここにも炭焼釜跡があり、右へ登ると昨年6/1に来て1年ぶりの新穂峠だった。新緑とタムシバが咲いて素晴らしい。休憩していると沢登りの2人が来た。岐阜の人で中津又谷を遡行したらしい。
峠路の荒れ様に疲労したので本命の新穂山(アリノカミノ岳)往復は断念した。往復3時間かかる上に再びあの微妙な風化花崗岩の崩れた山道を下るリスクを考えて品又峠への周回コースを優先した。このルートもギャップは多いがブナの大木が残っており新緑とタムシバが素晴らしい。無名の三角点のピークは瀬戸山というらしい。ここから品又峠までは約1000m以上の美濃と近江の国境稜線を歩く。
終点と思ったが大きく地形がえぐられてコルになっているのでロープで降りると奥伊吹スキー場のゲレンデの一角である。日の出山へはゲレンデを歩いて回り込んだところに歩道が登っていく。以前にスキーに来た際に雪の上を登ったことがあるが今は笹に覆われて歩きにくい。錆びた鉄骨の展望台の向こうに三角点があった。
ゲレンデに戻り、芝生の上を雷光型に下った。後は管理用の車道を下る。スキー場のセンターハウス等の多数の建物がある。。ここからはブンゲンの登山口らしいが案内板は気が付かなかった。ハウスからは県道40号線をてくてく歩くとコテージのPに着く。16時30分でした。
帰路は久々に伊吹薬草の里の薬草風呂に入浴した。620円(JAFカード提示で50円引き)と安い。入浴後体重計に乗ると69.4kgだった。やっと70kgを割った。高速は渋滞なので東名阪まで南進して帰宅した。
春の舟伏山を歩く ― 2025年04月29日
このところ根尾谷へ連続して行くことが多い。4/5の倉見山、4/13の能狂言の奉納、4/20の揖斐川歴史民俗資料館で根尾谷の歴史調べ、そしてまた山に向かった。朝6時起き、松屋で朝食もとった。
尾並坂峠には朝9時頃に到着。9時10分に出発。最初は尾根に向かうがすぐに行き詰まり戻って鉄塔巡視路から奥へ。これもはっきりしなくなるので植林の中を適当に尾根よりに登って行くと巡視路に戻った。後は尾根通しの一本道、730mのピークは右から巻道をたどると鞍部に着いて、そのまま行くと天狗城へ行くので鞍部から左へ戻った。
折からの春北風が激しく吹き小寒い気がする。まあまあ順調に歩けたが692mのコブの北にあるコブ2つが石楠花の密生した群生地だった。突然ルートを見失う。GPSで尾根に寄り乍ら行くが、新緑で下の鞍部が見通せないので左へ行きすぎたり、右へ振り過ぎたりしてピークの真下の崖をトラバースして主尾根に戻れた。この時、両手で木の根、岩場をつかむためにストックを離したら1本が下へ落ちて回収不能になった。
主尾根に入ると後は順調に旧登山道の阿弥陀仏に着いた。この時点で峠から4時間もかかり、同じルートを戻るとまたヤブで難儀しそうだ。山中で日没の予感がするので小舟伏山でUターンして貴船神社へ下山することにした。
現在は工事中ということで立入禁止になっているが落葉の積もった登山道を滑落しないようにゆっくり登って稜線に着いた。ここから小舟伏山までの緩斜面の道を往復した。コバイケイソウの若葉色が目にしみる。貴船神社に向けて下り始めて岩のゴツゴツした尾根はまたも春北風が容赦なく吹き付けてくる。ここも滑落に注意しながら下る。
植林帯について、林床に一人静の花を見た。すみれは所々で見たがこの花は春の花の象徴に思える。もっと下ると足の置き場もない急斜面に遭遇した。中々の険路である。木につかまりながらそろそろ下る。杉林に来ると樒の花が慰めてくれた。更に行くと水が勢いよく噴出しているタンクの前を通過、何とか道を拾いながら貴船神社に降り立った。同時にバッテリー切れになった。
時は16時過ぎでここからは車道を約5km歩いて60分でR418へ出た。ここで17時。樽見駅付近のタクシーを呼びたかったが、携帯が使えず、周囲に人家はあっても人影はない。仕方なく峠まで歩くことになった。着いたら18時50分でした。約11km、2時間半の車道歩きで足が棒になった。
