曙光2012年09月06日

 忙殺。忙しいということは心が亡くなる、と書く。その上に殺すまで加える。拙ブログもすっかり更新を怠っていたから9月入りしたので何か書き留めておきたい。
 この夏は業務上で、雑用でも多忙だったと振り返る。身体よりも、精神的な面で疲れることがあった。決算業務が山を越えたのは夏の盛りだったし、その頃成年後見の交代にともなう金融機関訪問と事務が煩雑だった。よりによってこんな暑い盛りに神経を使う仕事が重なったものである。
 その上にエアコンが故障、一時奇跡的に蘇ったと思いきや翌日にはまた動かない。そんなことに関わってもおれなくなって手動で運転してきた。また買い換えることになるか。
 今日は家裁に相談に出向いてみた。未だ解決できない懸念のことを相談すると柔軟な対応で、という大筋は確認できた。今日はこれを提案し説得するしかないか。しかし、悩みに応じてもらうだけでも心の進展はあるものだ。
 お盆頃に集中的に舞い込んできた山のガイドブックの改訂原稿の依頼の仕事も8月末までには実際に踏査し、原稿を送信した。他の山岳雑誌へのミニガイドの原稿を1本送信、俳句雑誌の原稿の送信と多忙な中を何とかやりこなせている。まあ無為に過ごしたわけではなかったのだ。
 先日の例会で決まった登山計画も2件、計画書を書いてMLで配信した。ある川魚の料理屋に電話するとまだ病気が癒えないようで休業中と、無愛想な返事がきた。これで落ち鮎を楽しむのはあの店では無理か。
 昨年は夏の間、体調不良で健康不安がよぎった。昨年の今頃からヨーグルトを常食にしてからは体調は維持できている。加齢すると循環がよくない、代謝が良くない、で諸々の器官におかしな現象がでる。歯茎の吹き出物、便秘、階段での息切れ、などなど。それも今年は一切消えた。不摂生を改め、薬による対症療法ではなく、食事で改善したことに自信が湧く。自然治癒力を信じたい。週末は亀山市で島津亜矢のコンサート「曙光」がある。彼女の力強い歌声に癒されに行きましょうか。

島津亜矢・亀山コンサート「曙光」へ2012年09月09日

 5月の御園座・座長公演以来3ヶ月ぶりに島津亜矢さんの肉声を聴いてきました。8月はコンサート活動を休まれていたせいか、体力が漲る感じで元気溌剌の舞台でした。
 最初はごあいさつとして「亜矢の三度笠」。幕が上がると足が見えて、階段の最上段に立って、歌いだす。♪女だてらに 故郷離れ 知らぬ他国を 風まかせ♪というイントロは自身のことを歌詞化したように思える。昭和の懐メロを女、男で3曲づつ歌う。以前はフランク永井、裕次郎などが入って馴染みやすかったが、
長崎の鐘、
http://www.youtube.com/watch?v=t0zFIHYSmjQ
蘇州夜曲
http://www.youtube.com/watch?v=w0ht7Wkkc3s
などこれは一段と古い時代に溯る。いずれも名曲であるが口をついて歌えるほど親しみはない。
 衣装を洋装に換えて後は江利チエミの歌の後、カンツォーネが入った。
 帰らんちゃよか、ヨイトマケの歌なども丁寧に歌われた。
 一旦、幕引き後、セリフ入りで細川ガラシャ夫人をテーマにした歌、劇場スペシャル版では独り芝居も入るがここでは歌だけである。
 自身の持ち歌を歌いながら客席に降りて、隅々まで握手しながらのファンサービスは毎回見ていて、中々に楽しいものがある。地方コンサートだけのようである。いつも汗だくで回っている。折々はさむトークも自虐ネタをまじえて、笑いを誘い、ファンとの距離を縮めるのに効果を上げているのではないか。
 こうして、一層の親近感を集めて、ステージに戻る。そこで「恋慕海峡」だったかな、「一本釣り」だったかを歌い、又引っ込んで凛々しい袴姿で登場。俵星玄蕃で幕引きとなる。
 http://www.youtube.com/watch?v=Xq3K1cFsbuk
余人を以って代え難い芸ではないか。評価も非常に高い。早口のセリフもあって、長い曲であるが、聞き惚れているうちにあっという間に終わる。そしてフィナーレへ。舞台の両袖に挨拶し、最後は膝を折り曲げて幕が下りる。夢かと思う。
 このようなコンサートを月に6回はこなす。1年で75回とか。しかもほぼ満杯になるというから凄い。全国に一度は肉声に接したいと言うファンがあまたいるのである。勢い過密な日程を余儀なくされている。
 体力を過信しているわけではないと思うが、この1年に2度倒れたニュースに驚いた。生身の体を労わってこの8月はコンサート活動を休養された。蓄積疲労はほぼ半年後に露呈する。昨年のように5月から目一杯やれば11月には限界が来るのだ。41歳の若さとはいえ、労わりながら続けて欲しいものである。
 芸に対する真摯なこころ、ファンへの健気なこころを忘れないでね。

