三遠国境・風花の舞う浅間山を歩く2010年12月25日

 豊川ICからR151を北上。平成の大合併で市域の拡がった新城市の東、北にある浅間山を目指した。大野から阿寺の七滝へ行く道を行く。
           阿寺の浅間山644mへ
 車道は完全舗装されて行き届いたものだ。滝見の施設を過ぎて上部まで行くと浅間山への小さな道標に導かれて右折。しばらくで更に右折の道標。ただしその先は見当たらず、地形図と照合するが現地確認が難しい。
 行き過ぎたと感じて戻る際にSさんが左への未舗装の林道を示唆した。ここじゃないかというのだ。的確にあった道標はなくなり、半信半疑で歩くことにした。幸い奥に行くと再び顕著な道標が見つかった。ようやく山道に入った。入ると後ははっきりした山道を追って高みを目指すのみとなった。
 山腹を巻きながらなぜか高みを目指さないトラバースを行く。すると山頂直下の鞍部へと導く複数の赤テープが檜の幹に巻きつけられている。浅間山へ、とする道標も地面に置かれていた。やや踏み跡は薄くなるがすぐに赤テープの巻かれた鞍部に着く。左浅間山、右城山とある。左へ高みを目指すとすぐに祠のある浅間山だった。東側への道も下っていた。あいにく曇りで何も見えない。
 風花の舞う山頂に長居はしておれず、すぐに下りたかったがいつまでまっても後続の女二人が来ない。「おーい」と何度かコールしたが返答がない。強い木枯しにかき消されてしまうようだ。もしやうっかり城山へ?と思って少しばかり行ってみたが何も帰ってこない。まさかと、トラバース道に下って先を急いだ。急ぎ足で歩いてコールするとやっと返事があった。何のことはないあの明瞭な看板を見落としていた。 
 どうせならとトラバース道から稜線へ這い上がり、弓張山679mに行く。そこから浅間山へ行った。今日は2回も登ることになった。下山して分岐点をチエックして赤テープが何箇所か複数で巻いてあるところは分岐点の標、と山歩きの知恵の初歩の初歩を授けた。
 林道へ戻ってからは地理勘がついたので三角点の渋川村Ⅰ545.3mへ私だけ立ち寄った。清潔な美しい3等三角点があった。
上吉田の浅間山519mへ
 車に戻って次の浅間山へ移動する。R257へ行き、静岡県に近いムラの道路沿いの一角に車を置く。登山口は観音橋という。一旦は知らずに通過してしまった小さな橋である。橋の袂に文字の消えかかった浅間山への道標があった。田んぼの畦道から奥へと行くと茶畑に隠れるように猪のワナが仕掛けてあった。おびき寄せには痩せたサツマイモらしいものが置かれていた。
 古い5万図に印された道は今も生きていた。かつては浅間信仰登拝の道として地元の人らに整備されたものだろう。勾配の急なところはジグザグにつけられてしっかりしている。やがて一旦は廃林道に出てまた山道に入るがまた林道を横切る。枝の払われた植林内は殺風景なもの。木と木が擦れあってギーギー、いやな寂しい音を発する。
 山道には枯れ葉がふんわり乗る。やがて尾根に着くと赤テープがまた分岐を示す。Aさんはなぜか右折するがチエックすると左折だ。女性は方向音痴が多いというが先週も危うく間違ったルートに誘われたし、今回もなんら疑わないで右折に誘おうとする。何とか説得して山頂へのルートに導いた。
 この浅間山にも三角点はなかった。石造りの祠が何体かずらっと並ぶ。最初の北にある浅間山も信仰の山であるが祠は一つ。一段低い519mの浅間山の方が信仰心が篤いのだろうか。昔はさぞや賑わったものと想像する。
 同じ道を下った。廃林道のところだけ山道を迂回して下った。ムラに戻ると次は御岳山というがもう時間切れに近いので登山口の確認だけにした。

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