尾並坂峠には朝9時頃に到着。9時10分に出発。最初は尾根に向かうがすぐに行き詰まり戻って鉄塔巡視路から奥へ。これもはっきりしなくなるので植林の中を適当に尾根よりに登って行くと巡視路に戻った。後は尾根通しの一本道、730mのピークは右から巻道をたどると鞍部に着いて、そのまま行くと天狗城へ行くので鞍部から左へ戻った。
折からの春北風が激しく吹き小寒い気がする。まあまあ順調に歩けたが692mのコブの北にあるコブ2つが石楠花の密生した群生地だった。突然ルートを見失う。GPSで尾根に寄り乍ら行くが、新緑で下の鞍部が見通せないので左へ行きすぎたり、右へ振り過ぎたりしてピークの真下の崖をトラバースして主尾根に戻れた。この時、両手で木の根、岩場をつかむためにストックを離したら1本が下へ落ちて回収不能になった。
主尾根に入ると後は順調に旧登山道の阿弥陀仏に着いた。この時点で峠から4時間もかかり、同じルートを戻るとまたヤブで難儀しそうだ。山中で日没の予感がするので小舟伏山でUターンして貴船神社へ下山することにした。
現在は工事中ということで立入禁止になっているが落葉の積もった登山道を滑落しないようにゆっくり登って稜線に着いた。ここから小舟伏山までの緩斜面の道を往復した。コバイケイソウの若葉色が目にしみる。貴船神社に向けて下り始めて岩のゴツゴツした尾根はまたも春北風が容赦なく吹き付けてくる。ここも滑落に注意しながら下る。
植林帯について、林床に一人静の花を見た。すみれは所々で見たがこの花は春の花の象徴に思える。もっと下ると足の置き場もない急斜面に遭遇した。中々の険路である。木につかまりながらそろそろ下る。杉林に来ると樒の花が慰めてくれた。更に行くと水が勢いよく噴出しているタンクの前を通過、何とか道を拾いながら貴船神社に降り立った。同時にバッテリー切れになった。
時は16時過ぎでここからは車道を約5km歩いて60分でR418へ出た。ここで17時。樽見駅付近のタクシーを呼びたかったが、携帯が使えず、周囲に人家はあっても人影はない。仕方なく峠まで歩くことになった。着いたら18時50分でした。約11km、2時間半の車道歩きで足が棒になった。
奥美濃・倉見山に登る ― 2025年04月05日
名古屋高速から名神高速一宮ICに入る積りが大渋滞でした。花見シーズンたけなわでどっとお出かけでしたか。名古屋高速の車線にまで溢れていたのでそのまま終点へ行きR22に降りた。R22から一宮木曽川ICからも入れずそのままR156、地方道からR157へ合流、ここはまだ渋滞にはならず。根尾川を左にみながら溝田に来ると真っ白な能郷白山が見えたので思わず写真撮影。うすずみ桜への入り口では誘導員が立ち、出口からは入れさせないように整理していた。6日は見ごろで大渋滞か。
淡墨桜を過ぎるとガラガラで道の駅「うすずみ桜の里·ねお」に到着。うすずみ温泉は今も休業中。ホテルも休業と寂しい。それでもドライバーはどんどん来る。少し先で左折して上へ行きまた左折すると貯水タンクの施設のP(3台位)とベンチに着く。ここが登山口。
本巣七名山ということで道標もある。本巣七名山は、本巣市観光協会が能郷白山開山1300年イベントのために選定した。
〇能郷白山
〇雷倉
〇大白木山
〇倉見
〇岩岳
大茂山
〇文殊山
というわけで残りは大茂山のみ残る。
道標に導かれてネットをくぐり更に植林帯の用水路に沿って歩くと山頂への一本道の入り口に着く。ここからは急登に次ぐ急登を強いられた。溝状になった登山道は落葉で滑りやすく歩きにくい。しばしば脇に反れて登る。標高800m付近から思いがけない残雪が現れた。多分、この付近から尾根の東は植林帯、左は雑木林で且つ北西の季節風の影響で雪が多いのだろう。登山道を部分的に覆っている。ノーマルの登山靴でも踏み抜きはない。山頂手前の850mのコブからは東西とも全面的な雑木林の中の雪の上を歩いた。そんな中に開き始めたマンサクの花が咲いていた。