御園座主催バスツアー「伊勢音頭恋寝刃」の故地を歩く2012年09月11日

 御園座主催の専門家の解説付きバスツアーに参加した。
 東名阪から伊勢路へ。皇學館大學の博物館を見学し、日本文化の中心たる神道の世界を垣間見る。観光地の二見浦を散策し、朝日館で昼食を楽しむ。後、バスで移動し、伊勢市参宮街道資料館では油屋騒動の顛末を展示してある画を見学した。
 そこから徒歩で、旅館・麻吉を見学。伊勢古市は五大遊郭の一つだったという。昔は花月楼 麻吉(あさきち)といったそうだ。麻吉も遊郭の1つとして今に残る。200年の古い旅館は今は、資料館となっていて、ギシギシときしむ音がする。そこの最上階で伊勢茶をいただく。
 再び徒歩で近鉄線の跨線橋を渡る。すぐに新しい石碑に刻まれた油屋跡を見る。近鉄線の敷地の斜面に草生す中に朽ちた柱?が埋もれていた。
 WIKIから。「油屋騒動(あぶらや そうどう)とは、寛政8年5月4日(1796年6月9日)夜、日本三大遊郭の一つといわれた伊勢古市の妓楼・油屋で、医師・孫福 斎(まごふく いつき)が酒に酔って、仲居をはじめ数人を殺傷した事件。
 この事件を題材にして、近松徳三により歌舞伎『伊勢音頭恋寝刃』(いせおんど こいの ねたば、通称『伊勢音頭』)が作られた。」
 なるほど、入門しにくい歌舞伎の予備知識を得るためにはふさわしいツアーであった。
 油屋跡からは内宮に移動した。滅多に来れないので参拝した。そのあとでおかげ横丁を散策した。
 俳人・山口誓子の記念館まであったのは意外だった。誓子は”日本がここに集まる初詣”を詠んでいる。確かに江戸時代の旅の不自由な時代でもお伊勢参りは許可されたとか。「お伊勢参りとえじゃないか」というキャッチフレーズも聞いたことがある。平日でも中々に賑わっていた。
 
五十鈴川水澄むままに流れけり(内宮)

ラムネ飲むおかげ横丁残暑かな

伊勢湾の幸に紫蘇の実添へられし(朝日館)

秋潮の音伊勢海老を蒸して食ぶ(朝日館)

神々の森にそぼ降る秋の雨(皇學館大學博物館)

秋草や石碑に偲ぶ油屋跡(古市)

嬌声の聞こえそうなり秋曇り(古市・麻吉旅館)

中秋や畳に座して伊勢茶飲む( 同上 )

今は知らず阿鼻叫喚秋暑し(油屋跡)

秋の海鵜の止まりけり二見浦

秋雨を吸うて重たき注連縄ぞ(夫婦岩)

