豊田市役所へ ― 2025年05月26日
今日は法定相続情報一覧図を作成する為戸籍謄本を収集に豊田市役所南庁舎に来た。Pに着いたら豊田市の発展に尽くされた偉人のブロンズ像が目に付いた。トヨタの創業者豊田喜一郎と当時の拳母町長の中村寿一の2基。当時は挙母町で養蚕の生業だった。蚕都とも言われた。権利関係の入り組んだ論地ヶ原へトヨタの工場が進出して一変した。挙母市から豊田市になり人口40万人と愛知県第2位に発展を遂げた。
登山と自然を愛して四季の山歩きをしています。その見聞を綴りました。又、登山や自然に関した俳句、写真、書物、人などのことも折々書いていきます。
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「悪天候は人を死地に追い込むためにあるのではないということである。厳冬1月も寒冷さ、風雪の狂う高所では、人の生存を拒否しているようであるがそこへ登ろうとするものは、それがどのようなものかは、すでに分かっているはずである。また、それに立ち向かう自由と、さける自由は登山者自身に許されている」
「その五体を安全に守ってくれるのが、山の常識であり、山の技術である。知識だけではなく、ことにのぞんで反射的に行使されるまでに身についていなくてはならない。それは何も高度な技術を要求していない。要するに山での危険というものは、山にあるのではなくて登山者自身にのうちにある、ということを、はっきり知っておくことである。」
東海銀行山岳部「さすらい」2号(昭和38年)の寄稿から
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