やがて山頂へ。三角点は土の上に顔を出してるが80%は雪で覆われる。山頂の端に行くと樹間越しに北西に真っ白な能郷白山が見えた。雷倉は南西の方向に見える。これも大きな山容である。実は雷倉の手前のツルベ岳(1032.3m)の三角点を狙っていた。しかし、減量中で体調不十分なので一ランク落とした。この時期はまだ葉が茂らず樹間越しに何とか見えて良かった。ヤマヒルが出る前に登っておきたい、として登った。1000m未満ながらブナが残り、意外に良かった。残雪期なら岩岳と結んで歩ける。
下山は転倒転落に注意しながらまっしぐらに下りた。帰路、根尾川谷汲温泉(700円)で一風呂浴びた。体重は72kg台で昨年の今頃から約7kgは減らした。5kgの米袋一つ分余計に背負っていたから昨年は散々だった。後5kg減れば良いペースで登れるようになる。
淡墨桜を過ぎるとガラガラで道の駅「うすずみ桜の里·ねお」に到着。うすずみ温泉は今も休業中。ホテルも休業と寂しい。それでもドライバーはどんどん来る。少し先で左折して上へ行きまた左折すると貯水タンクの施設のP(3台位)とベンチに着く。ここが登山口。
本巣七名山ということで道標もある。本巣七名山は、本巣市観光協会が能郷白山開山1300年イベントのために選定した。
〇能郷白山
〇雷倉
〇大白木山
〇倉見
〇岩岳
大茂山
〇文殊山
というわけで残りは大茂山のみ残る。
道標に導かれてネットをくぐり更に植林帯の用水路に沿って歩くと山頂への一本道の入り口に着く。ここからは急登に次ぐ急登を強いられた。溝状になった登山道は落葉で滑りやすく歩きにくい。しばしば脇に反れて登る。標高800m付近から思いがけない残雪が現れた。多分、この付近から尾根の東は植林帯、左は雑木林で且つ北西の季節風の影響で雪が多いのだろう。登山道を部分的に覆っている。ノーマルの登山靴でも踏み抜きはない。山頂手前の850mのコブからは東西とも全面的な雑木林の中の雪の上を歩いた。そんな中に開き始めたマンサクの花が咲いていた。
やがて山頂へ。三角点は土の上に顔を出してるが80%は雪で覆われる。山頂の端に行くと樹間越しに北西に真っ白な能郷白山が見えた。雷倉は南西の方向に見える。これも大きな山容である。実は雷倉の手前のツルベ岳(1032.3m)の三角点を狙っていた。しかし、減量中で体調不十分なので一ランク落とした。この時期はまだ葉が茂らず樹間越しに何とか見えて良かった。ヤマヒルが出る前に登っておきたい、として登った。1000m未満ながらブナが残り、意外に良かった。残雪期なら岩岳と結んで歩ける。
下山は転倒転落に注意しながらまっしぐらに下りた。帰路、根尾川谷汲温泉(700円)で一風呂浴びた。体重は72kg台で昨年の今頃から約7kgは減らした。5kgの米袋一つ分余計に背負っていたから昨年は散々だった。後5kg減れば良いペースで登れるようになる。
寧比曽岳のミツマタの花 ― 2025年03月30日
3/20に来たら川面町で通行止め。何だろうと左折して林道を行くと察しがついた。ところどころ杉の幼木が根っこから倒れているので雪害だろう。上八木町、五反田町と迂回、明川町でR153に出た。伊勢神峠から大多賀まで15センチの積雪路だった。いつも賑わうPには1台だけ。大多賀の里人に聞くと大多賀、稲武、設楽辺りの約7000戸が停電中というのであきらめて帰った。今日はその雪辱戦である。
名古屋市の自宅を出て登山口の大多賀に着いたのは11時。道路脇のスペースに先着者のクルマが止まっているので後に停めた。林道周辺は全山人工植林の山なので何も変化は見られない。美しい谷川を眺めながら歩くと30分で堰堤のある林道終点。三椏はその少し手前にまだ寒いので白っぽくつぼみが見えた。2~3の花だけが黄色い色で咲く。ちょっと早い気がした。