健康維持の方法とは?2012年09月14日

 ある人のブログに「テクニカルの勧め」があった。要するに日常は同じ事の繰り返しなので、健康に必要な仕事を定型化することと理解した。
 朝早く起きる、布団をたたむ、或いは布団を干す、水を飲む、或いはヨーグルトを飲む、顔を洗う、歯を磨く、シャワーを浴びる、朝食の準備、朝食を摂る、食器はすぐに片付ける、すぐに洗う、排便、新聞を読む、掃除する、これらを考えないで連続的にこなしてゆく。というのだ。布団を干そうか、干すまいかではなく、天気が良ければ反射的に担いでベランダに行かなければ・・・。機械的にこなして行くことだ。
 確かに、片づけを先送りすると、ドンドンたまる一方になる。古新聞、古雑誌、古い下着類、整理しないままぽいと置く雑誌などは典型である。買ってきた食品特に生鮮類はすぐに調理することである。又使うかも知れない、又読むかも知れない、と思えば捨てられない。かくしてたまる一方だ。人生の残り時間を考えると記録などは無用だと思う。さにあらず、無駄な時間を避けるためだ。
 健康であるということは必要なことを躊躇なくやれているということだ。
 ここまで書いてみると何のことはない登山において、自炊でテント縦走する要領である。重いから持つ量に限界がある。質を考えて担ぐ。動き出したら計画を推し進めるだけだ。次に何をやるか考えずに仕事が進めば合理的でいい。それは長年の鍛錬しかない。
 不健康とは何がしかの停滞である。肩凝りは筋肉痛からくる血液の流れの停滞。仕事で悩みがあると考え事をするせいか内臓の消化不良を惹起して腹部膨満になる。運動不足も便秘になりやすい。停滞すると血液が汚れて、シクシク痛むことがある。他人との会話不足も頭脳の停滞を起こす。たまに同好の士やその道の達人の話を聴くと頭が活性化するようだ。
 健康であるということは躊躇なく物事が進むことに違いない。自律的より他律的な生活の方が健康にはいいように思うが・・・。或いはそのバランスかな。自律的だと観念的になりやすい。他律的であれば考えることなく、指示に従う。これをあたかも一人の人間の中でできたら言うことはない。

拡散!御在所岳で80歳の愛知県の男性が行方不明2012年09月18日

 昨日までに発見されなかったようです。三重県側の歩かれていそうなルートは捜索済みのようです。このケースもまた滋賀県側への道迷いでしょうか。例えば南西尾根から御在所岳間はまだ捜索されていません。御在所岳周辺はよく登っているそうなのでバリエーションへも行く可能性はある。80歳と高齢で、安否が気遣われる。水、食料、充分な防寒着があり、ビバークしておれば1週間から10日は生存の可能性がある。
 
御池岳・藤原岳 捜索情報 Wikiからコピペ。
9/12(水)7時AM 愛知県の男性(80才)が「御在所岳」に行くと言って出かけたまま所在不明になっています。
年間50〜60回くらい登山をされていてその過半が御在所岳周辺の登山者です。
交通は近鉄湯の山線+バス利用で、湯の山温泉を起点とした登山と考えられます。

9/14(金)鎌ヶ岳各登山道と一ノ谷新道、表道、県境稜線の捜索を実施しましたが発見に至っていません。

遭難者のプロフィール・・・・
愛知県知立市在住 男性 80才 登山歴10年程度
身長 164cm 体重 54Kg 白髪交じりの短髪、やせ形、面長、眼鏡使用
白色襟付き半袖シャツ、茶色っぽいズボン、茶色の登山靴、灰色リュックサック

見かけた方は情報の提供をお願いします。
四日市西警察署 (059-394-0110)
9/16日付け捜索済み範囲
9/15--16、予想されるルートを捜索しましたが依然全く手がかり無しです。
四日市西警察署を本部とした現地捜索は今日で終了となります。
三重岳連では、休日を中心に有志による捜索活動は継続します。


これまでに捜索を実施したルートは以下の通りです。
雲母峰
 瀬戸川道、瀬戸川林道、雲母峰〜鎌ヶ岳稜線
鎌ヶ岳
 馬の背尾根、長石尾根、三ツ口尾根、長石谷、長石尾根、打越陰谷、県境稜線
御在所岳
 中道、表道、裏道、一ノ谷新道、県境稜線、本谷、東多古地谷、西多古地谷、打越日向谷、県境稜線
国見岳
 國見尾根〜岳不動、國見尾根〜北谷、國見尾根〜兎の耳、山岳寺跡、鐘撞堂跡、ヤシオ尾根〜蒼岳、県境稜線
以上周辺危険箇所の下降を含め捜索終了しました。
(三重県山岳連盟遭難対策委員会より。20120918転載)

