『今西錦司 初期山岳著作集 初登山』を受領2022年06月20日

上北山村のHPから大台ヶ原の山上図
 古書店に注文してあった斎藤清明編『今西錦司 初期山岳著作集 初登山』(ナカニシヤ出版 平成6(1994)年刊)が届いた。早速中身を見たのは1922(大正11)年20歳の未発表の山行記録の中の大台ヶ原山だった。足どりをたどってみた。

①10/28 京都駅から柏木の朝日屋に泊まる。

・・・入之波は温泉がある。奥吉野の南朝の旧跡を訪ねた。大台辻は台高山脈の縦走路に入る。ここから川上辻を経て秀ヶ岳までは2時間である。昔歩いたが強風で川上辻からバス停に行き帰った。

②10/29 柏木から多分歩きで入ノ波(しおのは:入之波)~筏場~大台辻~大台教会に着く。

大台教会とは・・・「大台教会

ここは神習教大台ケ原大教会という神道の教会である。神習教は「自然の中に自分をゆだね、山をあるいてもらえればよい」というおおらかな宗教とされる。

1891(明治24)年、御嶽山で修業した美濃出身の行者・古川 嵩(かさむ)が大台ケ原を霊場として開山しようと入山、1899(明治23)年教会が設立された。

大台ケ原山の山中で、2匹の夫婦狼と寝起きし終業に励んだとされる古川は、越冬も経験しながら、地元の人々に大台ケ原の素晴らしさを伝えながら修行を続け開山にこぎつけた。大正に入って、大台ケ原に登山する人も増え、教会は宿泊施設としての役割も持った。1922(大正22)年には、西堀栄三郎、今西錦司などの4名が泊まっている。1961(昭和36)年の大台ケ原ドライブウエイ開通までは、山に上ってくる人のよりどころであった。

現在、教会は信者の宿泊施設として利用され、一般登山者は教会の隣の「たたら亭」を憩いの場としている。≪大峰・大高より抜粋≫」


③10/30 教会~日出岳~牛石ヶ原~大蛇岩~木津(こつ:紀北町)~便ノ山~馬越峠~尾鷲

・・・大蛇岩は現在の大蛇嵓。ここからいきなり紀北町の木津に下っている。ルートが簡略過ぎるので文を読むと、「大蛇岩から引き返してトロッコ道を下り、小屋で昼食す。
 そこへちょうどトロッコがきたので皆材木の上に乗って、二ノ俣国有林の秋色を賞しながら地図に樫山とある三角点の尾根まで運んでもらった。それから岩井谷と不動谷の合流点近くに下りた時にはもう月の光が美しく谷間にさしていた。中略。
 銚子川に沿うて便の山まで下り馬越峠に上った。尾鷲の燈火がちらちらと輝いた。十時半尾鷲に下りた。以下略。その後は汽車で帰京するのではなく、鳥羽までは船に乗った。時化がひどく悲惨だったらしい。

 何のことはない、「1915(大正4)年に尾鷲の土井與八郎によって拓かれた」尾鷲道はすでに開通していたが、そこを歩かずにトロッコに乗って楽している。

 二ノ俣谷は尾鷲道と樫山と堂倉山をつなぐ稜線に挟まれた谷である。不動谷の本流になる。

④10/31 鳥羽~宇治山田~大廟参拝~宇治山田~木津(きづ:関西線の木津駅)~帰京

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