三椏は昔は和紙の原料としてたくさん栽培されていた。小原町には「和紙のふるさと工芸館」があり今も植えられている。ここのも昔は大規模に栽培されていたものが谷沿いに残ったのだろう。
ヤマップで山頂に通じる尾根道をチエックすると少し戻ると赤テープで地形図の破線路につながる尾根道に導いている。踏みこんでみると意外によく歩かれて道になっていた。赤テープのマーキングも多くて特に迷うところはない。しかし傾斜は急で下着の背中が汗で濡れる。登るにつれて風も強くなる。正規の登山道に合流し、山頂を目指す。12時半に登頂。いつもは先着者でにぎわうが休んでいる人は居ない。1人だけ無線通信に夢中で取り組んでいた。東屋の陰に隠れて小休憩。おやつをかじる。ちょっと休んで富士見峠へ行く。電波反射板の台地からは恵那山や南アルプスの山々が大きく見えた。2/15に来た際はすべて雪山だったが今日は黒っぽくなっている。
ここからが未知のルートなので地形図をチエック。登山道ではなく、防火線(帯)という数メートル幅の切り開きの中を下る。切り開きは真北と北東に分かれる。防火線が977mのコブをからめるので右へ振る。防火線はけっこう急な斜面を下ってゆく。977mから真東へ少し行き過ぎて戻る。登山道ではないので真北へ振る分岐はだだっ広く注意が要る。950mの等高線から900mへゆったり下ると沢ノ入林道につながる。ここは三差路なので地形図をチエック。ここからはほぼ一本道の車道歩きで浄水場辺りで舗装路になる。周辺の山の沢が集まってくるので水量も多い。てくてく下ると標高750mの高原の山里の大多賀に着く。
大多賀には鍬入れを待つ稲田が水をたたえてあった。ここはミネアサヒだろうか。私はいつも山のまぼろし「ミネアサヒ」をストックしている。令和6年産は2kgしか買えなかった。水がきれいで1日の気温較差が大きい中山間地の特産である。
ここからは県道33号線に戻りPまで若干の登り返しになる。
ちょっと思い出話
大多賀の里は年間を通じて冷涼な気候と聞く。大昔、名古屋の気温35℃の暑熱に耐えかねて富士見峠の南にあった開拓の農村を訪ねたことがあった。設楽町になる標高900mの農家を訪ねると「まあ上がれ」と招き入れられて何と炬燵に足を入れた。そして小粒のじゃがいもの煮っころがしをいただいた。その後996mの鞍部を経て寧比曽岳を往復した。2回目は段戸湖から寧比曾岳を往復後、996mで下って921mの林道を越えて段戸湖へ下ったこともある。この一帯は冷涼なので段戸湖で貯めて水を温めて水田耕作を試みたらしいがうまく行かなかったのだろう。921m付近の豚舎もすでに廃屋だった。
名古屋市の自宅を出て登山口の大多賀に着いたのは11時。道路脇のスペースに先着者のクルマが止まっているので後に停めた。林道周辺は全山人工植林の山なので何も変化は見られない。美しい谷川を眺めながら歩くと30分で堰堤のある林道終点。三椏はその少し手前にまだ寒いので白っぽくつぼみが見えた。2~3の花だけが黄色い色で咲く。ちょっと早い気がした。
三椏は昔は和紙の原料としてたくさん栽培されていた。小原町には「和紙のふるさと工芸館」があり今も植えられている。ここのも昔は大規模に栽培されていたものが谷沿いに残ったのだろう。
ヤマップで山頂に通じる尾根道をチエックすると少し戻ると赤テープで地形図の破線路につながる尾根道に導いている。踏みこんでみると意外によく歩かれて道になっていた。赤テープのマーキングも多くて特に迷うところはない。しかし傾斜は急で下着の背中が汗で濡れる。登るにつれて風も強くなる。正規の登山道に合流し、山頂を目指す。12時半に登頂。いつもは先着者でにぎわうが休んでいる人は居ない。1人だけ無線通信に夢中で取り組んでいた。東屋の陰に隠れて小休憩。おやつをかじる。ちょっと休んで富士見峠へ行く。電波反射板の台地からは恵那山や南アルプスの山々が大きく見えた。2/15に来た際はすべて雪山だったが今日は黒っぽくなっている。