三重県山岳連盟遭難対策委員会
又は
捜索情報Wiki管理人: 山口(gyaman333@gmail.com(半角で入力してください)まで
(20120914)

秋涼し!2012年09月20日

 今朝、布団のぬくもりが恋しいと思った。適度な湿度と気温が嬉しい朝である。昨日までのじめじめした赤道直下を航海するような空気ではない。日本の朝である。昨夜はベランダの戸も全開していたが、寝る前に少し狭めた。寝入りもよくなった。日没が早くなり、太陽が遠ざかるとこんなにも違うのかと思う。
 つい先だってから住まうマンションの外装工事が始まり、足場を組む音で騒がしい。昭和47年竣工というから築40年である。人間なら自分の顔に責任を持て、というリンカーンの言葉を思う。
 当時は近くの天白川の川原を築堤して造成した土地に建てたから、雨が降ると水浸しになったと古い住民は言う。地下鉄も八事駅が終点でそこからはバスで往復したらしい。40年経過すると天白川の川床が堆積して、明らかに路面より高い。当然、水位が上がって、洪水の恐れがでてきた。
 私が入居した頃は築16年とそれでも相当古い気がした。建物に亀裂が入り、軟弱な地盤に建てたことを伺わせる。それも十何年前かの外装工事で亀裂にコンクリートを注入して埋めて再塗装した。これでやっときれいな外観になった。良くしたもので今まで買い手がなくて空き家が多いと思っていたが、今は少しだけになった。人間と同様に建物も外観のよさで売れ行きが違うのである。
 管理人の経理不正が続いたことを契機に自主管理から管理会社に転換した。改装のピッチが上がったのはそれからだろう。懸念されていた下水、上水管工事を済ませた。ポンプ室で最上階まで上げて貯めていた方式から各戸へ直接配水することで水も匂いが消えた。高齢者が多くなり、スロープ専用のドアもつけた。車椅子でも出入りが可能になった。
 さて、数年前にベランダに鳩が営巣するので鳥避けネットを張った。それを解体することになった。マンションの12Fというのは鳩にとっても蚊が居ないこともあるし、外敵も居ないので、快適だったらしい。卵を抱卵する姿をみるとすぐに撤去していたがバカらしくなってネットにした。
 すると視界が悪くなる。解体すると見事に晴れるような視界が戻った。すぐ近くで鳩がまた営巣の機会を狙うかのようにこちらを眺めている。工事が終わり次第またネットを張るぞ。ベランダは入居以来、自分の領土ですからね。実効支配しておかなくては。実行支配せずに、放置していた頃はずうずうしくも巣から離れようとしなかった。特に孵化するとさすがに撤去は出来ない。鳩でも隣国外交でも譲歩してはだめ。少年時代は愛鳩家だったから甘かったのだ。追い払ってもすぐに巣づくりする。実行支配が一番だ。
 今回はスチール製サッシをアルミ製に交換する工事もある。何かと煩わしいが台風や強風で吹き込む寒気を防ぐことになる。気密性の高いサッシなら暖房も節約できるだろう。しばらくの我慢だ。

続報!御在所岳で行方不明の人の氏名と顔写真が公開されました。2012年09月21日

捜索にあたっている三重岳連が何らかの手がかりを見つけるために協力を呼びかけています。眼鏡、手袋、衣類、ザック、ストック、コンパス、スーパーバッグ、食品包装ゴミなど、完全な形でなくても、断片が手がかりになるかも知れません。週末、御在所岳周辺に登山予定の方は山岳会、グループ、仲間に周知してください。

以下は転載。氏名(親族?)、写真掲載以外は前回と重複しています。
氏名、顔写真の公開先は→http://www50.atwiki.jp/hnagashi/pages/1.html

