夫のるす月さへ入れずとざしけり 夜雪庵金羅2022年03月28日

 藤田湘子の『実作俳句入門』(立風書房、1985年)のP43に月並俳句の事例として掲載されていた。江戸時代の女性の俳句である。
 今夜は夫が留守だから夫以外の男はもちろんのこと、名月の光さえ入れまいとして早々と閉ざしましたよ。という句意。これを俗臭といって嫌った。作者はたぶん町人の妻で貞女に成り代わって作句したのだろう。
 江戸時代の宗匠は俳句はその手本は芭蕉に倣え、と言い、俳句は人生を謳うものと指導したらしい。それはそうだが、俳句の中に持ち込んだ倫理感、道徳感、教訓、駄洒落、穿ち、謎解き、理屈、俗悪な風流ぶり、浪花節的人情、小主観、低劣な擬人法を批判した。
 明治時代になって、正岡子規は江戸市中の古書店から江戸徘徊の句集を集めて分析した結果が月並俳句の山と知った。そこで芭蕉のような人生を謳え、とした主観句は排除し、与謝蕪村の写生をたたえた。弟子の虚子、碧梧桐も後に続いた。
 虚子は客観写生を主導して今日に至る。
 ところが、秋櫻子らは虚子に反旗を翻した。弟子筋から再び、水原秋櫻子のような主観重視の俳人が出てきて虚子の元を去った。新しく「馬酔木」を立ち上げた。秋櫻子が死ぬと又は存命中でも「馬酔木」からは続々弟子が去っていった。そして、今に至るまで駄句の山を築いているという。
 秋櫻子の弟子の藤田湘子は「鷹」を立ち上げた。ここからも弟子が独立している。新たな中日俳壇の選者「鷹」の編集者である。どんな句を採用するのだろうか。