ここからが未知のルートなので地形図をチエック。登山道ではなく、防火線(帯)という数メートル幅の切り開きの中を下る。切り開きは真北と北東に分かれる。防火線が977mのコブをからめるので右へ振る。防火線はけっこう急な斜面を下ってゆく。977mから真東へ少し行き過ぎて戻る。登山道ではないので真北へ振る分岐はだだっ広く注意が要る。950mの等高線から900mへゆったり下ると沢ノ入林道につながる。ここは三差路なので地形図をチエック。ここからはほぼ一本道の車道歩きで浄水場辺りで舗装路になる。周辺の山の沢が集まってくるので水量も多い。てくてく下ると標高750mの高原の山里の大多賀に着く。
大多賀には鍬入れを待つ稲田が水をたたえてあった。ここはミネアサヒだろうか。私はいつも山のまぼろし「ミネアサヒ」をストックしている。令和6年産は2kgしか買えなかった。水がきれいで1日の気温較差が大きい中山間地の特産である。
ここからは県道33号線に戻りPまで若干の登り返しになる。
ちょっと思い出話
大多賀の里は年間を通じて冷涼な気候と聞く。大昔、名古屋の気温35℃の暑熱に耐えかねて富士見峠の南にあった開拓の農村を訪ねたことがあった。設楽町になる標高900mの農家を訪ねると「まあ上がれ」と招き入れられて何と炬燵に足を入れた。そして小粒のじゃがいもの煮っころがしをいただいた。その後996mの鞍部を経て寧比曽岳を往復した。2回目は段戸湖から寧比曾岳を往復後、996mで下って921mの林道を越えて段戸湖へ下ったこともある。この一帯は冷涼なので段戸湖で貯めて水を温めて水田耕作を試みたらしいがうまく行かなかったのだろう。921m付近の豚舎もすでに廃屋だった。
雪の寧比曾岳 ― 2025年02月15日
雪山に行きたしされど体力はなし。そんな自分にも寧比曽岳なら近場であり登山の時間もかからない。と言うわけで寧比曽岳に行って来た。天気図は西高東低の気圧配置であり北は悪いが愛知県は天気が良い。しかし明日は悪い。
名古屋を7時前に出た。県道33号線は大多賀峠の手前からアイスバーンになった。4WDのスイッチを入れておく。氷を踏むような音を立てて坂道を登ると大多賀峠のPに着いた。9時半、すでに10台以上の先着があって身支度中だ。今日も賑わうだろう。
自分も購入して初めてチェーンスパイクを装着、東海自然歩道の階段道を右から少し回り込んで階段上部に合流。後は杉や桧の木立の中の踏み固められた雪道を淡々と歩く。保安林のところは落葉した雑木林になり林床に雪が明るく反射する。小さなコブをアップダウンしながら着実に標高をかせぐ。
中間ではチェーンソーの音が聞こえてきた。俳句歳時記で冬に伐採作業する人を冬杣と言う。姿は見えないが仕事をしているのだろう。高みに近づくと明るくなり雪に覆われた山頂が見えた。登頂だ。20日間の間を置いただけだが体が重く感じた。
山頂は樹林がないから大展望である。名古屋方面の巨大ビル群が霞む。天白区の自宅からも夜明けの山であるから視野には入っているはずだ。御嶽山、恵那山、猿投山、寧比曽岳は自宅の窓越しに見える朝な夕なの親しい山々である。
伊吹山、白山、御嶽山、隣は乗鞍岳、奥穂高岳の吊尾根も見える。恵那山の根張りが大きい。存在感がある。そして南アルプスの巨峰群。寧比曽岳の人気の根源はこの豪華な大展望だろう。
富士見峠に移動すると御嶽山の並びが良く見える。恵那山は同じだが南アルプスの合間に富士山が垣間見える。大多賀に通じる登山道はないが防火帯が4mから5m幅で下っている。これだけあればスキーでターンが出来そうだ。下部の林道は滑走できないが歩くだけでも良い。