9/12(水)7時AM 愛知県の男性(80才)が「御在所岳」に行くと言って出かけたまま所在不明になっています。

遭難者のプロフィール・・・・
愛知県知立市在住 男性 80才 登山歴10年程度
身長 164cm 体重 54Kg 白髪交じりの短髪、やせ形、面長、眼鏡使用
白色襟付き半袖シャツ、茶色っぽいズボン、茶色の登山靴、灰色リュックサック
年間50〜60回くらい登山をされていてその過半が御在所岳周辺の登山者です。
交通は近鉄湯の山線+バス利用で、湯の山温泉を起点とした登山と考えられます。


見かけた方は情報の提供をお願いします。
四日市西警察署 (059-394-0110)


三重県山岳連盟遭難対策委員会
又は
捜索情報Wiki管理人: 山口(gyaman333@gmail.com(半角で入力してください)まで
(20120914)


9/16日付け捜索済み範囲
9/15--16、予想されるルートを捜索しましたが依然全く手がかり無しです。
四日市西警察署を本部とした現地捜索は今日で終了となります。
三重岳連では、休日を中心に有志による捜索活動は継続します。


これまでに捜索を実施したルートは以下の通りです。
雲母峰
 瀬戸川道、瀬戸川林道、雲母峰〜鎌ヶ岳稜線
鎌ヶ岳
 馬の背尾根、長石尾根、三ツ口尾根、長石谷、打越陰谷、県境稜線
御在所岳
 中道、表道、裏道、一ノ谷新道、県境稜線、本谷、東多古地谷、西多古地谷、打越日向谷、県境稜線
国見岳
 國見尾根〜岳不動、國見尾根〜北谷、國見尾根〜兎の耳、三岳寺跡、鐘撞堂跡、ヤシオ尾根〜蒼岳、県境稜線
以上周辺危険箇所の下降を含め捜索終了しました。
(三重県山岳連盟遭難対策委員会より。20120918転載 20120920一部訂正)


9/14(金)鎌ヶ岳各登山道と一ノ谷新道、表道、県境稜線の捜索を実施しましたが発見に至っていません。


9/12 御在所岳山行記録
2012年 9月 12日(水) 晴れ 御在所岳 [日本300名山と鈴鹿の山]
http://d9031kamiya.web.fc2.com/sankouki2012/s120912gozaisho.htm
今回(9/12)の御在所岳山行では道中で他の登山者との会話が無かったので他の登山者の印象がありません。お役に立てず申し訳ありません。
(日本300名山と鈴鹿の山様 情報ありがとうございました。 20120915 管理人)


9/12 表道ー御在所ー鎌が岳ー馬の背尾根ー長石谷
9/12(水)該当地域を歩きましたが、それらしき人には会わなかったので、参考までにお知らせします。(表道ー御在所ー鎌が岳ー馬の背尾根ー長石谷)


ルートと時刻: 旧料金所 8:18 -- スカイライン表道口 8:39 -- 御在所山頂下山口 9:22 -- 三角点 9:34 -- 望湖台-武平峠道下山口 10:02 -- 武平峠 10:23 -- 鎌が岳 11:00 -- 鎌が岳 11:16 -- (馬の背尾根)−白ハゲ 11:39 -- 長石谷への分岐 11:53 -- 犬星大滝 11:59 -- (長石谷)−長石谷入口 12:35 -- 旧料金所 12:40
(I様 情報ありがとうございました。20120915 管理人)

「山の安全対策」を見て2012年09月25日

「山の安全対策」というサイトがある。
 http://www.geocities.jp/kyongsea/index.htm

 ここにアクセスすると、様々なデータが掲載されているので見てみたい。平成22年の統計が最新である。
 先ずは、遭難件数ですが、年々増加の一途です。その内の死亡・行方不明も高水準で推移しています。高齢社会を如実に反映していると言って良いでしょう。団塊の世代が高齢化してゆけば、遭難件数はまだ増える気がします。

