奥三河のグミンダ峠考2016年10月06日

 山や峠の名前には不思議なものが多い。
 ガイドブックに解説されていなくても地誌や町村史を読むとなるほどと分かることもある。それらにも載っていないとどんな由来だろうと考える。命名された当時は何でもないことだったはずである。それが長い月日の経過で知る人は居なくなり、人々の記憶からも消えて文献にも書き留められないまま今日に至る。
 愛知県北設楽郡設楽町と東栄町にまたがる大鈴山の南のグミンダ峠は分からないまま調査してきた峠名の1つだ。
 地形図にも掲載されないしカタカナが想像すらつかせない。漢字ならば表意文字から追っていけるのだが表音文字ではいかんともし難い。
 これまでは地誌を調べても地名の由来というそのものずばりの項目を見ただけで終わっていた。視点を変えてみた。必ずある交通史、交易の街道史の項目に着目した。するとないと思っていたグミンタが見つかった。
 設楽町誌   グミンタ道
 東栄町誌   グミンタ道
と両方ともに符合するがグミンタと濁らない。
 東栄町の前身であった振草村誌の地図「愛知県北設楽郡振草全図」にはグミンダ峠と濁る。しかし、肝心の峠名の由来には触れられていない。設楽町誌に紹介のあった澤田久夫の『北設楽郡地名考』を探すと鶴舞図書館に所蔵されていた。
 グミ  グミの木、グミの平、グミッタ(小林)
とあるだけで採集されただけであった。小林は東栄町側の地名である。グミは食用になる果実だがこんなものが奥三河の山村で栽培されるのはありえない。グミンタを耳で聞いた言葉としての表記になったと思う。そんな例はあちこちにある。
 暗礁に乗り上げたように思った。愛知県図書館で伊藤文弘『愛知県の峠』(平成27年10月ごろ出版の私家版)がふと目に入った。
 グミンダ峠は採録されていた。そこには狗田峠という漢字名を小林で採集されたようだ。そして私が考えていた天狗に因むとも書いてある。
 私は音の響きから直観的に狗賓(ぐひん)田ではないかと想像してきた。グヒンダ峠が訛ったものと考えてきた。しかし傍証がない。
 天狗の狗は第一義的には犬の意味がある。犬はつまらないものの代名詞として、羊頭狗肉と書かれる。イヌの肉はまずいので羊の頭で誤魔化して売るのだろう。
 犬死はつまらない死に方、刑事のことを国家権力の犬と言い、イヌワシ、イヌブナ、イヌツゲとかの動植物名に採用される。イヌブナは主に太平洋側に生育し、樹皮は灰色、混淆林を形成する。日本海側はシロブナといい美しく純林を形成する。ブナの山は良いなあ、という場合は多分シロブナの純林に感動するのだろう。するとイヌブナは劣るという蔑みともいえる。
 賓はググると「うやまうべき客人。」とあった。来賓の賓なのだ。
 ウィキペディアには
「狗賓(ぐひん)は、天狗の一種。狼の姿をしており、犬の口を持つとされる]。「狗賓は日本全国各地の名もない山奥に棲むといわれる。」「また、愛知県、岡山県、香川県琴平地方では、一般的な天狗の呼称として狗賓の名が用いられている。」
 左様、大鈴山、明神山周辺は天狗が居た伝説がある。『北設楽郡史』民俗資料編には「御堂山の天狗」の項があり、御堂山は設楽町田口の長江にある。御堂山から風越に掛けて多くの天狗が居たという。御堂山には36人衆、添沢温泉にも18人衆という祠もあるという。御堂山は長江の北西638.2mの三等三角点(点名:八橋)の付近で、風越とは柴石峠の北西695m付近の辺りで八橋の小字になり地形図にはない。
 津具には天狗棚があるし、碁盤石山の伝説には天狗が登場する。花祭りにも天狗が多く集まって舞い踊るらしい。天狗の話には事欠かない地域である。つまり、グミンタ道とは狗賓の往来する道だったのか。
 伝説に因む峠の名称にはロマンがある。