山頂に戻って下山開始。健脚者には抜かれるばかりだが満足した。Pに戻った。足助の街の手前にある百年草に寄って入浴した。何と300円。後で飲んだコーヒーが美味い。水が良いんだろう。
寧比曽岳の足助側には渓流魚の養殖場がある。富士見峠の大多賀側には水線が多数あり湧き水もあるようだ。取水して浄水場もあるらしい。
寧比曾岳の比曽の由来は『地名の語源』に1針葉樹の茂る地。特に桧の生える所。北向きの日当たりの悪い地。中部から東部の瀬戸内に多く分布。例として寧比曾岳も挙げてある。
今は人工林と雑木林だが明治以前はきららの森と同様に「「きららの森」は、愛知県内最大級の規模を誇る、太平洋型に属するブナの原生林。樹齢200年を超える巨木がそびえたち、モミ・ツガなどの常緑針葉樹に、ブナ・ミズナラなどの落葉広葉樹を交えながら天然林が広がってい」(設楽町HP)たのではないか。森が育んだ伏流水が湧きだしているのであろう。そんな生まれたばかりの水だからコーヒーが美味い。水だけでも美味い。
名古屋を7時前に出た。県道33号線は大多賀峠の手前からアイスバーンになった。4WDのスイッチを入れておく。氷を踏むような音を立てて坂道を登ると大多賀峠のPに着いた。9時半、すでに10台以上の先着があって身支度中だ。今日も賑わうだろう。
自分も購入して初めてチェーンスパイクを装着、東海自然歩道の階段道を右から少し回り込んで階段上部に合流。後は杉や桧の木立の中の踏み固められた雪道を淡々と歩く。保安林のところは落葉した雑木林になり林床に雪が明るく反射する。小さなコブをアップダウンしながら着実に標高をかせぐ。
中間ではチェーンソーの音が聞こえてきた。俳句歳時記で冬に伐採作業する人を冬杣と言う。姿は見えないが仕事をしているのだろう。高みに近づくと明るくなり雪に覆われた山頂が見えた。登頂だ。20日間の間を置いただけだが体が重く感じた。
山頂は樹林がないから大展望である。名古屋方面の巨大ビル群が霞む。天白区の自宅からも夜明けの山であるから視野には入っているはずだ。御嶽山、恵那山、猿投山、寧比曽岳は自宅の窓越しに見える朝な夕なの親しい山々である。
伊吹山、白山、御嶽山、隣は乗鞍岳、奥穂高岳の吊尾根も見える。恵那山の根張りが大きい。存在感がある。そして南アルプスの巨峰群。寧比曽岳の人気の根源はこの豪華な大展望だろう。
富士見峠に移動すると御嶽山の並びが良く見える。恵那山は同じだが南アルプスの合間に富士山が垣間見える。大多賀に通じる登山道はないが防火帯が4mから5m幅で下っている。これだけあればスキーでターンが出来そうだ。下部の林道は滑走できないが歩くだけでも良い。
山頂に戻って下山開始。健脚者には抜かれるばかりだが満足した。Pに戻った。足助の街の手前にある百年草に寄って入浴した。何と300円。後で飲んだコーヒーが美味い。水が良いんだろう。
寧比曽岳の足助側には渓流魚の養殖場がある。富士見峠の大多賀側には水線が多数あり湧き水もあるようだ。取水して浄水場もあるらしい。
寧比曾岳の比曽の由来は『地名の語源』に1針葉樹の茂る地。特に桧の生える所。北向きの日当たりの悪い地。中部から東部の瀬戸内に多く分布。例として寧比曾岳も挙げてある。
今は人工林と雑木林だが明治以前はきららの森と同様に「「きららの森」は、愛知県内最大級の規模を誇る、太平洋型に属するブナの原生林。樹齢200年を超える巨木がそびえたち、モミ・ツガなどの常緑針葉樹に、ブナ・ミズナラなどの落葉広葉樹を交えながら天然林が広がってい」(設楽町HP)たのではないか。森が育んだ伏流水が湧きだしているのであろう。そんな生まれたばかりの水だからコーヒーが美味い。水だけでも美味い。

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