 原因別発生状況を見ますと、道迷いが970件でダントツに多い。滑落の402件、転倒の309件の2倍から3倍に達する。

 *リーダー不在、リーダー意識の欠如、楽しいことを重視、和を重視することで言うべきことを言わない。皆で一緒に迷ってしまう状況かと?単独行は原因ではない。
 
 年代別遭難者数では60代が706件と50代の369件、70代の392件を大きく上回る。80代も101件ある。

 *個人差が大変大きい。昔とった杵柄タイプが一番危ない。大学山岳部OBが危ないと聞いたことがある。わずか3年から4年で高度なレベルの登山技術を習得してしまうからか?それを生涯引きずっている登山家がいるにはいる。
 
 単独登山者の遭難発生状況ではどうか。遭難者全体では2396件の内、無事救出53%、死者・行方不明は12.3%、負傷者が34.7%であった。これを単独登山者だけに絞ると、無事救出は46.6%、死者・行方不明が21.6%、負傷者が31.8%であった。

 *やっぱり、無事救出が減って、死者・行方不明が大幅にアップしていることが数字ではっきり示されている。だから単独行は止めなさいと言っても聞かない人が多い。せめて、万一を考えて、登山計画書を自宅に残す。これが中々普及していかないのは何故か。

・思いつきで山に行く。
・面倒、途中で変更しにくい。

 行方不明になると、捜索願を出せば、最初の1週間は県で捜索してくれる。後はボランティア協力(家族の友人、職場の友人、山岳会等)、地元消防団等の有償での捜索しかない。北アルプスで救助保険に加入していないと分かると、民間ヘリが出動しても戻ってしまう例があった。民間ヘリは1時間に50万円から100万円という。富山県、岐阜県、三重県、滋賀県は防災ヘリが出動するようだ。これは税金から支出される。
 有償で捜索すると、鈴鹿辺りでは1日1人日当1万円としても30人で30万円になる。土日を捜索依頼すると10日で300万円にもなる。負担に耐えられず、1ヶ月で打ち切った例があった。1年後に大水で流されて遺体で発見された。山岳遭難で行方不明者を出すと大切な人とカネ(家)を失うことになる。働き盛りなら、家族が路頭に迷う。
 自分自身のリスク、家族への負担を考慮するともっと慎重な行動と手続きが必要と分かる。ここでいう慎重とは(未熟な、不完全な)自分を知るということだ。単独で自己流でやっておれば自分を知る機会は少ない。自分は何も知らないということを知るかどうか。この態度が謙虚ということである。
 捜索・救助自体もリスクが高い。関東圏で沢登り講習会では1名の遭難で、救助活動した人、取材記者、ヘリの事故で数名の人が死んだ。岐阜県の穂高でも1名の遭難者のために救助のヘリが事故になり、乗員に死亡者が出た。
 以上は自戒を込めて。
 登山の面白さは初体験、危険を克服すること、試行錯誤からの脱出にある。一つ間違えれば遭難の二文字がちらつく。つまりリスクを背負っていることを、意識しながら登山を完成させる(入山から下山へ)。
どんなに準備し、訓練しても完全はない。マサカということがある。それが登山なのである。
 登山を愛する人は風狂なのですね。松尾芭蕉は「野ざらしを心に風の入む身かな」と詠んだ。野ざらしとは行き倒れだ。誰にも看取られずに自然の中でオロクとなって死んで行く。
 今は放って置かれない時代です。また繰り返しですが登山計画書を出しましょう。

五竜岳は遠かった・吟詠行2012年09月26日

安曇野や山車に集まる秋祭り

秋彼岸遭難碑建つ遠見尾根

風混じる秋雨に冷ゆ五竜小屋

秋冷や口数もなき登山小屋

霧深し四囲の眺めもままならず

ナナカマド実を赤くして山飾る

太筆のやうなリンドウまだ蕾

ゴンドラを降りればすぐに花野かな

白馬の水の化身の稲穂かな

高きに登り見下ろす色は黄金色

周りみな山ばかりこそ蕎麦の花

丸善名古屋店、丸栄でオープン2012年09月28日

 9/27、6月に閉店中だった丸善名古屋店がとなりの丸栄6Fと7Fで再度オープンした。昨日も今日も雑誌を買いにいったがレジで並んだ。大人気である。大成功だろう。栄の駅から近い、買い物ついでに寄れる。と便利になった。ただ、当面は書架の場所に慣れるまでは目的の本を探しにくい気がした。