治部坂峠踏査2023年08月18日

 性懲りもなくまた治部坂峠を調査に行った。R153を走っていたら5時半、東郷町の交差点で反対車線で大事故があった。信号の柱はこっちがわに倒れ、エンジンルームは大破、ドライバーはタンカに乗せられた。どうなったやら。
 稲武まで快調、気温は23℃。以後も快適ドライブ。今日は治部坂峠のPから馬の背に登ったが微風快晴で50分の高原ハイク。さて下りは地形とGPSを見ながら平谷村と阿智村の境を探った。結果期待した成果無し。阿智村役場の図書館で資料に当たった。浪合村史によると治部坂峠は国道工事で13メートルも深く削られた。と分かった。
 万事休す、往時への郷愁はゼロ。調査完了。
 結果、平谷村の「中の土山」は清水沢と栄太沢の間にある別荘地から南下の地蔵二体の付近と断定した。峠から1kmと平谷村村誌の説明通り。恐らく林道の整備、拡幅で地形変更があった。その工事で消失したと思われる。
 『平谷村誌』の記述にも峠から1kmの場所が「中の土山」と指摘している。縮尺して定規で計測すると峠からぴったり1kmの位置にあるから間違いない。したがって『平谷村誌』には2ヶ所のミスがあった。峠川を清水沢とルビを振っている。別の絵図では別の位置に「中ノ山土」とあった。
 また場所は栄太沢の右岸側の台地とする点も間違っていた。只、未確認のままだが、「中の土山」の地蔵に続く塩の道はおそらく直下の林道工事で消失したと想像する。林道を歩いて見ると必要以上に広くなっているし、斜面が高いところまで削られている。もう一つは地蔵からV字形の清水沢をどう迂回したのか不明のままである。